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神獣の花嫁〜かの者に捧ぐ〜  作者: 一茅 苑呼
伍 囚われの神女(めがみ)
30/73

《四節・補足》宴の代償

※※※※※ お詫び ※※※※※

前部分に組み込むべき文節の入れ忘れに気づいたので、補足として入れます。


 


 白と黒と金の糸が綾をなして、組まれる。

 その三色を同時にまとうことは、下総ノ国では、白い神獣とその花嫁にしか許されない禁色きんじきであった。


(できた……!)


 三色が合わさった組紐くみひも。細かい作業は昔から得意だったが、思っていたよりも上等な出来映えだ。


「姫さま」


 部屋の外からかけられた声に、咲耶の顔がほころぶ。……やっと、渡すことができる。だが、次の瞬間、咲耶の耳に入ったのは、良くない知らせだった。


「国司・尊臣たかおみ様より使者がおみえです」


 反射的に顔がしかめっ面となる。盛大な溜息をついた。


(……なんて面の皮の厚い男なのっ……!)


 尊臣──虎次郎という男は、咲耶をあれほど馬鹿にしておきながら、まだ関わるというのか。それもこれも、犬朗がいみじくも言っていた『利用する価値』が、自分という花嫁にあるからだろうか?


 仕方なく咲耶は、手にしていた組紐を、ふたたび小箱へとしまった。






「──白の姫」


 言って、直垂ひたたれ姿の若い男が、深々と頭を下げる。傍らには、馬具の装着された栗毛の馬がいた。その手綱を従えたまま上げられた顔は、切れ長の眼をしたすきのない美貌びぼうの──。


「あっ……え? なんで、あなた……さ──」


 咲耶を見据え、その者はそっと唇に人差し指をそえる。秘密を共有する者に向けるような親しげな微笑を浮かべて。


「姫さま? こちら、前回の使者どのの兄君だとか。よく似ておいでですわね」


 咲耶の驚きを違う意味にとったらしい椿が、ふふっと笑う。咲耶はあいまいにうなずき返した。


「……申し訳ないが、椿殿。この場は外してもらえるだろうか?」


 かたい口調ながらもやわらかな声質は、言葉通りに椿に敬意を示していた。


 椿は少しとまどった様子ではいたが、そうして接する使者に好意をいだいたようで、いつにも増して可愛いらしい微笑みを残し、立ち去った。


「──沙雪さゆきさん、ですよね……? ちょっと、見違えました……」


 てっきり虎次郎がいると思い表へ出てきた咲耶は、椿が屋敷内に戻ったのを見届けてから声をかけた。


 咲耶の前に立つ沙雪は、以前に大神社内で会ったときとは違い、装いだけでなく体格までもが男性的であった。


 ふっ……と、沙雪が笑みをこぼす。


「……わかと、似せておりますからね。それに」


 とん、と、片方のくつかかとを地に打ちつけ、自らの一方の肩を叩いてみせる。


「履き物には上げ底を、肩には張りを、仕込んでおりますゆえ」


 咲耶の耳に唇を寄せ、小声で告げる。近づいた沙雪の身体からは、沈香じんこうにおいが漂ってきた。


(男装の麗人、初めてナマで見た……)


 去りぎわの椿が、沙雪をうっとりと見つめていたのもうなずける。男性的でありながら、男にはだせない色気を感じさせるたたずまい。


 沙雪のもつ雰囲気に圧倒されつつも、咲耶は彼女に問いかける。


「あの、今日はどういうご用件で……?」

「先日、若がお話ししたことを覚えておいででしょうか? 神現しの宴の……代償の件でございます」


 虎次郎であれば、難癖つけて追い返すことも考えなくもなかったが──。


 咲耶は、この沙雪というりんとした眼差しの女性が、嫌いではなかった。だから思わず、素直に訊き返してしまう。


「私に、どんな代償を払えというんですか?」


 漆黒の髪を、虎次郎と同じように高い位置で結んだ沙雪の髪が、さらりと揺れた。咲耶を見つめる眼に憂いを忍ばせ、小さく笑う。


「白の姫は、ご自分がなされたことを後悔してはおられぬはず。なれど、ご自分が引き起こしたことの報いを、受ける覚悟はおありなのですね?」

「……覚悟というより、責任は、果たしたいです。虎次郎……さんが言っていた『見物料』っていうのが、必要な徴収であったのであれば」


 沙雪が今日こうして来たことを考えれば、『必要な徴収』であった可能性が高い。


 虎次郎の考え方や気質は咲耶とは相容れないが、彼の沙雪に対する評価は間違ってないように思えた──秩序を重んじるという、政務態度。


 溜息まじりに、沙雪が応じた。


「えぇ。

 若のやり方は強引な部分が多く、道義的には同意しかねることばかりですが……。結果的には最良の政治判断であることが、否めません」


 すべてを善悪で判断するのならそれは『悪』に属するのだとしても。大局においては『善』になってしまう世のことわり──。


 沙雪の口調からは、そういった苦渋の決断を過去にしたことがうかがえた。咲耶にそれを責める資格も根拠もなく、あえて先をうながした。


「それで、私はどうしたら良いですか?」


 言いながらも、咲耶は薄々感づいていた。花嫁の利用価値が“神力しんりき”であることに他ならない事実が、示す先を。


 咲耶を見つめる沙雪の眼に、力がこめられた。


「これから、わたくしと共に“商人司しょうにんつかさ”の屋敷に行き──“神力”をあらわしていただきたいのです」


 予想された返答に、咲耶がうなずきかけた、その時。


「おおっと。うちの姫サマを、そんな簡単に連れ出してもらっちゃあ、困るな」


 それまで大人しかった栗毛の馬がいななくのと、ほぼ同時。隻眼の虎毛犬が、地中より姿を現した──。





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