俺、クッションの御用聞きじゃねぇんだけど…
「あ、ガイア!おーい、ガイア~!」
「騒がしいな、なんだよ」
「いやあのさ、この間、ダンジョンで使わせてくれたクッションを、売って欲しいってお願いしてただろ?あれ、妻の分も追加でお願いできないかと思って…」
「いや、まだ頼めた訳じゃないぞ。作ったやつにはこれから頼むんだからな」
「いいのいいの。聞いてみてくれるだけでも…ダンジョンでも信じられないくらい快適だったけど、家に帰ってからも、腰も尻もどこもかしこも…すっげぇ楽なんだよ。こんな事初めてでさぁ。妻も仕事の後で腰が痛いっていつも言ってるから…な、頼むっ!」
さっきも全く同じことを言われたんだが。デジャヴかよ…。
「まぁ、聞くだけは聞いといてやるから」
「値が張っても買うからって言っておいてくれよ!絶対に伝えといてくれ!!」
「わかったよ。じゃあな」
「ガイアじゃねぇか。探してたんだ。お前の持ってるクッションの話、聞いたんだけど…」
その日、俺、ガイアはギルドへと出向いていた。
新しくミネラリアの近くに出現したダンジョン偵察の為、冒険者ギルド長からダンジョンへ潜って様子を見てきて欲しいと依頼されていたので、その報告をしにギルドへ来たんだが…何故かクッションクッションと話しかけられる。
アギーラのせいだ。
いや、俺のせいなんだけど…あんな面白いもんを作りやがったアギーラが悪い。
そういや、もうタンデムには着いているか…。
シーラはどうしているだろう。アギーラは拾い食いなぞしていないだろうか。
…最近、俺の心配の種は二つに増えたんだ。
これ以上、クッション話に巻き込まれないために、そそくさと二階にある冒険者ギルド長の部屋へと向かう。ドアをノックすると冒険者ギルド長、自らがドアを開けて、ねぎらいの言葉をかけてきた。
「セレスト戻りですぐに頼んじまって悪かったな。それで…どうだった?」
「あぁ、なかなか面白い素材が手に入るダンジョンだ。人気が出そうだな」
「…最深部は何階層位になるだろうな。階層はどこまで行った?」
「あぁ…とりあえず5階層までは行ったが…とにかく広いぞ、あれは。5階層でもう強めな魔獣が出る場所があった。しばらくしたら4階層まではそこそこの…中級冒険者へも開放って事で良いんじゃないか?どうせダメって言っても来るだろう?」
「冒険者だからな、それは仕方がないだろう。良いダンジョンがあったら無理を承知でも潜りたいって気持ちもわかる。そうか…5階層ですら手ごわいとなると…国がどうやら巨大ダンジョンじゃないかと連絡を寄こしてきてな。魔獣の魔力がひしめいてるんだろう…とにかくまずは早く踏破しないと落ち着かん」
「まずは何階層くらいか…最下層の目星をつけないとな」
「あぁ。お前が中心になって、良い面子でパーティーを組んで、潜って貰えるとありがたいんだが…」
「まぁ、腕の良い奴が来たらそれも考える。あの瘴気祓いでイライラさせられたんだ。しばらくはソロで存分に遊ばせてもらいたいがな」
長く踏破ができずにいるダンジョンから、魔獣が溢れ出てくる事態がかつてあったらしい。
レオはミネラリアの冒険者ギルド長だ。ダンジョン直近地の冒険者ギルド長は、そのダンジョンの統括責任者ということになる。ダンジョンを早く踏破してしまいたいという気持ちもわかる。
今回の瘴気の一斉発生といい、結界の弱体化といい…こんな時に町の近くに巨大ダンジョンが出たとなれば、レオが気を揉むのも当然だろう。
俺は下見をしてきたダンジョンのあらましを語っていたが、やがて話は自然に先日終えた瘴気祓いへと移っていった。
「結局、貴族の参加は辺境伯が数人だけだったって聞いたが…」
「どこの国も中央は知らぬ存ぜぬだ。ジネヴラの辺境伯とそのお仲間は毎回参加してくれているが…」
「そうか…。まぁ、ユスティーナだってもし瘴気が出たとしても、どの貴族も前線には来なさそうだけどな。ジネヴラ国って…例の奴?」
