呉服之間に行くかい…、なんてね。
――ちくちくちくちく
いひひ、出来た。
「ねぇねぇ、紐ってあるかな?」
「ズボンの腰を結ぶやつで良い?」
「う…うん…。それでも良いけど…ここにね、紐を通して小物なんかを入れる袋みたいなものを作りたいんだ」
上の部分を手で持ってすぼめた巾着袋に、刺繍のワッペンをおいて見せる。
「「「「「うわ。可愛い!」」」」
「ちょっと待って、あっちの部屋にお針子の訓練用の箱、ほら、あれ」
「わかった!すぐ取ってくるから待ってて!!」
あ、ワッペンまわりにレース編みみたいなので縁取ると、ドレスを着るようなお金持ちな人達にもウケそうじゃない?時間があったら作ってみようかな。レース編み…そう言えば、編み棒すら見たことないかも。
編み物なら結構できるんだけどねー。これでもセーターだって編めますのよ。ふふふ。
そうは言っても10年ほどしてないけど…あ、14年か。
でも、編み物って結構手が覚えてるから、慣らせばまだいけると思うんだよね。
気を付けて観察すること…心のメモに書いておかねば…そんなもんないけど。毛糸の有無。毛糸があれば編み物もある可能性が高いわ。
将来、お針子を希望して職業訓練に通っているレイラが、いそいそと大きな箱を抱えて持ってきた。
「ベル、この中のもは使えない?これならどれを使ってもいいよ!」
「うわ~、いっぱいあるね!嬉しい!!ありがとう!!!」
黄色の布地の巾着に刺繍は茶色とベージュを基調にしてるから…これが良いかな…。
半端だけどリボンも少しある!これってもしかしてビーズじゃない?ちゃんと穴が開いてるもん。
凄いぞ異世界。ビーズがあるなんて!いや待てよ。私の常識ここの非常識。違う呼び方かもしれないから気を付けなくては。
あ!早速、疑問解決の糸口発見!毛糸だけに!!
「これはなぁに?」
「これは毛糸。これを編んでいくの。寒い時期に男性が夜会服の下に着こむんだよ、ベストっていうんだけど。女の人は太って見えるから毛糸は使わないかなぁ。たぶんテーラーに訓練に行ってる子が貰ってきたんだと思う」
「どうやって編むの?」
「専門の人達がいるんだけど、詳しく聞いた事がなかったなぁ。専用の織機があるのかも…」
毛糸があるのは分かったけど…まさかの編み棒という存在がない感じ。これは良く調べないとダメだな。編み物、一旦保留。
さて、リボンとビーズはなんていうのかな。
「もしかして、こういうのも少し貰える?」
「もちろんいいよ。これはリボンって言って、色々なものの装飾に使うの。結んだり縫い付けたり色々ね。本当はもっともっと長いんだよ。これは余りの部分を分けてもらったから短いけど…。こっちはビーズって言ってやっぱりドレスの装飾に使うものなの。この穴に糸を通してドレスに縫い付けるのよ。一つならボタンを付けるみたいに縫い付けちゃえば大丈夫よ」
ふんふん。リボンはリボン。ビーズもビーズだったぜ…。
そこそこ高級素材っぽいけど、少しだけ分けてもらおう。
「じゃ、この紐とこのリボンをこのくらいとビーズを一つ…貰ってもいい?」
「もちろん!早く作って!!」
「わかった!」
――ちくちくちくちく
ラナの目の色にとっても似てるビーズがあったから迷わず選ぶ。紐とリボンは紫色にしよう。服の襟部分と裾部分に少しだけ紫色で小さなステッチを入れて…。
リボンは髪の三つ編み部分に蝶々結びにして縫い付ける。襟の真ん中にブローチみたいにビーズを一つ。次に通し口に紐を通す。…うん、大丈夫そう。紐の先端を結んで…
「できた~!」
「「「「「「「可愛い!」」」」」」」
ぐふふっ。ラナにプレゼントするの、楽しみだな。
刺繍は平面的なものばかりだったみたい。
それが急に立体感のある作品になってしまったのだから皆、大・興・奮。
図案なしで自由に刺繍をすることなんて考えもしなかったらしいけど、凄いぞ子供の発想力!って感じで事なきを得る。
ちょいと目立った行動だったかもしれないけど、一応大丈夫そう。ヒヤヒヤだわ。
半端なリボンやビーズ一つでぐっと作品が華やかになるよね~。この世界…ちょっと地味なんだもん。平民だからかなぁ。
裁縫親衛隊は、もう自分の作品にいかに取り入れるかを膝を突き合わせて話し合っちゃってるわね。ちょ…目がぎらぎらして怖いってば…。
この世界の刺繍だけがそうなのか、日本で刺繍なぞ致したこともなかったので全くわからんのだけれど…裏面をね、表面みたいに綺麗に見えるように刺すのが大事らしいんだよ。
ハンカチとかさ、服飾なんかに刺繍を刺すことが多いから、特に基礎刺しの時でも厳しいのよね。
でも、巾着に貼り付けてしまうのだから裏面の美しさは必要ないし…何より好き勝手に刺繍できるのは楽しいと思う。
基本は基本でしっかりやるけどさ。こういう楽しみ方もあっていいはずだよね!
「刺繍ではないけど、こういうのって髪やシッポなんかをその特徴にあった毛糸を利用すればボリュームが出て面白そうだね!」
「成人のお祝い会なんかの特別な装いをそのまま刺繍にして、ビーズを装飾品に見立てて縫いこんたり、リボンも当日と同じものを使って仕上げれば、ご両親が記念に子供にプレゼントするのにも良さそう!」
なんて、ついつい思いついた事を、ペラっちゃった…この口、少し閉じないとホント痛い目見そう…。ちょ…目がぎらぎらして怖いってば…。
平民でもお金持ちの子供が成人すると、各ご家庭で競うようにお祝いの席を設ける、って話を聞いたばっかだから、つい言っちゃったんだよ。
でも、みんなもう夢中で、誰が何を言ったかなんて、どうでも良いみたい…大丈夫そう。
目立たない目立たない私は目立たない…再度自己暗示完了。
「これ、バザーに良いわよ!出品予定のクロスとは別に、こういう小物入れも作って出しましょうよ。ちょっと余裕のあるご家庭の方なら、絶対食いつくわよ!」
アリー先生も出来上がりを見に来て、きゃっきゃうふふに参加している。
きゃっきゃうふふが少々盛り上がり過ぎてしまったらしく、この日を境に裁縫の日はバザーまでずっと刺繍だけの日となってしまった…破れたものの繕い方を習いたかったのに…。
そうそう、プレゼントをラナは大喜びで受け取ってくれたよ。家宝にするんだってさ。
大袈裟だな~。でも喜んでくれて嬉しいよ!
ベルちゃん、大奥呉服之間に行くかい…、なんてね。




