0x4680 Terms and Tips for A-0 0x06
「ここでは、引き続き0x06章で登場した技術用語を解説していくわ」
「今回も、単語の末尾に※が付いているものは作中独自の用語ですっ」
『電源』(でんげん、PSU:Power Supply Unit、電源ユニット)
「電源は、コンピュータへ必要な電気を供給する装置のこと。PSU、つまりパワーサプライユニットとも呼ばれるわ」
「コンセントから直接CPUに繋ぐわけじゃないもんな」
「もちろん駄目ですっ。家庭用コンセントの電気は、そのままではコンピュータ内部の部品には使えません。PSUはそれを、十二ボルト、五ボルト、三・三ボルトのような、VRや周辺回路が扱いやすい直流電圧へ変換します」
「ACアダプタみたいなもんか?」
「はい、大体の仕事は同じですっ。CPUやメモリが使いやすい複数の電圧を、とっても大量に作れるACアダプタというわけです。ですが、大元の電源が不安定だと、どれだけCPUがよくできていても計算は続けられません。安定性にもよく効く、大事な部品なんですっ」
「この電源ユニットで作った電圧は、ボード上のVRでさらに電圧を落とされて、実際のチップの中で使われるわ」
『メモリー』(Main Memory、メインメモリー、主記憶装置)
『揮発性メモリー』『不揮発性メモリー』(きはつせいめもりー・ふきはつせいめもりー、Volatile Memory・Non-Volatile Memory)
「メモリーは、CPUが今すぐ使うデータやプログラムを置いておく場所ですっ。主記憶装置、メインメモリとも言います」
「ストレージとは違うんだよな。確か、メモリーのほうは電源を落とすとデータが消えるんだっけ」
「その通りよ、専門用語では電源を切るとデータが消えるメモリのことを「揮発性メモリー」なんて呼ぶわ」
「逆に、電源を切ってもデータが消えない、ストレージに使えるメモリのことは「不揮発性メモリー」なーんて呼ぶね」
「ストレージは電源を切っても残る本棚、メモリーは作業中に広げる机、という例えが近いわ。本棚から本を取り出して机に広げると作業しやすいでしょう?」
「ストレージは、CPUが都度全部を読むには遅すぎるので、必要なプログラムやデータを一度メモリーへ読み込みます。そこからCPUが命令やデータを取ってきて計算しますっ」
「最新のSSD、フラッシュメモリを使ったストレージでも、メインメモリより数百~数千倍以上遅延が大きいの。だから、必要なものはできるだけメインメモリに置いておくのよ」
「そんなにか。確かにそれなら机の上に置いておいた方が速くなるな」
「ただし、メインメモリは揮発性で、電源を切ると中身が消える。だからOSやプログラムの本体はストレージに保存しておいて、起動したらメモリーへ展開するんだよ」
「不揮発性メモリをメインメモリに、というのはずっと考えられてはいるけれど、細かい粒度でものすごい大量のデータを書き換える必要のあるメインメモリに使える耐久性、そしてメインメモリに使える低遅延を兼ね備えた技術は現時点でまだ存在しないわ」
『シリアル』(Serial Port、シリアルポート、RS-232)
『シリアル』(Serial Communication、シリアル通信、シリアルバス)
『パラレル』(Parallel Communication、パラレル通信、パラレルバス)
「シリアルは、データを一列に並べて、一本の道で順番に送る通信方式のことだよ。その方式でやりとりする端子のことを、シリアルポート、なんて呼ぶね」
「さらにそのシリアルポートを省略して、一周回ってシリアル、ってことか」
「そうよ。実際、結凪が言った通り通信方式自体もシリアルって呼ぶからややこしいわね。逆にたくさんの道を使って同時に送る方式はパラレルと呼ばれるわ」
「同じデータを送るとき、配線を少なくできるのがシリアル通信のメリットですっ。パラレル通信は同時にたくさんのデータが送れるのがメリットですね」
「実際、シリアルポートは三本の信号線さえ繋げば最低限の通信ができるよ。すごい話だよね」
