コーヒーとチョコと味噌と醤油とスローライフと私
本日二話目の投稿です。宜しくお願いします!
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「「軽っ」」
ギルド総長のビーナスさんから手渡された、トイレ紙準男爵ことロイドさんこと田中正さんの書き残したそれは…一冊の手記。
「あまりにも軽~いタッチに、時を越えた交流な感動の前に若干引いたんだけど…」
「でも、これはこれで楽しく読めたな。私は好きだったよ?」
「まぁね、僕も嫌いじゃないけど。犯人俺ぷwって…」
ギルドに通いつめる事、一週間。
最初の三日は異世界から来たであろう私達の聴取だけどね。
「聴取なんて人聞きが悪い。ちょっとお話を聞かせて欲しいわ~って思ってるだけなのに。あ、もちろん守秘匿魔法契約をしたうえで、聞くのも私だけですからね」
内容が内容だけに、守秘匿魔法契約の範囲は今後拡大して、ギルドの別の重鎮達にも話を通さなきゃならないだろうって言われちゃったけどさ…もうね、なんも言い訳できる気もしないし、ここまできたら、私達も素直に応じるしかない訳なんですよ…。
聴取が終わった四日目からは、ロイドさんこと田中正さんの手記を、じっくりと堪能しまくってる私達でございます。
本当は複写し終わってるから、連日通う事もないんだけど…興味のあるふりって大事ですよ。
アギーラが一言一句逃さない気持ちで、しっかり読破するまでは、ギルドに通う事にしようって決めたんだ。
ビーナスさんは、手記の原書管理も私たちの監視もあるから…お忙しいんだろうに、連日にわたってきっちりお付き合いいただいちゃっております。
最優先事項だから気にしないでって言われたけどさ。
我ら、最優先事項なんだって。
「あーぁ、メモが残ってないのが残念だよー!」
「ずいぶんと時間が経ってるから、仕方ないね」
「醤油ゲットが年単位で遅れるかもしれないじゃん。ううう…マジで泣けてきた」
「やめて。僕も泣きそうになる」
「あら、二人共…どうかしたの?」
「メモ書きがあるって書いてあったんですけど…」
「入ってなかったの!それが悔やまれて…ううっ、うぅぅ」
「‥‥‥。本当に読めるのねぇ。いえ、疑っていた訳じゃないのだけれど…」
そう言いながら、ビーナスさんが鍵のかかった戸棚から、新たに小さな箱を出してきた。
箱の中には…あーっ!見覚えのある文字ですよ、それは!!
「本当に内容がわかっているのか試してしまいました。これも必ず一緒に渡してやってくれって書いてあったの。ごめんなさい…」
「いえ、そんな。…あの…これ、読んでも構いませんか?」
「もちろんよ。本当にごめんなさいね。そんなに…涙目になるなんて思ってもみなかったから」
いや…たぶん、涙の訳を聞いたらドン引きすると思うけど。
ビーナスさんがこっちを見てない隙を狙って、メモを高速で複写。カシャカシャって音は最近しなくなったんだけど、複写って何故かカンニングしてる気分がするんだもん…。
アギーラは隣で真剣に目を通してる。おいオマイ、目が血走ってるぞ!
って、仕方ないか…。
だって醤油だもん。必死だよね。
「そのメモには…そんなに大切な事が書いてあったの?」
「いえ、私達には大切だけど、他の人には…ねぇ」
「うん。たぶんすごくどうでも良い話だと思います」
「差し支えなければ聞かせて貰えない?」
「食べ物に関するものなんです」
「食べ物…?」
「私達の故郷の食べ物の話で…」
「あらまぁ」
あ、若干、いやすんごくビーナスさんが引いてる。
でもね、醤油なんすよ、醤油!
