職人としての未来は保証されたようなもの
今ね、とっても嬉しそうにアギーラが、ナイフを受け取りに鍛冶店へ向かったところ。
あ、アタシ、魔道具師のシーラです。
鍛冶店から戻ったアギーラは「ラシッドさんへお礼に持って行きたいので…もう一枚作っても良いですか?」って言って、洗濯の、あの例の板をもう一枚作ったのよ。
あんなに時間をかけて測定や調整をされたら、アギーラもラシッドが特別扱いしてるって薄々気付いているのかもしれないわね。
ラシッドのあの様子だと、アギーラは『職人手』の持ち主になったんだと思う。
…いや、違うわね。
もともと『祝福の手』を持ってたアギーラが、ラシッドの作ったナイフに宿る『精霊の魂』を祝福した為、アギーラの『職人手』が本来の才能を開花させる事ができるようになった、って言ったほうが正しいわ。
精霊の魂を祝福した手を持つものは、その才で生涯困る事がないって言われてるから…あら、なんだか自慢みたいで嫌ね。
ちなみにガイアも『手』持ちなの…これは自慢よ。
あの店のお得意様になれば、自分が使うものだけじゃなくって、今後の職人仕事で、もし鍛冶師の力が必要になった場合なんかも、便宜を図ってもらえるから…相当なメリットになるわ。
…そういえば、ドワーフ側には何かメリットがあるのかしら。
グスタフさんも、私がナイフを最初に買いに行った時…まだその頃はグスタフさんも既製品販売をしていたんだけどさ。今のラシッドみたいに、知り合いに頼まれた分だけ販売するって感じでね。確かアタシも師匠に紹介されて、買いに行ったんだったわ。
もちろんをアタシも既製品のナイフを買いに行ったのよ…それが、まるで注文品のようなナイフを作ってくれたの。ガイアの大剣の時も同じだったわね。
グスタフさんったら「夫婦でかよ…」って絶句しちゃってね。その時は何が「夫婦でかよ…」って、驚かれてるのかわからなかったけど…。
グスタフさんと懇意になって10年目くらい…ついこないだよ、初めて『祝福の手』の事を教えてくれたの。グスタフさんも、自分にしかわからないことだから…って、話すのをずいぶんと躊躇ってたみたい。
そのころ既にグスタフさんの弟子になっていたラシッドには、この話はしないでくれって…念を押されてね。ドワーフ鍛冶師の中でも、ごくごく一部にしか顕れない現象らしくて…無駄に話して聞かすのは酷だからって。
正直なところ、話しようもないわよ。だって、こっちには全然わからないんだもん。
ただ、異常に手に馴染むナイフを作って貰えたってだけ。
『グスタフさんって腕がいいんだろうなー』って、くらいにしか思わなかったわ。
上手く言えないんだけど…ドワーフという種族の根源に関わるような気がして、ガイアも私も深く追求できなかったの。
グスタフさんも自分でも説明しがたい事…って、前置きしてたしさ。
それ以上は話そうとしなかったし。なんだか、結局聞けずじまいだったのよね。
アギーラにはラシッドが同じような思いでいるんじゃないのかしら。…ラシッドもアギーラといずれ懇意になって…そういう話をしたりする仲になるのかもしれないわね。
でもさ、下世話な話、10倍以上の金額差になるのよ?それにも関わらず、既製品を注文品に変更するほどの事って何かしら。
小型のナイフならまだしも…ガイアなんて大剣なんだから。金額的に考えたら恐ろしい事よ。
そんな価値がドワーフ側にはあるんでしょうねぇ…。
まぁ、なんにせよ、アギーラの職人としての未来は保証されたようなものだから、良い事なのは間違いないんだけどね。