ぴこん
「おはよう!ここ、開けても大丈夫?」
宿泊しているコネクティングルームの間にある扉を、必死な顔で叩いている私。ひぃぃ、事件、大事件なんだよ!
「ベル、おはよ~。どうぞどうぞ。ダットンさん達はお風呂に行ってるよ~」
「どうしようアギーラ、大変なの!」
「あれ…目の下にすげぇクマが出来てるけど、大丈夫?」
「寝不足の話はおいといて、クロノスケの…ほら、クロノスケの頭が!」
「え?」
「これ見てよ!葉っぱが出てきたの、ぴこんって!」
今朝起きたらさ、クロノスケの頭頂部の…たんこぶみたいになってた部分から、木が生えてて…葉っぱが一枚ぴこんって…ぴこんってしてたのよ!
「本当だ、木が生えてる…」
「ね、これどうしよう。どうしたら良いと思う?お芋ちゃんに聞こうと思ったら、朝散歩に行っちゃってていないし…」
「引っこ抜いてみたら?」
「いや、それはどうなのよ。クロノスケの頭皮とか細胞とかに、木の根っこがくい込んでたらヤバいでしょ」
「あー…」
「本人はケロっとしてるんだけどねぇ」
「もうさ、鑑定しちゃいなよ」
「あ…そっか!動揺して忘れてた!!」
そうだよそうだよ、焦りまくってすっかり忘れてたけど私、鑑定ができるんだった。
「クロノスケ~、ごめんね。ちょっと鑑定させてもらいたいんだけど…良いかな?」
<プスン>
「ごめんよ(鑑定!)」
◇◇◇
「フェンリル」
「うん…」
「フェンリルって…狼的なやつだよね?どっかの神話に出てくるみたいな」
「神話?」
「確か、恐い感じのなんかじゃなかったっけ」
「クロノスケは恐くないもん」
「まぁまぁ。地球とここは別もんだから。とは言ってもさ、だいたいそういうとこは似てる気がしないでもないけどね。んで?クロノスケは精霊の祈り木の守護者だと…」
「うん…」
「頭の上に生えた木は精霊の祈り木…それってどういう事なんだろう。精霊の祈り木ってさ、この世界の中心にある一本だけって話じゃなかったっけ?」
「いや~、私に聞かれましてもねぇ…そもそもワンコですらなかったのに、ワンコワンコと連呼してた私でございますよ…」
「僕も最初からずっと犬だって言ってたから、ベルと同じようなもんなんだけど」
「遠吠えみたいなのしてる事もあったけどさぁ、野生のワンコってそういう感じなのかな~なんて思って、気にもしてなかった…」
「犬じゃなかった挙句に、頭の上に精霊の祈り木が生えて、葉っぱがぴこん…かぁ…」
「クロノスケ…とんでもないワンコだったよ。ワンコじゃないけど…」
「名前付けてるし」
「それは故意じゃないから」
「クロノスケの事、他の人には見せない方が良いよね。道中気を付けないと」
「うん。愛玩的に動物を飼ってる人自体少ないっていうか、見かけないじゃん…なのにこんな…」
頭の上にぴこんって…
◇◇◇
<お前は黒いのであろう?ならば隠せるはずだぞ。ほれ、やってみろ。ほれ、ほれ>
<グルル…>
クロノスケの頭を見たお芋ちゃんが<やはりな…>、とか格好つけてつぶやいた挙句に、ほれほれ言い出したわよ!
確証はなかったけど、もしかしたら精霊の祈り木じゃないかと思ってたんだってさ。お芋ちゃん…そういう事は確証がなくても言っといて欲しかったっすね…。
<ベルが一緒に連れて歩けずに困っておるぞ?>
<ゥオーーーン>
一声長く吠えたあと、あ…すっごい!葉っぱぴこんが消えた!!いや…ないものだと思えば見えないって感じ。消えてないけど…消えた?
「凄い!これって…クロノスケ、気合いで隠したの?」
「気合いかどうかは知らないけどさ、黒の者なら消せるはずって言ってたから…やっぱり黒の…闇魔法が関係してるのかもねぇ」
「もしかしてさぁ…大きさが変化するのも、足が凄く早いのも…その闇魔法ってやつが関係してんじゃないの?でもホント…これは凄いや。ステルスマントの改良に是非とも応用させて貰いたいなぁ」
もう何が何だかわからんけどね、クロノスケのぴこんが消えたから…良しとしよう。
消えたっていうか、触るとあるし、抱っこしてれば“ある”事はわかる。
けど、なんていうか…見えないの。
だから良し。とりあえずは、良し。
「この木ってさぁ…水とかあげたほうが良いと思う?」
「クロノスケが水分取れば大丈夫なんじゃない?」
「そうなのかなぁ」
「しばらく様子を見たらどう?葉っぱが見るからにカラカラになったら、その時また考えればいいじゃん」
「そっか、そうだよね。ある程度の水分不足は取り返せるけど、根腐れのほうがダメだっていうし」
そう言えば、クロノスケってやけに魔素水を欲しがるんだよ。それって今思えば、この葉っぱが原因だったのかもしれない。知らんけどな…
◇◇◇
葉っぱぴこんを無事に隠蔽できたクロノスケを膝に乗せ、馬車移動もすっかり板についてきた今日この頃…
「もうすぐバルハルト辺境伯領に入るよ~」
御者席にダットンさんと共に座っていたアギーラが、バズさんと交代するために、車内に入ってきた。
代わりにバズさんが、御者席へと移動していった。
バズさんも、御者をする時間が日に日に長くなってきてるし、順調に御者の腕前があがってるらしいの。
ダットンさんと御者を半分こで交代できるようになるのが、今の目標なんだってさ。
ダットンさんとバズさんには、御者としての代金と馬車の管理者としての費用をお支払いする事にしたんだよ。
こんなにお世話になってるのに、お金なんて貰えないってゴネられたけどさ…自分のお金で買い物って、したくない?
