ガイアとソウと瘴気の渦と貞操危機の妄想と④
俺は瘴気の渦まで走り戻ると、そろそろ親玉のお出ましだと伝える。
第三小隊のリーダーである古参の冒険者が短くうなずく。臨戦態勢に入るのだろう。
小隊ごとに作戦は違うから、出来るだけ邪魔しないよう脇に控えて静観する。
各人、作戦通りであろう陣形を取り始めた。
「「「キシャァァァッ」」」「「「グアァァァ」」」という声と共に、今までの雑魚とは違う、圧倒的な威圧感を放った魔獣が出てきた。
おい…嘘だろ…一体何匹いるんだ?
瘴気の最後に出てくる魔獣は一匹のはずだ。
…もう、今までとは違うって事か…。
強いっっ!
あれが…4、5…6匹!!
どうするか…今、助太刀に入ると逆に迷惑かもしれない。
皆、高ランクの冒険者だ。見極めが大事になる。
『俊足』のスキル持ちであるソウが、恐ろしいほどの速さでこちらへと向かってくる。
サラマンダーの炎は、遠く後方にいる奴が持っているようだ。
「ガイア、どうする?左前方…陣形が崩れはじめてる!」
瞬時に見切ったか…さすがだな。
「まずいな…参戦しよう。俺といけるか?」
「もちろん」
「左前方、サポートに入る!」
違う小隊なので、念の為に一声かけて仁義を切る。隊を組んでいるところへ下手に入ると、こっちも危険だ。
大剣使いの俺がまず初撃を与え、怯んだ敵を短剣を得意とするソウが屠る作戦を取る。
なんせ、ソウと俺がバディだと盾役は不要だからな。ソウはあの細い体躯に見合わず、異常にタフな肉体を持っている。ちょっとやそっとでは、傷つけられる事はないだろう。
見た目はまったく人間の姿で、一度も獣化したところを見たことがない。
だが、恐らく強靭な肉体を持つ獣人の、先祖血統が強く出ているのだろう。
少しだけ蜥蜴人族が入っているとか、他の奴に言ってたのを聞いたことがあるが…こんな蜥蜴人がいるもんか…いや、これは余計な詮索だな。
俺は見たまんま、この体躯でごり押すだけだが、さらに『身体強化』の固有スキルもある。
こちらも守りは万全だ。魔力量が50や100の奴が沢山いるこの世界で、俺の魔力は5000を越えている。
戦いにおいて魔力量を気にせずに、スキルが使えるのだからありがたい。
◇◇◇
並みの体躯の者には到底真似できない芸当だが、ガイアは大剣を抜剣しながら全速力で走り、前線に躍り出た。
振り上げる大剣は、何も重さを感じさせない動きで初撃を加える。
おおきく振りかぶって一気に剣を振り下ろす。
大剣はしなやかに弧を描く。
『 ――――― 』
この無音の振り下ろしこそ、ガイアの職スキル『武器術』と固有スキル『剛腕』が反応して成す会心のひと振りだ。
剣のあまりの静けさに、知性のない魔獣は、剣が空を切ったと思い込み油断する。
剣のあまりの静けさに、直観が働く魔獣は、何かがおかしいと感じて逃げようと後ずさる。
どちらにしろ、もう後はない事に変わりない。
魔獣の右腕が、ガイアの先のひと振りで切断された。
その瞬間、ガイアの右横を風のようにすり抜けて、ソウが前に出る。
ソウの持つ少し大ぶりのダガーが、やっと右手に違和感を感じてきたらしい、虚を突かれたような顔をした魔獣の首をゆるりと撫でてゆく。
魔獣はやっと、地面に落ちた自分の右腕に目線を落とす。どうやら、まだソウに切られた事は気が付いてないらしい。
片腕を失くした魔獣は、怒りのままに残った左腕で、ガイアを捉えようとしたその瞬間、自分の首が後頚部の皮一枚で繋がっている、という事実にやっと気が付いたようだ。
無残にも、首の皮が頭の重みで引きちぎれてグシャッと、音を立てて地面に落ちる。同時に魔獣の体が後ろへゆっくりと倒れていった。
ガイアとソウは、さらにもう一匹の魔獣を屠り…四か月にも亘る瘴気祓いは終わりを告げた。
◇◇◇
無事にボス魔獣を倒し、瘴気祓いを終えた俺たちは、その場で解散となった。
ソウがあきれるくらいの早業で俺は荷物をまとめて、セレストの王都へと戻る。…一秒も無駄にできないからな。
王都、そしてミネラリアへのアクセスが良い町々で、もどかしくも失踪者の噂を慎重に仕入れる。
犬人族は子が多い事が多く、ましてや成人した家業を継げない次男以降の者だと、失踪しても探すものは少ないだろう。有益な情報は得られなかった。
バディバードを受け取ってからというもの、シーラの貞操の危機が頭から離れない。
『心配だ心配だ心配だ心配だ』と、書きつぶした手紙を送ろうと思ったが、俺の方が早く家に戻るだろうし…何よりシーラに嫌われそうだからやめておく。
その代わり、最低限の休息で、完全獣化して国を越え山谷をひた走った。
やっと着いた東森の魔道具工房は無人だった。工房で獣化を解き、町の店舗兼住居へと急いだ。
もどかしげに店のドアを開ける。カウンターの向こうにいるのは……
そこにいたのは何だか白い…とにかく全体的に白い…
淡いピンクの目でじっとこちらを見上げて…
…。
……。
………なんだ?この可愛らしい生き物は――




