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いかんいかん

 料理を作ったり料理を作ったり料理を作ったりしながら過ごす日々。


 町にさえ入らなければ、身分証明を求められることもない。ここ数日は、昼夜逆転を通常モードに戻すべく、マッソの町近くで潜伏しております。


 無事にジネヴラ国に入れた事だし、最悪の場合は、グリンデルさんの遠縁として登録されてる、ギルドの身分証明が使える。出来るだけ使わないようにしたいとは思ってるけどさ、これがあるってだけで、すっごく気が楽なのよ。

 

 でもさぁ、ダットンさんとバズさんの身分証明がないから、万が一の時はちょっと不安でね…


 ◇◇◇


「盗賊?」


「そうそう、国境越え…峠越えをしようとしてた人達が狙われたって。盗賊に襲われた人たちがマッソの町に逃げ込んできてて…」


「まじで?私達って、運が良かったんじゃん!そういう事には一度も巻き込まれなかったもん」


「吟遊のお陰かもよ」


「対人のお願いはしてなかったけども~」


「全般お断り感が出てたのかもよ。まぁ、それはさておき…僕らもさ、この盗賊騒ぎに便乗しない?」


「便乗!ま、まさか我らが盗賊に…」


「なんでだよ!ダットンさんとバズさんも、盗賊にあって身ぐるみ剝がれたって事にしたらどう?って話に決まってんでしょーが!」


「冗談よ~。わかってるってば」


 ‥‥‥。


 嘘です。

 全然、わかってませんでした…なにその作戦。


「戸籍証明も身分証明も全部無くして、着の身着のままマッソに辿り着いた所で、知人に偶然出会う二人。もちろんその知人は僕。で、その知り合いである僕が、そのまま二人の保証人になって…あわよくば、身分証明もジネヴラ国で発行してもらおうって算段。これ、どう思う?」


「あーなるほどぉぉ。賛成賛成!でもさ…アギーラは、二人の保証人になっちゃっても良いの?」


 犯罪っちゃ犯罪よ?アギーラだけが、クリーンな身なのに…。


 バズさんからしか話は聞いてないけど…ひどい話ではあれど、バズさんの家族はお金を受け取ってる訳でね…彼は立派な逃亡者なんだもん。


 でもさ、バズさんが言ってたんだけどね、自分が買われた金額は、子供の頃は見た事もない大金だと思ってたけど、実のところ、すっごく安かったらしいのよ。


 だから、とっくに奉公は終わってても良いと思うの。ダットンさんに関しては何十年も幽閉されてた訳で…二人共私ルール的には無罪!なんだけどさ…それでもやっぱり逃亡者なのよねぇ…。 


 そんな二人の身請け人になってしまえば、アギーラだって綺麗な身の上って訳にもいかなくなる。

 いやもう…一緒に逃げてる時点でアギーラも共犯なのか…。


「今更なに言ってんの?みんなズブズブでしょ、これ。僕、ガッツリ逃亡幇助じゃん」


「うっ…そうだよね…。でも…助けてくれるなら本当にありがたいよ。二人とも、何かあった時に心配だし…町中に行けたら良いのになって…ずっと思ってたの」


「だよねぇ…。せっかく塔から逃げ出せたのに、過ごせるのは森の中だけなんて、可哀想すぎる。ユスティーナとジネヴラの峠越えで、盗賊にあったって話に乗っからないといけないから、やるならここマッソでやらないとダメなんだけど…ダットンさん達に相談してみても良いかな?」


「是非是非。私は何も出来ないけど、応援してっからね。あ、お金で片が付く部分は、こちらで引き受けますんで…」


「お金はかからんでしょ。食費で貰った分で十分。ベルには他に頼みたい事があるんだけど」


「え?」


「商人二人組って事にしようと思ってるんだよ。仲間二人で一緒に馬車を借りて、自己責任で護衛も雇わずジネヴラに来た商人」


「護衛なしで峠を越えた商人って…そういう人って実際いるもんなの?なんか怪しまれそう…」


「単身で峠を越えて来るチャレンジャーもいるって話だよ。バズさんもすっごく若々しくなったし、ちょいと腕に覚えありって感じの雰囲気でいけば、疑われないと思う」


「なるほどなるほど…で、アギーラ君よ。いったい私は何ができるんだい?」


「ベルには商品をさ、提供して欲しいんだ」


「商品?」


「ずばりヘンリーネックTシャツ。あれって僕とガイアさんにしか渡してないって言ってなかった?あとは、僕に作ってくれた作業用のつなぎ」


「あー、なるほど」


 そう言えば作ったわ。いわゆる整備士さんとかが着てるイメージな、つなぎの作業着。

 大きな木材を加工したり、メンテナンスで油を使う時用に欲しいってリクエストされて作ったの。


 汚れたり、木くずが服の隙間から入ってくるのが嫌だからって言ってたから作ってみたんだけど…あれなら手持ちもあるし…うんうん。


 アギーラ、町からこの小屋に帰ってくる間にこの作戦をまとめたんだ…結構策士だなぁおい…。


「荷物は全部無くしたって事にするけど、二人にベルの作った諸々を着てもらってさ、こういう新商品を売りたくてジネヴラに来たんだって言えれば、二つとも珍しいデザインだし、心証的に納得させやすいかなって思ってて。全部、グーチョキパは済んでるんだよね?」


