え?ジャグリングを制する者は魔力をも制すの?
時刻は夜8時。そう、グリンデルさんとの約束の時間。
本日二度目、また薬局の門をくぐる、アギーラです。
明かりのついた奥の部屋からグリンデルさんが顔を出した。
こっちこっちと手招きをしている。どうやら奥のスペースで話をするらしい。
「お世話になります。すいません、お時間いただいてしまって…」
「いや、かまわないさ。こっちこそ悪かったよ。昼間は診察があるからあまりゆっくりとは話せないからね」
「あの…」
「うん。ひとつずつ話そうじゃないか」
お茶を勧められて一口飲む。
うぅ…緊張する…。
「まずは種族名『クー・シー』についてだ。アギーラは私がエルフの血が入ってることはシーラから聞いてるだろ?そんな話をしてた気がするんだが…」
「はい、聞いています」
「じゃぁ、ドワーフって種族は知ってるかい?」
「はい、南門近くのドワーフの鍛冶店にお世話になっているので…親方さんにはお目にかかった事はないですが、弟子のラシッドさんとは面識があります」
「そう…あいつらはドワーフだ。エルフやドワーフってのは、その体に精霊の魂が宿ってると言われてるがね…その実体は精霊そのものなのさ。子供の読み本みたいな話だがね。精霊の一種に妖精ってのがいるんだけど…これは知ってるかい?」
「名前だけは…」
「アギーラ、クー・シーはね…犬の姿をした精霊の一種…妖精の事さね」
…はい?
えーーーーーっ!
「ぼ、僕、人族じゃないんですか!!」
「…その見た目だと…よほど見た目を変えたいと願ったか…ふむ…そこらへんはわからんがね。ステータス画面にはクー・シーとあるんだね?」
「はい…」
「うん、それじゃぁ間違いなく犬の妖精だろうさ」
嘘だ…人族じゃないだなんて…。
「アギーラは人になりたかったのか…人族としての生を望んでいるのか…。本来の姿はまた違うのかもしれないが…。あぁ…記憶がないんだったね。もしかしたら過去に何かあったのかもしれん」
執着も何も…僕、人間だもん。
「精霊ってのはね、自由な存在だ。エルフのように奔放な種族もあれば、ドワーフのようにやたらと一つの事に執着する種族もいる。もちろん個人差はある事だがね。でも、本来その根底にあるのは、自由で…わがままな本能なんだよ」
言われた言葉にハッとする。
わがまま…そう言えば、僕…こっちに来てからやけに子供っぽいというか…ちょっと妙な感覚に陥る事が多々…。
あ、知能が低下したとか、そういう事じゃないからね。たぶん。
シッポが勝手に動いちゃうのも、僕の喜怒哀楽をダイレクトに表現してるのはわかってたんだ。
日本にいた頃の僕は、もっと自制心があったと思うんだよ。
そう、今の僕は自制心のコントロールができない。
これって…精霊としてのわがままな本能ってやつが関係してるって事?
