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神獣の花嫁〜かの者に捧ぐ〜  作者: 一茅 苑呼
肆 癒やしの接吻(くちづけ)
24/73

《六》だからこそ花嫁が『代行する者』となりえるのではありませんか?

 


 最初に会った時、咲耶に見せた柔和な笑みは、仮面を被っていたのかと思わせるほどの変わりよう。咲耶は、あ然としたまま動けなくなってしまった。


わか、まだ話しの途中なのですよ?」


 いら立ちともとれる、あきれたような表情をする女に片手を払うしぐさをしてみせ、男の目がふたたび咲耶を捕えた。


「おかげで、お前を呼び寄せた意義の半分は達成できた。お前の神力ちからの程度は確認させてもらえたからな」


 片腕に抱えた咲耶がまとっていた水干のなかから、『目』の描かれた短冊を引き抜き、ひらひらと振る。瞬間、直衣姿の女が、咲耶に対し勢いよくひれ伏した。


「白の姫、わたくしは、傀儡かいらいなのでございます。正確には、表向きの国司・尊臣を名乗っておる者──」

「もう種明かしか? つまらんな」

「始めたのは、若のほうにございましょう? ならば、最初から国司・尊臣として、お会いになればよろしいでしょうに」


 事態がのみこめずにいる咲耶をよそに、二人の男女が言い争う。咲耶は、話の内容から推察したことを、ようやく口にする。


「…………つまり、お二人ともに国司・尊臣さんだということで、間違いないですか?」


 漆黒の髪の男が、つり上がりぎみの目をみはり、眉を上げる。


「へぇ、しっかりと真理をついてくるじゃないか。

 ──いかにも。俺の真名は『尊臣』だが、『虎次郎』という国司の側仕えでもある。

 こいつの真名は、沙雪さゆき。表向きだの傀儡だのと卑下していたが、政務まつりごとのほとんどを担っているのは、このユキだ」


 沙雪と紹介された直衣姿の女性は、咲耶の眼差しに恐縮したように目を伏せる。


「さっき……意義の半分て言いましたよね? 残りは、なんですか」


 だまされたと解ったことにより、咲耶の脳内は急速に冷えた。そっけなく訊く咲耶の神経を逆なでするように、尊臣──いや、虎次郎は、にやりと笑った。


「まぁ待てよ。話は順を追ったほうが良いだろう? 『神現しの宴』の時といい、先刻の鼻たれ小僧の時といい、つくづく俺をないがしろにする女だな」


 見下す視線はそのままに、虎次郎は乱暴に腰を下ろす。あぐらをかいたひざ上に頬づえをついた。


「まずは『神現しの宴』の件。

 あれを主催したのは俺だが、お前の乱入を不問に付すとしたのはユキの裁量だ。もとより、こいつは神獣を見世物にするのには反対だったからな。

 しかし、お前の無粋な行いで、あてにしていた商人からの『見物料』はふいになった。あとで『代償』は払ってもらうぞ」


 意味ありげに咲耶を見やったのち、虎次郎は話を続けた。


「結果、あの宴の一件で、お前が『仮の花嫁』であることが露呈したわけだ。生意気にも俺の顔に泥を塗っておきながら、神力もまともに扱えないときた。だから俺は言ったんだ、「花嫁の首をすげ替えろ」とな」


 咲耶を見ながら片方の親指を立て、自らの首のあたりで横に引くしぐさをする。不遜ふそんな虎次郎の態度に、咲耶も負けじと言い返す。


「……そうらしいですね。

 和彰の『儀式』を三度で打ち切ろうとしたり、花嫁の命をムダに奪おうとしたり……。ずい分とこらえ性のない方だとうかがってましたけど、全部事実ですか」

赤虎せきこか。あいつは出不精で潔癖なうえに、頭でっかちだからな。まったく……使いみちがない」


 咲耶の嫌味を受け流し、虎次郎は息をつきながら頭を横に振る。話がかみ合わないように思えるのは、咲耶の気のせいだろうか?


「そして、そんな赤虎やつの情報によって、お前は脱獄したわけだ。あれは、俺にとっては好都合だったがな」

「え?」

「ユキは、俺の考えをいさめていたんだ。お前のいう通り、気が短いのが俺の悪いところだなんだと諭し、お前を牢から解き放つつもりでな。


 そんななか、お前が脱獄したとのしらせが届いた。これにはユキも、追捕の令を出さないわけにはいかなくなった。なぜなら、脱獄した者を野に放ったままでは、国司を始め、この国の官吏の力不足を、内外に示すことになるからだ。


『俺たち』が追捕の令を下さずにいれば、下の者からの突き上げがくるのは明白だった。……ユキは、何より秩序を重んじる。秩序を乱した者を捕らえるのは、やぶさかではないからな。


 ──俺は、お前という『使えない花嫁』をつため。ユキは、脱獄という『罪を犯した者』を捕らえるため。国司・尊臣は、追捕の令を下す決断をした、というわけだ」


 咲耶は、眉を寄せた。では、闘十郎とうじゅうろう百合子ゆりこが来たのは──。


「眷属っていう厄介な物ノ怪(もののけ)()()()()()お前を、只人が追って簡単に討てると思うか?

