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神獣の花嫁〜かの者に捧ぐ〜  作者: 一茅 苑呼
伍 囚われの神女(めがみ)
29/73

《四》無垢な魂の主──美しさも気高さも底知れぬ力も、すべてこの手に。

 


 咲耶の意をくんだ美穂に屋敷を追いやられていた茜は、どうやらあちらこちらに『散策』に行っていたらしい。

 神獣の里や、“西の都”と呼ばれる場所に。


 以前から、唐菓子や反物などを土産に持たされることがあったのだが、咲耶はそれらの入手先を不思議に思っていた。


 なぜなら、屋敷に持ち帰るたびに椿つばきが「こちらでは手に入れにくい貴重なお品ですわ」と、喜んでくれていたからだ。


(まさか、『瞬間移動』であちこち飛び歩いてたなんてね)


 出不精などと虎次郎こじろうは茜を評していたが、単純に彼の目につく所に茜が出没しないだけの話だったのかもしれない。


「えっとね、和彰──」


 夜も更けた咲耶の部屋には、最初の頃とは違い、ふた組の布団が敷かれるようになっていた。


「私、あなたに謝らなきゃいけないんだけど……」

「謝る? 何をだ」


 さらり、と、色素の薄い髪を揺らして、和彰の青みがかった黒い瞳が、咲耶をけげんそうに見つめ返す。


「ほら、神獣の里から犬貴の所に移動したとき。あれ、和彰が私のために『力』を遣ってくれてたんでしょ? なのに、お礼も言わないで、そのまま犬貴の治癒始めちゃって……ごめんね? あと……ありがとう」


「──礼も謝る必要もない。私は私の為すべきことをしたまでだ。お前のために『力』を奮うことは、私の『ことわり』なのだから」


 感情のこもらない低い声音。まがう方なき真理を話していると、和彰の様子から窺えた。


(でも、なんか……)


 素っ気なく、冷たく感じる。それは、いまに始まったことではないが。


「…………私の言うことなら、なんでも聞いちゃうの?」


 少しねたような気分で、試すように尋ねた。


「無論、お前が望むことであれば」


 迷う素振りもなく言ってのける和彰に、咲耶はムキになって訊き返す。


「そんなっ……。私が間違ったことや悪いことを望んだりしても、言うこと聞いちゃうっていうの?」

「お前が真に望むのであれば」


 動じることなくつむがれる答え。純然たる『正義』の危うさを感じさせるもの。


 咲耶は、昼間に犬貴から言われたことを思いだす。『清き心根』と『正邪を見極める心眼』を、もたなければならない、と。


(それは、犬貴たち眷属に対してだけじゃない、きっと、和彰に対しても同じことが言えるんだ)


 無垢むくな魂を抱えた目の前の神獣の化身は、さらに強大な『力』を内包しているはず。彼らの主たる自分はそれを踏まえて行動をし、発言をしなければならない──。


 咲耶は目を閉じて、息をついた。


「……和彰。お願いがあるんだけど」


 ふたたび和彰を目に映して告げれば、和彰は黙ってうなずいてみせる。咲耶は、美穂から聞かされたことを胸に、自身の覚悟を決めるため、口を開く。


「いまここで……私に神獣の姿を、見せてくれる……?」

「──……分かった」


 予想外の『願い』だったようで、和彰はほんの少しとまどった様子を見せてから、首を縦に振る。すっと立ち上がり、袿に手をかけた。


 するりとはだけられた衣から、和彰の白い肌が徐々にあらわになり、咲耶の目を奪う。ほのかな灯りに映しだされる、肩と鎖骨。ほどよくついた筋肉がうかがえる二の腕と胸板。


(っていうか、女の私より色っぽい脱ぎ方やめてよ……)


