ボンクラーノの方舟(はこぶね)
「…なにそれ」
「さぁねぇ」
「さぁねぇ。ってアータ…」
「『ボンクラーノの方舟』って、出ただけなんだもん」
「他には何も出なかったのかぁ…」
「私の鑑定ってまだまだだからさ、出ない情報も多いんだよ。暫くしてからもう一回鑑定すると新情報があったりもするし…日々、成長中って感じなの。間違えてた事はないと思うんだけど…」
「それはそれで末恐ろしい」
「うーん、どうなんだろう。成長が止まれば、鑑定の成長も止まるのかもしれないよ。あっ!あの卵の中が見えたら、もっと鑑定出来るかも!?こっそり内部を見に…」
「その考え方は危険な気しかしない。一旦落ち着こうよ、な?」
「冗談冗談。利益もないのに首突っ込んだりしないから大丈夫だって~」
「いつも利益だの金だの銭だのなんだの言って結局さぁ…」
「いやだよ、アギーラさんは疑心暗鬼がすぎますな。ねぇ、“ボンクラーノの”って事はさ、“ユスティーナ国の王家の”って事だよね?」
「そうじゃないかなぁ。そんな単語、他には聞いた事ないし…」
◇◇◇
そろそろ日が暮れるなぁ…って頃になっても、湖にはまだ舟沢山出てる。船上では灯りがぽつぽつと…暗くなっても俺達は諦めないぜ!って感じ。
そして数時間後。
そろそろ寝よっかなぁ…って時間になっても、まだ頑張ってる。めっちゃ必死やな。
つい気になっちゃうもんだから、今も二階の窓から見るともなしにエリーゼ湖を眺めてるんだけど…。
かなり回収が難航してる。
綱みたいなのを卵の胴体部分に巻き付けて、そこへ紐を通して舟でひっぱる作戦っぽいけどさ。
綱がつるんって滑って、うわわわわ~ってなってってやつをさっきからずっと繰り返してる。
いい加減、作戦変えれば良いのに…
「精霊の祈り木…結局戻ってこなかったね」
クロノスケをなでながらアギーラが呟いた。
「この前、アギーラにさぁ…ホログラムな妖精女王様の話をしたでしょ?」
「うん?」
「女王様のお住まいは、ずっとずーっと上空のどっかにあるらしいって話もしたじゃん。だからもしかしたら…」
「その…お住まいとやらへ、精霊の祈り木がこんにちは~って事?」
「そうだったら良いなって思ったの。消滅しちゃうっていうのよりはさ、ファンタジー的にもあり得そうだし」
「木がぶっ飛んでった時点でファンタジー全開だったよなぁ」
「空飛ぶ木だもんね。あんなん実際だと、ただの恐怖じゃん。根っこが抜けた時の音とか…下が湖だったから良かったものの、土がたくさん落下してきたでしょ?あと、地響きも凄かったし…」
「わかる。これって詠唱とか無理ってのと同じ感じしない?詠唱なんて絶対、アニメの…声優さんの声ありきなんだよ。木だってさ、アニメだから飛んでてもアリなんだ」
「最近歌いまくってる私に、面と向かってよく言えるね…」
「いや、結構楽しそうに歌ってんじゃん…」
「否定はしないけども!それでも来世は歌パートだけでも、声優さんにやって頂きたいもんだよ。いや、今後は異世界転生させるなら、是非とも声優さんをチョイスしてもろて…って、そんな事はどうでも良いか…」
「あの精霊の祈り木、すごく元気がなかったからなぁ。あのままだったらいつか枯れちゃうのかもしれないって…ずっと思ってたんだ。その女王様の所へ行く事で、元気を取り戻せるなら…それも良いのかもね。まぁ、これはもしも論だけど…」
「精霊の祈り木の重要性って、いまいちピンとこないんだけど…ないと困るものなのかなぁ」
「うーん、どうなんだろ。この世界のシンボル的なものだとは思うけどね。でも、庶民は遠くからしか拝めない代物だったし、僕らの生活とは全く関りがないから…」
◇◇◇
結局、エリーゼ湖に落下した卵の回収作業は一向に進まず…作業は、てっぺんあたりで撤収していった。
タンデムの人たちもすっかり飽きちゃったみたいで、もう湖を見守るギャラリーは皆無だよ。
「えー、みんな無関心がすぎる」
「みんな暇じゃないんだよ。自分たちの明日の事で精一杯だって」
「そうだけどさぁ…あんな変なもんが湖に浮かんでたら、気になるもんじゃん?」
「まぁね。っていやいや、僕にも明日がありますんで。はい、おやすみなさい」
「おやすみ~」
そう、私にも明日はあるのだよ。寝よ寝よ…
‥‥‥。
――ぱっちり
あかん…全く眠れない。
まだ子供なのに、すっかり宵っ張りになってしまったよ。
ごそごそとベッドから這い出して、鎧戸の枠に頬杖をつき…ぼんやりと湖を見た。
湖って海とはまた違うゆらぎがあるよね。
はぁぁ~、水面がゆらゆらして…海も良いけど、湖も良いなぁ。
――ゆらゆら
――ゆらゆら
――キラキラ
――キラキラ
そうそう。ゆらゆらでね、キラキラが…すーっと卵のほうへ流れてって…何じゃこりゃー!
