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それにしてもあのすごく珍妙な姿勢は何だろう。

 シーラは何よりも魔道具が大好きだった。小さい頃は魔道具の守護精霊が自分にはついていると思い込んでいたほどだ。

 魔道具の精霊がいないと知るのは、いつもちょっかいをかけてくる幼馴染のせいで意外と早くに訪れてしまったのだが。


 精霊はいなかったが職スキルに『魔道具師』と出た事から、その高位職スキルに家族は大喜びした。田舎の小さな村だ。「すごい職スキル持ちが出た」と、ちょっとした騒ぎになったほどだ。

 やはり高位スキルを得る者は幼い頃からこうも傾倒するものなのかもしれない、などと神の御業だとすっかり恐れ入ってしまったらしい。両親がこの時から信仰深くなったのは言うまでもない。


 シーラは村に居た隠居の元魔道具師に教えを請いながら初期学校を卒業するまで師事していたが、元魔道具師の弟子が王都で魔道具店をしているからと紹介を受け、10歳になる前に一人親元を離れ修行へと旅だった。

 ひたすら地道に、一心に。修行に励み研鑽を積む。


 もともと師事していた地元の師匠の腕が良かったこともあり、14歳になる頃には師匠から『もう教えることがない』とお墨付きを頂き、自分で名を刻んだ魔道具を師匠の店で販売する許可を貰えるようになった。


 そして成人を迎えるとすぐに独立し、同時に幼馴染と結婚。初めて持った小さな店舗の2階に自分たちの新居を構えた。

 魔力量に差があるので子宝は難しいだろうと言われたが、お互い家業を継ぐわけではないので全く気にしなかった。

 それよりお互いがいない人生を送る事の方がお互いの人生には難しかったから。


 大胆な発想とそれを実現する繊細な技術を高く評価され、瞬く間に人気魔道具師になる。若くしてめきめきと頭角を現したシーラは二十歳を過ぎた頃、領内最大の宿場町と言われているミネラリアで今の店舗を構えるまでになる。

 

 数年後、店舗とは別に東森という町のはずれにある森の中に、自分だけの工房を持つようにまでなっていた。


 ◇◇◇


 さらにその数年後・・・


 シーラが早朝の東森で見つけたのは魔道具の精霊…ではなく、倒れている全裸の男の子だった。追いはぎにでもあったのか、見事なまでに一糸まとわぬそれは完全なる素っ裸。


 朝晩はまだ肌寒いような季節だ。驚くより先に急いで駆け寄り、息をしているか確かめる。寝ているのか気絶しているのかわからないが、苦しそうな顔もしておらず、極めて規則的にすぅすぅと息をしているのでひとまずは安心した。


 ともかくこのままにはしておけないと、急いで工房から敷物を引きずってくる。頭に怪我をしているといけないので、あまり体をゆらさないようにしながらそっと敷物の上に全裸の男の子を乗せる。そしてゆっくりと工房へと引きずって行った。


 ベッドとどちらが良いかと悩んだが、とりあえず暖を取るべく炉の傍に寝かせ、毛布をかけてやる。よほど怖い思いをしたのだろう。ずっとシッポを足の間に挟みこんだままだ。背中を丸め手でシッポと膝を抱えたような縮こまった姿勢のままピクリとも動かなかった。


 まったく目を覚ます様子がなかったので、暫くは受注した魔道具の設計図を引いていたが、やはり気になってしまう。

 盗賊に追われてすぐ倒れたのかしら。足の裏もどこも汚れてない…というより…やけに綺麗すぎじゃない?それにこれ…まるで女性の手みたい…。


 男の子の手を見ながら思っていると、「うぐぅぅぐるるるぅ」と呻きながら男の子が目を覚ました。


 意識が戻ったところで白湯を飲ませる。のどが渇いていたようだ。吐き戻すこともむせることもなく、白湯をごくごくと飲んでいる。具合が悪そうには見えないが、念のためにと頭痛や吐き気、怪我の有無などを確認する。

 シーラは体に外傷が一つもなかった事に、ようやくほんの少しだけ安堵する。


 苦いと評判は悪いが疲れがよく取れる薬草茶と、食べられそうならばと固いパンも渡してみる。今日は来週からの工房作業に必要なものを確認するために来ただけだったから、何も食料がないのだ。