 策士アギーラと、マッソの町の検問で出会うシチュエーションを演ずるべく、ダットンさんとバズさんは、早速とばかりに、マッソの町にほうほうのていで逃げ込む算段を立てている。

 

 何故か二人ともやけにノリノリ。偽名はマルコさんとドガさんにするとか何とか…楽しそう…


 ◇◇◇


 夕方、馬車に乗った三人が、やり遂げた感のある顔で帰ってきた。


 え!?その馬車はどうしたの?

 あらら、また食材も買ってきてくれたのね~!

 何がどんだけあっても大歓迎だよ!!


「いや~、ビビった!」


「え、何かあったの?」


「ユスティーナからだっていう、男性の尋ね人確認があってさ…」


「うっそ!アギーラが一人で入った時は何にも言ってなかったじゃん」


「見た目見た目。ほら、僕の見た目…すっごく幼いでしょ?だから箸にも棒にも掛からなかっただけ」


「あー、そっかぁ…」


「旧ダットンさんは…もう歩けもしないだろうからって、老人だっていう通達しか入ってなかったんだけどね。旧バズさんのほうは、身体特徴やら似顔絵やら詳細がきてた。身長が新生バズさんと一致したもんだから、検問で引っ掛かっちゃったんだよ。まぁ、本人だから仕方がないけどさ」


「疑われちゃった?」


「それが全然。だって…身長だけだもん」


「そっかぁ。バズさん、めっちゃ若返ってるもんね」


「うん。検問所の人も『人は年は取りますが、若返れはしませんからなぁ』とか言って、おしまい。若さ的には新生ダットンさんと、旧バズさんで間違われる可能性もあるかもって一瞬焦ったけど、そこは身長が違うから…」


「よ、良かったぁ…」


「ダットンさんもバズさんも、名演技すぎて…こっちは笑いを堪えるのが大変だったけどね。検問の人も親身になってくれて…あとはトントン拍子で話が進んでさ、無事に当初の狙いを完了しました~!」


 二人はすぐにギルドカードを発行してもらえたらしい。

 盗賊様様やん…。


「ギルドカードってさ…魔力を流すんだよね?よくわからんけど…魔力でユスティーナ側にバレたりはしないのかな?」


「そうなんだよ。そもそも二人共、ギルドカードを持ってないから大丈夫かなって思ったんだけど、そこは一応、僕も考えた。あのね、あまりのショックに魔力が一時的に消失したっていう事にしちゃった。シーラさんが調べてくれたんだけどさ、僕も最初にこの方法使ったんだよね」


「あ~!そう言えば私も血液で登録したんだった…」


 私がお芋ちゃんの糸の事で、院長先生経由でギルドでお金を預け始めた時って、確かまだ4歳だったのよ。魔力覚醒もしてなかったし…プチって血を一滴出して…なんか血液で登録した記憶があるわ!

 

 …それを今回の事に結び付けられるアギーラと、まったく忘れてた私。あれれ…何故かしら…目からお水が…しくしく。


「グリンデルさんの事を恩師だって慕ってる薬師さんに、そういう診断書を書いて貰えたんだ。ほら、グリンデルさんがジネヴラ国で頼って良い人のリストをくれたでしょ?その中の一人がマッソに住んでたもんだから、診断書だけでもってお願いしてみたんだけど。そしたらさ、その薬師さんが保証人にまでなってくれて、血液でギルドカードの登録もできちゃった。いや~、この方法、知ってて良かった~!」


 さらって言っちゃってるけど、それ相当よ。

 アギーラ…絶対に敵に回したくない奴…


 ◇◇◇


 そうそう、馬車の話をしてなかったわね。

 ここからの移動問題が、あっさり解決しちゃったの。

 ほら、日中移動でクロノスケが台車を引くのは目立つからどうしようか問題よ。

 

 三人でギルドに行った時に、レンタル馬車の話になったらしくって…そういう制度があるって知ったダットンさんから、提案があってさ。

 なんとダットンさんは、御者ができたのでーす!


