マッチョブラザーズ
「で、お三方は…?」
<伝達係なんだぜぃ!>
<<ぜぃ!>>
「いやいやいや、例のアレを歌ったら来てくれるって、そういう話じゃなかったっけ…?」
<もっとみっちり連携したいんだぜぃ!>
<<ぜぃ!>>
「ふ、ふーん…そうなんだ…」
最初に私が話しかけたマッチョ妖精と、そのブラザーだという仲間のお二人、いつの間にやら勝手に私に同行するって決めたらしい…解せん。
解せんながらも、おしかけマッチョが小屋に入る訳でね…個々に名前を付けちゃったりしたら、また例の如く、例の感じになっちゃうかもしれないから、呼びやすいように三人まとめて、通称マッチョブラザーズって事にしようと決める。
これならグループ名でしょ。個々で呼ぶわけじゃないから、大丈夫大丈夫。
それにしてもさぁ、マッチョブラザーズがめっちゃ食べんのよ。マッチョだけどすっごく小さいから…どんだけ食べても別に困りはしないけど…解せん。
マッチョブラザーズだけじゃなくって、何故か入れ替わり立ち代わり数十マッチョ達が、なんやかんやと小屋に居座っては、魔素水と食事を楽しんでいくという状況になってしまっているのも…解せん。
もうね、自家製魔素水やら私の作った料理やらをバクバクと食べてるもんで、無条件で瘴気祓いに協力してくれるって話だから別に良いか…いや、やっぱり解せん。
でも、協力してくれるからと言って、はいそうですかどうぞお願いします。とは、いかないんだよなぁ。
どういう力があるのか、それは瘴気に通用するのか…ここはよ~く話を聞いて、しっかりと作戦を練らなくては。
◇◇◇
目の前にはゾッとするような瘴気の渦。まさしく、瘴気との戦いのド真ん前へと現在、ワタクシ、はせ参じておりますよ。
うぇぇ、気持ち悪い…。
目の前の禍々しい渦の中からは、うじゃうじゃと魔獣が出てくるよ…なにこれ恐い。
うじゃうじゃ魔獣を冒険者さん達が粛々と斬りつけて…これをずーーーーーっと休むことなく、延々と繰り返すって言うんだから、冒険者さん達が瘴気祓いを嫌がるのもわかるよね。
この粛々うじゃうじゃ魔獣討伐を経て、最終的にものすっごい強いラスボスが登場。それをやっつけて、その地をサラマンダーから貰った炎で滅すると無事、瘴気祓いが終了するんだってさ。
ちなみにサラマンダーの炎は瘴気祓いの為に、ギルドが保管してる。各地のギルドにはね、火種を絶やさず管理されてるんだ。
それは国が管理すべきなんじゃないの?って思ったけど、バルハルト辺境伯以外の貴族は瘴気祓いには出ても来ない訳で…。結局のところ火種は現場監督者、要するにはギルドが管理してるって事ね。
でもね、そんな中でもバルハルト辺境伯はちゃんとサラマンダーの炎を持ってるんだよ。その火種も設営テントに持ち込まれてる。お芋ちゃんが本物だって言ってたから大丈夫、ちゃんと本物だよ。
そんな異世界瘴気祓い事情に思いを馳せている間にも、うじゃうじゃと魔獣が出てきては冒険者に斬られ、うじゃうじゃ出てきては辺境警備隊に斬られを繰り返している。
魔獣の死骸が残らないからまだマシだって言ってるけど、これは本当にキツいお仕事だよ。
ラスボスがいつ登場するかもわからんし…ずっとここにいるのは絶対嫌。とっととやることやって撤退しよう!
と、いう訳で本日はこちら。
私達がお試しするのは…“瘴気の入り口をミニミニマッチョ妖精軍団の力を借りて、ガイアさんとソウさんが連携プレーでざっくり斬っちゃったらどうなる企画!”で、ございます!!企画名が長いのはご愛敬。
瘴気の渦自体を消滅できたら凄くない?という乱暴な…いや、壮大なプランなの。
ガイアさんと相談した結果、もうね、初っ端から直接瘴気で試しちゃおうぜ!って事になっちゃったんだもん。
しっかり作戦を立てて…って言った舌の根も乾かぬうちから、出たとこ勝負を仕掛ける暴挙っぷり。
シレっとこっそり試してもらおうと思ったんだけど、他の人がいると、何かあった時に申し訳ないからって…瘴気祓いの指揮を執ってるバルハルト辺境伯にも、ちゃんと許可取りをして、企画実行と相成りました。
その辺境伯様は許可だけじゃなくって、立ち会うと言って譲らないもんで、私の後方で仁王立ちになってるのがちょっと邪魔だけど…まぁ、現場監督みたいなもんだから、仕方ないよね…。
さっきまで最前線にいた冒険者さん達が後ろへ下がり、瘴気の渦の前にはガイアさんとソウさんだけが立つ。そのちょっと後ろには肩にマッチョブラザーズを乗せた私。半透明アギーラとパケパ芋ノスケミンッチーも一緒にいてくれてる。
そんな私の後方に例の仁王立ち辺境伯。辺境伯の後ろに冒険者の皆さんと辺境警備隊という布陣。
上手くいかなかった場合は辺境伯判断で、冒険者さん達が介入するタイミングを指揮してもらう事になってるの。
あとね、私が危険にさらされていると判断した場合は、辺境伯が私を引っ掴んで、後方へと放り投げてくれるそうです。こっちもこっちで素晴らしき脳筋プラン…。
「それじゃ…マッチョブラザーズ、お願いね」
小さな声で、私の肩に腰かけているマッチョブラザーズに声をかける。
<おう、任せろ!>
<<任せろ!>>
マッチョブラザーズが、近くにいたマッチョ妖精に合図を送る。
合図を貰ったマッチョ妖精が少し離れた所にいるマッチョ妖精へ合図を…ものの数秒で、ガイアさんとソウさんの周りにミニミニマッチョ妖精軍団がぶわわわわ~と群がって…あっという間にビッシリ&ギッチリ!
