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神獣の花嫁〜かの者に捧ぐ〜  作者: 一茅 苑呼
伍 囚われの神女(めがみ)
33/73

《七》相反する思い──だが、この女には切り札があるだろう?

 


 虎次郎が駆る栗毛の『疾風はやて』は文字通り、森のなかを風をきって疾走した。咲耶の影に入った犬朗の操る白に近い象牙色の毛並みの『六花りっか』も、負けじとあとを追う。


(明日、ぜったい筋肉痛になってる……)


 いまは犬朗が『なか』にいるため、咲耶の身体能力が格段に上がったようになってはいるが、影から抜けられれば一気に疲労感がおそうはずだ。

 それは、これまで何度も眷属たちに身体を明け渡した経験から、実証済みだ。


(まぁ、前よりはマシになってるだろうけど)


 持久走は好きではないが、体力をつけようと、たぬ吉や転々に付き合ってもらい、このところ毎日のように山中を走り込んでいる咲耶である。思えばきっかけは、目の前を走る栗毛にまたがる男のひとことだった。


 ──咲耶。お前の神力ちからは、脆弱ぜいじゃくだ。民一人を救うのに、あれほどの時間を使い、そのたびに体力を失うようではな──。

 あざけりを含んだ声音と向けられた視線がよみがえり、咲耶の身が怒りで震える。


(ああっ、いま思いだしてもムカつく……!)


