アッカーン!
衝撃のお芋ちゃんの繭アゲインアンドアゲインから一夜、今日も実演販売頑張る気満々の、ベルこと成留鈴花でございます。
お芋ちゃんの繭の事はもう考えないことにした。院長もギルドも間に入ってくれてるし、何かあっても守ってくれるだろうから、私は知らんぷりって事で。
ベルちゃんの財産になるんだから良いじゃん…人族は開き直りも肝心よ。
将来、自分のお店を持ったり、家庭を築いたり、ちょっとした日々の贅沢に使ったり…とにかく貯まったお金は、ベルちゃんの幸せの為に使って貰えればそれで良い。
お金がなくても幸せな人生を送れるなら、それも良し。でも、お金で解決できる事が世の中にはたくさんある事も知ってるからね。
自分の魂が未だにこの世界に居ることが不思議だけど、同時に体の中に本当のベルちゃんが居るって感じるんだ。
別にさ、コンタクトがあるって訳じゃないんだけど…居るってわかるんだもん。
こんなに長い間、体を乗っ取っちゃって…完全に自己満足だけど、これがせめてもの償いになればと思ってさ。
はっ…考え事をしてる場合じゃなかった。
とにかく、今は髪ゴムを実演販売せねばいかん。
鼻息荒く意気込んでるけど、実演はないんだった。
だって凄いスピードで勝手に売れていくんだもん。
どんなネットワークか知らないけど、買って行ってくれた人たちのクチコミで、何もしなくてもどんどんお客が来て売れていくという…ネットも電話もないのに、人海戦術のみでこの噂ネットワークを構築する恐るべき世界。
もし売れ行きが悪かったら、商家のお嬢さんに実演モデルになって貰って、お友達に便利さをアピールして頂く…ステマ風のアコギな販売戦略も考えてたんだけど、そんな事する必要は全くなさそうだね。
商業ギルド長のサワットさんも視察に来てて、最初は髪ゴムにうごうごと蠢く男女の群れを見て呆然としてたけど、最終的にはニマニマしながらスキップするかのような軽い足取りで、ルンルンとお帰りになった。
これから髪ゴム製品の通年販売がサワットさんの旗振りの元、スタートするから様子を見に来たんだ。
販売戦略を練ろうと思ってたんだろうけど…もう、宣伝は要らないと思う。このバザーの三日間で十分だよ…。
サワットさんはかなり乗り気らしく、既にウェービーメェメェの来季の出荷分を押さえたとか何とか、嬉しそうに話していた。
もともと毛糸は紳士服にしか使われないものだったから、ウェービーメェメェを飼っている放牧業の人達も、大量の来季予約にはさぞ驚いただろうね。
「ベル~!ちょっとお願いがあるんだけど…」
「アリーせんせ~、なんでしょう?」
「あのね、今日は別のところでお仕事してもらえないかな?」
「拉致!」
「こらっ!まったく…人聞きの悪い事を言わないでちょうだい。荷物の見張り番的なお仕事なんだけど…午前中だけで良いから、お願いしたいのよ」
「販売の方の人手的に問題がなければ、私はかまわないよ?」
アリー先生は裁縫親衛隊と少し話をすると、私をブースから連れ出した。
「『人工魔石あてっこ大会』が今日の午後も開催されるのだけれど…午前中、景品の見張り番をね…」
◇◇◇
アリー先生に連れてこられた先に居たのは、あの蝶ネクタイ君だった。
忙しそうに立ち働いている。
どうやら寄付の景品がどんどん持ち込まれてくるのに、動ける人が一人もおらずお困りのようだね。
あのドワーフらしき男性が主体でやってるのかと思ったら、蝶ネクタイ君が一人で切盛りしてるみたい。
まだ、小さいだろうに偉いなぁ…そんな風に蝶ネクタイ君を眺めていたら、こちらに気付いたようで近づいてくる。
「昨日は院長室で失礼しました。ベルと言います。こちらのお手伝いにきました。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。僕は、アギーラと言います。お手伝い、ありがとうね。あっちの…ナイフを販売しているブースにいる男の人…あの人はラシッドさんです。もし何かわからないことがあったら、僕かラシッドさんのどちらかに聞いて下さい。とりあえず、12時過ぎまでお願いしたいんだけれど、大丈夫かな?」
ラシッドさんは本来の販売品ブースの方で、自作のナイフを販売をしながら人工魔石の金庫番をしているらしい。
本当はアギーラさんも販売を手伝いたいみたいなんだけど、これじゃ無理か…どんどん景品が運び込まれてきてるし…。
私はこの景品を見張って、勝手に持っていくような悪い人を見かけたら、アギーラさんに伝える役目としてここに連れて来られたらしい。
ついでだからちょっと手伝っちゃおう。これ、ぐちゃぐちゃで見てられないわ。
景品を運び込んでくる人は、みんな孤児院に出入りがある人達ばかりだから、知り合い以外がここに来たら注意すればいいだけみたいだし。
景品の順序は、社会の序列的な何かで色々制約があるらしく、これまた教会の人や孤児院の人とゴソゴソ話しながら決めているっぽい。
大人の事情ってやつだね。
順番だけをきちんと確認して、書板に番号を振っていく。
こうしておけば誰が見ても間違えないもん。
◇◇◇
「お疲れさまでした~。凄く助かっちゃった、ありがとうね」
いや~、こちらこそありがとうだよ!すっごい楽させてもらっちゃったわ~。ほぼ座ってボケっとして午前中終了。
午後は働かないと罰があたりそうね。
アギーラさんに挨拶をして、ブースを片付けているラシッドさんに一声かけてから孤児院へ戻った。
私は2時まで休憩を貰えるらしい。
バザーの間の昼食はサンドウィッチが食堂に大量に用意されてて、勝手に食べて良い事になっている。
天気も良いから、外でお昼にしよっと。
みんなそれぞれに持ち場があってお手伝いに忙しそうだから、たまにはお一人様ランチも良いわね。
アッカーン!
