薔薇!紋章!イニシャル!以上!!
えー、本日は晴天なり。本日は晴天なり。
ドラジャの搾りカスの天日乾燥に挑戦しますのは、もちろんワタクシ、ベルこと成留鈴花でございます。
そうなんだけどさぁ…マヨネーズドラジャガ、孤児院の定番になっちゃってね。
あ、いつもハラペコ厨房うろうろ軍団はお腹が空くと、うすーいパンを一枚恵んで貰って、あれを山盛りのっけて食べてるらしいわ。
役に立って良かった!
そして、通常の食卓に上がるサンドウィッチの具のかさ増しにも、恐ろしいほどの効力を発揮してしまった。
ドラジャの搾りカス、ぜんっぜん余らないんだよ…。
今回は事前に言ってキープしておいたけど…いやまぁ、とにかく実験はするけどね…。
これ、乾燥する意味あるのかしら…
◇◇◇
まず、フワンフワの籠にフワンフワの葉っぱを敷いた物を沢山用意しておいて、そこに均等にドラジャの搾りカスをのせる。天日乾燥…以上っす。
午前中はこれを見張りつつ、シーツを大量に繕うのだ。
裁縫しながら見張らないと…風で飛んじゃったら、実験終了しちゃうんもんね。
水分が多い午前中は外で乾して、午後は室内にしよう。
そう言えばさ。この世界の刺繍って花モチーフばっかりなの、知ってた?
あとは家の紋章。これは貴族男性限定って感じだけど。
男性のハンカチに刺繍を入れる時は大抵、奥さんがその紋章を入れるからね、あんまり平民は刺さないけど。
それと…モチーフって訳じゃないけど、男女問わずイニシャルが装飾文字みたいになったやつは刺す。蔦が絡まってるやつとかね。
これも買ってきたものに自分で刺したりするからさ、あんまり孤児院では刺さないのよ。
結局のところバザーの販売品は、全部が女性のもの。
そうするとさ、ほぼ花のモチーフなのよ。
ほとんどが花部分だけをドアップでドーンって刺す感じ。
薔薇とか薔薇とか薔薇とか…、なんで薔薇ばっかなんだろう。
孤児院が買ってる図案がそうなのかと思ったけど、違った。
え?何で違うってわかったのかって?
実はね、『婦人の嗜み』『令嬢の嗜み』『お茶会の嗜み』『紳士の嗜み』…なんていう、貴族や比較的裕福な平民を購買層にしてる『嗜みシリーズ』って冊子があるの。
貴族の為のマナー冊子らしいんだけどさ。
マナー全般はもちろん、こういう時にはこの台詞、とか、うまい言葉の濁し方とか…そういう事が書いてある。
この世界って、まったく娯楽ってもんがないからさ、悲しいかなマナー冊子ですら娯楽の一種になっちゃってるんだね。
ちなみに私の好きなのは『お花摘みでのエトセトラ』って、投稿っぽい欄。嘘だとしても盛ってたとしても…かなりの笑撃。
この冊子には、流行りの服飾品が絵付きで掲載されてるから、眺めているふりをして、その実、この世界の情報収集の為にガッツリ読んでるの。
決して決して『お花摘みでのエトセトラ』目当てじゃないのよ。
購買層から思いっきりずれてるであろう、孤児院で働いてるご婦人たちも、全種類を買うなんてことはできなくとも、貸し借りしあってるらしい。
バザーに出品する裁縫品なんかを決めるのにも、この冊子を参考にしてたりするんだよ。
そう言えば…全然関係ないんだけど、『紳士の嗜み』に載ってた、『馬車乗降エスコート講座』ってやつも、面白かったわ。
この世界の馬車って乗り心地がすごく悪いらしくって、ご婦人が降りてくる時に動けなくなってたりするみたいなんだよね。
その上、ほら…ドレスでしょ?乗り降りって、すっごく大変らしいのよ。
そこで男性陣側は、上半身は微動だにせず、こっそり片足を後ろに引いて腰を落としてからご婦人を支えるだの、いかにさりげなくスマートに馬車の外枠に掴まって、重さを分散させるかだの…。
