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神獣の花嫁〜かの者に捧ぐ〜  作者: 一茅 苑呼
参 呼びかける真名(なまえ)
13/73

《五》眷属の能力──折りに触れてイロイロ教えてやるよ。

 


 こちらの世界──陽の元での食事の回数は、朝と夕の一日二回だった。


 もともと咲耶は、朝起きて(といっても午前十時すぎ)朝・昼食を摂り、仕事を終えて(だいたい午後九時頃)晩ご飯という生活をしていたため、食事の回数に特に不満はなかった。


(むしろ健康的な食生活なんだよね)


 膳の上には、ひとつの椀に汁物、もうひとつの椀に白米。いくつもの小皿には、野菜の煮物や和え物、朝は焼き魚、夜は煮魚……と、並ぶ。

 いま目の前にあるのは、咲耶の知らない川魚の煮付けだ。


「……そういえば、ずっと気になってたんだけど、犬朗たちの食事って、どうなってるの?」


 咲耶の部屋には椿の他に、ハクコと咲耶の眷属のうち、古株の犬貴を抜かして全員がそろっていた。


「ああ、そのことか。咲耶サマが考えてるような『食事』なんてモンは、ねぇんだよ、俺らには」


 部屋の隅にいた犬朗の言葉に、椿よりやや咲耶から離れた位置にいる たぬ吉が、タヌキの耳を揺らし小刻みにうなずく。


「……じゃ、転々は、特別?」


 咲耶のすぐ側で、かつおの削り節のかかった飯を食らうキジトラの猫を見る。にゃあ、という満足そうな鳴き声が返ってきた。その反応に、隻眼の虎毛犬が噴きだす。


「……まぁ、そうだな。厳密に言やぁ、そいつは『化けモン』になってからの日が浅いんだろうから、『マトモだった頃』の食いモンに、目がねぇんだろうさ」


 犬朗の物言いに、先日、赤虎・茜から聞いたことを思いだす。


「眷属っていうのは、もとは物ノ怪(もののけ)だったものを、アタシ達──主の従順な配下にしたものをいうの。だけど、只人からすれば、自分たちに害を為すモノとの区別がつかないから……恐怖や嫌悪の対象ではあるわね」


 以前、犬貴が咲耶の『影』に入りその身を隠そうとしたのには、そういう理由があったのだと納得させられた。


「本来の俺らは、ヒトの生命力を喰らって糧にする。けど、眷属になったいまは、ハクの旦那から生命力を()()()()()()()()……ってぇトコかな?」


 燈台が照らす薄明かりの部屋のなか、犬朗の隻眼が面白そうに細められた。


「ちなみに、咲耶サマ? あんただって、ハクの旦那から生命力を分けてもらってるんだぜ? 気づいてないようだけど」

「えっ? 嘘っ!? そうなの?」

「……あー、やっぱ、黒いの──犬貴のヤツもハクの旦那も、肝心なコトは、なーんも話してないんだな。……ん、分かった。折りに触れて俺が、イロイロ教えてやるよ、咲耶サマ?」


 前足を、おいでおいでをするように動かして、犬朗が言う。……犬朗の「咲耶サマ」は、どう聞いても仕方なしの様づけで、犬貴のごり押しなのが丸分かりだ。


 その犬貴は、今晩はハクコの御供でいなかった。

 咲耶が初めに感じたように、確かに犬貴は咲耶に対し、情報規制をしている気がする。それは、犬貴なりに、咲耶のためを思ってのことなのだろうが──。


 ふいに咲耶は、この場にいない冷たい美貌びぼうの青年を思い浮かべた。椿から告げられた行き先を思い、口にする。


「『神現かみあらわしのうたげ』って、結局、ドンチャン騒ぎみたいなもん?」


 夕食を終え膳を片付けてもらった咲耶は、ハクコの不在理由を改めて椿に訊いてみた。


「どんちゃん……?」

「あー、えっと、めや歌えの大騒ぎ……的な?」


 言いながら咲耶は、自分の日本語が不自由なことを実感する。しかし、お役目大事の花子の少女には、それでなんとか通じたらしい。軽く首を横に振って、咲耶の問いに応じてくれた。


