異世界旅~家に帰るまでが遠足です~㉑
早朝、トリネラルへ向けてタンデムを発った、アギーラです。
僕のクッションコレクション諸君、どうか帰路も僕のお尻をお守りください!!
僕は馬車から『精霊の祈り木』を見たけれど、もうあの時のような事は起こらない。
あの黒い大きな犬…どうしてるかな。
絶対にあの時…あの時、僕の事を見てたと思うんだ。
◇◇◇
トリネラルへ無事に到着。
行きは湖に面してる宿だったけど、今日泊まる宿はシーラさんの常宿で町中にある宿。
安い割に部屋が広いので人気のお宿らしい。
宿に荷物を置いて、『トリネラル金物店』へと向かった。
トリネラル金物店は、金属加工を専門にする金物職人のミラージュさんが経営するお店だよ。
頼んでおいたシーラさんの魔道具に使う装飾金具や、僕がお願いしていた試作品の受け取りをしに行くんだ。
ミラージュさんは僕らを見ると、店じまいをしてしまった。
シーラさんがタンデムで買った大地原酒というお酒をミラージュさんに渡しながら、申し訳なさそうに言う。
「お店閉じちゃうの?なんだか悪いわ…」
「いいのいいの。今日は色々話もしたいしさ。…あらやだ!これ、大地原酒じゃないの。こっちこそ悪いわ…。でも、ありがとう!ね、夕ご飯はまだでしょう?」
こくこくと肯く僕ら。ミラージュさんは女性一人でお店を切盛りしてるから、できるだけ早い時間に訪ねようって、夕ご飯を後回しにしたんだ。
「仕事の話が終わったらさ、うちでご飯を食べていかない?ジェイが今日は休みだから、ご飯作ってくれてるし」
そう言って、店の奥から二階へとかけていった。
二階が住居スペースになってるみたい。シーラさんのお家と一緒だ。
ジェイさんが一緒に降りてくる。
「いらっしゃい!今日は、良いレイクロコダイルーズの肉が手に入ったんだ。僕が腕によりをかけて夕食を作るから、楽しみにしててよ。なーんて、焼くだけだけどね。うわっ、これは大地原酒じゃないか…ありがとう!お持たせだけど夕食で一献しようよ。それじゃ、またあとでね」
土産のお酒を大事そうに受け取ると、ジェイさんは二階に戻って行った。
そう、これから僕らにはまだ仕事があるんだ。
シーラさんの装飾金具の納品が終わると、僕の試作品の話になる。
「アギーラのこれ…ヘッドの部分を二つと、取付部分の金具を三つ用意してみたわ。すっごく楽しくて、久々に徹夜してジェイに怒られちゃった」
「すいません…でも凄いや!僕のイメージ通りでビックリです!」
「そう言ってくれると嬉しいわ。ヘッドは両方とも実験済みよ。こっちのほうが角度を変えやすくて良いかなって思ったんだけど、この部分で水が溜まっちゃって…」
僕がミラージュさんに頼んだもの。
それはシャワーヘッド。
なくても快適に生活出来てるんだけど、あればもっと嬉しい。
ミネラリアでも何軒か調べさせてもらったし、今回の旅で泊った宿屋でも何軒かチェックしたけど、やっぱりどこも風呂場の蛇口サイズは同じだった。
風呂場の形態も同じ。上下に蛇口が付いてるタイプ。
ほら、上下水道の設置…はるか昔、この異世界には衛生大改革であったでしょ?
どうも、同じ型で作ったものが一気に設置されたみたいでね。そのまま、そのサイズでずっと作られてるらしいんだよ。
上のほうの蛇口部分に、シャワーヘッドを取付られれば良いなって思ってるんだ。
最初はシャワーが浴びたいって、僕の個人的な欲望だけだったんだけど…思わぬ効果が得られることがわかってさ。
シャワーって蛇口に比べて、水量が随分と抑えられるでしょ?
そうすると蛇口を作動させてる魔石の消費量も抑えられる事がわかったんだ。
魔石が少しでも長持ちすれば嬉しいじゃない?