それに…年齢ってどうなってるんだろう…。
ずっと気になってたんだよね、この見た目。
容姿が異常に幼いものも、どうも自分の内面がなんだか幼く感るのも…もしかしたら僕、本当にまだ幼いのかもしれない。
「あの…クー・シーの16歳って…もしかしてまだ幼いんでしょうか…」
「…それはわからん。二本足で人族のように歩いて喋るクー・シーになんざ出会った事がないからね。いや、クー・シー自体にも出会った事がないんだ。アギーラが言ってるのは…その…見た目の事だね?そうさね…幼生の可能性も否定できない。ただ…知性や所作なんかは立派な成体に思えるが…。前に成人してるって言ったろ?あれは人族のサイクルでの話なんだ。ちょっとわかりにくいかもしれないが…精霊族は人族と同じ生のサイクルで存在してる訳じゃないのさね。まぁ、それは私も同じだが」
サイクルが違う?僕だけみんなより長生きするのとか嫌だぞ…。
「気にすることはないよ。私らはそう言う事は…大丈夫なタチなんだ。アギーラはやけに人族の営みに固執している感じがするが…おそらく、何十年と生きてしまえば気にならなくなるはずさね」
グリンデルさんは、今の生活が嫌じゃないのならそのまま続ければ良いし、人族の中で暮らしたければ暮らせば良いって言う。
よくわからないけど…この世界では、精霊は守られるべき存在だから、好き勝手に生きれば良いんだって。
自由にすればいいんだって言ってくれたんだ。
少しホッとする。
だって、人と関わらずに生きるなんて考えらない。
異世界でそんな無理ゲー、押し付けられても困るよ…
◇◇◇
「それと…魔力の事だね。私もそんな数値を持つ者に会うのは初めてだ。でも…アギーラは精霊族だからね。人とは…なんと言ったらいいか…魂器の形も質も全く違うんだよ。だから、そんなに気にすることはないさね」
「魔力が暴発したり詰まったり…そういう可能性はありますか?」
「ふん…こればっかりは魔力を持つみんなが同じリスクを抱えてるから何とも言えないんだ。でも、確かに…その魔力量じゃ不安だろうね」
そう言って、グリンデルさんは立ち上がると、直径6~7cmくらいのちょっと平べったいボールのようなものを棚から取り出した。
なんでも陽の木っていう精霊力が高い木、さらにその木の中でも霊力が高いと言われる白材から作られているらしい。
精霊力って何だろう…急に精霊とか妖精とかどんどん出てきちゃうんだけど…。
「アギーラほどじゃないがね、魔力が膨大な知人がいたんだよ…これはそいつが幼い頃に魔力の基礎訓練で使ってた物でね。こうやって…ほら、最初は二つからだ」
グリンデルさんが、二つのボールを器用に上に放り投げて両手を使って回し始めた。
「なんだか知らないけどね。これを続けてると魔力が安定するっていうんだ。魔力が1万を超すくらいの奴なら普通の木材で構わないし、二つだけをこうやって回せばいい。だけど、魔力が3万を超すような膨大な奴は、精霊力の高い木で作ったこれを使ってね、三つを回すと良いんだと…私はできないんだが。…ちょっとやってみるかい?」
これ…ジャグリングじゃないか!
僕、出来るかも!
ジャグリング、高校の球技大会でやったんだ。
運動神経の悪い人達用の救済措置ってやつ。
こじつけかもだけど、ジャグリングも広い意味で球技って事で…これで球技大会に一種目出たって事にしてもらえたから大助かりでさ。
運動部員が何故か途中からマジになったりする球技大会。僕みたいなひ弱な人間は普通に抹殺されるから。球技大会ってすっごく怖いんだ。
運動音痴の僕が教室で練習してたら、同じクラスの貴羅樹君が面白がっちゃって、いつの間にかクラスで大流行。
そしてその年の文化祭の出し物はジャグリング…とんだご縁だよ!
二つのボールを回して…慣れてきたら、そのまま三つ目を…、
…ほら!できた!!
あれ?なんだかすっごい楽しいぞ。体がぽかぽかする!
「あぁ…こりゃすごい…いっとう最初っからこんな事…そうか…記憶を失くす前に知っていたのかもしれないね…」
うん!違う意味だけど知ってたよ!!
…これ、すっごく楽しい!
しばらく無心でジャグリングを続け…ハッと我に返ると、グリンデルさんは薄く目を開けてじっとこちらを見つめていた。
「ご、ごめんなさい。夢中になっちゃって…」
「いや…いいんだ。つい昔を思い出しちまって…。なんだか懐かしいもんを見せてもらったねぇ」
「あの、これを使ってた人は…」
「あぁ…もう…いないんだよ…。いいかい、このイメージをしっかり体に定着させる事。循環のイメージをね。魔力量が多いほど循環のイメージは大事だ。あとはこれを放り投げる時の感覚が魔力を出すイメージになるからね。キャッチする時が放出した魔力の収束だよ。無意識に出来るようにするのがいいね。わかるかい?循環と放出と収束だ。まぁ…ここまで出来ているなら、そんなに時間もかからんだろう。それはあげるから、持って帰って魔力操作の訓練に使いなさい」
え?ジャグリングを制する者は魔力をも制すの?