私なら、絶対にしたーい!
◇◇◇
アギーラによると、バルハルト辺境伯領最初の町にそろそろ到着するらしい。
「ここからさらに一週間くらい馬車で移動すれば、ガイアさんがいる…例の瘴気が発生してる場所の近くの村に着く予定」
「一週間かぁ。ガイアさんに会いたくなってきちゃったなぁ」
「そうそう、ガイアさんと言えばさぁ、お家にシーラさんのお母さんが来てくれる予定なんだよ。予定っていうか、たぶんもう到着してるはず。ガイアさんとの結婚報告で、実家に挨拶に寄った時以来の再会なんだって」
「ホントに!?良かった~。ガイアさんは出張中だし、アギーラは私がぶんどっちゃったしで…実はシーラさんの事、ずっと気になってたんだ」
ワンオペ育児で大変だろうなぁって、おこがましいけど心配してたの。この世界の人間にしては高齢出産って話だったし、しかも初産なんだもん。
それにさ…シーラさん、家事全般があんまり得意じゃないっぽいから余計にね。
そんな話をしながら、無意識にクロノスケを撫でくりまわす。もふもふ成分多めだから、ついつい触っちゃう…あらら?
クロノスケの頭を見ると、ちょこんと佇む小指の先くらいの大きさの生き物発見!
やけにでっかい虫だなぁ。葉っぱ、齧られたくないんだけど…いやこれ、下手すると木まで齧られそうじゃん。
でも…そうだよねぇ、植物が生えてんだもん。虫の一匹や二匹いてもおかしく…ん?…んんん??…よーく見たら、随分と可愛いらしいお帽子被ってんぞ!?
◇◇◇
<おいらにお世話をさせて欲しいのです>
「クロノスケの?」
<クロノスケ殿の頭に生えている木の、です>
「お世話って…何をするの?」
<不足している栄養をお届けしたいのです。このままではダメなのです>
「そっかぁ。ね、クロノスケは大丈夫なのかな…そんな事はわかんないか…」
<いえ、クロノスケ殿自身は問題ないのです。魔素のめぐりはすこぶる良い状態なのですが、いくつか土にあって当然の成分が足りていないのです>
そうだよねぇ。なんせ生えてる場所は、クロノスケの頭の上やしねぇ…。
<他にもおいらが出来る事ならお手伝いしますのです。だから、お傍に置いていただきたいのです。おいらは一生懸命に働くのです。お傍に置いて頂ければ、絶対に損はさせないのです。おいらはとってもお得なのです>
「あなたは妖精さん…なの?」
<おいらは大地の…土をこよなく愛する妖精なのです.>
「土の妖精さんなんだ。あの…変な言い方だけどさ、大地…土の妖精さんには何のメリットがあるの?」
<こんなにもスバラシイ木を育てるお手伝いが出来る事こそが、ご褒美なのです>
「そ、そうなんだ…じゃぁ…クロノスケと一緒にいる?クロノスケはそれで構わない?」
<プスン>
「いいよって言ってるみたい。それじゃぁ…宜しくね!土の妖精さん」
<宜しくお願いします、なのです!>
「…ふーん。僕にはまったく見えないけどさぁ…そうやって、いつも無自覚に手なずけてるんだ。おぉ、恐い恐い…」
◇◇◇
<土から成分だけを抜き取ってくるのです。おいらは土にはちょっとばかり詳しいのです>
「ほうほう…じゃあ、休憩の時にでも良い土を探してみてよ。それまではみんなと一緒に遊んでてね」
<…遊んでいたら、お仕事ができないのです>
「ほら、パケパ芋ノスケミンをご覧よ…あのだらけた姿を。あ、土の妖精さん、お腹空かない?プリン食べる??」
【【【<<<食べる!>>>】】】
「君たちには言ってないって…まぁ、差し上げますけども…。土の妖精さん、一緒に食べてみない??」
<な、なんと!なんのお仕事もしていないのに…お、おいらにも頂けるのですか?>
‥‥‥。
土の妖精さんってさぁ…以前はどこぞのブラック企業にでもお勤めでらっしゃったのかい?言葉の端々からにじみ出るその卑下感は、一体。
この世界の妖精やら精霊やらは、自由気ままな存在なんじゃなかったっけ…頑張りすぎちゃうタイプなのかなぁ。なんだか心配だよ。
「仕事って…別にしなくたって良いんだよ?自分の好きにしたら良いんだから。ほら、見てみなよ…みんなだらだらしてプリンを食べてるだけでしょ?」
<あ、ありがとうございます、なのです!>
「魔素水もいる?これ、みんな好きみたいなんだけど…」
【【【<<<いる!>>>】】】
「君たちには言ってないって…まぁ、差し上げますけども…」
誤字報告、ありがとうございます!