グー舎に調べて貰ったけど、蛇口部分のグーチョキパを脅かす訳ではないから、そっち方面もクリアしてるし。
取り付け部分には、パッキンのような素材を組み合わせたり、ねじった形の溝がある金具ができないかなーなんて、地球産のアイデアをいくつかミラージュさんに伝えてから、タンデムに向かったんだよ。まぁ、なんだ…丸投げとも言うよね。
ミラージュさんはかなり知恵を絞ってくれたらしく、すごく完成度の高い取付部分の金具を三つも作ってくれたんだ。まだまだアイデアがあるって。
僕はこれで良いような気がするんだけど…。
でもまだ納得いかないらしい。
もう少し改良したいって言われちゃった。
「ねぇ、アギーラ。これ…もしシャワーヘッドが上手く商品化できたら、あと何種類か考えてる他の金具含めて…グーチョキパを私が取っても構わないかな」
「もちろん。こんな事、僕にはとても考えつかないもん」
「ありがとう!もちろんアギーラにも分配させてもらうからね。こんな発想…アギーラが言ってくれなかったら、一生思いつかなかったから」
「え!要らないですよ。ほぼほぼミラージュさんが作ったんですから。僕はシャワーヘッドが出来れば正直文句ないですし」
「ダメよ。まぁ…詳しい話はシャワーヘッドが商品化した後にするけれど。アイデアって大事にしないとだめよ。それにね、こういうのはお互い損をしない関係を築けるのが一番なの」
「はい!まずは商品化できるように頑張ります!!」
「いや…これ…頑張らなくっても大丈夫だと思うけど…。とにかく試作品を家で使って、感想を聞かせてちょうだいね」
現時点で一番のお勧めだというシャワーヘッドの試作品と、取り付け金具を受け取って、僕らの打ち合わせが終わった。
◇◇◇
二階の居住スペースにお邪魔すると、ジェイさんがテーブルにお皿を並べ始めているところ。すかさず僕もお手伝い。
「良いタイミング!ちょうど今、焼き上がったところさ。ミラージュ、お酒を用意してくれる?」
「はーい。大地原酒、久しぶりだわ~。シーラはそのままで飲むわよね?」
「お土産って言って持ってきて図々しいけど…そのままで頂くわ」
「アギーラは飲めないんだよね?」
「はい、僕はお水を頂ければ…」
「じゃぁ、貰い物だけど、美味しい紅茶があるからそれを入れようか」
ほかほかと湯気の立っている魚が出てくる。
あ!これってカレイじゃない?湖でカレイが取れるの?
いや、違うか。左ヒラメに右カレイって事は…ヒラメ?
左右って違う場合もあるっていうよね。どっちかな。
「これ、なんていうお魚ですか?」
「あぁ、これはオタクカレイって言う魚だよ。すぐに捌かないと臭みがでちゃうんだけど、きちんと処理されてればすっごく美味しいんだ。食べてみて」
やっぱりカレイの一種だったみたい。素揚げまではいかないけど揚げ焼きにしてある。
焼きたてに塩をぱらぱらと。そこにロムロムを絞って…いただきま~す!
白身がふわっふわで、エンガワがパリッパリ。
くぅ~ん。
あ、やべ。すっごい変な声が出ちゃった。
次に出てきたのはレイクロコダイルーズのすっごい大きなお肉。
無限ワニ、再び。
僕らは大格闘しながら大満足の夕食を終えた。
ワニも魚も、もちろん海老だって…ミネラリアへ戻ったらそうそう食べられない。
食べ終わってすぐでなんだけど…もう恋しくなってきた…。
「すっごく美味しかった~。ごちそうさまでした」
「どういたしまして。そうそう、僕らね…伝えないといけない事があるんだ」
「なによ。急にあらたまって…」
「いやなに…実はさ…引っ越しが決まったんだよ」
「「え!」」
「そうなの、急なんだけど…私たち、ミネラリアに行くわ!」
「「えーーー!」」
シーラさんがギャグマンガみたいな姿勢になってるぞ。
でも、僕もびっくり。確かにちょっと気持ちが傾いてるなんて言ってたけど…あれから数日しか経ってないのに、随分急じゃない?
「それがさ、ほら…ダンジョンが出来ただろ?」
「あー。そうか…住宅問題ね」
「そうなんだよ。これから先…数年は町が活気づくだろうから早めに家を抑えとけって。実は前々からギルド経由で物件をちょこちょこ紹介されててね。今回、凄く良い物件を紹介してくれたものだから、思い切って行ってみようって…な?」
「そうなの。私の店舗にぴったりな物件を破格で紹介してくれたもんだから…ね?」
ダンジョンが出来ると近くの町は冒険者で溢れ、おおいに賑わう。ミネラリアに最近できたダンジョンはどうやら巨大ダンジョンで、その噂は冒険者の心をガッチリ掴んだらしい。
ダリアさんとドイルさんも、自分たちがダンジョンに入れるのはまだまだ先だけど…って言いながら、目を輝かせて話してたもん。
なんでもランク別で入れる時期や階層なんかをギルドが区切るらしい。無謀な行為は死に直結するからね…。
今回、ミネラリアの近くに出来たダンジョンは、お宝や取れる素材がめちゃくちゃオイシイらしいんだ。
たくさんの冒険者がミネラリアに来るんだってさ。
そのオイシイダンジョンができると、懐に余裕のある冒険者達は仲間と一緒に、ダンジョンの近くの町に家を借りたりするらしいんだよ。近くの町。そう、ミネラリアの事。
そうすると家賃が上がったり、そもそも空き家がなくなったり。
店舗付き物件だってその余波を受けるらしい。
店舗部分もベッドを入れちゃえば立派な部屋になるから、予算さえ合えば店舗物件も冒険者に借りられちゃう。冒険者たちも慣れたもので、店舗を含む一階部分だけを、賑わいを求めて流れてくる料理人なんかにまた貸しする事もあるんだって。
ギルドはジェイさんにミネラリアに行ってほしかったみたいだから…きっと良い物件を紹介したんだろうね。
引っ越しって、すっごく大変そうじゃない?
何台も馬車を手配しなきゃいけないだろうし…。
あ…まさかとは思うけどレンタルパック馬車みたいな、ギルドの引っ越しパック商品があったりして…