いやもう必死すぎて…笑い事じゃないんだろうけど、笑えてくるって言う…。
そこまでするなら、何故、まず客車を改造しようとしないのか…。
まぁ、そういう感じの…私の笑いの琴線に触れるネタが、多々書いてあるマナー冊子なんだけどさ、そこに流行りの刺繍なんかの情報も入ってるのよ。
これ…前のページの間違い探しクイズですかね?って言いたくなるくらい、みーんな同じ薔薇。
刺繍と言えば、薔薇!紋章!イニシャル!以上!!…みたいなね。
◇◇◇
ドラジャの搾りカス、意外に早く乾燥が進んでる。
なによ…失礼ね…忘れてないわよ。
フワンフワの葉っぱを取り換えて…少し籠をゆすって、固まってるところをフォークでほぐしながらまた平らにならしていく。
葉っぱもあんまり湿ってないから、思いのほか出来上がるのが早いかも。これなら今日中にできそうかなぁ。
「ベル、籠とシーツに埋まって何してるの~?」
「ん…実験中なの」
「実験?」
「うん、ドラジャの搾りカスをね、少しでも保存できるように乾燥させられないかと思って」
「ふーん…ちょっと手伝ってあげよっか」
「え?する事って特にないから大丈夫だよ?」
「ま・ほ・う!乾燥をかけてみたらどうかなって」
「え!いいの!?」
「うん。面白そうだし構わないわよ。この籠、やってみてもいい?」
「もちもち」
「もちもちね」
――― ジーー ――
あ、まったく風は舞わないタイプ…良かった…。
「わ~、すっごいぱらっぱらになったよ!」
「ほんと、これならかなり保存が効くかもねぇ」
「ねぇ、また実験に協力してくれる?」
「魔力が余ってたらいいわよ~」
「ありがとう、おっかさーん!」
そう、何を隠そう牛人族のおっかさーんは、生活魔法の浄化の派生だという、乾燥の魔法が使えるの。
洗濯物がちょっと乾きが悪い時なんかに、降臨。
く~!かっこいい~!!
天日してない状態からだと、ちょっと大変かもしれないけど、一気に魔法で乾燥させたのも調べてみたい。
うん…やっぱ魔法で乾燥させると全然違うわね…できればあと、もう一回だけでも実験に付き合ってもらいたいなぁ。
――ちくちくちくちく
今、繕っているシーツを見てて思ったんだけどさ、こっちの世界の布地って綿とか麻っぽいのがほとんどなんだよね。
そりゃ他にも色々あるだろうけど、私が見かけるのは綿と麻。麻のもっとザラついた感じの布や、目の粗いものなんかもある。
刺繍って、柄ものとか…どうなんだろ。
フォークロアとかエスニックとか、目の粗い生地にすごく合いそう…。
買い物の時に使う大きな麻袋なんかに少し柄を入れたら可愛いかも。
…って、思い出そうとしたら、柄が全然思い出せない!…まじか。
ノルディック…雪の結晶とか…描けない。
庭で土に何度か描いてみたけど、どれもこれも無理だった。
…ねぇ…ちょっと描いてみてくれない?
これ、私だけかしら…。
フォークロア風の足ふきマットの柄でもいい!
ボヘミアンなロンスカの柄でも!!
思い出せ思い出せ…
…うそーん、一個も思い出せない。
ベルちゃん…ベルちゃんに体を返す前に、オトボケ脳になっちゃったらごめんね…もとからちょっとオトボケだけど…これ酷いわ。
ひし形の組合せみたいなパターンのとかあるよね…こういう洗いざらしの生地に絶対に似合うと思ったんだけど…か、描けない。
あと、ナスカの地上絵みたいな柄も面白そう。
花は花でも茎や葉っぱも込みで…小花を散らしても良いわね。
あ、クッションカバーとかにしても可愛いんじゃない?
うん…まずは柄を思い出さないとね…わかってるわよ…