 パンをがじがじと必死にかじる男の子に、「服は着られそう?」と聞くと、もぐもぐと咀嚼しながらうんうんと肯いた為、着られそうな服を棚から出してやった。


 アギーラと名乗った男の子は、なんと名前以外の自分の事はほとんど記憶が残っていないようだった。

 

 人の脳というものは不思議なもので、記憶喪失は特定の人や物の記憶だけがなくなったり、直前1年分だけがぽっかり抜け落ちたりと、色々なパターンであらわれるらしい。

 そんな話を聞いたことがあったから驚きはしなかったが、同時におどおどと周りを見渡している小さな男の子がとても可哀想になる。


 アギーラの場合は会話はできるし『パン』や『服』、『鏡』というもの自体は覚えているようだ。だが、私的な事や地名、人名なんかはごっそり記憶が抜け落ちているようだった。

 

 恐らく犬人族だろうとは思うが年齢はいかほどか。見た目は10歳前後だか、話の受け答えや所作を見るにつけ成人しているかのようにも思う。それなりの生活水準で生きてきたであったろうとは思われる。


 保護者の同意のない未成年を家に置くのは気が引けるが、今はそんなことは言っていられない。緊急事態に当てはまるのだと自分を納得させる。

 頭に外傷はないし熱もふらつきもない。痛みもないようだが、頭を打った可能性は高いだろう。暫くはここから動かすつもりはなかったし、町に行けるようになったら薬師のグリンデルに診察してもらえばいい。


 グリンデルが診れば成人しているかどうかもわかるし、未成年だった場合はグリンデルにそのまま相談してどうしたら良いかアドバイスをもらおう。この国の孤児院は評判がいいから預かってもらうという手もある。ミネラリアの孤児院の現院長は獣人だというからアギーラも何かと心強いだろうし。


 警備隊か騎士団に行ってみるかと聞いたが、少し脅えが見えたので、とりあえずその選択肢は保留にする。もし怨恨か何かで家族もろとも襲われたのだとしたら、生き残りがいるなんて気付かれないほうが良いに決まってる。町なかに犯人が平然と紛れ込んでることだってあるかもしれない。警備隊にだって騎士団にだって…。


 それにしても一体何があったのか…。

 どうしたものかと考えているうちに食事が済んだらしい。食事と言っても固いパンだけだが。


「何から何まですみません。助けて頂いて本当にありがとうございました」

「具合はどうかしら。…明日にでも薬師のとこへでも行ってみる?腕は確かよ?」

「いえ…大丈夫だと思いますので…すいません…」

「そう…アタシもすぐに動かすのはどうかなって思うからね…暫くは何も気にせずにここでゆっくり休んでちょうだい。でも災難だったわねぇ…きっとご家族も心配してるでしょうに…」


 なんとなく田舎にいるかわいい末弟を思い出してしまう。

 シーラが成人し、自身の独立や幼馴染との結婚報告をすべく村へ戻った時に久々に会った、弟の背格好とよく似ているのだ。


 まったく、こんな小さな子になんて酷いことするのかしら…こんな幼い子に自分達で手を下すのが嫌になって、裸にして森に捨て置けば、動物が蹂躙し食い殺すとでも思ったのだろうか。怒りが込み上げてくる。

 薬草茶をもう一杯飲むようにと促し、明日の予定をたてる。

 

 まず薬局へ行って…買い物も順序を決めて手際よくしなければ。買ってくるものや持ってくるものを確認しつつ、就寝の用意をしようかと立ち上がった時、とてつもなく不味いが良く効く薬草茶を大人しく飲んでいたアギーラが言った。


「あの…あの……もし記憶が戻らなかった時は…下働きでもなんでもしますので、し、しばらくここに置いていただけませんでしょうかっ!」


 そう言って椅子から弾けるように立ち上がったと思えば、足を曲げて地面に小さくうずくまり、腕を曲げて手を太ももの上に乗せ、頭をひたすら膝の上にこすりつけるような何とも面白い姿勢をとった。


「…う、うん…別にかまわない…わよ…」

 

 可哀想に、これからどうしようかと小さいながらも必死に考えていたのだろう。町に行ったら薬師に診せる事を条件に、落ち着き先が見つかるまでは預かるから、そんなことは気にしないようにと言って安心させた。

 

 それにしてもあのすごく珍妙な姿勢は何だろう。全身全霊でお願いしている事が不思議と伝わる素晴らしいポーズだわ…。

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