「現在だとシリアル通信は多くの場所で使われているわ。ネットワークの規格のEthernetや周辺チップを繋ぐPCI-Express、USBなんかも全部シリアルバスよ」
「逆に、今主要な高速バスのうち、パラレルで残ってるのはメモリくらいですね」
「なんでそんなにシリアルばっかりなんだ?」
「スキュー、つまりタイミングのばらつきの管理が高速通信だと難しいからよ。全部のデータがクロックのタイミングで同時に切り替わるのは、配線が長くなるととても難しいの」
「ま、今でもシリアル通信を横にいっぱい並べて通信容量を稼いでたりもするんだけどね。PCI-Expressなんかがまさにそうで、シリアルのPCI-Express信号を16本とか並べて通信するよ」
「昔のパソコンにはこのシリアル転送を行う、シリアルポートという端子がよく付いていました。RS-232とも呼ばれるもので、組み込み機器や開発用ボードでは今でもよく使いますっ」
「ボーレート、つまり通信速度を確認していたのは、通信速度を合わせるためよ。この接続は通信速度の自動調整ができなくて、手動で通信速度を設定してあげる必要があるの」
「送る側と読む側で速度が違うと、文字化けして何が書いてあるかわからなくなるんだよね」
「画面が出ない段階でも、シリアルポートならとっても単純なのでBIOSやボードの状態を文字で吐き出せることがあります。初回起動のときに黒い画面へログが流れていたのは、チップがどこまで起動できたかを見る命綱だったわけですっ」
『ソフトウェア』(Software)
「ソフトウェアは、コンピュータに何をさせるかを書いた命令やデータのことだよ。OS、BIOS、アプリ、ベンチマークプログラムなどは全部ソフトウェアだね」
「触れない方、って感じか?」
「だいたい当たり。CPUやメモリーやボードは手で触れる部品だけど、ソフトウェアはそれらをどう動かすかを決める中身って感じ」
「ただし、何もない空中に浮いているわけじゃないわ。ソフトウェアも、最終的にはストレージやメモリーの中にゼロとイチのデータとして保存されているの。Sand RapidsがBIOSを抜けてLinusを起動し、さらにLIMPACKを走らせられたのは、ハードウェアがソフトウェアの命令を正しく読んで、解釈して、実行できたという証拠よ」
「つまり、チップがただ電気的に生きているだけでは不十分。ソフトウェアが普通に動いて初めて、コンピュータとして使えるって言えるわけ」
『ハードウェア』(Hardware)
「ハードウェアは、コンピュータを構成する物理的な部品のことよ。CPU、メモリー、ストレージ、マザーボード、電源、ケーブル、全部ハードウェアね」
「ソフトウェアが命令なら、ハードウェアはそれを実際に動かす体か」
「だね。料理で例えるなら、ソフトウェアがレシピ、ハードウェアが包丁や鍋やコンロみたいな?」
「珍しくいい例えするじゃない。どれだけ良いレシピがあっても道具が壊れていたら料理は作れないし、道具だけあっても何を作るか決まっていなければ動けないわ」
「今回のSand Rapids開発だと、蒼が論理設計でCPUの中身を作って、アタシが物理設計でそれを実際のチップに落とし込み、氷湖が製造プロセスを作って実際のチップを作って、道香が電源や基板まわりを見てたよね。ソフトも沢山使うけど、全部ハードウェア側の仕事だよ」
「その上で、BIOSやOSやベンチマークといったソフトが動く。だからコンピュータは、ハードウェアとソフトウェアの両方が噛み合って初めて完成するのよ」
『ROM』(ろむ、Read Only Memory)
「ROMは、読み出し専用メモリーという意味です。電源を切っても中身が消えにくい記憶装置として、BIOSの保存先に使われますっ」
「読み出し専用ってことは、書き換えられないのか?」
「もともとの意味ではそうね。ただ、現代のコンピュータでは、完全に一度きりしか書けないROMだけでなく、専用手順で書き換えられるフラッシュメモリもまとめてROMと呼ぶことが多いわ」
