ミニミニマッチョ妖精軍団
ぶっすーとした私の顔で、察して頂きたいこの事態。
ガイアさんったら今度はなんと同僚に、私の料理を食べられちゃったんだって。
そしたら、是非料理を作って欲しいってお願いされたと…まぁ、百歩譲ってそこまでは良いとしましょうや。
問題はそこからよ。
何故かそれを聞きつけたバルハルト辺境伯が、うちの小隊にも食事を…とか言い出した。
おい、辺境伯さんよ。
そんなにみんなが食事に思うところある感じ醸し出してるのに、ユーのお抱えコックは、何故ここに居ないんだい?
自分だけ良いものを食べるなんて、みんなの士気が下がるからしないって言ってさ…みんなと同じものを食べてる辺境伯。気持ちはとっても素晴らしいとは思う。
思うけどさぁ…そんな事で士気が下がったりしないよ!誰もそんな事、思っちゃいないって!!
瘴気に出来れば一般人を近づけたくないって思いがあるからだって言うけど…それを言うなら私だって立派な一般人、しかもどう見ても子供でしょうが!
この辺境伯、身の回りの事は自分で出来る珍しいタイプの貴族らしく、従者と文官を数人だけしか連れてきてないらしいのよね。
ここでは辺境伯としての通常業務と瘴気祓いとを並行してやってるから、通常業務に必要な最低限の人数を同行させた結果らしい。
すっげぇ良い領主様なんだろうけど、すっげぇ迷惑野郎っす…
◇◇◇
厨房設備のあるテントの中で、こっそりマイ収納から料理を素早く取り出していく私。
あとはテントの外に鍋を出して、みんなの前でパフォーマンス的に温め直せば終わる手筈。
――ザッザッザッザ
――ザッザッザッザ
「ベル、見て見て!すげぇ!!あれって辺境伯お抱えの辺境警備隊じゃない?かっこいい!」
テント見張り番のアギーラが声をあげた。
かっこいいって何が~!?私も思わずミーハー心でテントの隙間から覗きこむ。
「ホントだ。だがしかし…何故にみんな上半身裸?」
ちゃんと隊列を組んでるからかなぁ、統率されてる感じが確かにかっこいい…裸だけど。
明らかに冒険者とは違う。雰囲気あるなぁ…裸だけど。
「筋肉見せたいんじゃない?」
「出たよアホ解答」
「アホ解答て…何するんだろうね」
「朝礼とか?」
「ここに来てわざわざ…裸で?」
「うーん。今から戦闘交代…裸で。ないか」
「ないな」
――ザザッザザ、ザ、ザ、ザ
見るともなく見ていたら、テントの近くで隊列が止まる。
「あ…訓練するんだ」
ここに来てまで訓練すんのー?ガイアさんが瘴気祓いは耐久戦でもあるから、すごく体力を使うんだって言ってたのに。さらに肉体酷使って…きゃつらは筋肉バカなのか?
二人でテントの隙間から覗きまくっていると、辺境警備隊らしき上半身裸のマッチョおじさんズが二人一組になって、ようわからん組手みたいな動きをし始めた。
上半身裸マッチョ、早々に見飽きてきた…。
胸焼けしそうだから料理へ戻ろう。する事ないけど。
「アギーラ、そろそろ鍋を外に出そうと思うんだけど手伝ってくれる?」
「了解~」
鍋を二人で持って、えっちらおっちら外に出ているコンロへと運ぶ。重いし面倒くさいけど、マイ収納を使う訳にはいかんもんね。
「まだやってるよ…瘴気と戦うだけでも大変だろうに、訓練もするなんて、大変だねぇ」
「うん。すっげぇ体力。さすがマッチョだよね。あのさ…名前のせいかもしれないけど…ぶふっ」
「先笑い禁止」
「ごめんごめん。辺境伯ってさ…バルハルトって言うじゃん。ミドルネームみたいな感じでバルハルトって名乗ってたでしょ?あれってね、代々、辺境伯になる人が、その名前を継ぐんだって」
「何でそんな事知ってんの?」
「従者さんに聞いたから。だからさ、ず~っと昔から代々の辺境伯はバルハルトっていうらしいよ」
「いつの間に…」
「まぁ、それはどうでも良いんだけど…これ、バルハルトが抱えるマッチョ軍団なんだよね」
「そうだねぇ、バルハルト辺境伯の精鋭小隊はマッチョ揃いってのは認める」
「これ…何か思い出さない?」
「何を?」
タンタンドンタンタンタドン、タンタンドンタンタンタドン…
「わーわー、やめてやめて」
「いやもうこれって、まんまアニメだし」
「やめてよ~、そんなこと言ったら、またあれだよ、こないだのゲーム音楽みたいに頭から離れなくなる!アギーラのせいで正直一睡もできなかったんだからね!!」
「もう遅い~」
タンタンドンタンタンタドン…
◇◇◇
「♪今日もダントツ!三角筋~♪」
「結局、歌うんかーいっ!」
「やばいよこれ。アニメのオープニング再現度が高すぎる」
「『筋肉戦隊バルハルト』の実写版って、こんな感じなんだろうなぁ。めちゃくちゃクオリティ高い~」
「あー、もうダメだぁ。頭の中で歌が…♪戦い続ける~果てしなき攻防~♪世界の平和は~僕らが守…あ、あれ…?」
「どうしたの?」
「あれ…ほら、あそこ見て!テントの入り口!!」
「入口?」
「何って…ほら、すっごい小さい虫みたいな。爪の先くらいの…羽の生えたやつがウロウロしてる。うっわ…テントの入り口にぎっしりいるよ。…えっと…これは、アギーラには見えてない感じ?」
「え、テントの入り口に居るの?見えない見えない見えてない。って事はさぁ…」
「話してる間にもめっちゃ集まってきてる。しかも…しかも…」
ミニミニだけど…全員何故かマッチョ!
