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神獣の花嫁〜かの者に捧ぐ〜  作者: 一茅 苑呼
伍 囚われの神女(めがみ)
34/73

《八》浄化──お前が護るべきは民の恵みではないはずだ。

 


 遠くでカラスの鳴き声がする。


 咲耶は、薄暗くなりつつある森の小道を歩きながら、前を歩く虎次郎に遅れをとらないように、かといって近づき過ぎないようにしていた。


「……“つぼみ”って、一体なんのこ──きゃっ……」


 さすがに黙々と歩き続けるのに飽きた咲耶が問いかける。木の根につまずいた咲耶を見下ろし、虎次郎がふっと笑った。


「……俺は、手を貸すべきか?」

「結構よ! で? “つぼみ”って何!?」


 即座にはねつけ、ふたたび尋ねれば、わずかに口角を上げた虎次郎の片腕が伸びて、咲耶の手をつかんだ。……反抗は逆効果だとさとったものの、すでに疲労のたまりつつある身体は、楽なほうへと流れた。


「“つぼみ”とは──」


 高くなった斜面の上へと虎次郎が咲耶を引き上げる。そのまま咲耶の手を引き、道なき道へと入りこんだ。


「この国では花子になる前段階の者をいうんだ。早い話が、見習いだな」

「それで……“つぼみ”?」

「そうだ。“つぼみ”のいるいおりでこの数日のうちに流行り病にかかる者が増えてな。

 幼子がかかるぶんには『必要な罹患りかん』であっても、大人がかかっては……──」


 木々の合間をぬうように歩く虎次郎。連れられて進む咲耶は、すでに方向感覚を無くしていたが、虎次郎の足に迷いはなかった。と、その虎次郎が顔を上向け、眉をひそめた。


「いやにカラスが騒ぐな……」


 言われてみれば、夕暮れ時の鳴き方にしては騒々しく、咲耶も不審に思って天を仰ぐ。が、幾重にも木の葉に覆われ、その向こうの様子は見えにくかった。

 瞬間、虎次郎が舌打ちし、咲耶を抱えこむようにして地に伏せた。


「ちょっと、なにっ……!?」


 背中を地面にしたたか打ちつけられ、驚く咲耶の耳に、クェーッという甲高く奇妙な鳴き声が突きささる。次いで、砂ぼこりが立ち、咲耶は反射的に目をつぶった。


 突風が吹き抜けたかと思ったが、それは何か大きな鳥の羽ばたきによるものだと、遅れ聞こえた音が伝えた。


「……かれたか……!」


 いまいましそうに、虎次郎がつぶやく。直後、ゴォーッという空気を裂くような低い音が咲耶の耳に入った。続いて、生木の燃える嫌な臭いが鼻をつく。


「……なに、あれ……」


 目を開けると、上体を起こした虎次郎の肩の向こうに、黒い大きな鳥が見えた。羽ばたきひとつで旋風が吹き、木の枝がメキメキと折られ飛ばされていく。


ほうけるな、動け!」


 咲耶の二の腕を無理やりつかみ寄せ、虎次郎が走り出す。一瞬前まで咲耶がいた辺りに、拳大の火の玉が落ちた。


 訳がわからず虎次郎に引きずられる咲耶を追うように、火の玉が次々と降り注ぎ、暗くなりつつあった周囲を茜色に照らしだす。

 自分たちが炎の柱に取り囲まれていると気づくのに、さして時間はかからなかった。


「……っ……なんで……、こんなっ……!」

「──商人司の屋敷から持ってきた死骸に『良くないモノ』が憑いて、物ノ怪になったんだろうよ。ふん。やはりお前ら花嫁の慈悲は、罪悪にしかならんな」


 虎次郎の視線の先は、息があがり思うように言葉がでない咲耶ではなかった。


 狙いを定めるように頭上で浮遊する、カラスに似た双頭の大きな鳥をねめつけている。懐から、青銅色のさやに包まれた、小刀らしきものを取り出した。


