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神獣の花嫁〜かの者に捧ぐ〜  作者: 一茅 苑呼
伍 囚われの神女(めがみ)
32/73

《六》神力を顕す──神ではなく、人として。

 


 咲耶と沙雪が通された広い座敷には、先ほど“市”で見かけた庶民風の者たちが居並んでいた。へやの中央には、布がかけられた盆が置かれている。

 上座に腰をかけた咲耶たちを見届けて、権ノ介が立ち上がった。


『──……死臭がする……』


 犬朗の苦い『声』に反応しかけた咲耶の前で、権ノ介が巨体を揺らしながら中央の盆へ歩み寄った。かけられた紺色の布を、取り上げる。


「これは……!」


 咲耶の横で沙雪が、怒りまじりの驚きを露わにした。咲耶も、思わず眉を寄せてしまう──盆の上に載っていたのは、カラスの死骸しがいだった。


「さぁさぁ、サクヤ姫様。その神力でもって『コレ』を生き返らせていただけますかな?」


 細い目を見開いて、権ノ介が笑みを浮かべる。やれるものならやってみろ、と、言われているようだった。咲耶のひざ下で、犬朗が舌打ちする。


『くそっ……咲耶サマに恥をかかせるのが狙いかよ……咲耶サマ、アレはけがれだ。触れちゃなんねぇ!』


 咲耶は、自らの右手が熱くなるのを感じた──神力が発動する兆し。


 これまで咲耶の神力は、まだ『生』のあるモノに対して行われ、また、発揮してきた。だが、今回の『相手』は、すでにしかばねと化している。


「権ノ介殿。このような振る舞いは、姫を愚弄ぐろうするもの。いったい、どういう了見で──」

「できません」


 片ひざを立て気色ばむ沙雪の言葉をさえぎり、咲耶は毅然きぜんと言い放った。

 室内にいた者たちの嘆きと溜息、それに嘲笑ちょうしょうが入り混じる。権ノ介も、やれやれといった様子で首を横に振った。


「姫……」


 どこかホッとしたような表情で、沙雪が咲耶を振り返ってくる。


「私には、できません」


 もう一度、室内にいる者すべてに聞こえるように、咲耶は言った。熱くなった白い痕のある右手の甲を、なだめるように左手でなでる。


(死んでしまったものを、生き返らせることは、できない)


 ──可能か不可能かといえば、おそらく『可能』なはずだ。自分のもつ神力は、咲耶ですら想像を超えた先の『力』を備えているように感じるからだ。


 息も絶え絶えだった、神獣・白虎を再生させたように。ただひたすらに()()()()()()、この神力ちからの限りは咲耶にははかりしれないのだ。なぜならそれは、和彰という神獣のもつ力と、同義であるのだから──。


(私は『白い神の獣の伴侶』で、代行者だけど)


『神』ではない。ただの人だ。

 その、『只人』でしかない者が神力をもつからといって、蘇生そせいまで行ってしまうことは……何やら、とてつもなく恐ろしいことに思えた。


 少なくとも咲耶にとってそれは、『死』という『自然の摂理』をくつがえす、まさに神をも畏れぬしき所業に感じられた。


 二度も「できぬ」と告げた白い花嫁に対し、権ノ介を始めとする『民』の目は、徐々に剣呑けんのんさを増していった。気づいた沙雪が何かを言いかけた、その時。


「おのおの方、勘違いなされますな」


 清々しい若い男の声が、響いた。室内の嫌な雰囲気を振りはらうような、ひと声。


「咲耶様ができぬとおっしゃられたのには、訳がございます。そこにあるは『民ならざるモノ』。すなわち、民以外のモノにほどこしてやる神力がないというだけのこと。


 しかしながら」


 そこで言葉を切り、直垂ひたたれ姿の男が、腕に抱きかかえた幼い少女を見せつけるようにして、室内に入ってきた。


「私の腕にあるわらわはまぎれもなく、この下総ノ国の民。咲耶様の神力おちからを授かるに、ふさわしい存在にございます」


 場にいた者たちの視線を充分に集めると、沙雪とよく似た面立ちでありながら正反対の性質をもつ男は、咲耶のほうへと近づいてきた。

わか……」と、苦々しくつぶやく沙雪の声は、咲耶の耳にだけ届いた。


「──咲耶様。何とぞ、御力を」


 咲耶にだけ解るように、ふたつ名をもつ男──虎次郎こじろうは、目線でもって語る。俺の役に立て、と。

 一瞬、ふざけるなと怒鳴りたい衝動に駆られた咲耶ではあったが、すぐに虎次郎が腕に抱く少女の異変に気づいた。


 頬が真っ赤にれあがり、呼吸が見るからに荒い。具合の悪さは一目瞭然だった。


(アホ男に目がいってて気づかなかったけど……)


