みんなさぁ、普通ここは成功を祈るシーンでしょ?
逃亡中にイズミンと出会った場所、例の温か~い泉周辺の土地を、ひょんな事から手に入るに至ったワタクシ、その諸々の手続きやら確認やら休息やらを兼ねて、只今、辺境伯の持つ広大なお屋敷の裏手に、ひっそり滞在中でございます。
小屋をうっかり出しそうになったけど、急な小屋の出現がバレたら困るからね…テント生活よ、テント生活。テントをアギーラが魔改造してくれたもんで、まぁ、居心地は小屋と同じようなもんだけど。
アギーラったら道具職人としての腕をどんどん上げてゆく…。いや、これは腕云々のレベルの話じゃないか。異世界チートな奴ってホント恐いわよね~。
さてと…私は小屋風魔改造テントのリビングでコーヒーとカカオの研究をがっつりといたしましょうかね。
‥‥‥。
がっつり全然進まない。うーん、うーん。
うんうんと唸っていたら、クロノスケが近くにやって来て、魔素水をおねだりしてきた。
魔素水を作りながら、フンフンフンフン~♪いやもうさ、鼻歌しかでない。無事に住む場所も決まったし、私のご機嫌は止まらんのよ。
フンフンフン~♪
あ、そう言えばこの曲って、クロノスケの頭に木が生えたあの日に歌ってた曲…ブラックウルフっていう野球球団の応援歌。
もしかしてさ、あの歌がクロノスケ頭ピコンの犯人だったり…まさかねぇ。
でも、例の瘴気の件を考えればあながち…まさかねぇ。
おやおや、どした?おでこを私の足になすりつけてくる、カワイコちゃんを発見してしまいましたよ!
かまってちゃんクロノスケ。かわええのぅかわええのぅ…ちょっともふもふしようね…。
思いっきりもふもふを堪能しようと両手を伸ばすと、その手にクロノスケが小さな一枚の葉っぱを押し付けてきた。
「あれ…あれあれあれ?も、もしかして!」
見るとクロノスケの頭の葉っぱがなくなってる!そして、私の手には一枚の葉っぱ。
二点を私の目ん玉が激しく往復。そして答えは自ずと導かれる。
目の前にあるブツは、精霊の祈り木の葉っぱ。そういう事なのだよ。
「これ…さっきまで頭の上にあった葉っぱ!?自然に落ちたの?クロノスケが引っこ抜いたとか…」
<これは自然に落ちた葉っぱなのです。もの凄い力が秘められているのです>
「ツッチー!ね、これってあの落ち葉…って事だよね?」
<そうなのですそうなのです!おいらは落葉の瞬間を見る事が出来たのです。大興奮なのです!!>
クロノスケの耳の後ろから、ひょっこりと出てきたのは土をこよなく愛する妖精、ツッチー。大興奮状態でぴょんぴょんと跳ねまくっている。
自然に落ち葉となった精霊の祈り木の葉はね、すっごいポーションやらすっごい錬金術やらすっごい魔法陣の材料になるとかなんとかで。
グリンデルさんですら見た事がない、詳しい情報もないような幻の一品なんだ。
抱っこすると小首をかしげて私をじっと見上げるクロノスケ。かわええのぅ。わしゃわしゃ…幻の素材かぁ…。
お金で取引されるようなものじゃないレベルのブツ。あぁ、触ってるだけで緊張してきた。
これってさぁ…あの歌が原因だったりするのかな?…まさかねぇ。
検証しようにもクロノスケの頭には木しか生えてないしなー。
でも、木はなくなってないから…またいつか、葉っぱが出てきたりするのかしら。
そしたらまた歌ってみようかな。うん、そうしよう。
そのクロノスケはと言えば、テーブルの上に置かれた葉っぱを咥えては、私の手になすりつけるという、謎の行動を繰り返している。
「こらこら、大事な葉っぱで遊んじゃ駄目だよ。なくさないように首に括りつけておこうか」
今度は葉っぱを鼻先でぎゅうぎゅうと私に押し付けてきた。
「もしかして私にくれるの~?なんちゃって~」
<キャン!>
お、おぅ…冗談で言ったら、すんごくキラキラした目で私を見ながらクロノスケが肯いてきた。
こんなあざと可愛いスキルを…キラキラおめめを発動させる子に育てた覚えはないぞ!