 常に上から目線の、自分以外の者を小馬鹿にした態度。第一印象で彼を『好青年』と判断してしまった自分の見る目のなさも、腹立たしい。


『長いものには巻かれろって言うぜ? 咲耶サマ?』


 咲耶のいら立ちを感じとったらしい犬朗の『声』が、身のうちで響く。


『そりゃ何から何まで巻かれてたらナンだけどな。逆らってばかりも良いこたぁない。だったら、とりあえず流されといて、時々逆らうくらいでちょうどいいんじゃねーの?』


 それより……と、続く犬朗の言葉があきれを含む。


『コレ持ってきちまって、どーすんだ?』


 象牙色の馬の腰にくくられた葛籠つづらに、咲耶のなかのふたつの意識が同時に向く。


「だって……あのままじゃ、いくらなんでも可哀想じゃない」


 白い花嫁に対する嫌がらせの道具として使われてしまった、カラスの死骸。それを咲耶は気の毒に思い、権ノ介に小さな葛籠を用意させ、こうして屋敷から持ってきたのだった。


『あー……まぁ、咲耶サマの気持ちは解るけどさ。俺、コレは穢れだって、言ったよな?』

「聞いた。けど、それって観念的なことでしょ? 別に私がどうこうなるってわけじゃないよね?」

『いやいや、どうこうなるかもしんねーよ? それが解らねぇから、咲耶サマに関わって欲しくなかったんだけどな』


 あきらめに似た後悔を感じさせる口調。咲耶はそんな犬朗に対し、居心地が悪くなってしまった。ごまかすように、前を行く虎次郎を呼ぶ。


「あのっ……! 虎次郎……さん! ちょっと、止まってもらえませんかっ……!?」


 声を張りあげた咲耶の何度目かの訴えに、ようやく栗毛の速度が落ちて、止まる。合わせて、犬朗が『六花』の歩を止めさせる。


 二頭の馬の荒い鼻息と、足踏みをする音が、森のなかに響いた。


「なんだ、小便いばりか?」

「……違います!」


 しもの心配をされ、ムッとしながら否定をした咲耶に、配慮に欠ける男の眉が上がった。


「では、なんだ。返答によっては商人司の屋敷での働きを、帳消しにするぞ?」

「少しだけ、時間をください。その……埋葬を、したいので」


 ちらりと、つづらに目を向ける咲耶に、虎次郎が息をついた。


「……ああ。早く済ませろ」


 てっきり嫌みを言われるものと覚悟をしていた咲耶には、拍子抜けするような応えだった。早速、犬朗に手伝ってもらい、もう鳴くことのない黒い鳥を自然へと還してやる。


 びゅうっ……と、冷たい風が木々を揺らし、駆け抜けた。木の葉の合間から透かされた陽の光が、墓標のない土の山をわずかに照らす。

 かがみこみ手を合わせた咲耶の隣に立ち、虎次郎が言った。


「……よく、思い留まったな」

「え?」

「『再生』の神力を遣わなかったことだ」


 意味が解らず見上げる咲耶を、漆黒の前髪の向こうから、切れ長の眼が射ぬく。淡々とした語調ながらも言外に含まれたものは、意味深長に感じられた。


「お前が安易に『再生』を行っていれば、赤虎せきこの花嫁と、同じ過ちを犯すところだったからな」

「過ちって……」

「本人から聞いてないのか? ……まぁ、おのれの恥を、わざわざさらす馬鹿もなかろうがな。

 あの女は、神力を手に入れた当初、誰かれ構わず子を授けまくったらしい。飢饉ききんの年と相まって、多くの『口減らし』や『間引き』を()()()そうだ」


 眉をひそめる虎次郎の顔を、咲耶は呆然と見返した。──花嫁がもつ神力の弊害ともいえる事実。


「神獣の『力』は、絶大だ。だからこそユキの言っていた通り、使い手である花嫁の性質は、重要なのだろう。慈悲も、度が過ぎれば罪悪に変わる、ということだ」

「……人の世の秩序を乱すことに、つながるってことですよね……」


 じかに本人に聞いたわけではないが、美穂とて『悪気』があってした行いではないはずだ。むしろ、人が子を授かるということは、本来は喜ばしいことであり非難されることではない。


 けれども、時と場合──人が置かれた状況によって、それは『恵み』とはいえなくなるのかもしれない。咲耶がいた世界でも、食糧や環境に人口比率がつり合わないため『恵まれない子』がいたように。


 だが、沈んだ気分になる咲耶の耳に届いたのは「秩序?」という、虎次郎が鼻を鳴らす音だった。


「お前もユキと同類か。……いいか? 俺が言っているのはそんなことじゃない。人にとっての都合の問題だ。

 第一、秩序なんてものをもちだすのであれば、そもそも国獣という存在自体が、お前らのいう『秩序を乱すモノ』だろう」


 言われた意味に気づき、咲耶は立ち上がる。自然、声が低くなった。


「……国獣は、必要ないってことですか……!」

「秩序に重きをおくならな。そこにいる、元は物ノ怪(もののけ)である存在を、眷属などというものにしてしまったことを含めてだが」

「なっ……」


 咲耶の怒りの沸点を、虎次郎はたやすく超えさせる。目の端に映った犬朗は、我関せずといったようにあらぬ方向を見ていたが、咲耶はおさまりのつかない感情を吐きだした。


「それは、和彰や犬朗たちの、存在の否定ですか!」

「……そう熱くなるな。俺にとっては白虎もその眷属らも、不用な存在ではない」


 口の端をもちあげ、笑う。虎次郎は、咲耶の喧嘩けんかごしの追及をかわし、自らのこまとしては必要だと言い切った。


(話せば話すほど、ムカつく男だわ)


 唇を震わせ、にらみつける咲耶を物ともせずに、虎次郎はつなぎ止めた『疾風』のほうへと近づく。


「用が済んだのなら、行くぞ」

「──……咲耶サマ」


 隻眼の虎毛犬が、一歩も動き出せないでいる咲耶を見兼ねたように、軽く肩を叩き、うながしてくる。犬朗の眼差しは、相手にするだけ無駄だといわんばかりだった。

 咲耶は少しすねた気分になり「許す」とだけ、自らの眷属に返す。


 応じた赤虎毛の甲斐犬が煙のようなものに変わり、咲耶の影に吸い込まれるようにして、消える。軽い身のこなしで、咲耶は『六花』の背に跨った。


『……ありがとな、咲耶サマ』


 身のうちで響く、じんわりとした、あたたかみのある犬朗の呼びかけ。


『俺の代わりに、怒ってくれて。咲耶サマは、ほんっとに保身のない御ヒトだよな。俺は咲耶サマのそゆとこ好きだけど、あんま度が過ぎると犬貴に叱られるから、ほどほどにな?』


