ガーーーン。
無事にミネラリアへ帰ってきた、アギーラです。
人生初の異世界旅…僕、相当疲れてたんだろうな。
部屋に戻ってバタンキューで、そこから次の日の夕方までまったく記憶がない。
トイレにも行かずに…ずっと眠っちゃったんだ。
夕方、もそもそと起き出してきた僕を、シーラさんとガイアさんが心配そうな顔で見ているので、ぺこぺこと謝る。
帰ってきて、すぐに丸一日眠っちゃうなんて…居候失格だよ。
ただ単に疲れただけってわかって安心した二人と、旅の話をしながら夕食をとり…そして食後。
僕は、魔力覚醒の事を話すことにした。
いや、そもそも何故森で倒れていたのかという事も。
そう、全部。
どこから話せばいいのかわからなくて…拙くて脈絡がなくて…酷い話し方だったと思う。
それでも二人はきちんと最後まで話を聞いてくれた。
――沈黙が続く
勢いで全部話しちゃったけど…これから、どうしよう…。
シーラさんが重い沈黙を破り、口を開いた。
「…なんだかね…色々腑に落ちるわ。だってさ、変だと思ったのよ。森で倒れてるのにやけに足裏も何もかもが綺麗で…それ以外にも、ちょこちょこ何か変だなって。記憶喪失じゃなくて、この世界の事をそもそも知らないって事、よね?」
「ごめんなさい。どう言っても信じて貰えないと思って…ずっと嘘ついてたんだ。でも、僕…どんどん苦しくなってきちゃって…」
「いや、俺が同じ立場だとしても…とても話せねぇ。アギーラと同じ事をしたと思うがな」
「そうね…それはアタシも同意見。でも…ニホン?本当に別の世界があるなんて信じられないわ」
「地球っていう…こことは全く違う世界で、16年生きてきたんです。でも、気が付いたら素っ裸で森の中…僕のいた世界は獣人がいない世界だったから、自分にシッポがあるのを見て…驚いて気絶しちゃって。そこをシーラさんが助けてくれて」
「うん…話が荒唐無稽だけど…全く嘘ではない気がするのは、私がおかしいのかしら…頭がごちゃごちゃだわ…」
「いや、なんだろうな。信じちまう自分が怖いけど、俺も信じちまってる。だって魔力も魔法も…俺達獣人もいない、何もない世界ってのを考えつくこと自体凄いからな。本当に魔力がないのか?魔素がないって事なのか…。なぁ、そういえば…その世界、ニホンではどういう仕事をしてたんだ?魔力がないなら生活だって大変だろ?想像もつかねぇが…」
僕は一晩中、話し続けた。
今まで通りここで暮らせばいいって言ってくれる。
独立するまでこき使うからねって言ってくれる。
シーラさんとガイアさんは嘘つきな僕を許してくれた。
それに…信じてくれたんだ。
◇◇◇
翌日、三人でもそもそと朝ご飯を食べる。
寝ずに話して朝を迎えて…とりあえずご飯を食べようってね。
「あ、そういや他に聞くことがありすぎて、うっかり流してたが…名前が違うって言ってたな。本当はなんて言うんだ?」
「本当の名前は滝ノ宮明。アキラが名前でタキノミヤが苗字です」
「はっ、貴族みたいだな!苗字があるのかよ」
「うん。僕の国ではみんな苗字を持ってるんだ。あ、もちろん庶民だよ」
「「へ~」」
二人はぶつぶつと言いはじめる。
「たきょ…」
「たぁきにょ…」
「たきょにょみゃ…」
「たぁきにょみぁあきら…すげぇ難しい名前だな」
名前だけじゃなく苗字も全壊かぁ…。
って…ん?
ガイアさん?
「たきょのみぁあきら…言えねぇ…たぁきゅの…ちっ」
「ガ、ガイアさん、僕の名前だけ呼んでみてくれる?」
「…アキラ?」
………。
ぐるぅるぅぅ!
普通に呼んでるよぉぉぉ!!
なんでだよー!
僕、アギーラなんて名乗らなくても良かったんじゃないか?