「ダメダメダメ。これはね、と~っても高価なものなんだよ。だからクロノスケが何かあった時の為にとっておかなくっちゃ。そのままでも劣化しないらしいし…専用ポシェットでも作ろうかなぁ」
<クゥゥン…>
暫くしきりと首をかしげていたクロノスケ、私をチラ見しながら、すごすごとどこかへ消えていった。
…かと思ったら、今度はソウさんを連れて戻ってくる。
「今度はソウさんまで連れて…一体どうしたの?」
<グルル…>
「あはは。ソウさんの頭に葉っぱを乗っけても、ソウさんには木は生えないよ~」
首を横に振って、必死に何かを訴えかけるクロノスケ。
必死に葉っぱをソウさんに食べさせようとしている…ようにも見えてきたけど…まさかねぇ。
まさか…ねぇ…?
「もしかして…葉っぱでソウさんを元の姿に戻せるかもって思ってる?」
<プスン>
クロノスケの<キャン>と<プスン>はYESのサイン。
鼻をプスプス鳴らしながら、今度はいつも魔素水が欲しい時のおねだりポーズを繰り返す。
「魔素水に…葉っぱを…入れるの?」
クロノスケが台所の方へと走り去り、すぐに戻ってきたその口には小ぶりな鍋が一つ。
「魔素水で煮出せって事…」
<プスン>
「でもさぁ…これはクロノスケの大事な葉っぱだよ?ソウさんに使っちゃってもいいの?」
<キャン!>
ソウさんがハテナ顔になっていたので、簡単に説明…し終わる前に、激しくぶるぶると右に首を振った。
<そ、そんなものは貰えない>
<グルルルル…>
クロノスケはきっぱりとソウさんの前に葉っぱを置いて、私の膝によじ登り丸まって…あ、こやつ、寝たふりしてやんの!
さっきのあざと可愛いといい、日に日に人間味が増しているというかなんというか…気のせいかな…
「わかった。クロノスケがそう言ってくれるなら…ソウさん、ここは厚意に甘えようよ」
<でもお返し出来ないから…>
「そうだねぇ。でもさ…きっとクロノスケはお返しなんて、何も望んじゃいないんだよ。それより…ソウさんは良いの?今の姿なら魔力も沢山あるみたいだし魔法も…氷だって出せるし、空も飛べるし…」
<俺は…俺は…>
◇◇◇
「ソウさん、心の準備はいい?」
<うん。今までありがとう>
「ちょちょちょ、なんで今生の別れ台詞やねん!クロノスケがせっかくわけてくれたんだし、ちゃーんと元に戻りますようにって…私も全力で吟遊しながら作ったんだから」
「おい、俺は別に失敗してもかまわねぇぞ。このままのソウと仲良く冒険者家業するってのも悪くねぇしな」
「ガイアさん!」
「すまんすまん。ただ…俺はさ、どんな姿でも受け入れる覚悟はとうの昔からあるって事が言いたかっただけだ」
「僕もどっちでも良いかな。どっちともソウさんには変わりないし」
「みんなさぁ、普通ここは成功を祈るシーンでしょ?まったく…すっごい信用のなさに震えるわ。直感的に煮詰めてたらさ、こんなにちょびっとになっちゃったんだけど…。ほら、ソウさん…これ、飲んでみて?」
これはね、私の左手から出た魔素水で葉っぱを煮出して作ったんだよ。
凄いんだから~私。手から水が出せるようになっただけでも驚きなのに、なんとなんと!右手から普通の水、左手から魔素水が出るという…ミラクルガールになってしもたんよ。
ホログラム妖精女王様がなにやらブツクサ言ってた意味がこれでわかった訳なんだけど…あ、これって凄いのは私じゃなくって、妖精女王様か。
みんな、鍋でぐるぐるしたのより、左手から出現した魔素水の方が美味しい美味しいって言うもんで…最近じゃ魔素水はこればっかりよ。
どこが違うのかようわからんけど、手から出現魔素水は、煮詰めればすぐに高濃度魔素水とやらになる事もわかったし…。うん、明らかに凄いのは私じゃなくって妖精女王様でした、はい。
◇◇◇
ガイアさんの肩から、ゆっくりとテーブルの上にソウさんが移動してくる。
小さなお皿をじっと見つめているソウさんはとっても不安そう。
アギーラ、ガイアさん、パケパ芋ノスケミンッチーチョもそんなソウさんを見守る事しかできない。
私もね…今、異世界に来て一番緊張してる…




