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神獣の花嫁〜かの者に捧ぐ〜  作者: 一茅 苑呼
陸 告げられる秘事(ひみつ)【前篇】
39/73

《二》時に、白い花嫁殿。我が問いの答えはいかに?

 


 咲耶が夢のなかで「これは夢だ」と気づき、目覚めようとするとき。たいていの場合、「目覚めた」と思った『そこ』は、まだ夢のなかである。


(くっ……『また』夢のなかだった!)


 地団駄を踏む思いで咲耶は見慣れた屋敷内を大股で歩く。


 先ほどまではセキコ・あかねの屋敷にいて、その“花嫁”である美穂みほから、

「ねー、暇ならこいつが作った双六すごろくやろうよ~」

 などと、お手製の紙で出来たサイコロを手渡され、何度転がしても『零』が出るという……サイコロとして成立しない矛盾に気づいたと同時に『夢のなか』であることを自覚した。


(もうっ。なんなのよ、いったい……)


 そして、次に「目覚めた」のは自らの屋敷で、キジトラの猫・転々をひざ上で寝かしつけながら、

「ミーコは甘えん坊だねぇ」

 などと口にした自分自身に、「ん?」となったのだった。


(ミーコは私が高校生の頃に死んじゃったのに……)


 長毛種と短毛種。華奢きゃしゃ体躯たいくと大柄な体躯。毛色も、まったく違う。


 第一、

(転々は生きてるんだから!)


 嫌な感じだ。せっかく「これは夢だ」と、和彰から教わって目覚めようとしているのに、また先ほどの『悪夢』に近づきかけているような……。


(──このまま目を覚ませないなんてこと……ない、よね……?)


 不吉な思いつきに、咲耶はぶるっと身を震わせる。その時、庭にある大きな樫の木が目に入った。

 思いだされる、いつかの朝の出来事。犬貴がいて犬朗がいて。転々も、たぬ吉もいた──。


 咲耶の脳内で、ひとつの考えがひらめく。


(呼ぶのは、目覚めてからじゃなきゃダメなの?)


『ここ』で咲耶は和彰を呼び、そして和彰は呼び声に応えてくれた。神獣である和彰と眷属である犬貴たち。置かれた立場も咲耶との関係性も、確かに違うかもしれないが……。


(呼んでみる価値は、あるのかもしれない)


 和彰のように夢のなかに来てもらうのは無理でも、眠っている咲耶の側に来てもらうのは、可能ではないだろうか──?


(何しろ私、寝言は大得意だし)


 変な特技に失笑してから、咲耶は大きく息を吸った。思いきり、声を張りあげる。


「犬貴ーっ! 犬朗ーっ! 私、ここにいるよーっ!」


 咲耶は何度も何度も、眷属たちの名前を叫んだ。自分の肉体が、唇が、いままさに、彼らの名を呼んでいることを祈って──。






「……き。けんろぉ……!」



 ろれつが回らない自分の舌にいらだちながら、咲耶はようやく夢からめた。


 ハッとして上半身を起こした咲耶は、一瞬、めまいを覚えた。胸がむかむかとし吐き気をもよおしたが、かろうじて止め辺りに目を配る。


 高そうな調度品に囲まれた、座敷の一室。だが、所々に破れかけた御札のようなものが貼ってあり、室内の雰囲気を異様なものに見せていた。


(なにコレ……)


 咲耶は布団の上にいた。

 掛け布団に落ちていた紙片を取り上げると、梵字ぼんじのようなものが書かれている。部屋のあちこちにある御札と同じもののようだ。


「封じ札が破れる感触がしたので来てみれば……お目覚めか、サクヤ姫」


 ふいに室内に壮年の男の声が響く。目を向ければ、障子に手をかけた黒衣の男が、咲耶を注意深く見つめていた。


 身構えながら、咲耶は叫ぶ。


「タンタンや転々をどうしたの!? 椿ちゃんは……どこっ!?」

「──ふむ。まじないの効き目が薄いようだ。もうひと眠りしていただくとしようか」


 言いながらたもとに手を入れ、男が咲耶に近づいてくる。咲耶はあわてて立ち上がり、男から遠のこうとしたが、足がもつれていうことをきかなかった。

 まろびつつ逃げる咲耶に男の手が伸びて、ふたたび沈丁花の香りが咲耶の鼻をつく。


 瞬間、男の手が、見えない何かに弾かれた。


「──汚らわしい手で、この御方に触れるな」


 落ち着き払った声音がぴしゃりと制す。驚いたように男は宙を見据え、咲耶は歓喜の声をあげた。


「犬貴!」


 薄い煙のようなものがふたつ、咲耶とギョロ目の男の間に現れる。次第に犬の顔形を成していく様に、くつくつと、男はさもたのしげにのどを鳴らした。


「……『犬貴』、か。立派な名をもらったものだ。尾っぽを振る相手を変え、現世うつしよに留まっていたとはな」

「貴様ッ……!」

「おっと、犬貴。積もる話はあとにしろや。──咲耶サマ。待たせたな」


 かすれた声と共に赤虎毛の犬のたくましい腕が、咲耶の身体をひょいと抱き起こす。次いで、護ることを前提にした構えをとる犬朗に、咲耶は思わずしがみついた。


「犬朗! もう身体は大丈夫なの? 無理してない?」

「おう、心配かけてすまなかったな。実は、ちっとばかし足の具合がよくなかったんだけどな。いまの、咲耶サマのギュウッてので、治っちまったぜ?