「なんなら、最近は不揮発性メモリーやストレージのことをまとめてROMと呼んだりします。スマートフォンのスペックを見たときに、RAMと書いてあったらメインメモリの容量を、ROMと書いてあったらストレージ、つまり写真や動画、アプリを保存できるサイズと思ってください」
「大事なのは、電源を入れた直後のCPUが、最初に読むべきプログラムをそこから取り出せることだね。メインメモリーはまだ初期化前だし、ストレージを読む準備もできていないんだよ。だから、最初の足場として簡単に読み出せるROMが必要になるわけ」
『オシロ』(Oscilloscope、オシロスコープ)
「オシロは、オシロスコープの略ですっ。電圧が時間とともにどう変わっているかを画面に表示する測定器です」
「電気の波形を見る機械ってことだな」
「大体の場合、縦方向が電圧、横方向が時間だと思えばいいわ。ゼロボルトから一ボルトに上がる瞬間、クロックが規則正しく振れているか、電源が一瞬落ち込んでいないか、そういう目に見えない電気の動きを波として見られるの」
「普通のテスターは、今だいたい何ボルトかを見るのが得意です。でも、高速なCPUの信号は一瞬で変わります。平均すると問題なさそうでも、瞬間的に大きく乱れていることがあるんですっ」
「もし起動しなくて画面に何も出ないときでも、オシロが繋がっていれば、クロックが出ているか、リセット信号が解除されているか、電源が暴れていないかとか、どこで詰まっているか推理できるわ」
「特に初回起動では、目に見えないものを見えるようにする道具がないと怖すぎる、ってことですねっ」
『CPUソケット』(しーぴーゆーそけっと、CPU Socket)
「CPUソケットは、CPUをマザーボードや検証用ボードに取り付けるための受け口ですっ」
「ただの穴がいっぱい空いた台じゃないんだよな?」
「ただの穴ではないわね。CPUのピンや接点とボード側の配線を、正しい位置で、正しい力で接触させる部品よ。向きを間違えないための切り欠きや、固定するためのレバーも付いている」
「CPUの下には、電源、グラウンド、メモリー信号、制御信号など、たくさんのピンがあります。一つ一つが別の役目を持っているので、曲げたり折ったり、隣と触れさせたりすると危険ですっ」
「ロックを外して、向きを確かめて、慎重に挿していたのはだからよ。慣れれば単純な作業だけど、自分たちのチップを壊す可能性があると思うと、手元が重くなるのも仕方ないわ」
「逆刺しなんて、無いようでたまーに聞く話ですもんね」
『石』(いし)
「石は、半導体チップを指す技術者の俗語です。この石、と言ったら、このチップ、という意味ですねっ」
「何で石なんだ?」
「半導体の材料がシリコン、つまり珪素だからよ。シリコンは岩石や砂にも含まれる元素で、そこから作った結晶を薄く切ってウエハーにし、さらにチップへ加工していく。だから昔から、半導体チップを石と呼ぶことがあるの」
「もちろん、ただの石ころとは全然違います。ご存じの通り、超高純度の単結晶シリコンを、何百もの工程で加工した精密部品ですっ」
「でも現場では、長い名前を毎回言うより『この石はクロックが上がる』『あっちの石は特性が悪い』みたいに言った方が早いわ。ちょっと乱暴だけど、技術者同士の距離感が出る言い方でもあるわね」
『東京第一データセンター』(とうきょうだいいちでーたせんたー)※
「東京第一データセンターは、作中に登場するJCRAの大規模施設です。IP大会の会場として使われていましたっ」
「データセンターって、サーバーがいっぱい置いてある建物だよな」
「そうね。大量のコンピュータを動かすために、強力な電源設備、冷却設備、ネットワーク、入退室管理を備えた施設よ。建物の大きさと冷房の強さに驚いたでしょ?」
「CPUを何台も全力で回すと、電気を大量に使って、その分だけ熱も出ます。普通の教室で大会をしたら、電源容量や冷房が足りなくなってしまうかもしれません」