「あぁ、昔は王家に仕える忠実なしもべって感じの一族だったらしいが…さすがに今回の同時瘴気発生での国の対応に関しては、怒りが凄まじかったらしいぞ」
「どこも似たようなもんか…」
「一度、顔合わせの席を設けたいが…あちらも忙しい御身分で難しくてな」
「いや、俺はそういうのは面倒だからパス」
「そう冷たいこと言うなよ…エヴァンス領だと、地理的にはどうしてもセレストかジネヴラへの応援要請が多いけど…まぁ、ミネラリアだとほぼセレストだからね、なかなか…」
ミネラリアはユスティーナ国の最東端にある町。
大主道がそのままセレスト国へと続いているので、自然と遠征地はセレストが多くなる。
一方、ミネラリアから北の国、ジネヴラへ行く場合はまっすく西に向かってエリーゼ湖、エリーゼ湖を北上してタンデムへと大主道を進み、エリーゼ湖からさらに北に流れるロードスター川沿いに北上して行かなければならない。
北の国ジネヴラへは、どうしてもタンデムのギルドが遠征へ向かう事が多くなるのだ。
「貴族と会ったって碌なことにはなんねぇからな。そういうのはお偉いギルド長へお任せしますよ」
「そう冷たいこと言うなよ…」
俺はダンジョンの下見報告を終え、レオの部屋を出た。
すると今度は廊下で商業ギルド長と鉢合わせした。
「おっと…サワットじゃないか、久しぶりだな」
「あらガイアじゃない、本当に久しぶりね。あ、ちょっと待って、お客さんをお見送りしてくるから。そこの部屋に居てちょうだい」
「あぁ…」
サワットはすでに背を向けて階段を降りていく男性と、漆黒の髪を器用に髪紐でまとめながら歩く小さな女の子を一階まで見送ると、部屋へと戻ってきた。
「ずいぶん小さなお客さんだな」
「冗談じゃなくって、あの子が本当にお客様だったのよ。小さくても、あの子はなかなかよ…」
「それはそれは…サワットが褒めるとなんか怖いぜ」
「煩いわね。男性が一緒にいたの、見えた?彼はね、孤児院の院長なの。教会のバザーが秋にあるんだけどね、ちょっと商業ギルドが一枚噛かませてもらう事になるかもしれない」
「おいおい、バザーに商いの匂いがしたのか?」
「孤児院の縫製品ってクオリティが高くてファンが多いのよ。今回のバザーだって社交シーズンより少し早いけれど、貴族のご婦人方は縫製品目当てに早めに出てくるって話だもの。私はバザーと言うより、孤児院と通年での販売計画をちょっとね…」
「相変わらず手広いな…」
獲物を捕らえたと言わんばかりの目をしたサワットは続ける。
「実は今、話を聞いたばかりなんだけどね。でも、絶対にものにしたい。まずはバザーで先行販売って事にして、そのあと通年でうちが契約してる店舗で販売…」
「ずいぶんご熱心だな…バザーだぞ、手加減してやれよ」
「さっきも似たような事を言われたのだけれど…私、そんなに怖くないと思うのよねぇ」
「ものは言い様だな」
孤児院の縫製…アギーラが忙しいようなら、アギーラに監修だけしてもらって外部に頼むって手もあるよな。俺、すでに結構な量のクッションを頼まれちまってるし。
「なぁ、もしその孤児院に縫製の仕事を頼みたいって言ったら、個人でも引き受けてもらえるもんか?縫製工場に頼むような数ではないんだが…」
「支払うものさえきっちり支払えば大丈夫だと思うわよ。ただ、今はバザー準備で忙しいかもしれないけど、聞くだけ聞いてみたらどう?」
「あぁ、手が回らなさそうなら、ちょっと聞いてみる事にしよう…。うん、ありがとな。それじゃぁまた!」
「うん、またね。あらやだ、シーラに渡したいものがあって呼び止めたんだった。ちょっと持ってくるから待ってて!」
サワットから荷物を預かり、一階に降りた俺は、またしても「クッションの事で」と、冒険者仲間に声をかけられる。
まいったな。俺、クッションの御用聞きじゃねぇんだけど…