 小さな頃、馬で荷物を運ぶ仕事を手伝ってたんだって。

 だからね、ギルドから馬と馬車だけレンタルすれば、移動ができるんじゃないかって。

 さっそくレンタル手続きもしてくる手際の良さよ。


 ちゃんと小屋まで帰ってこられた時点で、大丈夫だろうって話になったんだけど、ちゃんと勘を取り戻してから移動したいって…ダットンさんが訓練を始めたの。


 それを聞いたバズさんも、馬の扱いを覚えたいって…ダットンさんからレクチャーして貰う事になったんだよ。

 慣れてきたら、ダットンさんと交代しながら進めるからって、バズさんも張り切ってる。


 私もアギーラも一緒に教えて貰ってるけどさ、私は完全オミソ。主にお世話係で~す。

 

 さ~て、御者訓練からダットンさんが戻ってきたから、お世話しにいこっと!

 私がぐるぐるした魔素水は馬ちゃんの飲み水にも良いらしいの。だから、馬ちゃんのお世話は、全て自家製魔素水を使っておりますよ。

 なんちゃら水を売りつける怪しい人みたいになってるけど…違うからね。


 魔素水くれくれ野郎が沢山いるから、馬ちゃんの分も含めて、毎朝、魔素水大量生産中!

 

 しかもさ、飲むだけじゃなくってね、魔素水で体を拭いたり、毛並みを整えたりなんてお世話をしてあげると、馬ちゃんの毛艶が大変宜しい気がするから、これはやめられない。今日も断然魔素水作りに気合が入るわ。


 ◇◇◇


 ぽっくぽっくとジネヴラの国を進む私達、逃亡者一同。

 我ら逃亡中、まったく獣や魔獣に遭遇していない訳じゃないわよ?


 ソウさんが【大丈夫じゃない!】って思った時には先回りして、どんどん処理してくれてるから、私が戦闘を見てないだけなの。


 吟遊が効いてるのか効いてないかはわかんないけど、実際の脅威には晒された事がない。

 だから…本日も真剣に歌います。


 魔獣~お断り~♪盗賊~お断り~♪獣全般もお断りでございます…


 遠い昔に聞いた事がある、竿竹売りボイスをイメージしました。たーけや~さおだけ~、たーけや~さおだけ~、ステンレスの竹竿もございます…


 ◇◇◇


 御者の隣席は大人気なもんで、私は基本的に馬車の中。

 移動時間って結構暇だから、編み物に精を出しとります。


 今は夏だから要らないけど、みんなにね、マフラーを編んでるの。巻き慣れてないと危険な気がするから、マフラーもとい、スヌード。

 アギーラに作って貰った編み針、5本針が私にはあるからね。スヌードなんて余裕っすよ。


「そんなに下向いて…馬車酔いしないの?」


「異世界仕様の三半規管を持ってるんだと思う、私」


「まじか~」


 アギーラとそんな会話をしつつも、お手てはスヌードを量産し続ける。

 ぐふふ…パケパ芋ノスケミンとソウさんのぶんも、これまたアギーラが作ってくれた、かぎ針で作ってるんだよ。ちっちゃくてかわいいの!


 いっけね…そう言えば、ソウさんを元に戻そう計画、全く始動してなかった。

 ソウさんのスヌード、ちっちゃいサイズで作っちゃってるし。

 元に戻れますように!という希望を込めて、成人男性サイズも作っとこうね…うん…。


 せっかく一緒に生活してるんだから、落ち着いたら色々試してもらえる様に、馬車の中でもソウさんを元に戻す為の研究をしないといかんでしょ…いかんいかん。


 ソウさんはさ、もう今のままでも…可愛いし…これはこれで良いんじゃないの?なんて思っては…いかんいかん。


 という訳で、クッションしかないこの馬車内、ここで色々ソウさんを元に戻す為の研究をして過ごさねば。


 あ…そうだ!その前に、泉のそばで採取してきたカカオの木とコーヒーの木のお世話もしないと…いかんいかん。


 水やりはしてるんだけど…今のところ枯れてはいないと思う…たぶん。

 客車の上に植物置き場を作って貰おっと。

 移動しながら光合成できるようにね。


 なんだっけ…地脈?それの影響がどうとかこうとか…やっぱり違う土地じゃ育たないかもしれないなぁ。

 地球と異世界の植物を比べたって仕方がないけどさ…環境とか、大事だと思うの。


 自家製魔素水もあげてみるのはどうかしら。試してみようかな…。

 コーヒー飲みながらチョコ齧り計画、先は長いなぁ…。


 こうして私は忘れていく。

 他の事に夢中になりすぎて、ソウさんを元に戻す為の研究の事を…

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