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それはそれは広大な真夏の裁縫地獄…

 未だになんの変化も見せる様子がない、乾燥させたドラジャの搾りカスを、日々ちょびっとずつ齧り続ける、ベルこと成留鈴花でございます。


 虫が入ると困るから、しっかり煮沸したジャム用の瓶を借りて、密閉して保管してるんだけど…なんせ常温保管だから。

 天日だけだとどうも心もとないから、やっぱり生活魔法の乾燥(他力本願)に期待しちゃったりしてね。


 うん、見た目も味も変化なし…と。

 引き続き地道に観察実験あるのみ。


 ◇◇◇


 今日はね、私が毛糸に興味を持ってるのを知ってる、お針子志望のレイラがくれた、ごちゃごちゃと丸まった大量の毛糸クズ玉、これを利用して毛糸ポンポンを作るんだ。

 職業訓練先のアトリエから持って帰ってきてくれたの。

 なんでもレイラが訓練に通ってるアトリエって、製糸工房からドレス専門のメーカー、テーラーに至るまで幅広い経営をしてるから、結構色々な素材くずをわけてもらえるんだって。ありがたいね。


 これから秋になって冬になって…毛糸ポンポンが可愛い季節じゃないの。

 その為には今、頑張らねばならん。

 いや…ならん、って訳でもないんだけどさ。

 作りたいから作るのだ!


 あれって…正式名称あるのかな。

 ちっちゃな頃からポンポンって言ってたけど…ま、なんでもいいか。

 普通の毛糸玉だったら型紙やらフォークやらにぐるぐる巻きにして、真ん中縛って輪っかチョッキンで終わりだけどさ、ここには短い毛糸しかないからね。


 とにかく毛糸を縦に並べていこう。

 とりあえずは生成りの糸を長さ別にする。

 色は…仕方ないよね~。生成りが基本ですよ。

 あと、深い緑と茶色とかがある。紺が少し。

 これ、何で染めてるんだろう…草木染とかがあるのかな。


 まずは生成りの毛糸だけで作っていくよ。

 生成りの毛糸だけを毛糸クズから取り出して…


 ん…?

 おや?

 おやおや?


 …この毛糸、すっごく伸びるんだけど…なにこれ…もっと欲しいわ。

 とりあえず、この伸びる毛糸をごちゃごちゃと丸まった大量の毛糸クズ玉から救出するわよ!


 ◇◇◇


 うれしい!結構長いのもあった。

 これ、髪の毛を結ぶゴムにできると思わない?

 毛糸だけど、ちくちくしないし…ふかふかしてて、ちょっと綿パイルっぽい感じがしないでもない。

 これなら夏でも髪ゴムになら使えそう。


 うーん…でも一本じゃ弱いかなぁ。

 三つ編みにしたらちょっと強度が出ると思うけど、長さがギリギリっぽい…。

 長いのは後で使うからこっちによけといて…

 あ…シュシュとか作っちゃおうかな…小さいサイズなら作れそう。


 布地、布地…巾着、もとい小物入れの一件で、お針子の訓練用品(半端な余り物素材)が入った箱を勝手に使って良いって事になったんだよね~。

 箱にはね、テーラーやアトリエに職業訓練に行ってる年長者が、端切れやら余った素材なんかを孤児院用にって貰って帰ってきてくれたものを、まとめて入れてあるのよ。


 自分たちでも練習できるようにって。

 色んな素材を使うと良い勉強になるからね。

 なんと、その使用権をワタクシも頂けておるのでございますよ!


 ――ちくちくちくちく


 伸びる毛糸は三つ編みにして…。


 …できた!


 シュシュの良い所ってさ、髪につけちゃえばクシャクシャってなって、色々と粗が目立たないところよね。

 端切れを何枚も縫い合わせて、パッチワークにした布で作ったのが二つ、これはレイラとマルに渡そう。

 もう一つはリボンを縫い合わせて作った一番小さいシュシュ。リボンが紫色だし、4歳児にちょうどいい大きさ。これはラナにあげたい。進呈した小物入れの紐やリボンと同じ色合いよ。これなら統一感があって可愛いと思うの。


 あとは長めの伸びる毛糸が4本あるから四つ編みにして…

 これはね、自分の分。シンプルな生成りの髪ゴム。

 明日から朝がめちゃくちゃ楽になる気しかしない…紐で結ぶの、地味に面倒だったんだよ~。


 こういう基本の髪ゴムと、付け替えできるチャームみたいなのって良いかも。

 リボンとかビーズ、ボタンをこの伸びる糸に取り付けて髪ゴムの上から伸びる毛糸で二巻できれば十分だし。基本の髪ゴムがしっかりしてれば落ちてこないだろう。

 朝の時短ができて、しかも可愛いだなんて…ぐふんぐふん。


 …あ、いかん。毛糸ポンポン作るんだった。

 ポンポンをこの伸びる毛糸を三つ編みにした髪紐につけて…


 …無念。二個しかできなかった…。

 今時期に使うのは暑苦しいし、涼しくなってからみんなに渡しても良いからゆっくり作って行こう。うん、そうしよう。


 ◇◇◇


 あ、マルが帰ってきたぞ!