 ……相変わらず、良い匂いすんなぁ、咲耶サマは」

「えっ?」


 クンクンと咲耶の首筋に鼻を寄せる犬朗の頭が、白い水干を着た犬の前足に、勢いよく叩かれる。


「どさくさに紛れて、破廉恥な真似をするな!」


 犬貴の一喝を犬朗の隻眼が満足そうに受け入れ、そのあごの先が、咲耶を囚われの身とした男に向けられる。


「つーか……それに引き換え、あいつのくせぇことったらねぇな。ま、魂に染みついた、ぬぐいきれねぇ悪臭だろうが、なっ」


 バリバリッという空間を震わす音とひらめく雷光。両手を前にかざした男の黒衣が一瞬にして燃え、片袖が焦げ落ちる。


「咲耶サマは、返してもらうぜ? ハシタ金に目がくらんだ、なまぐさ坊主さんよぉ」


 左前足の指先を突き付け、啖呵たんかをきる犬朗に対し、男は平然と腕を組みニヤリと笑ってみせた。


「……人間ひとが動くは欲のみと思うは、犬畜生の浅い料簡りょうけん

「では、なぜ貴様がここにいる(・・・・・・・・・・)のだ!? 道幻どうげん!」


 鋭い牙が見えるほど興奮した犬貴の問いに、道幻と呼ばれた黒衣の男は、ふむと相づちをうつ。


「好奇心に勝るものより他はないとだけ、答えようではないか。

 ──時に、白い花嫁殿。我が問いの答えは、如何いかに?」


 大きな目が、じっと咲耶に据えられる。嫌悪をあらわにした口調で犬貴が言った。


「咲耶様。この男のれ言など、お聞きになる必要はございません。道幻、貴様は何を企んで──」

「犬貴、待って」


 言いかけた犬貴をやんわりと止め、咲耶は和彰から託された言葉を胸に、口を開く。


「『再生』の神力も『治癒』の神力も、私が和彰から預かっている大切で尊い力です。私個人が扱うには、大き過ぎて……正直、怖い」

「咲耶様……」


 とまどったような犬貴のつぶやきが、咲耶の耳をかすめた。


「だけど、この神力ちからが私にしか扱えないというのなら、私は、私の考えと判断で『治癒』と『再生』を行っていこうと思います」

「……近しい者の『死』の予感がぬしの考えを改めさせたか」

「いいえ」


 薄笑いを浮かべる道幻に、咲耶は強く否定する。


「私は、親しい人だからとか気に入らない人だからという、個人的な理由で判断を下してはいけない存在になってしまったんだって、考えてました。

 でも、私が普通の人間で人並みな考えしかもてない以上、公平な判断力なんて、ないんですよね」


 苦笑いを浮かべる咲耶に、道幻は目を細める。蔑視べっしにもとれる表情だった。


「ならば、時の権力……“治天ちてん”や“国司こくし”におもねり、『おおやけ』の者となるか」

「それも、考えました」


 沙雪や虎次郎という国司の下で、咲耶にはあずかり知れない下総ノ国の民の事情を教わり、従うべきなのかもしれない、と。


 政治とは、つまるところ大衆の意をどれだけくみとれるかだと、咲耶は考えるからだ。彼らに従うことが、すなわち、この国の民の『恵み』になるのではないかと──。


「だけど……それなら、なぜ神獣は花嫁を『得る』のか。自ら『恵み』を与えずに花嫁に代わりを行わせるのか」


 そして、この世界や国々の内情を知らない者に、あえて神力を授けるのはなぜか。咲耶は、その問いの明確な答えを、まだ持ち合わせてはいない。しかし──。


「和彰は私に「お前が信じることを為せ」と、言ってくれました。……難しいことは解らない。傲慢ごうまんで、不遜ふそんな考え方かもしれない。だけど」


 咲耶は大きく息を吸った。自分のなかの迷いを断ち切り、余分な力を抜くように、息をつく。


「私は、自分より力の弱い者や存在を、虐げることをなんとも思わない人や存在が、赦せない。もし、そういう目にって理不尽に命を奪われることがあるのなら……私は、私のもつ神力ちからで、そういう人たちを、助けてあげたい」


 白いあとのある右手の甲を左手でつつみこむ。この“証”がある自らの手でもって、ひとつでも多くの『存在』を──。


「椿ちゃんは、どこにいるんですか?」


 今度は咲耶が問いかける番だった。年端もいかない少女に対し、野蛮な行いをなしたのだとしたら。冷静な口調とは裏腹に、咲耶が道幻を見る目に力がこもる。


 くつくつと、ふたたび道幻はのどを鳴らした。


「当代の白い花嫁殿の返答、しかと受け取った。……答えの行く末は、己が力で導かれたらよろしかろう」


 言うなり、ばっ……と、衣のそでをひるがえし、片腕があらわになった道幻の手指が、奇妙な形に組まれる。


「……のうまく・さんまんだ・ばざらだん・かん……」


 ボウッと、ほむらが道幻の身をつつむように、立ちのぼる。漏れ聞こえた言霊に、犬朗と犬貴が同時に反応した。


真言しんごん……!?」

「待て、道幻!!」


 びゅうっ、という風きり音が咲耶の耳に届くや否や、道幻が背にしていた障子が斜めに裂ける。つい今しがたまであった黒衣の男の姿は、こつ然と消え去っていた……。







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