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神獣の花嫁〜かの者に捧ぐ〜  作者: 一茅 苑呼
壱 契りなす処女(おとめ)
3/73

《二》仮初の契り──それは、口にだしてはならぬ。



 ハクコが儀式のために衣装替えをするとのことで、咲耶は先に神殿内へと通される。


 そこは、咲耶が車のなかだとばかり思っていた、あの、一番最初におかしいと感じた場所と酷似していた。違うのは、その広さが倍になっただけである。


(布団……とかないし、やっぱ形だけってコトなのかな……?)


 勝手に早とちりしていた自分に、咲耶は気恥ずかしくなってしまう。


(そりゃ、そうだよね。いきなり、お互いのコトなんにも知らない男女が、なんて)


「──待たせた」


 言って、結っていた髪をほどいたうちぎ姿のハクコが現れた。


 咲耶は、思わず口を開く。


「あの、儀式って、具体的に何をするんですかね?」

「──あかしを、立てる」

「えーと……?」

「お前が、私のあるじであるという、証だ」


 首を傾げた咲耶に、ハクコが言葉を重ねたが、重ねられるほどに疑問が増えそうで、咲耶はこっそり息をつく。


(全然、イミ解んないんですけど……)


 それでも、文脈だけをとらえて、訊き返してみる。


「あなたが私の主、ではなくて?」

「そうだ。逆はあり得ない」


 答えると、ハクコは自らの着物の帯を、するりとほどいた。


(へ?)


 その所作に、咲耶の心臓が、どくんと強く脈打つ。


「ま、待って! あの……外、人がいっぱいいるよね? あの、ここでどうこうって、その……」

「場所を指定しろ。そこにあとをつける」

「はい?」

「お前の身体だ。お前の好きな箇所を選べ」


 咲耶の真意はまるでハクコに伝わらず、そしてやはりハクコの言うことは、まるで理解ができなかった。


 そんな咲耶の前で、ハクコが瞳を閉じた。自分の身体を抱きしめるように、その身をやや前に倒す。

 ぶるっとハクコが身体を震わせると、ふっ……と、一瞬にしてハクコが袿だけを残して消えた──。


(嘘っ……)


 目を見開いて、咲耶は床に落ちた袿を見つめていた。直後、袿が生き物のようにもぞもぞと動いて──否、袿のなかから、小さな白い獣がい出てきた。


(ホワイトタイガーだ……)


 その『音』の意味が、ようやく咲耶のなかで、正しい漢字として浮かぶ。

『ハクコ』というのは『白虎はくこ』、白い虎、ということなのだと咲耶は知った。


(なんで、『ビャッコ』、じゃないワケ!?)


 突っ込みを入れながらも、咲耶は現れた白い獣に目を奪われた。


 成獣ではなく、近所の日本猫と同じくらいに見える体躯たいく。しかし、猫よりも頭は大きく、四肢は太くがっちりとしている。

 素晴らしく見事な毛並みは、白色に薄い黒のしまが入っていた。


 じっとこちらに向けられた青い瞳は、ハクコのそれと同じ光を宿している。


『場所は、決めたか』


 その声は、頭に響く自らの声のようで。音として、空間を伝わってはいなかった。


 呆然としたままの咲耶は、ぎこちなく首を横に振る。

 ──何をどう決めていいのか、分からない。


「身体のなかの……どこでもいいの?」

『そうだ』

「その……痛かったり、する?」

『私は、今まで主をもったことがない。だが、文献によると、多少は痛いらしい』

「じゃ、じゃあ、手で! 右手の甲で!」


 意を決して言うと、白い虎は動きを止めて咲耶を見返した。が、じきに咲耶の身のうちに声が響く。


『では、右手を差し出せ』


 おそるおそる咲耶が手を出すと、袿のなかから一枚の布を引きずり出し、口にくわえ、咲耶の手の甲にそれをかけた。

 そして、おもむろに上げた前足でその上から爪を立て、引っいた。


「痛ッ……!」


 咲耶の口から短い悲鳴があがると、すかさず声が返ってきた。


『死にそうか?』


 とまどったような調子の声が、なんだかおかしくて、咲耶は笑った。


「このくらいじゃ、普通、死なないんじゃ……」

『だが、一番最初の娘は死んだ』

「え?」

『お前と同じように、右手を差し出した。私が爪を立てた直後、悲鳴をあげて死んだ』

「それは……」

『なんともないなら良い。この布を外にいる者に渡せ。それから、私に袿を被せろ』


 言われた通りに咲耶がすると、外にいた中年の男は咲耶を見て、ふっと笑った。

 咲耶から受け取った布に向かい、小さく何言かつぶやくと、宙に指先で何やら描いた。


「……ここに、なんと書いてあるか、分かるか?」


 布を広げて見せ、男が問う。

 咲耶はいぶかしく思いながら、布に目を落とした。


(って、さっき見たときは、ただの真っ白な布にしか……)


「それが、そなたとハクコの仮初めの契りの証だ。真の証となるかは、そなたたち次第だ」


(───あ)


「この文字は、そなたにしか見えぬ。解るか? これが、ハクコの名だ。そなたが呼ぶことで、初めてあれは、名をもつことになるのだ。


 ──ただし」


 そこで言葉を区切って、男は咲耶の瞳をのぞきこむ。


「それは、口に出しては、ならぬ」




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