「いいえ。にぎやかな宴というよりは、神聖な……儀式に近い催しではないかと思われますわ。ただ……花子見習いの時に教えていただかなかったことなので、おそらく当代の国司・尊臣様が初めて行われることかと」

「そうなんだ……」


 結局、どんな趣旨の『宴』なのかは、この場にいる者らには解らないようだ。


 残念な気分が顔に出てしまったのだろう。犬朗が、ひょいと身を起こし、表玄関のほうをあごでしゃくった。


「なんなら、その『宴』とやらの場所まで、俺が連れて行ってやろうか? 咲耶サマだって、ハクの旦那の『ついかた』っつう立場なんだから、別に参加しちゃなんねぇ決まりもねーだろ?」

「ですが、もう夜も更けておりますし……」


 椿が困惑したように眉を寄せる。


 咲耶のいた世界とは違い、こちらの夜は暗い。夜間の女性の外出は、極力控えるのが常識だと聞いている。椿が渋るのも、無理はなかった。


「あー、椿チャンも、犬貴並みに頭かてぇな。俺が護衛でついて行くし()()はテンテンで充分だろ」






 そうして、咲耶は初めて夜からの外出に至った。


 空を見上げれば月が浮かんではいるが、時折、雲に隠され闇につつまれる。吹く風は、わずかに冷たい。


 こちらの季節は、秋になるのだろうか。草木に囲まれ本来なら足もとがおぼつかないような夜道だが、いまの咲耶には、はっきりと辺りが認識できていた。


「なんか、暗視ゴーグルのぞいてるみたい……」


 ぽつりとつぶやくと、視界のなかで、なんとなく赤毛と判る犬が咲耶を振り返ってきた。


「あんしごうぐる?」

「ああ、ええっと……暗闇でも、周囲の様子がよく分かるなぁって」


 言い換える咲耶に、赤虎毛の犬が得意げにうなずく。


「そーだろ、そーだろ。せっかく咲耶サマには、便利な眷属おれたちがついてんだから、使わない手はねぇよな」

「でも……転々? 聞こえてる?

 ──転々からの反応がないから変な感じ。犬貴のときは、話しかけると反応があったのに」


 咲耶の『眼』が夜目にも利くようになったのは、いま現在、咲耶の『影』に転々が入っているからだ。以前に犬貴が咲耶の『影』に入ったときよりは、弱い干渉のようだと、咲耶は思った。