 あえぐ姿が痛々しく、咲耶は右手を伸ばして少女の頬に触れた。火がついたように熱いとは、このことだろう。


(可哀想に……。こんな状態で、こんな所に連れて来られるなんて)


 一刻も早く、身体が楽になるように。少女の身を襲う病が、えるように。

 祈りながら優しく触れる咲耶の右手の下で、次第に静まる少女の呼吸。大きくふくらんだ頬が自然な赤みを取り戻しながら、小さな可愛らしい頬へと変わっていく。


 その様に、どよめきが起こった。信じられないものを見たという、正直すぎるほど正直な反応であった。


「これはこれは……!」


 興奮を隠しきれないように権ノ介が小刻みにうなずき、ほうっ……と、息をつく。次いで、咲耶に向かい両手を畳につけると、ぬかずいてみせた。


「当代の白い花嫁様の神力、しかと拝見いたしましてございます。いや、実に良き日となりました。この場にいる者を代表し“商人司”権ノ介左衛門、サクヤ姫様のご慈悲に、深く……深く感謝いたしまする……!」


 伏したまま張り上げた声音に反応するように、居並ぶ民人たみびとたちが、同様に咲耶に対し、ぬかずいた──。






 咲耶をもてなそうと引き止める権ノ介に丁重に断りを入れ、咲耶たちは商人司の屋敷を去る準備をしていた。


「……若、なぜいらしたのですか」


 栗毛と白い馬を連れてきた下男に心付けを渡した沙雪が、三人だけになったのを確認した直後、問いかけた。


「俺では対処しきれない件ができた。お前がなんとかしろ」


 あっさりと沙雪に任を押しつけ虎次郎が言うと、男装おとこよそおいの女の顔がくもった。こめかみを押さえる。


「……またですか。対処できないのではなく、する気がおきないだけにございましょう? 本当に、仕方のない……」

「分かったのなら、さっさと戻れ。国司・尊臣が長きに渡って不在では困る」

「もちろんでございますとも。

 ……ああ、姫。屋敷までお送りできず、申し訳ございません。火急のことなれば、これにて失礼いたします」


 しなやかな手でもって、うやうやしく咲耶の片手に触れたのち、沙雪が栗毛馬に近づく。虎次郎が言った。


「『疾風はやて』は置いていけ。俺が乗る」

「……まさか、姫を『六花りっか』に?」

「こいつが俺と一緒に騎乗すると思うか?」


 問いには応えず鼻で笑う虎次郎に、沙雪は一瞬だけ申し訳なさそうな顔を咲耶に向けたあと、うなずいた。


「では、わたくしは権ノ介殿に馬を借ります。──姫。本日は誠に、良き働きをなされました」


 ふたたび咲耶に目を向けねぎらうと、一礼をして沙雪が立ち去った。虎次郎が栗毛の『疾風』に、ひらりと騎乗する。


「『六花』は『疾風』と違い、鈍感だ。眷属が『お前のなか』にいても、問題なく走るだろう。

 ──おい、赤イヌ。聞いての通りだ。早く咲耶の影に入り、馬に乗れ」


 咲耶への気遣いも状況説明も、いっさいがっさい省き、虎次郎は馬上から咲耶を見下ろして地中の犬朗に言い放つ。当然のごとく咲耶の気分は最悪で、そして犬朗も()()()()()のように反応しなかった。


「──俺は、時は無駄にしないたちだ。咲耶、お前は俺に言ったな? この下総ノ国の者たちのためにも、と」


 初めて虎次郎と出会った日に、己の気構えを話した咲耶の言葉をもちだされた。真意が解らず見上げる咲耶に、手綱を引きながら虎次郎が続ける。


「これからお前が行くのは白虎はくこの屋敷ではない。“つぼみ”の所だ。日暮れまでに屋敷に戻れなくなっても、俺は知らんぞ?」


 からかうように虎次郎が笑みを浮かべる。


 咲耶は、自分がこの男に付き合わなければならないことを思い知った。そして、同じ気分を抱えているだろう眷属に、しぶしぶ主命を下す。


「……犬朗。影に入ってくれる? 『私の代わりに』馬を走らせてちょうだい」





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