ガイア許すまじガイア許すまじガイア許すまじ…
「へぇぇ、バルハルト辺境伯と懇意になったんですか?」
久々に会ったガイアさんと食事をしながらのトークタイム。
今いるここ、バルハルト辺境伯領でお馴染み、バルハルト辺境伯とガイアさん、気軽に声を掛け合うような仲になったらしいよ。
「あぁ。一緒に戦ってる奴で…やけに腕がたつ野郎がいてな。そいつが辺境警備隊の奴だったんだ。辺境警備隊ってのは辺境伯お抱えの私兵なんだが…まぁ、騎士団みたいなもんだ。そいつから辺境伯を紹介されてさ。こっちもギルド長から話は聞いていたもんだから」
「わ~。じゃぁ、本当にここに辺境伯も居るんだ?」
絶対に関わり合いにはなりたくないけど、聞くだけなら貴族ネタも面白いよね。
とにかく平民は貴族には近づかない。ってのが、この世界の不文律。
不文律とは言っても、お貴族様なんて貴族の屋敷に勤めたりするような関りがなければ、そうそう出会えるものじゃないし、普通に生活してれば交わることすらない。
これは孤児院卒業生情報だけど、貴族の屋敷に勤めてもかなり出世しないと、貴族本人と顔を合わせる事もないらしいわよ。
あとは…私が貴族に近づく時があるのは、教会のバザーとかかなぁ。そういう催しには、ノブレスオブリージュ精神をお持ちの奥様連が賛同してくれる事があるからね。
でも、バザーだって教会のトップやら孤児院だと院長かアリー先生しか関わる事のない人達なんだもん。お互い不干渉ってのがこの世界で波風立てずに生きていく術なのよ~。
まぁ、普通に生活してれば関わる事はないから気を付けようもないけど。
お互い近づかないのがお互いの為ってやつ。同じ世界に住んじゃいるけど世界が違う。それでも…やっぱ実際に関わらなければ面白そうでしょ?
だってさ、貴族だよ、貴族!
だから平民も貴族の為のマナー冊子である『嗜みシリーズ』を読むのですよ。
決して関わりたくはないけど、覗いてはみたいという…下々の下世話なハートを鷲掴み。
最近まったく冊子を読めてないから余計にね…話を聞くだけならすっごく楽しいな~。
ガイアさんがお貴族様と直にお知り合いになっていたとは驚きだけど、どうやらミネラリアのギルド長、レオさんがかなり以前から、二人を合わせたがってたとかなんとか…。
そうだった、ガイアさんって超エリートなんだった。いっつも忘れちゃうけど、高ランカーって呼ばれてるSランクの冒険者なのよねぇ…忘れちゃうけど。
「あぁ…ここにただ居るだけじゃなく、その辺境警備隊でも小隊を出してくれていて、実際にその小隊を率いて戦ってる。冒険者の小隊にも何人も警備隊から人員を補充してくれて…本当に助かってるんだ」
「それでも…これだけ長丁場だと大変ですね」
「あぁ…しかも今回は、結構怪我人が出ていてな。辺境伯からの人員補充がなきゃ、もっとギスギスしていただろう。あの瘴気を見てると、気持ちがどうも沈んで…その心の隙を狙われたかのように、怪我しちまうんだよなぁ」
「アギーラも瘴気を見てゾッとしてたもんね」
「あぁ、アギーラは見ちまったか。…なかなか嫌なもんだろう?」
「うん…気分が悪くなっちゃった」
「そうだよなぁ。俺達も最初はそうだった。なんなんだろうな、あれは。得体のしれない悪意…憎悪に直に触れたような…何とも言えない嫌~な感じがするんだよ」
「私は見た事がないの」
「あんなもの、見ないで済むならそれが一番だぜ。さてと…瘴気の話より、これまでの逃亡劇を聞かせろよ」
皆でわいわいと食卓を囲み、話ははずみ…そして夜は更けていく。
そろそろガイアさんがテントに戻ろうかという時間になって…
「あ…ダットンさん、バズさん、お二人と少し話をしたいのですが…構いませんか?」
急に改まってガイアさんが話し出したので、ダットンさんもバズさんも居住まいを正す。
「もちろん構いませんが…」
「いや…もしこの地に居を構えたいのなら、辺境伯に直談判してみても良いかなと思って。悪いようにはならないと思うんです。そういう話を少しだけ…宜しいですか?」
ガイアさんったら、昼間にわたしがちらっと話したことを覚えていてくれて、さっそく辺境伯に全容はぼかしながらも、話を持ち掛けてくれたらしい。
それならって…一度会って話をしたいと言われてるんだって。辺境伯から許可が出れば、ダットンさんとバズさんが辺境伯の領地に永住が出来るかもしれない。
ガイアさん、この夕食の間に二人の人となりを探ってたんだろう。ソウさんが【大丈夫】だって感じたって話はしてあるから、そこらへんも加味されてるんだろうけど…
◇◇◇
そして早朝――
――トントントン
ん…
なんか…音がする?
――トントントン
する!音がする!!
何?こんな早い時間に…だ、誰かが小屋の扉をノックしてるみたい!?
5時だよ…私以外、誰も起きてない時間だよ!