◇◇◇
「凄い凄い!僕にも見える!!」
「そりゃもうそれはマイ魔素水の賜物」
「はいはい、感謝してるって…ちょいちょい最近、恩着せがましいんだよな…」
「後半聞こえてんぞ」
「冗談だって。ベル様のありがた~い魔素水のお陰によりますと、確かに王宮の方からキラキラが卵に吸収されてるように見えるねぇ」
「その上でさらに申し上げますとね、今までは判別できなかったんだけど…左目だけで見るようになってから、種類というか、大気に漂う魔素の区別がよりはっきり見えるようになったもんで…」
「魔石も種類によって見え方が違うって言ってたもんね。そんな感じ?」
「うーん、表現が難しいけど、まぁそんな感じ。その私の大雑把な魔素カテゴライズによりますと、街灯に吸い込まれてたやつと、あのキラキラは同区分なんですよ」
「って事は、同じものって考えた方がベターか…そう考えるとこれは…」
「うーん…」
しばらく無言で巨大な卵を見つめるアギーラと私。
この世界はさ、魔素…魔力は色んな動力源として使われるんだよ。
あの卵にキラキラが流れていってるのは間違いないけど…。頭に色々と考えがよぎって、こりゃ今夜も本当に眠れそうにないね。
「ねぇ、アギーラはさぁ…って、寝てんのかーい!」
ついさっきまで一緒に湖を見ていたはずのアギーラ、いつの間にやら気持ちよさそうに、スゥスゥと寝息をたてていた。
「こんなところで寝ると風邪ひくよ。うわ、ガチで寝てるし…もう、しょうがないなぁ」
アギーラの毛布を取りに行って、戻ってきた私の目に飛び込んできたものは…
こんなのって…
嘘でしょ…
◇◇◇
「ぼ、僕から出てた…?」
「うん。アギーラからキラキラが出てた」
「僕の魔力が…勝手に!?僕は何もしてないぞ!」
「完全に寝てたもんね。無意識に…魔力を奪われてる」
「うわヤダ、キモい!」
「それについては同意しかない」
「ヤバいってヤバいって。僕一人のサンプルじゃ足りないから、他の人でも調べてみないと。僕も見えたら良いんだけど…」
アギーラはある程度まとまった魔素流動は見えるようになったけど、まだ少量の魔素の流れなんかは見えないのよね。
うーん…私一人で確かめるのは大変そうだなぁ。
‥‥‥。
あ、いっぺんに大勢の確認ができる所があるっちゃぁ…ある。成人未成年関係なく魔力が覚醒してる人から盗んでるって事だったら…
「私さ、一度ミネラリアに戻ってみるよ。みんなが…孤児院が被害にあってるかもしれないし」
◇◇◇
一度言葉として口にすると、途端にすんごく孤児院の事が心配になってきた。まさか、子供にまでは手を出してないと思いたいけど…魔力覚醒してる子供になら、あり得ない話じゃないよ。
結局一睡もできず…空が白み始めた頃、ソウさんがミネラリアから戻ってきた。
アギーラと二人で今まで起こった事を、事細かに伝える。
「げぇぇ、なんだよーそれ」
「ほんっと意味分かんないでしょ?」
「いや、意味は分かるけど…魔力を人の体から勝手に奪ってる奴がいるって話だろ?気味悪い…」
「今のところ、サンプルは僕だけだけどね。それにしてもそこまでして魔力を集めるって…一体何の為なんだろう」
「特大の魔道具を動かしてるんでしょうよ。…え、あれ?違うの??」
あれれ?心なしかアギーラとソウさんが、残念な子を見るような顔してこっちを見てる気が…何故かしら、あっという間のこのアウェー感…
「なぁベル、考えてもみなよ。俺も詳しくは知らないけどさぁ、他人様の魔力なんて、魔石に取り込めないんじゃないのか?」
「あ!そう言われれば確かに…」
「そんな事ができるのは魔石生産人くらいだろ?あいつらだって自分の魔力を魔石に込めるだけで、他人様の魔力をどうにかする事なんてできないだろうし。しかも、色んな人からちょっとずつ集めた魔力を魔石にってのはちょっとなぁ…アギーラ、そこらへんはどうなんだ?」
「うーん…基本的には動力源に使うってっ考えは間違ってないと思う。その上で…そうだね、魔石として使ってるというより、僕は…僕らの知らない使い方をしてるんじゃないかなって…」
「知らない使い方?」
「うん。他人から奪った魔力を溜めておける装置や、魔石に変換できるなんて話は聞いた事がないからね。そんなものがあるなら、もっと広まってても良いはずでしょ?文明的にも…犯罪的にも…」
「魔法が使えない人で魔力が余ってる人が、魔力を換金できるシステムとか…そういうのがあっても良いはずって事?」
「そうだね。魔石生産人以外で魔石に魔力が込められる…しかも他人の魔力を魔石に変える事ができるなら、良くも悪くも、もっと世間に広まっても良いはずなんだ。でもさ、そういう仕組みがあるなんて話は聞いた事がないでしょ?」
「そうだよねぇ」
「だから僕は、魔石うんぬんというより、僕たちの知らない何か…例えばだけど、手に入りにくい他の材料を一緒に使う必要があるとか?そういうプラス要素が関わってくるんじゃないかと…まぁ、これは考えてもこれ以上はわかんない訳だけど」
げっ。アギーラったらそんな事、考えてたんだ。
あたしゃいつもの如く、何も考えてなかったよ…




