お芋ちゃんの恩返し?⑥
レシピカードを作るとばっかり思っていたら、「冊子にして売りだしたらどうかしら?」なーんて、商業ギルド長のサワットさんにシレっと言われて大困惑しておりますワタクシ、ベルこと成留鈴花でございます。
え!冊子?
あの『嗜みシリーズ』みたいな!?
あんなの作るの大変じゃない?
チラッチラッと院長先生を見る。
――トントントンツーツーツートントントン
モールス信号、異世界でも通じるかも!
――しーん
…うわっ、やっぱ全然通じてない!!
院長隊長!無理っす!!
レシピカードで精一杯。
まだ幼いの…あたしゃまだ幼少期なんだよ!
私の必死の目線に気づいた院長先生が話を引き受けてくれる。
「冊子ってそれはおおごとだな。…作るのも手間だし…その…色々と大変じゃないか?」
「あら、院長…これ、どれほどの価値があるか…わかる?」
「…うん。まぁ、すごいのはわかるよ。他の孤児院の奴に話したら、絶対にレシピにしろって言われたくらいだし。元がゴミだってのもね…」
サワットさんは他のレシピカードを読みながら言う。
「そうよ、それに全部よく考えられた料理だと思う。しかも、一気にこれだけのレパートリーが出せるのは凄いわ。卵や牛乳のありでもなしでも作れるっていう、家計に合わせて調理ができるところも含めてね。これ…クズ野菜を入れたり、余ったスープでドラジャグラタン?これも良いわね…。それに…なにより麦を使わなくてもお腹がいっぱいになる」
ちょっと言いにくそうにサワットさんは話を続けた。
「豆料理ってね、男性にはあんまりピンとこないかもしれないけれど…便秘解消にとっても有効なの。薬師さん曰く、豆の繊維質が便秘には良いらしいから、搾りカスだって十分に役立ってくれるはずだと思うのよ」
今度はベルの顔を覗き込むようにしながら、さらに畳みかけるように話す。
「この事は薬師さんに私から聞いておくわね。恐らく私が思ってる通りの返答が返ってくると思う。ドラジャはすごく安価で、どんな環境でも育つの。強くて手のかからない豆の品種なのよ。安くて安定供給が可能な食物…貧しい家庭でもお腹いっぱい食べる事ができる。これは凄い事よ。さらには便秘の解消。これ、どういう事かわかるわよね?」
弱っ。院長隊長、俺たち弱すぎるっす…あっという間に押し負けた、チーム孤児院。
これで最後のダメ押しと言わんばかりに、私をしっかりと見据えてサワットさんは言った。
「乾燥したドラジャの搾りカスの件、これは、ちょっとこちらに任せてもらえるかな?もちろん権利をどうこうするって訳じゃないわよ。でも…これはね、ちゃんとデータを取って、世に送り出した方が良いと思うの」
「はい、お任せします」
長いものにはマカロニ。
◇◇◇
細かい打ち合わせはまた後日という事で、一旦、『守秘匿魔法契約』っていう契約を結んだの。
『守秘匿魔法契約』っていうのはね、『見聞きしたことを口外しません』って約束する、魔法契約の一つなんだってさ。
これは全大陸民に認められた義務と権利だから、準成人の12歳になれば親の同意なしで結べるし、契約主は、未成年だとかそういう事は関係ないらしい。
契約主である私が、話そうと話すまいとそれは自由。
ただ、他の人が誰かに話そうとすると警告が発せられる。そんな感じかな。
いや…そこまでしなくても…って、思ったけど、自分の権利は自分で管理するべきって厳しく言われてしまった。
さすが、商業ギルド長。
もとより口外するつもりなんかなくても、脳の怪我や老化で物忘れが出たり、なんらかの薬で無意識に喋ったり…自分の判断がわからなくなる事態に備えなきゃいけないって事が、この世の中にはあるんだって。
ん?聞き流そうとしたけど…そんな自白剤めいたものが、この異世界にはあるの?
ちょっとのほほんとした世界だと思ってたけど、意外とそう言う感じがあるなら怖い。
いや、今は何より4歳児に熱弁ふるってるサワットさんが怖い。
院長隊長、敗者は去るのみ…もう帰ろう。
あ…。
大事な事、忘れてた。むしろこっちがメインの話だった。
お芋ちゃんの恩返し(?)品の巻糸の話をするんだったよ…。
二人は全く忘れていなかったらしく、ドラジャ搾りカス軍団を片づけると、サワットさんがテーブルに浄化魔法をかけた。
院長が布に包まれた巻糸をテーブルの上に置きながら言う。
「普通の巨大化繭って、僕の拳くらいの大きさって記憶してるんだけど、そうだよね?」
「そうねぇ…一般的にはそれよりは少し小さいくらいって言われてたような気がしたけど…」
「実はね、この糸の繭…僕の頭くらいかな?…え?もっとあった?…まぁ、それくらいあったらしいんだ」
「繭が?」
「そう、繭が」
ぎょっとしたようにサワットさんが巻糸を見つめた。
「しかも、ボヨンビヨン・モリっていう珍しい蚕の繭だって言うもんだから」
「ちょっとそれ、本当?サラマンダーの化身っていうあれ?…少し、触っても良いかしら?」
私にサワットさんが尋ねてくる。
…私もサワットさんのシッポを少し、触っても良い?