 面白くない思いを抱えた咲耶を気遣うような、おどけた『声』。同化が伝える思念は、咲耶のかたくなになった心を解きほぐす。


「……だって、言われっぱなしなんて、悔しいじゃない」


 咲耶にだって、本当は解っていた──虎次郎のいわんとすることを。『ヒト』が『人間ひと』として暮らしているなかで、和彰たち神獣の特別な力が、どう作用するか。


 本来なら存在しないはずの『恵み』という名の神力は、人の世にあっては均衡をくずし、自然の摂理に逆らうものになりかねない。

 そうと解っていても咲耶には、そこに苦しむ人がいると知っていて、放っておくことなどできない。


 ──不自然な存在であると『知っていても』和彰や犬朗を否定する発言をした、虎次郎をゆるせないように。


 自分の内にある、相反する思い。矛盾したその考えを、虎次郎に突かれた。……だからこそよけいに、面白くない気分になったのだ。


 咲耶は、意識を前に向ける。頬を刺すように吹きつける冷たい風と、激しく揺れる身体を感じながら、そんな自分の心と向き合うために。






 どのくらいの距離を走ったのか、気づけば頭上にあったはずの陽はだいぶ傾き、森のなかにあっては薄暗くなり始めていた。


(なんの説明もないんだもんね)


 虎次郎は「“つぼみ”の所へ行く」と言っていたが、そもそも“つぼみ”とはいったいなんなのか。人の名か組織の名か、はたまた物の名か。咲耶には、皆目見当もつかなかった。


 犬朗に尋ねるも「や、俺にも分からねぇ」と返され、仕方なく虎次郎の説明待ちになっているのだが──。


 その時、前を行く栗毛の『疾風』が失速し始め、咲耶の乗る象牙色の『六花』も歩調を合わせた。馬を落ち着かせながら、馬上の虎次郎が咲耶と向かい合う。


「ここからは歩いて行く。それと、赤イヌは置いていけ」

「…………なに、言ってんの?」


 咲耶の堪忍袋の緒が切れた。ろくな説明もしないまま、あげく咲耶の護衛でもある、大切な眷属を置いていけとは何事か。


「何を好きこのんで、あんたなんかと薄暗い山道で二人っきりになんなきゃいけないのよ! ふざけんじゃないわよっ」


 咲耶の返答を待たずに、栗毛を木の幹につなぎ止める虎次郎に、馬上から怒鳴りつけてやる。すると、何がおかしいのか、虎次郎はいきなり笑いだした。


「──……ああ、それでいい」


 笑い含みで独りごつと、咲耶に馬から降りるようにと指図してきた。納得がいかないまでも言葉に従う咲耶の影から、犬朗が抜け出る。


「赤イヌ。この先へ進めそうか?」


 さすがに足腰にふらつきを感じた咲耶を支える犬の眷属に対し、虎次郎は自身の背後を示した。


「──……いやにまぶしい道だな。特殊な結界か?」

「そうだ。お前のような強力な物ノ怪は通れまい」


 眼帯に覆われていないほうの目を細める犬朗に、虎次郎がうなずき返した。彼らの会話についていけず、咲耶は口をはさむ。


「なんの話をしているの?」

「……ここから先、しろの姫君の御身は、私がお護りせねばならない、ということですよ」


 気取った口調で虎次郎が応えるのを聞き、咲耶は顔をしかめた。そんな咲耶を尻目に、赤虎毛の犬は、じっと虎次郎に視線を定めた。


「……あんたに咲耶サマが護れるのか? 襲う、の、間違いじゃねぇよな?」

「犬朗!?」

黒虎こくこの花嫁くらいの器量()しなら考えるが……ふん、この程度ではな。俺が女に不自由していると思うか?」

「……衝動に、好みは関係ねぇだろ?」


 咲耶に保身がないと告げたはずの眷属の口からは、次々とよどみなく国司をおとしめる発言が飛びだす。咲耶は、自らが馬鹿にされている張本人なのも忘れ、隻眼の虎毛犬の真剣な目つきに息をのんだ。


 犬朗のぶしつけな眼差しを真っ向から受けた虎次郎は、しかし、怒りではなく、軽口を受け流すように笑ってみせた。


「なるほど、一理あるな。だが、この女には切り札があるだろう? それも、とっておきの、な」


 意味ありげな虎次郎に対し、犬朗がうなりながら自らの耳の後ろを乱暴にかく。


「──咲耶サマ。旦那、ちゃんと呼べよな?」


 めずらしく強い語調で言いきって、器用に立てられた犬朗の前足の指が一本、咲耶の鼻先に突きつけられる。


「えっ? えっと……はい」


 迫力に気圧され、思わず咲耶は素直にうなずいてしまった。


「話がまとまったところで──行くぞ、咲耶」


 うながす虎次郎には応えず、咲耶は犬朗を振り返る。仕方なさそうに、咲耶を見送る眷属がいて。咲耶はもう一度、うなずいてみせた。


「何かあれば和彰を呼ぶから、安心して」





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