ガイアさんとソウさんは、靄に包まれたような…なんとも幻想的な雰囲気に仕上がってしまった。
とは言っても、そう見えるのは私だけ。
ダットンさんとバズさんがいたら見えたかもしれないけど、この企画が持ち上がった時に、安全確保の為にってブンカンに戻ってもらったから、ここには居ないの。
もしかしたらブンカンの村で何かを感知して、心配してくれてるかもしれないな。
「あれ?マッチョブラザーズは行かないの?」
<俺達はベルを守るんだぜぃ!>
<<ぜぃ!>>
そうだった。私も瘴気の渦の真ん前に居るんだった。
そりゃこんな所に居たくはないけどさ…例のアニソンを歌う役目がある。歌というか正確に言えば吟遊ね。
あのアニソン…歌でミニミニマッチョ妖精軍団は“戦う!”って奮起した訳で…ここでも歌わないといかんのです。
すぐ後ろには仁王立ちのバルハルト辺境伯がいるからね、出来るだけガイアさん達の傍で、こっそり歌おうと思っとります。
とにかく辺境伯に歌ってるのがバレないように歌う事。
これが本日の私の使命であります!
さてと…肩に乗ったマッチョブラザーズが、プルプルと武者震いしてるせいで、すっごくくすぐったいけども…そろそろ始めよう。
――タンタンドンタンタンタドン
――タンタンドンタンタンタドン
半透明アギーラが空中で、エア手拍子で応援してくれている。
「♪今日もダントツ!三角筋♪上腕二頭がチョモランマ♪」
小さい声で呟くように歌っているにも関わらず、ミニミニマッチョ妖精軍団の発する小さな光が、徐々に強く大きくなって、ガイアさん達を包んでいる靄が、白くて強い光へと変わっていくのがわかる。
「♪僧帽筋が歌ってる♪肩がメロンだ脚生える♪」
色魔法を使うには、長い詠唱がいるって聞いて、アギーラと二人で「そういう魔法の遣い手にならなくて良かったよね~。詠唱とか…アニメじゃあるまいしマジでムリだわ」とか言ってたのにさ…ここにきて私、まさかの歌をうたうやーつ。
もしや前世の徳が足りなかったのか?と思わせるような罰ゲームっぷりよ、これ。
こんな羽目になるなんて…これなら詠唱のほうがまだマシな気がするんだけど…
「♪アッチもコッチもナイスポーズ♪みんなバリバリ!マッチョポーズ♪」
でもさ…ガイアさんから聞いたんだけど、どうやらね、この世界の色魔法を使う際は、長~い詠唱に加えて、すっごく変なポージングもしないといけないらしいのよ。それに比べたら…って、あ、あれ?
「ちょ…マッチョブラザーズ、大丈夫!?」
私の肩に乗って、さっきまでプルプル震えてた小さなミニミニマッチョ妖精三人組、通称マッチョブラザーズが、いつの間にやら合体して…でっかくなってる!
勝手にトランスフォームしちゃった超巨大ムッキムキブラザーズとなり果てたマッチョブラザーズを見上げる。
これは…私の側にいるより、ガイアさん達の側にいてもらった方が役に立ちそう。
「マッチョブラザーズ、ここは大丈夫だから…ガイアさんとソウさんの側で手伝ってあげて!」
あ…白い光が…私の小指に…。
こんな時に?な、なんでぇぇぇ!?
‥‥‥。
呼んだけど…確かに合体した一体をマッチョブラザーズって呼んだけども…。
一体だけど複数形、マッチョブラザーズで名付けた事になっちゃったって事?
うそーん。
そんな揚げ足取りみたいな話って…あります?
私の大困惑をよそに、マッチョブラザーズは力強く肯くと、ガイアさん達の方へと向かって飛びだした。
「♪仕上がりすぎてて阿修羅像♪本気の筋肉みせてやれ♪」
こんな場所でさ…ガイアさん達が目の前でうじゃうじゃ出てくる魔獣と戦ってるのに…呑気に歌をうたうのって、マジでキツい。
「♪あぁこの熱い魂の叫び♪君に届くその日まで♪」
そこそこ図太いメンタルの持ち主で良かった…とんだ辱しめだよ…
「ガイアさん、ソウさん。そろそろ自分たちのタイミングで…試してみて貰えますか?」
「あぁ」
【わかった!】
「♪戦い続ける果てしなき攻防♪世界の平和は僕らが守るのさ♪」
ここまできたら、照れてるのも逆に恥ずかしい気がしてきた気がする!
‥‥‥。
いや、逆にってなんの逆やねん…。
はぁぁ。
このアニソンったらさぁ、ご丁寧に台詞もあるんだよ。言いますよ、言えば良いんでしょ…
「キレてる!キレてる!ガイアとソウ!ダントツー!最強のキンニク~!」
ガイアさんとソウさんを包む白い光がその刹那、大きく膨れ上がった。
二人は何かを感じ取ったのか、肩越しに私をちらりと見てかすかに頷き、そして瘴気の渦へ――




