そうだ、失踪しよう!
「海へ行って見ませんか?散歩しながら対策を練ったら、名案が浮かぶかも」
もそもそと起き出してきたパケパ芋ミンッチーチョも連れて小屋を出たところで、ブンカンにいるダットンさん達へ手紙を届けに行ってくれていた、ソウさんとクロノスケの姿を発見。みんなで一緒に海へと向かう。
ダットンさんとバズさんはブンカンで何事もなく平和に暮らしているらしく、漁師さんの道具の手入れなんかを手伝ってのんびりと過ごしてるってさ。
でもね、やっぱりこっちで何かが起こった事は察していて、私達からの手紙を読んで安心したとの返事を受け取ったんだ。
困ったことがあったらバディバードで連絡を取り合う事になってるし…あっちは問題なさそうだな。
そう、問題はこっち。一縷の望みをかけて、砂浜をお散歩しようじゃないか…。
「よく考えたらさぁ…この毒沼を見て、名案なんて浮かぶ訳がないって話なんすよぉぉ…」
「ベル、それ言ったらおしまいだから。とにかく海風にあたって頭を冷やそう」
「だね…」
「なぁ、毒沼って何の事だ?」
こそこそとガイアさんが聞いてくる。
ソウさんにも話しちゃって良いと思うけどね、今はダメ。今はバルハルト辺境伯をなんとかやりすごす案を、ひねり出す事が先決なんだから。名案は何一つ浮かばないけども!
「いや、あっちの世界の話なんで無視してください…」
「そういやあっちにも海があるって言ってたな。海は…一緒なのか?変な言い方だな、これ」
「うーん、たぶん?ブンカンの村で聞いた話だと、禍々しくなる前の海とは同じ感じだと思うの。エリーゼ湖に似ててね…」
海が何たるやなんて知らないけれど、しょっぱいから同じ!的な話をしていたら、アギーラが説明を代わってくれた。
ガイアさんはアギーラに任せて…私は言い訳を考えよう。
まさかお試し初撃の一撃が、ここまで上手くいくとは思わなかったからなぁ。あとの事なんてさ…ホント、なんも考えてなかったのよ…。
プラプラと砂浜散歩。時間だけが刻々と過ぎていく。
焦る…焦る程に思考が停止していく悪循環あるあるよ。
「そうだ、失踪しよう!」
オラ、閃いた!もうこれしかねぇ!!
「解決になってない挙句に、ユスティーナから逃げて、ジネヴラから逃げて…それからどうするんだ?」
「ううう…」
とまぁ、そんな感じで時間だけが刻々と過ぎていくのみ。みんなでとぼとぼと波打ち際を歩いていると、なにやら見覚えのある一団が近づいてきた。
あれは…見まごう事なき辺境警備隊。こんな時でも、期待を裏切らない上半身裸っぷりを、毒沼にがっつり見せつけていやがるから、すぐにわかるっての…。
あ、悩みの元凶、バルハルト辺境伯もいるよ。元凶様は元気いっぱいでようございますねぇ。
「おはよう、みんな。朝の散歩かい?」
人の気も知らない爽やか辺境伯め。
瘴気が去っても訓練は怠らないんだって。日課だから、いかなる時でも訓練だそうで…。
まぁ…ボス魔獣が現れてないから、警戒も訓練も怠らないっていう気持ちはわかるけどね。訓練訓練で体力消耗しちゃったりしないのかしら。筋肉様達の考えてることはさっぱりわからんわ…いや、今は筋肉達の事はどうでもええねん…。
朝日と海とを背景に、辺境伯with辺境警備隊がエイヤエイヤと何やらやりだした。
もう時間がない…脳内に残時間タイマーが特大で出現してくる。
チクタクチクタクの幻聴だけでさ、まったく名案も妙案も思いつかんのよ…。
目の前には禍々しく広がるどどめ色の毒沼。
はぁぁ、と特大のため息をつきつつ、手持ち無沙汰な私の傍に、丁度いい枝が落ちていたので、ついつい波打ち際にしゃがんで落書きなんぞしてしまう。
バルハルト辺境伯対策が全く思いつかんのはガイアさん達も同じらしく、私の後ろでなにやらぶつぶつと時折話す声が聞こえるだけ。名案の雄叫びは一切聞こえてこない…。
はぁぁ。あたしゃもう、ため息しかでないよ。
描いた落書きを波が消していくのをじっと見つめて、またため息をつく。
――描く、波が消す
――描く、波が消す
あーぁ、せめてこの毒沼が綺麗な大海だったら、まだ気も晴れるかもしれないのになぁ…
「お、おい!ベル…何してるんだ!?」
「ベル、み、水が…海水が…!」
「へっ?」
あ、あれ…私の周囲、毒沼がやけに綺麗に…普通の海水に戻ってる?
なんだ??
なんで???