ナップサック置いてきちゃった…。
面倒くさいけど、今取りに行っちゃおう。
せっかくの優雅なお一人様ランチの時間が少なくなっちゃう…。
ラシッドさんが一人でステージ脇に座って休憩していた。
「あの、すいません。さっきここに忘れ物しちゃって…取りに来たんですけど…」
「あ!ベルちゃん。袋だろ?今、アギーラが孤児院へ届けに行ったところだよ!行き違いになっちゃったかぁ。たぶん、孤児院に届いてるから…中身は貴重品とか…大丈夫?」
「何にも入ってないから大丈夫なの。すいません、アギーラさんにも御礼を伝えておいてください」
「午後もベルちゃんに手伝いを頼みたいって言ってたから、もしかしたらまた手伝いの話がいくかもしれない。なかなか手一杯なもんで、もし話があったら受けてくれると、とっても助かるのだけれど…」
「わかりました。私の一存では動けないですけど、先生から話があったらこちらへ伺うようにします!」
◇◇◇
「引き受けてくれてありがとう。午後もよろしくね。早速で悪いんだけど…もう明日の景品が届き始めてて…」
結局、午後も『人工魔石あてっこ大会』の会場で、楽させてもらってしまった。
しかも、明日も終日で予約されちゃったの。ぐふぐふん。
きっと地獄巡りで忙しすぎた私へのご褒美ね。
その地獄はほぼ私が作ったんで、文句は言えないけど…。
知り合いしか入ってこないし、午後は景品置き場にラシッドさんも居てくれるから…大会のお手伝いも少ししちゃおうかな。
預かりものの人工魔石を大事そうに見張っているラシッドさんの方を、チラチラ見る。
…やっぱり間違いない。人工魔石は光って見える。
今日使っている、綺麗な石は鉱物。
鉱物って宝石とか水晶とかの事だよね。
魔石生産人という、石へ魔力を込めて魔石にする仕事をしている人が作った、鉱物の人工魔石なんだって。
最近少しずつ作成し始められている魔石らしい。
もともと綺麗な鉱物が淡く光る様は、凄く幻想的。
緑の鉱物には淡い緑に光ってるし、青い鉱物には青い光。
同系色の光をまとうものなのかなぁ…。
色々聞いてみたいけど…もちろんお口はチャックよ。
人工魔石がいろんな色に光って見えるからなんだ、って言われればそれまでだけど…本能が絶対に他の人に言わないほうが良いって言ってくるんだもん。
舞台上を袖から見る。
どの人工魔石も、やっぱり淡く光っているのを確認。
例外はないし間違いもない。
もう、確定だな…。
いかんいかん、お手伝いせねば。
なんだかもの凄く緊張してるらしい貴族や商人のおじさんに、舞台へ上がるキューを出したり、アギーラさんに景品の詳細が書かれた板書を使ったカンペを渡してみたりと、アシスタントな事もしてみる。
蝶ネクタイ君が表で司会をしている最中、石と景品の見張り番をしているラシッドさんと少しお話したりして…髪ゴム販売地獄にいる皆には後ろめたいけど、外部の人と世間話なんてしたことがないから、とっても新鮮。
ラシッドさんは町の南側にある鍛冶店で修行中なんだってさ。
そうは言っても、自分の名前で作品を作ってるみたいだから、もう一人前な鍛冶師なんだと思う。
アギーラさんとは先生と生徒の間柄だそうだよ。
偶然、同じ固有スキルを持っていたもんだから、その基礎を教えてるんだって。
ちなみにアギーラさんは道具や魔道具を作る職人さんを目指してるらしい。
ベルちゃんは何がしたいかなぁ。
したい事がわかれば、大人の知恵で、色々と準備出来る事があるかもしれないのに…