「単純に、テンテンは犬貴より『力』がないからな。咲耶サマがどう思ってるかは知んねぇけど、あいつ、わりとデキる奴なんだぜ?」


 犬朗の言葉に、咲耶は疑いもなく同意する。しぐさや振る舞いから、咲耶は犬貴に対し、漠然とした信頼を寄せていたからだ。


 犬朗の説明によれば『影』という眷属の能力は、簡単にいえば主に憑依ひょういすることらしいのだが、眷属によってばらつきのある能力のようだ。


「まず、主と『目・耳・鼻・口』を同化する。これは、眷属誰しももてる力だ。つまり、初級。

 で、次に、主との意思の疎通。ここが分かれ道で、主の考えっつうか思考ってぇの?それが解っても反応ができない状態。いまのテンテンだな。

 さらに、意思の疎通ができて反応もできる。これが中級。タンタンの力量は、こんくらいかな?」


 ちなみに、犬朗のいうタンタンとは、たぬ吉のことだ。


 じゃあ、犬朗はケンケンだろうという咲耶の揶揄やゆは、

「すげぇな、咲耶サマ。そーゆう名付け由来だったんだ」

 という、本気か冗談か、解らない反応が返ってきてしまった。


「少し上をいくと、主の身体を自由に操って、自分のもののように動かせることが可能になる。これが上級。

 俺は、ま、ここいらで勘弁ってトコだけど、犬貴のヤツは、さらにこの上をいく」


 せわしなく鳴く虫の声の合間をぬうように、犬朗のかすれた声音が辺りに響く。眼帯に覆われてない眼が、咲耶を捕えた。


「主の身体のまま、自分のもつ『じゅつ』が遣いこなせる。あいつは確か、風を遣うのが得意だったはずだから、その系統の術な? かなり高度な『影』の能力になるぜ」

「へぇ、そうなんだ……」


 感心しながら咲耶は、犬貴が影に入った時のことを思いだす。

 親子のあいだを裂くように吹き抜けた、強い風。いま思えばあれは、犬貴の力によって引き起こされたものだろう。


「俺の能力は……って、咲耶サマに披露してやりたいのはヤマヤマだけどな。そんなモン遣わない事態に留めるのが、一番ってヤツだ」


 犬朗の言葉に、咲耶は思わず眉を上げる。なんだか意外な台詞を聞いたようで、驚いたのだ。すかさず犬朗の前足が上がり、器用に指が一本、立てられた。


「あっ、俺のことを、好戦的で自己顕示欲が強いヤツだって、勘違いしてんな? ……ま、初対面で調子ぶっこいて黒いのとやり合おうとしたのは事実だけどな」


 黒いの、というのは、犬貴のことらしい。眷属となる前の呼び名だろうか? さしずめ犬朗は『赤いの』だろう。


 ふう、と、息をついて、犬朗は先を続けた。


「俺の信条は『君子危うきに近寄らず』だぜ? 危ねぇ橋は、極力渡らずに済ますのさ。けどよ、黒いの──犬貴は冷静そうに見えて、激情型だ。主の命令なんてモンがなくても、己の身に代えて、主を護るだろう。


 だからさ」


 ピタリと、犬朗の歩みが止まる。じっ……と、ひとつの眼が、咲耶を見据えた。


「あんたが、ハクの旦那の命令をくつがえしたこと……俺は、ちょっとだけ評価してる。放っておいても命投げだしそうなヤツには、いい(・・)くさびを刺したことになったろうからな。

 それだけ、俺ら眷属には命令の言霊ことだまは重要だってこと、肝に銘じておいてくれよ?」


 真剣な眼差しと声音に、咲耶は金縛りにったように動けなくなった。直後、犬朗があわてたように、自分の口を両方の前足で押さえた。


「おっと! やべぇ、咲耶サマに無礼な口の利き方をしちまったぜ。犬貴のヤツには、内緒な? なっ?」


 強面こわもての甲斐犬がするしぐさにしては、滑稽こっけいで可愛らしい。咲耶が噴きだすと、犬朗も肩を揺すった。


「そういやぁ、なんで咲耶サマは『神現しの宴』になんか行きたいんだ? 酒か?」


 思いだしたように尋ねられ、咲耶は一瞬だけ答えをためらう。


 ごまかすことも、もちろんできた。だが、この眷属に対しては、一度ごまかしてしまったら、二度と自分を信用してくれない気がした。


 咲耶は口ごもりながらも、正直に話し始める。


「えっと……なんて言ったらいいのかな……。ハクがね、前に結界けっかいを修復してる時があってね──」


 月光のもと行われていた、清麗で美しき舞い姿。見惚みとれて動けなくなった自分。もう一度、見てみたいという欲求……。

 うまく伝えられているか不安になったところで、犬朗がしたり顔でうなずいた。


「はっはーん、なるほど。

 旦那本人は、結界なおしてただけだって言うけど、咲耶サマにしたら『イイモン見せてもらった』っつー感動の出来事だったんだ。で、『宴』だったら、ひょっとして旦那の踊ってるトコ見られる機会があるかもー、って、そんなカンジ?」

「……っ……そ、そんな感じ」


 つたない説明で理解してもらえたのは嬉しいが、咲耶は気恥ずかしい気分になった。犬朗の眼と口が、笑っているように見えたからだ。


「へーえ。俺は、てっきりハクの旦那の独り相撲かと思ってたけど……」


 言って、犬朗が残された片目をつむってみせる。


「咲耶サマも、ちゃあんとハクの旦那を想っていたんだな。安心したよ。

 ──おっ、ようやく目的地に着いたようだぜ、咲耶サマ?」


 木々の被い茂る道のさき、白い鳥居があった。月明かりに浮かぶ色合いは、白銀に光って見える。

『神現しの宴』が行われているはずの、大神社おおかむやしろの入り口だった。





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