 和彰と『親密』になったとはいえ、理性が全面に出ている状態では正視しづらかった。咲耶は、やや視線を外す。


 契りの儀のときは、まだ幼獣だったためか、すぐに戻る体勢になっていたが、いまの和彰は、そこでようやく自らを抱くように身を震わせる。


 ──まるで、咲耶の視界がゆがんだかのように感じさせて、現れる、白い虎の神獣。室内に姿を現した優美な獣は、肢体の重さを感じさせる足取りで咲耶に近づいてきた。


 がっしりとした前足をそろえ、後ろ足を縮ませる。しなうむちのような尾が、身体に添った。薄明かりでも、そこだけ輝くような白い毛並みに映える、薄い黒のしま模様。


 冴え冴えとした青い瞳が、咲耶をまっすぐに見つめる。咲耶の内側で響く『声』と共に。


『これで良いか』

「う、うん。ありがと……」


 文字どおりの神々しさが白い神の獣から放たれ、咲耶は言葉につまる。おそれを、初めて感じた。同時に、自分の内側に、なんともいえない高揚感がわきあがった。


 この美しき獣が咲耶を必要とし、愛しい者として認識してくれている。美しさも気高さも、底知れない『力』も、すべて咲耶の手中にあるのだ──。


 高鳴る胸は自らの責任の重さを物語るが、それでも咲耶は、目の前の神獣の姿をした()()()()()愛しい。


「ギュッ……って、してもいい?」

『……ぎゅっ?』


 理解できない『音』を繰り返して、和彰が問う。汚れを知らない青い瞳が、咲耶をじっと見つめ、小首をかしげる。


 咲耶は衝動に突き動かされて、白い毛並みの猛獣に腕を回した。抱きしめるというより、抱きつくといった体裁になるほどに成長した『白い神の獣』。内なる純真な魂に、呼びかける。


「あのね、和彰」


 交わす言葉は、飾り気のないものばかり。けれども、いつも咲耶の抱える想いを気遣ってくれる存在。


「私はあなたの主で、私の言うことを聞くのが、あなたの『理』だっていうのは分かったわ。

 だけど、それでも私は、私が判断に困った時や迷った時は、あなたに一緒に考えて欲しい。だって……それが、『伴侶はんりょ』ってことだと思うから」

『──……分かった』



 胸のうちに届く『声』は不思議なほどに優しく、あたたかなものだった。


 空間を震わせて伝わる声音とは、違うからだろうか? それは、和彰の『魂の響き』なのかもしれない。やわらかな被毛ひもうを感じながら、ふと咲耶は、そんなことを思った。


『──咲耶。私もお前に願っても良いか』


 投げかけられた言葉に、咲耶はくすっと笑う。


「なに? 私にできることなら、言ってみて?」


 身を起こして答えると、白い虎の前足がひょいと持ち上がり、咲耶の片腕をぽすっと押した。


『私もお前をぎゅっとしたい。だが、獣のままではできない』


 人の姿になっても良いか──そう続けて問いかける白い神獣の鼻づらが、咲耶の鼻に寄せられる。咲耶は、乞う必要のない許しに対し、笑ってうなずいた。


「いいわよ。和彰のお好きなように」


 告げた瞬間、唇に触れるぬくもりと吐息。次いで、力強い腕に束縛される身体。幸せな息苦しさに、全身がつつみこまれる。


「……以前お前は『どちらの私も』好きだと言ってくれた。私も、それを嬉しく思った。けれども今は、この姿でお前と共に在れる時間を、より嬉しく思う」


 つむがれる低いささやきが熱を帯びて咲耶の耳もとをくすぐる。情熱に比例しかすれた声音は、咲耶の抱える想いをさらに強め、確かなものとした。


「うん、私も……いまも、和彰が虎の姿でも人の姿でも、同じくらい好きだけど……。でも、和彰が私の側にいて、こうやって抱きしめてくれるのが、すごく嬉しい」


 そして──だからこそ自分は、責任を果たそうと思えるのかもしれない。


 いつかくるはずの生命をつなぐ役割も。『治癒と再生』をつかさどる神獣の代行者としての役割も。





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