いや、違うぞ。我慢我慢。
「もちろんです。どうぞ」
サワットさんがビヨンをビヨンしながら顔色を変える。
「珍しい糸の売買が関わる話、ってだけ聞いていたから何かと思ったら…これにベルちゃんが一枚かんでるってこと?」
「そう。ちょっとね…色々と面白い事になってて」
「ふうん…まぁ!これ、一つ繭糸なの?」
そう、普通は複数の繭から一本の糸を紡ぐんだけど、巨大な変異繭では稀に、一切紡がずに丈夫で太く均一な糸が取れる事があるらしい。
そういうのを一つ繭糸って言うんだって、レイラに教わったんだ。
「はい、製糸工房へ繭を運んでくれた孤児院のお姉さんが、そうだって言ってました」
「私、初めて見たわ…それに、なんて綺麗なのかしら…」
ため息をつきながら、巻糸を見ている。
「ねぇ…これ、価格交渉は済んでる?」
院長先生が首を振りながら答える。
「いや、まだなんだ。製糸してくれた工房は町唯一の製糸工房だし…母体のアトリエも昔から職業訓練でもお世話になっていて、付き合いが長いんだよ。変な事もしないだろうから、お任せしちゃおうと思ってるんだけど」
「…ここで交渉しましょう」
「「え?」」
「製糸工房のカイルは私も懇意にしてるし、信頼もしてるけど…価格決めにはギルドも参加させてもらいたいわ」
「「…」」
「おそらくカイルだってこんな糸、見た事ないはずよ。カイルの糸の見る目とギルドの商品を見る目、両方で精査したほうが良いわ」
「そうしてくれるなら、ありがたいけど…いいのかい?」
「こういう時の為の商業ギルド長よ。未知の商品の価格はきちんと見定めないとね」
サワットさんがベルを見ながら言った。
「これ、何巻あるの?どのくらい売るとか…決めてあるかしら?」
「いえ…工房の人からは…1本でも良いから売って欲しいって言われてます。12本取れたので…」
「12本…そんなに…」
サワットさんが絶句してる。やっぱりちょっと異常サイズよね…。
「私は糸になったところを見てみたいだけだったし…欲を言えば1本貰えれば良いなって思ってたから…1本は自分で使わせて貰う事にしました。あとは巻糸にしてくれた工房と…孤児院の裁縫が好きな人達が、何かに使いたいなら使って貰いたいって思ってるの。でも、そんなに珍しいものなら、逆に敬遠されるかもしれないし…」
「そうね…大体の価格設定が決まってから考えたほうが良いかもしれない。それまでにお裁縫が好きな人たちの意見も少し聞いたみたら良いわ」
「はい、そうします」
そそくさと退場しようとした時、わざわざ見送ってくれるというサワットさんに声をかけられる。
「ねぇ…その髪紐…どうなってるの?」
「あ…これ…実はその…昨日どうしても我慢できなくて…ボヨンビヨン・モリの糸で作っちゃったんです」
「ちょっと見せてくれる?」
髪をほどいて、髪ゴムをサワットさんへ渡した。
「これ、どうやって編んであるのかしら…ベルちゃんが作ったの?」
「三つ編みの変形みたいな感じで…はい…」
「…販売してる?」
「いえ…ボヨンビヨン・モリの糸は高価だから…これは試しに作っただけなの。実は今度の秋の教会バザーで、別の素材を使って、こういう伸びる感じの髪紐を作って売ろうって話をしてます」
院長先生に顔を向けてサワットさんは言う。
「そう。…バザーの販売品って、窓口はどなた?」
「アリーかな。うちの孤児院専属の先生。元修道女なんだよ。みんな、アリー先生って言ってるから、そう言えば通じるよ」
「そう。…ちょっと話がしたいって伝えといてくれる?こちらから連絡しますからね」
「わかった。お手柔らかにお願いするよ。まだ若い先生だからさ」
「…なんか失礼な言い方ね」
サワットさんは今度は私に向かって、
「怖い顔してお料理を食べてごめんね。どれもこれも、すごくおいしかった。ごちそうさまでした。まだ4歳か…ベルちゃん、これからも活躍を期待してるわ」
そう言うと、にっこり笑って髪ゴムを返してくれた。
「あ、そうそう…これ、頂き物なんだけど…ベルちゃんは食べ物に興味があるようだから、お土産に。これはね蜂蜜っていうの。ここにも書いてあるけど、小さい子にはあげたらダメだから注意してね。とっても甘いから、ドラジャ蒸しパンにかけて食べるのも良いんじゃないかしら」
「うわ~!すごい!!ありがとう!!!」
わらしベル長者、ゴミで蜂蜜を得る――