ソウさんを無理矢理起こして抱っこして、そ~っと扉に近づいて…
「朝早くからすまん。誰か起きて…ベルか?良かった、起きてたか!」
「ガイアさん!?どうしたんですか?」
「ベル、すまん!バレた…」
「へ…何が?」
「さ、魚のフライが…辺境伯にバレた…」
◇◇◇
「あの~、フライがバレたって…どういう事ですかね…」
「俺が夜食を食っていた時に辺境伯が突然、俺のテントを訪ねてきて…バレた」
「え!ガイアさん…あの後、テントに戻ってまた食べたんですか?」
「すまん…我慢できなくて、つい」
「で…見られたと」
「見られただけでなく、食われた」
「え!?辺境伯さんが食べたの?」
「俺のフライ、全部食いやがったんだ!タルタルも全部取られた…くそっ」
「えっと…それで…?」
「うん…ダットンさんとバズさんに面会する時に、ベルも一緒に来て…食事をふるまって欲しいって…」
「まじですか…」
「すまん…」
昨日散々さぁ…貴族には絶対に関わりたくないよね~って話を、結構かなりすんごくしつこくしたと思うんだけど私…
◇◇◇
しかも面会は今日だそうです。ゴリ押し凄ーい!
これは圧力系貴族に違いない。
「普通、貴族の人って毒見役とかいるんじゃないんですか?」
「あぁ…あの人はそういうのに敏感なタチらしいから、大丈夫なんだと」
「えっと…そういうスキル的な?」
「たぶん」
すっごい貴族っぽいスキル、キター!
毒感知とか?
悪意察知かな?
いや待てよ…鑑定?鑑定かも知れない。
‥‥‥。
貴族の力がどんなもんか私は知らんけどさ、人物鑑定ができたりする、ド級チートタイプな可能性がない訳でもないよね…
◇◇◇
「ガイア許すまじガイア許すまじガイア許すまじ…」
「ベルさんや、漏れ出てますよ」
「あら嫌だ。ガイアさんにどんなお礼をしようか考えてて、ついうっかり心の声が漏れちゃった」
「お礼って!カチコミ上等なお礼参りのほうでしょ、それ」
「あらあら。お詳しいのね、アギーラさん」
「漫画の世界だけど」
「そういう漫画って、まだあるんだ」
「往年の名作は読むでしょ、普通。って、いやいやいや。話を誤魔化してもダメだから!なんで僕まで一緒に行かないといけないんだよ!!」
「バザーの時に、町のお偉いさんたちを普通にさばいてたじゃん」
「あれは色々お世話になってるシーラさんが困ってたから」
「まさしくちょうど今、同郷の民がすっごく困ってますよ…」
「うわ、墓穴だ…」
「お願いお願いっ!荷物持ちしてくれるだけで良いからさ!!」
「えー、嫌だよ」
「…今日はハンバーグにしよっかなぁ」
「僕を食べ物で釣れる男だと思うなよ…」
◇◇◇
魚のフライ、マイ収納には在庫ゼロ。
ひたすら硬いパンをこまかくする係をアギーラに任命し、他の料理の仕込みをしていく。
アギーラを拝み倒した結果、貴族用テントには入らないって約束で一緒に来てくれることになりました~!ヤッタ~!!
簡易厨房があるらしいから、アギーラはそこで食事を最後にちょろっと温める係をお願いする事にしたの。
「あとは何にしよっかな~」
「オムレツにベルジナルソースがいいじゃん。あれ、うまいもん」
「そうだなぁ。唐揚げはリクエストされてるから…揚げ系ばっかになっちゃうしね。オムレツが良いかも。デザートはプリンならたくさん在庫があるから…卵&卵だけど、知ったこっちゃない。プリン、冷やしとこっと…」
「冷やしちゃダメだよ。何かがバレる」
「あ、そっか。じゃ、ナッツキャラメリゼにしよう」
「ちゃんと大荷物を手で持って行くんだからね。リメンバーおむつケーキ!」
「わかってますって…」
◇◇◇
「「「失礼します…」」」
ぞろぞろと…ガイアさんの後ろから、ダットンさんとバズさん、そして私が入室。
そう、ここはバルハルト辺境伯がおわします、設営テントでございます。
「お、来たな。そんなにかしこまらなくてもいいぞ。初めまして、マティアス・バルハルト・ビルシュタインだ」
「「「は、初めまして…」」」
超マッチョキター!
違う、名前が三つに分かれてる人、キター!!
じゃなくって…お貴族様、キター!!!
ガイアさんといい勝負なマッチョさん。
二人もこんなに分厚いおっさんが居るもんで、テント内の温度、3度はUPしてっからね。
見た目の圧が凄いなぁ。恐い恐い。あんまり見ないようにしよっと。
「君があのうまい魚料理を作った子だな!今日は急に悪かったが、宜しく頼む。ここの飯は少し残念な…まぁ…楽しみにしているぞ」
…ん?
ここいらのトップ貴族なのに、このおっさん…まさか冒険者と同じものを食べてたりなんて…してないよね?
「あぁ、マティアスは俺達と同じ食事を食ってるんだ」
あれ?また、心の声が漏れちゃった…。
‥‥‥。
“このおっさん”呼びが漏れてなかった事を祈ろう…切に…