 ……答えは馬鹿でも解る。蛇の道は蛇、というだろう? 『あいつら』は、赤虎と違って役に立つからな」


 咲耶の心のなかを読んだような虎次郎に対し、咲耶の片手が上がる──が、なんなく受け止められた平手は、そのまま力任せにひねられ、突き飛ばされた。よろめいて、咲耶は背にした几帳に倒れこむ。


「俺には短気という欠点があるが、お前という女は、他人のために己の自制心が利かなくなるのが、短所だろうな。

 黒虎こくこらが『こま扱い』されていると知り、腹が立ったか? 神現しの宴で白虎はくこに駆け寄った時のように。……ふん、お優しいことだ」


 咲耶は腕をさすりながら身を起こし、虎次郎をにらみつけた。カッとなった身体が熱くなるのと同時に、咲耶の左脚に鋭い痛みが走った。


(い、たっ……!)


 太い針で突き刺されたような感覚が、咲耶を襲う。断続的な痛みに、身体の自由が利かない。


「白の姫」


 気遣うような呼びかけと共に、沙雪が咲耶に手を差し伸べてきた。肩ごしに虎次郎を振り返る。


「ですが、それこそが『姫たち』に共通する資質。ただの優しさではなく……慈悲ともいえる、人やモノに対する深い愛情をもたれること。花嫁たるゆえんでしょう」


 沙雪の澄んだ声音が虎次郎の行いを律するように告げたが、向けられた本人は鼻であしらった。


「はっ。慈悲? 愛情? そんなもので、腹がふくらむものか。……人がみな、高潔で貴い精神をもっているとすれば、話は別だがな。


 現実は、どうだ? 生活が困窮すれば、自分の立場が危ういとなれば、人はたやすく人を裏切る。そんなことは俺に言われるまでもなく、お前が一番よく解っているだろう」


「……えぇ、存じております」


 わずかにのぞき見える横顔に、沙雪の憂いがにじむ。だが、口を開きかけた虎次郎を、りんとした眼差しで制する。


「若、だからこそ、花嫁が『代行する者』となりえるのではありませんか?」

「なに?」


 片眉をはねあげる虎次郎に、沙雪は言葉を重ねる。


「虎様方は、みな、花嫁以外には情の薄いご様子。かの方々が、御自ら民に慈悲を向けるとは、到底思えません。ですから」

「お前らしい、こじつけの見解だな。物事の成り立ちには、すべて意味があるとする……」


 くくっ……と、のどの奥で笑って虎次郎は立ち上がった。足もとにある咲耶の水干を踏みつける。


「咲耶。お前の神力ちからは、脆弱ぜいじゃくだ。民一人を救うのに、あれほどの時間を使い、そのたびに体力を失うようではな。あれしきの神力で俺と対等に渡り合おうなどと考えるとは、片腹痛い」


 傲岸ごうがんな笑みで咲耶を見下ろすと、虎次郎は袂をひるがえし、部屋を立ち去って行く。ふと、思いだしたように足を止め、薄暗くなりつつある室内を振り返ってきた。


「次に会う時までには、少しは俺の役に立てるようになっておけよ?」


 完全に咲耶を小馬鹿にした口調で言うと、今度こそ虎次郎は立ち去ったようだった──そして、咲耶の気力がもったのは、そこまでであった。


「……白の姫!?」


 咲耶の異変に気づいたらしい沙雪の声が、遠くのほうでした──。



 *



 ──遠くのほうでした声がだんだんと近づき、やがてそれは人の話し声となった。


「それで? 薬師くすしはなんと言っているんだ」


「解毒しようにも毒の種類が分からなければ、調合のしようがないとのこと。ただ……」


「なんだ?」


「姫は、神籍に入っておられる方。それを侵す毒となれば、おのずと限られます。おそらく、只人であれば、死に至るものかと」


「ふん。花嫁であるがゆえに死にきれぬというわけか。おまけに、人の病や怪我は治せても、己の治癒はできぬときた。つくづく面倒な女だな。いっそ俺が、止めをさしてやろうか」


「若、言葉が過ぎますよ? それより、姫の眷属をどうにかせねば。問題を起こすことのないよう、()()()()()()()()()()なりませんね」


「……放っておけば、狼藉ろうぜきをはたらき、処分できたかもしれんものを。時々、お前の気の回し方に嫌気がさす」


「お褒めの言葉と頂戴いたします。

 愁月殿の屋敷には、先ほど使いをやりました。じきに、ハク様もおみえになるかと」


「ならば、俺は去る。あのむかつく犬畜生らにも、このことを伝えねばならんしな。あとはお前に任せる」


「……最初から、わたくしひとりに任せていただければ、姫との交渉も滞りなく済んだでしょうに……」


「知るか。こいつは、いちいち俺のかんにさわる。仕方あるまい」


 浮かびかけた咲耶の意識は、男の捨て台詞と女の溜息を最後に、ふたたび沈んでいく──。






「お待ちください、ハク様。これ以上は困ります……!」


 複数の足音と衣ずれ、制止しようとする女の、張りの失せた声。


「──ハク殿。今は、白の姫君を静かに寝かされよ」


 すぐ側で放たれた聞き覚えのあるやわらかな声は、しかし低く、口調も改まっている。


「この者は私の花嫁。急ぎ連れ帰るが道理」

「……しかし、薬師も手をこまねいておったが?」

「ならばなおのこと、我が屋敷に連れて行く。尊臣様の手をわずらわせることではない」

「では、牛車くるまを──」

「必要ない。失礼する」


 ふわり、と、自由の利かない身体が宙に浮く感覚がした。つつまれるぬくもりは、咲耶のよく知ったもので。安堵あんどと共に、思わず身を寄せた──。





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