異世界旅~家に帰るまでが遠足です~⑧
ミラージュさんがちゃっちゃと閉店準備をするのを待ってから、三人で料理屋『エリーゼ湖飯』へ繰り出した。
あぁ…お魚楽しみ。だって、この異世界へ来てから一度も食べてないんだよ。
乾燥した魚を市場で見かけた事はあったけど、わざわざ買おうとは思わなかったし…。
ミネラリアでは、肉の方が断然安くて新鮮なんだもん。
町中にある間口の狭いお店に連れていかれる。8時過ぎだけど、お店はとっても盛況。ぎゅうぎゅうだ。僕らはミラージュさんのお勧め料理を頼む事にした。
二人はお酒を頼むみたいで何やら真剣に話し合っている。
うん、仕事並みの真剣さだね。
僕は湖野菜のスープというものを頼んでみた。
注文を一通り終わらせ、店内を見回す。間口が狭いのに中は意外と広い。なんとなく洞窟っぽいイメージのお店だ。
色んな人種の人たちがいる。
見た目的には…獣人族8割人間族2割といったところかなぁ。
王侯貴族は人間族で構成されてるんだって。
たま~に、獣人に手を出した貴族に出来た庶子は、例外なく放り出されて平民として市井に身を置くそうだよ。
なんでもごくごく一部ではあるけれど、純人間族主義っていう、人間族血統こそが正しい…的な、思想を持った人たちもいるらしい。
あぁ…やっぱり。
そういう問題もあるんだな。
あんまりミネラリアでは貴族に出会う事もないし、そういうのに関係ないバリバリの庶民生活だったからなぁ。
転移した当初には少し思ってはいたけど、いつの間にかそういう心配事を忘れてたよ。
なんでもその差別意識は、この世界が出来た時に、最初に神様に選ばれた人種が人間族だった事から生まれたらしいけど。
百歩譲ってそれは良いけどさ…じゃぁ、なんで獣人においたするんだろ。
なんにしろ虫唾が走る話だよね。
シーラさんも物珍しそうに店内をキョロキョロと見ている…と、思ったら単にみんなが飲んでるお酒をチェックしてるだけだった。
ミラージュさんと言えば、ちょうど店を出る青年が知り合いのようで、何やら話しかけている。
飲み物が揃ったところで…、
「「「かんぱーい!」」」
僕はスープ皿だけどね。
どうやら最初は軽めなお酒にして、次から青泉原酒という強いお酒にするみたいだ。
乾杯の後、速攻で次の注文を入れてる。
魚の出汁を使った湖野菜のスープ。いただきます!
まず、香り。は~。良い匂い!久々のお魚の匂いだよ!!
鼻がクンスカ動いてしまう。
まずは一口。
うーん。塩ベースでしっかりと魚の味がするスープ。これは出汁が奢ってる。優しい味。体に染み渡る~。
一緒に口の中に入り込む黒っぽいモヤモヤしたもの、これが湖野菜だね。
ヌルっとする湖野菜をずるんと口に入れると、ドロドロしてるけどコリコリとした歯ざわりも楽しめる。
癖になりそうだけど、これ…異世界人、好きかなぁ。
こういう感じの食べ物って異世界では食べたことないけど。
なめこ納豆めかぶとろろ耐性のある僕専用じゃない?
そう、めかぶ。これはめかぶにちょっと似てるかも。
懐かしい味わいに、思わずくふんと笑う僕を見ていた二人が、揃って湖野菜のスープを注文する。
チェイサー代わりにするんだって。
青泉原酒がきて、二人はにやにやしながらもう一度乾杯をしようとした時、「遅くなっちゃった~。シーラさんお久しぶり!」と、ミラージュさんの旦那さんであるジェイさんが、慣れた様子で片手に椅子を持って現れた。少しずつ席をずらして、新たな椅子のスペースを作る。
入口で注文を済ませてきたらしく、すぐにお酒の果実水割を店員さんが持ってきた。
どうやらミラージュさんは、この店で会った知り合いに、旦那さんへの言付けを頼んでいたらしい。
ミラージュさんの旦那さん、ジェイさんは鼠人族なんだ。
180cmくらいありそうな細身の体躯だけど、筋肉もありそう。いわゆる細マッチョですな。
この町のギルド職員で素材の買取担当をしてるんだって。
ギルドに職員として入ると、雑用から入り受付業務をひと通り経験したら、素養や本人の希望、ギルド側の査定結果なんかに基づいて担当を決めるんだ。ジェイさんは素材の買取担当を希望。
だけど、身の軽さと防御のスキル、ダガーの嗜みがあるからって、何故か買取とは全く違うダンジョン踏破の応援部隊なんかにも行かされてるらしい。
沼地や山谷を低ランクの冒険者が、足を踏み入れても大丈夫かどうかを判定するなんていう、地域判定業務なんかもさせられてるんだって。本人の事務方希望はどこへやら。
もちろん素材の勉強もさせられつつ、今はほとんど野外活動らしい。
出張も多いんだとか勤務時間がまちまちだとか、ミラージュさんがシーラさんにそんな事を話している。どうやら今日もそっちの業務で出かけていたみたい。
たぶんだけど…ギルドはジェイさんの事、採取人にしたいんじゃないかな…