「……付属でも、あの程度の物ノ怪には充分だろう」

「え?」

「動くなよ。ヤツの狙いはお前だ。──そこを、断つ」


 欲しい状況説明は相変わらずもらえない。

 咲耶は、奇声をあげる怪鳥と、鞘を払った白銀の刃をはすに構える虎次郎を、代わる代わる見つめた。


 そこへ、二つ頭の黒い鳥が身体をしならせ、咲耶のほうへと勢いよく突っ込んでくる。大きく開いた二つのくちばしが、咲耶の目前に迫った刹那──断末魔をあげ消滅した。


「……消えた……?」

「──問答無用の“浄化じょうか”だ。

 さて、残るは『炎のおり』か。どうしたものかな」


 黒く変色した小刀を鞘にしまい、虎次郎は明日の天気を占うかのように独りごちた。


 咲耶たちを囲う火の手は徐々にせばまり、冬場とは思えない汗が、咲耶の額ににじむ。その時、頭上で稲光が閃き、轟音が鳴り響いた。


「……雨!」


 ぽつん、と、ひとしずく。熱くなった頬に感じた直後、雨脚が強まり、やがてそれは大地を叩きつけるように降り出した。


 あっという間に消え失せる炎の向こう。雨に打たれて濃い赤毛となった、隻眼の虎毛犬が見えた。


「犬朗っ……!」


 駆け寄る咲耶の前で、呼びかけられた眷属は、左前足を掲げ横に払うようなしぐさをしてみせる。とたん、嘘のように雨は止み、草木を濡らす匂いだけが残った。


「──旦那、呼べって……言った、ろ……?」


 かすれた声が弱々しく届き、初めて咲耶は犬朗の異変に気づく。身にまとった、そでのないあわせの腹部を染める、赤黒い染み。


「ケガしてるのっ!?」


 片足をひきずって歩く姿に驚いた咲耶は、悲鳴のような声をあげる。

 がくん、と。傾げた身体が地についたのを見て、犬朗に向かい腕を伸ばした。後ろから、虎次郎の声がかかる。


「結局、心配になってついてきたわけか。……代償は、臓物とけんか?」

「……俺みたいな……まっとうな化け(モン)を排除して……。あんな、狂気の化け(モン)を受け入れる、って……。なんなんだ、この結界……。作った人間の……本性を疑う、ぜ」


 虎次郎が、くくっと笑う。


「『適度にかかる災厄は残せ』と俺が命じたからな。何もかもから救われた世など、不健全だろう?」


 咲耶は軽口をたたき合う二人を無視して、血濡れた袷に右手を置こうとした。犬朗の、いつにも増してかすれた声音が、止める。


「ダメだ……咲耶サマ」

「なんで? 治させてよ。私のために、無理したんでしょう?」


 涙声になった咲耶に、犬朗の隻眼が見開かれたが、じきに首が横に振られた。


「前にも……俺は言ったよ、な? あんたの、神力は……下総ノ国の、民のモンだ、……って」


 きつい口調で言い切って、犬朗がひとつの眼で咲耶を見据える。主と眷属のやりとりを見ていた下総ノ国の長が口をはさむ。


「立派な心意気だな。だが、肉体を無くせば、この先“主”は護れなくなるぞ。……お前が護るべきは、この国の『民の恵み』ではないはずだ」


 皮肉げな笑みに、犬朗が不愉快そうに息をつく。仰向いた赤虎毛の犬の眼が、閉じられた。


「……咲耶サマ。旦那を、呼んでくれ。……あんたは、自分から進んでは……呼べない(・・・・)、みたいだからな。俺が……頼むよ」


 開かれた隻眼が、咲耶をじっと見つめる。


俺のために(・・・・・)……旦那を呼んでくれ」


 懇願の眼差しに、咲耶はついに折れた。

 初めて、この場にいない自らの伴侶の名を、呼びかける──。





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