 マルは、薬草にとっても詳しくて、私の森での採取遊びの時の師匠みたいな存在なの。職業訓練に行ってる年齢だから、レイラと同じくだいぶ年上だけど、穏やかで知的なお姉さん。とっても仲良しなんだ。


 あはっ。マルがめっちゃ喜んでくれた!「毛糸だけど、外は布地だから年中使えると思うよ」、な~んて言いながら、シュシュで髪を結んでみる。

 ほぅ…良きかな。


 マルの目だけにマルくなる。あ…なんかすいません。

 いや、でも…本当にびっくりしてるみたい。これ、ちょっとマズった…?

 でもでも使ってるものは変な物じゃないし…つぎはぎの布と貰った伸びる毛糸だけだもん。大丈夫だよね…。


 うぐぐ…。マルは兎人族なんだった…。

 毛糸ポンポン…すっごくすっごくマルのシッポに似てる…。


「…マル、これも使ってよ」

「うわっ、なぁにこれ!すっごい可愛い!!」

「レイラが毛糸クズをいっぱいくれたから、それで作ってみたんだ。横から思いっきり毛糸を引っ張ったりしなければ、ばらけたりしないから。ちょっと今使うのは暑苦しいけど、秋冬の髪留めにでも…」

「でも…こんなに貰えないよ!」


 毛糸ポンポン、無理矢理髪に結んじゃえ。

 ほぅ…良きかな良きかな。


「いつも森でお世話になってるお礼でございますよ…へっへっへ」

「え…急にすっごく悪い顔するんだね…」

「とにかく使ってよ!職業訓練に行くと町を歩くしさ、こういうのって、いくつあっても良いでしょ?」

「うん…すっごい嬉しいよ!大事に使うわ、ありがとね!!」


 うわ~、後ろから見たら、シッポと毛糸ポンポンが…


 これはいかん…変な虫が付きそうだから、やっぱり返してもらおうかしら…


 ◇◇◇


「レイラ、お帰り~!毛糸ありがとね。これ…お礼と言っちゃなんだけど…作ってみたの。良かったら使って。髪紐みたいなもんだからさ」


 …裁縫親衛隊に捕獲されちゃった。


 何故かマルも呼び出され、ラナにあげるはずのシュシュも一旦没収させられ、毛糸ポンポンの尋問を受け…あ、レイラの分って言ってポンポンを渡して許してもらおう。賄賂作戦よ!


「ほら、夏だからさ、ちょっと毛糸ポンポンは暑苦しいかなって思ったんだけど、マルのシッポに似てたもんで…つい、マルにプレゼントしちゃったんだよね…へへっ。これ、毛糸ポンポンね…良かったらレイラも使って…へへっ」

「『へへっ』、じゃないのっ!ねぇ、ベルはさぁ…次のバザーはいつやるのか…知ってる?」

「え?じゅ、11月?」

「これ…出品するのに季節的にもぴったりだとかは…思わなかったの?も~、マルが秋口まで使わなかったら、気付かなかったじゃないのよ!」


 ひぃぃ…マルまでとばっちりを…ごめんなさいごめんなさい…裁縫親衛隊が超こわひ…。


 自分も、秋になる前にたくさんポンポンを作ろうってとこまでは、ちゃんと考えてましたんです、はい。


 ◇◇◇


 あのあと、こってり絞られてから聞いたところによるとね、あの、伸びる毛糸は、ウェービーメェメェという動物のものだったんだ。

 ちょっとネーミングセンスが独特だけど…、モジャモフな羊かな?モジャモフなヤギかな?…絶対見たい…ついでに名付け親もちょっと見てみたい…。


 ちなみに、アリー先生がどれもこれも大絶賛。

 あ、シンプルな髪紐ですが…これ、よかったらどうぞ…へっへっへ。

 え?…これは三つ編みの変形で…一本多いタイプを作ってみようかな~なんて…へっへっへ。

 …しまった…この世界に四つ編みはなかったらしい。

 五つ編みは封印することにしようかな。


 話はどんどん大きくなって、バザー用にウェービーメェメェの毛糸を、わざわざ購入するって話にまでになっちゃった。


 ご婦人方は私がアリー先生に渡した、あのシンプルな四つ編みの髪紐にご執心で、バザーにはそれも加わる事になったの。

 だからつい、付け替えできるチャーム的な話をポロっと…。

 ひぃぃ、ごめんなさい。

 いや…もっと早く言えって言われても…ひぃぃ。


 こうして私は裁縫親衛隊を、それはそれは広大な真夏の裁縫地獄…ポンポン地獄シュシュ地獄、四つ編み地獄にチャーム地獄へと突き落としてしまいましたとさ。

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