◇◇◇
「そうそう、『俯瞰』だけどね…それを使ってたやつも持ってたスキルなんだ。恐らく夜目も利くはずだ。どれ、ちょっと外に出てみるかね。あぁ、外用の燭台の用意をするから、その間にステータス確認をしておくれ。主に魔力量だね」
そう言ってグリンデルさんは立ち上がり、燭台の用意を始める。
僕はステータス確認。魔力は180000/180000のままだ。
その事を伝えると、裏庭にあるという薬草園へと向かった。
燭台と三つの衛星(地球で言うところの月)に星。おかげで裏庭に出ても目が困ることはない。
「昼間の診察で、魔力が覚醒した時の事を言ってただろ。『俯瞰』はその時の眺望眼で間違いないよ。どれ、町の時計塔が良いかねぇ。見たいって気持ちとさっきの玉みたいにポーンと魔力を手放してごらん…帰りたいときはキャッチするイメージで放出した魔力を収束させるんだ。いいかい?イメージが一番大事だよ。ほら、やってごらん」
イメージ…うーん。そう言われると難しいよね。
…鳥?
…双眼鏡?
…あ…ドローンとかどうだろう。
そうだよ、ドローン…良いかも!
それで僕の分身のドローンが空に上がって…ポーンと…。
うわーぉ、フライアウェ~だぜ~!
残念だけど、風を感じるとかはないんだよなぁ…。
あ、逆に真冬とか困るか…。
夜でもくっきり見えるぞ。
こんなにクリアに見えるって、これ…どうなってんだろうね。
まぁいいや。超高性能暗視ゴーグル付きドローンだ!
北森の方は…ずっと森だなぁ。
とりあえずグリンデルさんの課題、町の中心部の広場へ行ってみよう。
教会…あ、時計塔がある。
時間は…9時15分。
ついでにシーラさんの家と…工房もちょっとだけ…。
家は上からだとわかりにくい…みんな同じに見える。
東門を抜けて…真っ暗なのに見ようと思うと見える不思議。
あ、工房が木の間からちょっと見えるぞ。
もっと下に降りられるのかな。
…あ、ダメだ。グラグラする。
ちょっと操作が難しいや。
このドローン、墜落しちゃったらどうなるんだろう…い、一旦戻ろうかな。
ここで戻りたいって思ったら戻れるのか…。
放出した魔力を収束。
そうか、ドローン自体がジャグリングのボールだと思えば良いんだ。
よし、僕の手に戻るよ。
ジャグリングのキャッチをイメージして…。
え…凄っ。瞬間に戻るんだ。
そう言えば『精霊の祈り木』を見た時もそうだったな。
でも意識的に出来るとちょっと感動。
「戻りました。暗いのに良く見えました」
「そうかい。しかしまぁ無防備さね。見るのは良いが、その時には本体が無防備になるって事を忘れちゃいけないよ。あぁ、ステータスの確認をしてごらん」
『ポワン』――
***
アギーラ(16)
♂ クー・シー
体力160/160
魔力179999/180000
固有スキル
言語1
俯瞰1
魔法付与1
生活魔法1
+
職スキル
道具1
***
「あ!魔力が1減ってます」
「そうかい…『精霊の祈り木』を見に行った時も、魔力が1減ってたって言ったね」
「はい」
「飛距離か時間か…ようわからんが、この程度なら1しか消費しないんだろうよ。さっきの魔力の訓練をしばらく続けたら、自分の力を確かめるのもいいだろう。そうか…家にはガイアがいるね。本体がぽかんとしたまま動かなくなっちまうってのは、いただけないからね…最初はガイアに一緒に居てもらった方がいいだろう。きちんと話をして訓練に付き合ってもらうといい」
薬局へ戻ると、念のために診察と察知、魔道具を使っての状態確認をしてくれる。
そろそろお暇しようと腰を上げると、絶妙なタイミングでガイアさんが現れた。
僕の様子を気にかけて、迎えに来てくれたらしい。
…僕、成人してるけどねっ!
…たぶん。