「シ、シーラさん、僕の名前呼んでみてくれる?」
「アキィィーラァ?」
「シーラ、お前…何で呼べないんだ。アキラだよ、ア・キ・ラ」
「アキィリャァ…言えない…普通は言えないと思うけれど…」
「………」
僕がアギーラになった理由を聞くと、ガイアさんは吹き出した。
…僕、もの凄く早まったかもしれない。
もし大半の人が呼べるならさ、アキラでも良かったんじゃ…。
あ、でももうステータス画面でも、僕の名前は『アギーラ』ってなってたんだっけ…。
ガーーーン。
「ごめんね、二人とも。今日の仕事が寝不足で手につかないかも…」
「ダンジョンでは徹夜もよくあるし、一日くらい屁でもないから気にすんな、アキラ」
ガイアさんはくつくつ笑いながら仕事に出かけてしまった。
シレっとしたシーラさんとジト目の僕、二人で食後のお茶を飲む。
「ねぇ…名前の件はさておきさ…絶対に絶対に、色んな事を他の人には言っちゃダメよ…わかってるわよね?」
「はい。誰かに言うつもりなんて全くないです。二人に話したかっただけだから」
「なら良いけど…でも、ステータスの事は別よ。グリンデルのところへ行ってきたらどうかしら。そんな人種も…それに膨大な魔力量も…聞いたことがないもの…」
「確かに…魔力が100以下の人が沢山いるって聞いてたけど、もしこの魔力量で制御ができなかったらって思ったら怖くて」
「そうよね…早めにグリンデルのところへ…ねぇ、今日にでも一度話に行ってきなさいよ。こういう事は早い方が良いわ」
シーラさんは僕の身の上を心配しつつも、職スキル『道具』と固有スキル『魔法付与』を持っていたことが相当嬉しいみたい。
薬局へ行く話がまとまると、魔法付与の話ばかりしてニヤニヤしたり、ミネラリアで付与出来る人の話を聞かないから、付与習得をどうするかってしかめっ面で考え込んだり、百面相が忙しい。
なんでもこの組み合わせ、結局のところ魔道具師向きな人って事らしいんだ。
魔道具作成と魔法付与はアプローチが違えど、到達地点は同じに等しい。
便利なものを作り出す事に変わりはないからね。
魔法付与された道具に魔石を付ける事ももちろん可能だし、いずれは道具以外にも魔法付与が出来るかもしれない。
魔道具師よりずっと汎用性が高いって凄く嬉しそうに話している。
魔道具師の知識と魔法付与で道具を作ったら一体どんな事になるのかって、シーラさんはチェシャ猫みたいな顔で笑っている。
ちょっと怖い。
◇◇◇
これって診察じゃない気がするけど…よくわからないから、薬局の受付で診察して欲しいと言って案内してもらう。
薬師のグリンデルさんにステータスの件を全部話した。
グリンデルさんは絶句したまま固まってしまった…薬師さんが固まる程の感じ?
…そういうの勘弁してほしいんだけど…。
長い沈黙ののち、「話が長くなりそうだから、閉店後、もう一度店を訪ねてくるように」って言われちゃった。
身体状態異常の確認だけしてくれてたけど、一旦、家に戻る事になった。
もちろん、『どうも、異世界から来ました~!』なんて事は言ってないよ。あくまで、人種の事や膨大な魔力、『俯瞰』なんて言う、聞きなれないスキルに関してなんかだけ。
このスキル、ガイアさんも知らないって言ってたから、戦闘系ではなさそうだけど…あの意識だけがふわって飛んだ事が、それなんじゃないかとは思ってるんだけどね。
ガイアさんからは「基礎訓練もしないままに使うには、魔力が膨大過ぎるから気をつけろ」って、言われてる。
わかるまでは何も使わないぞ…少なくとも自分の意思ではそのつもり。
◆◆◆
グリンデルは獣人の子を形取る妖精を見送った。
クー・シー…あのアギーラは…こっち側だ。
エルフやドワーフと同じ…いや、私ら以上にこっち側だ。
そういう妖精がいるとは聞いたことがはあるが…姿を現さないし、私も今まで見た事はなかったがね。
その姿は獰猛で巨大、人をも殺める事があるという犬の妖精。
確か、妖精達の番犬とも言われている種族ではなかったか。
それなのに人族と交わり、まるで人族のように暮らし…小さな体で己の魔力に脅えているクー・シーとは。
しかも姿はまるっきり小さな犬人族だ。そんなクー・シーがいるなんて聞いた事がないさね。
それにしても膨大な魔力に…固有スキル『俯瞰』とは、なんとも懐かしいじゃないか。
私が知ってる『俯瞰』の持ち主はただ一人…