「私達にとってはすっごく特別なものなんです」
「ロイドさんはここでも作れるかもしれないって…ヒントを書き残してくれていて…」
「二人が必死だったから何事かと思ったわ。実はね、このロイドさんの手記やなんかは…全部、私の先祖がロイドさんから預かったものなの」
「そうなんですか!信頼できる友人家族にって…えっとえっと…誰だっけ?」
「イグナスさんと…息子のヨナスさん?だったっけ…」
「そうそう。その人たちに託せる形で残す事にしようと思ってるって…書いてありましたよ。一番この手記が生き延びそうだって。ロイドさんが信用してる人って、ビーナスさんのご先祖様の事だったんだ!」
「イグナス、息子のヨナス…そう書いてあったのね?はぁぁ…もう、疑いようもないのね。私がギルド総長だった時代に、あなたたちと出会えたのも運命的なものを感じるわ」
「そう言われれば、不思議なご縁な気がします」
「実はね…他にも私のうちにはロイドさんの遺品があるの。まだ全部残っているはず。今度…色々と落ち着いたら、是非うちにいらっしゃいな。私にはちんぷんかんぷんだけれど…あなた達には面白いものがあるかもしれない」
◇◇◇
「■■■ってベタ塗りで塗りつぶされてたところ、ちょいちょい文字が透けてたねぇ」
「あー、筆圧で見えてたね。もし何とかできるならって…何とかして欲しそうだった。確かに本人の了承なしでやってたら、大問題だけど…」
「残念ながら非戦闘民の我ら…出来る事はギルドにチクる事だけっていう…田中正さん、ごめん」
「僕も人間族より少しだけ力が強いってだけだし…」
「それ、雑巾がちょっと人より絞れるレベルじゃん…」
「いや、持久力もあるって!」
「どんぐりの背比べ感が凄い」
「情けないけどさ、僕ら二人共、恐ろしい程に戦闘能力はゼロだから仕方ないよね…」
「醤油ネタだけもらってトンズラした気がしないでもないのが辛い」
「それを言われちゃうとね…」
「でもさ、醤油だもん…仕方ないよね…」
「「‥‥‥」」
「エルフの命と引き換えに、ユスティーナ国に召喚されたのかもしれないって…ほら、話が壮大すぎてさぁ…」
「まぁ、出来れば助けてねって書いてあっただけだし、田中正さんも塗りつぶしてたし…うん。あれは見なかったことにしよう。でもさ、あの田中正さんの考察の整合性はとれないけど…妙に納得できちゃう話ではあったよね」
「全部が全部、同じだとは限らないけどって、念押しして田中正さんは書いてたけども…」
「そうそうこんな話がゴロゴロ転がってる訳もなし」
「そこなんだよねぇ…」
◇◇◇
ギルド総長のビーナスさんによる聴取では、「我ら、異世界から来ました!」話だけじゃなくって、長く長く歴代総長だけに伝えられてきたという“じゃんけん”やら、預かった読めない書物の内容を凄く知りたがってたからさ、それも全部お話ししましたよ。さすがに醤油話の詳細は省いたけども。
信じたくないような内容もあったけど…エルフの…魔法陣のくだりを聞いたビーナスさんの顔を見たらもう…私たちの懸念は当たってるんだなと瞬間で察知した訳よ。
これは奴ら、やってんな…ってね。
とにかく全てを話し終え、田中正さんの手記を読み終え…後は任せたとばかりにヌクミーズ村へと、とっとと戻ってまいりました~!はぁぁ、終わったぞ~!!
でもさぁ…ビーナスさんが、バディバードで連絡するからって言ってきかないんだよね。しかも何かあったら困るからとか言ってさ、私とアギーラにもバディバードをありったけ押し付けてくるし…。
いやもうほんと、後はそっちで勝手にやってもらえれば良いんですってば…。
妙に聞き分けの良かったあの聴取やら、その後の話しぶりからすると、ギルドだってそもそもなにやら掴んでたっぽいじゃん。どうせ、何かしら掴んでるんでしょ?
だって普通さぁ、「我ら、異世界から来ました!」ジャジャーン。なんて言われて、誰がすぐに信じると思う?
絶対おかしいでしょ…。
そりゃ、ガイアさんもシーラさんもグリンデルさんもダットンさんもバズさんもソウさんも…あれ?意外とみんな普通にすぐに信じてくれたけども…、いや、普通はそんな話信用しないから…。
‥‥‥。
信用しないって言う信憑性が、今、一気に地獄の果てまで落ちた感はあるけれど、普通はこんな話…誰も信用しないと思うの!
なのにさぁ…ビーナスさんのあの態度。十分臭い。あぁ、きな臭い。私のか細い子供な首、絶対に突っ込みたくない…
◇◇◇
「ツガイコウモリさーん、おっはよ~!」
ツガイコウモリの成獣は、雄雌を一緒に飼うのが決まりなんだよ。そう、ここはヌクミーズ村でっす!
二対で四匹を貰い受けたんだけど、今のところ、環境変化によるストレスもみられないし、ツガイコウモリも順調にここ、ヌクミーズ村に馴染んでくれてる…と思う。
蝙蝠小屋もツガイコウモリの飼育担当の意見をしっかり取り入れて作ったから、良い塩梅よ。
ツガイコウモリってね、意外と毛が長いんだぜ。
小さいさい方が雄でウリコトバット、大きい方が雌でカイコトバットっていうんだよ~。
可愛いなぁ…お世話ついでに、今日もちょっとだけ触っても良い事にしよっと…ぐふ、ぐふふ…。
「ベル、よだれが出てるぞ。まさか…食べようとしてるんじゃ…」
「ぐふ…ぐ、いや、なんでやねん…。可愛いなって思ってただけですから!あ、魔素水をあげるのはありかな?」
「また~、そうやってすぐに手なずけようとして~」
「いや、違…わないけども…」
うん、やっぱ魔素水をあげてみたいわね。飼育員さんに相談してみなくっちゃ!
楽しい楽しいヌクミーズ村。
これからはたくさんやることがあるからね、私、めっちゃ張り切ってんのよ。
コーヒーもチョコも…なんたって味噌と醤油ゲットの可能性も出てきたんだもん。
しかも…味噌も醤油も安価でお馴染み、まさかのあのドラジャ豆から出来るかもしれないって話なんだから、食いつかない訳がござーませんでしょ?
コーヒーとチョコと味噌と醤油とスローライフと私。
完璧な未来予想図。
誤字報告、助かります。ありがとうございます_(._.)_