◇◇◇
小さくて真っ白なマッチョ集団、テントの外をぶんぶん飛び回って…隙間から覗いてるのも多数。
ぴっちり白タンクトップに白短パン姿で飛びまわる姿は、ある意味壮観よ。
しばらくしたら自然とどこかに消えるかな~?なんて思ってたけど、明らかに数が増えてゆく…もう100マッチョくらいいそう。
うじゃうじゃうじゃうじゃ…すっごい事になっちゃったよぅ。
ひたすら100マッチョの存在は無視して、お料理サーブに精を出す。
みんなが嬉しそうに手伝ってくれるから、あんまりする事がないのは今は逆につらい。
一心不乱に働いて忘れたいのに…。
大量のミニミニマッチョ軍団が目の端をチラつく。
サイズと誰にも見えてない感じからして、妖精やら精霊やら…そういう方々だと思うんだけど…何が原因かはわからないけど、私が動くと、一斉に連動しているかのように動くんだよ。
何故かテントの中には入ってこないけどね…。
でも、みっしり隙間やら入口に張り付いて、こっちを見てる。
私がテントの外に出ると、サ~っと離れていくの。そして一定の距離感を保ったまま、こっちをまた凝視し始める。
絶対自意識過剰じゃないわよ。確実に私を注視してるもん。一体なんだってのさ…
「まだいるの?」
「うん。むしろどんどん増えてる的な…」
「…お芋ちゃん、呼んでこようか?」
◇◇◇
「これは…白いの、だな。妖精がよくもまぁ、、こんなに集まったものだ」
お芋ちゃん曰く、“白いの”。やっぱりね、そんな気はしてたさ。
真っ白でさぁ…遠目には綺麗なんだけどね。
遠目だったら、ファンタジー要素の一環として受け入れられなくもない。
でも…近くで見ると、マッチョのぴっちぴちタンクトップがやけにリアルっていうかなんというか…。
しかも今や増えに増えて、200マッチョくらい居そうな気がする。
これ、全員がついて来ちゃったら…どうしよう…
「私が動くと、一緒に移動してる気がするんだけど…これ、ずっとついてくるのかな…」
「ベル…今度は何をしたんだ?」
「なんとひどい言い方…何にも、な~んにもしてないよ!もちろん名前だって付けてないし。っていうか、一切無視して、見えないフリしてたからね。話かけてもいないんだってば」
お芋ちゃんが登場してから、更にテントを覗く数が増えてる。興味津々って顔で、こっちを凝視してるし。
アギーラと話すふりをして、アギーラ越しによ~く見てみると、タンクトップの形が一人ひとり違ったり、髪型も違ったりして、個性があるのがわかる。
うーん、見ようによっちゃ、だんだん可愛いような気がしないでもないような気になってきた…えへへ。
「‥‥‥」
「ちょっと!なに、その目は!!本当に何もしてないからね。信じられないって顔しないでよ」
「悪意は感じんから、話しかけてみたらどうだ?」
「えぇぇ、ミニミニマッチョ妖精軍団に?」
「訳もわからず、ずっとついて来られるよりマシではないか?」
「それはそうなんだけど…」
◇◇◇
料理は大好評のうちに全てなくなり、たくさんの人達に感謝され、最初は嫌だなと思っていたにも関わらず、達成感ですっかり嬉しくなってしまった私は、そう、単純な子供。
さらに辺境伯の従者さんから、材料費プラスアルファだって言われて、あまりある謝礼まで頂き、ニッコニコホックホクの現金な私は、そう、ただの守銭奴。
‥‥‥。
ここまでなら楽しくいい気分で終わったんだよなぁ。
チラリとテントの入り口を見れば、決して近づいては来ないミニミニマッチョ妖精軍団、いまだ健在なり。
そしてさらに数が増えているという事実…。
これじゃぁ小屋に戻るに戻れないじゃん。
全員くっついてきて、小屋の周りにぎっちり張り付かれたら…これ、ただのホラーでしょ。
ホラー回避!意を決して、一番私の近くで元気に飛び回っているミニミニマッチョ妖精と目を合わせてみた。
今まで全く見えないフリをしてた私に、急に目を合わせられたミニミニマッチョ妖精が、何故かプルプルと震えはじめる。
えぇぇぇぇ!なにその反応。
もしかして私って、恐がられてるの!?