「だから東京第一データセンターが、大会用に使われるんです。安定した電源と冷却があるから、各チームのCPUを同じ条件で動かし、性能を比べられるわけですね」
『ストレージ』(Storage)
「ストレージは、データを長期間保存しておくための装置ですっ。SSD、ハードディスク、USBメモリなどが代表ですね」
「メモリーの本棚版、だったな。SSDやUSBメモリは不揮発性メモリ、だっけ?」
「そう。電源を切ると消えるメモリーと違って、ストレージは電源を切っても中身が残る。OS、アプリ、ベンチマーク、ログ、設定ファイルは基本的にここに保存されるわ」
「ただし、メモリのところでも触れましたが、ストレージは保存には向いているけど、CPUが直接作業するには遅すぎますっ。だから、使うときはストレージからメモリーへ読み込んで、CPUがそこから処理する必要があるわけです」
『ピン折れ』(ぴんおれ)
「ピン折れは、CPUやコネクタに付いている細い金属のピンが折れたり曲がったりすることですっ」
「一本くらいなら大丈夫、ってわけにはいかないんだよな?」
「まず大丈夫じゃないわ。ピンはただの飾りじゃなくて、電源を入れる、信号を送る、メモリーと通信する、クロックを受け取る、みたいな役目があるの。一本でも重要なピンが折れれば起動しないことがあるわ」
「曲がったピンが隣のピンに触れると、ショートになることもあります。そうなると、単に動かないだけでなく、電源を入れた瞬間に部品を壊す可能性もありますっ」
「ピン自体はそこまで太いわけじゃないので、外から力を掛けると簡単に曲がったり折れたりしちゃいます。時には、ピン式のCPUがCPUクーラーにくっついたまま外れてしまうなんてこともあるんです。本当に悲惨なことになるんですよ」
『WTMP864』(だぶりゅーてぃーえむぴーはちろくよん)※
「WTMP864は、電工研側の新しい製造プロセスを示すコード名として出てくる言葉ですっ」
『Light Burst』(らいとばーすと)※
「Light Burstは、コン部の去年の論理設計チームが作っていたCPUコア、そしてマイクロアーキテクチャの名前ですっ」
『Wheel Loader』(ほいーるろーだー)※
「Wheel Loaderは、電工研側が持ち込んだ新しいCPUコアの開発名ね」
『オープン』(Open)
「オープンは、回路の中で本来つながっているべき場所が切れてしまう故障のことですっ」
「開いてる、って意味なのか?」
「そうね。電線が途中でぷつんと切れて、電気が先へ流れなくなるイメージでいいわ。スイッチが開いていると電流が流れないでしょう? それと同じ方向の故障よ」
「半導体の中では、配線が細すぎて途中で切れたり、ビアや接点がうまく作れなかったり、熱や電流の負担で断線したりすることがある」
「オープンの厄介なところは、見た目ではわからないことだね。外からは普通のチップに見えても、中の一本の配線が切れていれば、その信号だけ届かなくて、特定の命令や条件でだけ失敗することがあったりするよ」
「ショートと並んで、半導体故障の代表例よ。オープンは『つながるべきものがつながらない』故障、と覚えればいいわ」
『ショート』(Short、短絡)
「ショートは、本来つながってはいけない場所がつながってしまう故障です。日本語では短絡とも言いますっ」
「プラスとマイナスが繋がると危ない、ってやつだな」
「そうね。電気には本来通るべき道があるけれど、ショートすると近道ができてしまう。抵抗の小さい道が突然できると、大きな電流が流れて、発熱したり、焦げたり、部品が壊れたりするわ」
「水道で例えるなら、蛇口やホースを通るはずの水が、途中で配管の穴から一気に漏れるようなものですっ。流れる量を制御できないので、周りまで壊してしまいます」
「さらに、安全装置の設計が甘いと電源を落とせず、ショートした部分がどんどん熱を出して本当に煙が出たり、最悪発火につながることもあるの」
「だから、半導体の故障でショートは怖い。電源やボードを巻き込むことがあるから、異臭や異常電流が出たらすぐ止めるのが鉄則」