‥‥‥。
私…何かした?
えーっと…砂浜に落書きしながら…、
“あーぁ、せめてこの毒沼が綺麗な大海だったら、まだ気も晴れるかもしれないのになぁ…”って、呟いて…、
‥‥‥。
出たよ、これ絶対ちょい漏れ吟遊でしょ!
でも…綺麗な海で取れた海の幸が食べたいな。
貝も美味しかったし…これからウスターソースもどきを完成させたあかつきには、タコパだってし放題。
元の姿に戻った美し~い海で取れたタコでタコパ。いつか醤油もどきができたらお刺身も…
――ごくり
「ベ、ベル?」
「アギーラ…これってもしかしてさぁ、このまま海をかき混ぜてたら、毒沼が解消出来ちゃったり…しないかなぁ」
「それは…」
「どうせなら、綺麗な海で取れた海の幸…食べたくない?」
毒沼に両足を踏み入れて、グリンデルさんから貰ったプロ仕様の攪拌棒をこそこそと取り出す。
うーん、ちょっと短いなぁ。
そうだ…伸縮!
伸びろ~!!
よしよし、良いサイズじゃ。
試すだけ試してみても損はないよね~。もし結果的に何も起こらなくても、私が疲れるだけだもん。
――ぐるぐるぐるぐる
「毒沼~、昔みたいな海に戻れ~♪海の幸が沢山取れますよーに♪」
生息地が綺麗になりすぎると、海の生物が生き辛くなるっていう話を聞いた事があるから、そこら辺を加味してね…吟遊ちゃん、お願いしますよ~!
――ぐるぐるぐるぐる
やっぱりさ、綺麗な海で取れた海の幸が食べたいの。
食べたいのだよ!
毒沼攪拌をじーっと見ていたイズミンが、スススっと海の上空へと飛んでいく。
体を光らせて私が綺麗にした水を、大海の…その先へと滑らせて…。
すっごく海してる!…普通の海の色だよ!!
綺麗になった海水が遠くに一筋、また一筋とどどめ色の海を滑っていく様は、私を中心に毒沼に後光が射すような…ある種の荘厳ささえ感じさせてくれる。
ねぇ…こんなにすぐに綺麗になっちゃうもんなの?
これならホントに異世海全部…いけそうじゃない??
そんな事を考えている間にも、イズミンが懸命に働いている。そのイズミンをサポートすべく、いつの間にか大きな姿になったマッチョブラザーズ。
二人の働きもあって、どんどん綺麗な海が広がっていく。
気付けばパトナは私のアシストをしてくれてるし、ケサラとパサラは綺麗になった海水を、より遠くに送れるようにと風を作り出している。
お芋ちゃんとツッチーは…ツッチーが砂浜で何かを拾ってきては、お芋ちゃんが何かをぶつぶつと呟いては、それを海に投げ込むという謎の連携プレー。
きっと何か良い成分を、海に投下してくれてるんだと思う事にしよう…うん。
クロノスケは…私の懐に小さく丸まって暖を取らせてくれる。なんてかわいい応援係なの!
…って思ってたら、全然違った…。
クロノスケの頭の木、精霊の祈り木がにょろにょろと伸びて、私の持つ攪拌棒にしっかりと絡みついちゃってんじゃん!
これってさぁ、精霊の祈り木でぐるぐるしてる事になるのかしらね…。
しばらく下を向いて一心にぐるぐるを続けていたら、首が痛くなっちゃったから、首もぐるぐる。
ぐるぐるしながら上を向いたら、驚くべき光景を見てしもうた…。
なんと、ミニミニマッチョ妖精軍団がね、大量発生してたの…。
海の上を飛び回って、海へとジャンピングしては跳ねて…やがてトビウオみたいな動きをし始めるミニミニマッチョ妖精軍団。
なんだかわからん動きが多々あれど、みんなで協力してくれてるのはわかる。
ここまでされたらもう止められないじゃん…。
私の出来る限りってやつ、見せてやんよ!
――ぐるぐるぐるぐる
早朝に始めたぐるぐるは、夜になり…そしてまた朝になり…
<ベル、最後の仕上げなの!>
無心に、何かにとりつかれたようにぐるぐると海を攪拌し続けていた私。
イズミンの声に気付いて顔を上げると…日の出を背にしたパケパ芋ノスケミンッチーチョ、自分の色をまとって激しく光り出していた。
そんなパケパ芋ノスケミンッチーチョに反応するかのように、私の左小指も虹のように七色に輝き始める。
その小指を握り込むようにして、握りしめる攪拌棒。その先に広がるのは…
――ぐるぐるぐるぐる
綺麗な海で取れた海の幸…
――ぐるぐるぐるぐる
そしてタコパ…
この日、異世海は久方ぶりに美しい姿を取り戻した――
誤字報告、ありがとうございます!




