閑話 ラシッドの幸運
「ただいま。っと…おっ、職人か?誰だ?」
「親方、おかえりなさい。シーラさんのとこの新しい見習いさんです。…瞬間に決めてました」
「ラシッド!お前…」
「はい。ハンドルを迷わず選んだ瞬間に…わかりました」
「そうか…ハンドルか」
「はい…すでにブレイドも共鳴してます。一瞬、光が…僕にも見えました…凄い経験をさせてもらいました」
「…不思議だよなぁ。わしらは鍛冶師なのに…わしもハンドルだった。『手』だからなんだろうなぁ…ハンドルが呼び水になるんだろう。その後にブレイドの共鳴…全く同じだよ。お前にも散々っぱら言ってきたが『絶対にハンドルの制作を外注に出すな』って、わしも師匠から口酸っぱく言われてきたからな…」
「そうだったんですね…」
「ラシッド…おめでとう。今日限りで本当に修行はしまいだよ」
「やめてくださいよ。ここを出るまでは、しっかり修行させて頂きますからね」
「もう教える事はねぇんだがな…。…なぁ、ラシッド…これがどんな幸運なことがわかるか」
「はい。鍛冶をする僕らの…語るのは野暮ですかね…」
「…そうだな…わしらは本当に幸運だ。ただそれだけだ」
「そうですね…そうですよね。幸運…ただそれだけです」
しばらく無言のままナイフを見ている二人。
やがてラシッドが口を開いた。
「それで…既製品でって事でシーラさんから話があったんですけど、手形取りや計測器を使って、顧客シートも作らせてもらいました。事後承諾ですが、今後もうちのお得意様になって貰ってもかまいませんか」
「もちろんだ。シーラやガイアの時だってワシもそうしたからな」
「夫婦で『手』持ちですか…」
「あぁ…精霊は集まりやすいって、爺さんの戯言かと思ってたが…あんときゃ本当なんじゃないかって思ったぜ」
「本当なのかもしれませんよ」
「そうだな…シーラも良い子を見つけたみたいだ。なんやかんやいつも忙しそうだから良かったじゃねぇか」
「本当に。この勢いでうちの従業員も良い人が来てくれると良いんですがね」
「まったくだ。ラシッドも今日で本当に本当の一人前になっちまった。お前には例のスキルだってあるんだ…早く独立させてやりたいが…悪いなぁ」
「いえいえ。ここに居れば居るほど修行になるんですから!お気になさらず!!妥協せずに探して良い従業員に来てもらいましょう」
「そうだな。わっ!!!こりゃ火炎原酒じゃねーか!シーラか!!」
「はい。親方が戻ったら晩酌にどうぞって」
「こりゃいいな。ラシッドもさっさと切り上げて一杯やろう。今日はお前の祝い酒だ」
「はい。伝票を綴じたら行きますので、先に始めててください。…全部飲んだらダメですからね!」
「むぐっ…早く来いよ!」
◇◇◇
伝票を確認しながら、僕はアギーラとの邂逅を思い返す。
僕は今日、初めて出会ったんだ。『職人手』…魔法やスキルとは違う『祝福の手』の持ち主。
鍛冶師のドワーフの中には、自作に『精霊の魂』を宿せし者がいる。
昔からそう言われているんだよね。
魂宿せし者にはある日、誰かが、耳元で…囁く。
『探せ』と。
2年前に耳元で『探せ』と囁かれた僕は、親方にその話をしたら「そろそろ独立を考えろ」って言われたんだ。
「それは『精霊の囁き』だ。囁きが聞こえたら、それは鍛冶師として一人前の証だから」って。
『探せ』…きっと鍛冶物に宿ったという『精霊の魂』が『祝福の手』を『探せ』と言ってるんだろうけど…。
親方は「囁かれただけでも凄い事だ」「もし見つけたら絶対にわかる」「見つからなくとも、一人前な事には変わりねえ」…そんな事しか言ってくれなかった。
『職人手』『伐採手』『採取手』あらゆる『剣手』…『祝福の手』を持つものは皆、その手の方面で才能を開花させるという。
ある意味、スキルよりも強力だとも言われる才だと言われてるけれど、いかんせん判別のしようがない。
ステータス画面に表示されるわけでもなく、もちろんステータス鏡で見られるものでもない。
ほんの一握りの鍛冶師のドワーフにしかわからないのだから。
しかも、いくら年月を重ねようと鍛錬を積もうと、一人として出会えない事もある…。
グスタフ親方くらいになると、弟子の作品の『精霊の魂』をもわかるらしいけど…本来は作った当人にさえ、わからない場合も多い。
かくいう僕も、時折声に囁かれるだけで、自分の作るものの『精霊の魂』がどんなものなのか、未だわからずにいたんだ。
それすらわからないのに、そんな中で自分の作ったものと自分の直観とで『祝福の手』を持つものを『探せ』と言われてもね…。
祝福されるほどの魂は、僕の作るものには込められてないのかもしれない…そう思いかけていた矢先の出来事だった。
ほんの一瞬、まるで目の前で火花が散ったような感覚。
アギーラはただひとつのハンドルにしか興味を示さなかった。
そして彼の目はブレイドが一瞬放った光も見逃さない。
共鳴してる――
――刹那、あの声が僕の耳元で囁いた
――『会えた』
幼い頃からナイフや剣が作りたくてたまらなかった。
鍛冶師になったばかりの頃は、寝ても覚めてもブレイドの事ばかり。
それがいつしかハンドルに、シースに…すべてに心奪われ…。
だけど…いつも何かが足りない。
この渇望はどこからくるのか
この焦燥はなぜやまないのか
――自分はなぜ…生きるのか
それがあの一瞬ですべて満たされた。
渇望は鎮まり、焦燥は霧散する。
自身の魂が静かに震え、内なるドワーフの魂が喜びに満ちる――
僕はただ、ありのままを了知した。
自作に宿るは己の精霊魂の一片。
自分はただ、己の中に脈々と息づくドワーフの魂を祝福してもらう、その為だけに生きてきたのだと。
◇◇◇
「ラシッド~!早く来ないとラッパ飲みしちまうぞ~ぃ!!」
「んなっ、ひどいですよ!僕の祝い酒って言ってたでしょ!!今、行きますから!!!」
こうして看板のない鍛冶店の夜は更けていく――




