例のアレ
「おおおおお腹が空いた…って、ダットンさんがそう言ったの?」
「あぁ…あの、本当に申し訳ないんだが、昨日のスープが残っていたら少し分けては貰えないだろうか。じいさんに飲ませてやりたくて…」
「もちろんたくさんありますから、それは構いませんが…もうずっと飲食はしていなかったんですよね?」
「あぁ…最期に白湯を飲んでからずいぶん経ってる。ベルが色々と飲ませてくれるまでは、もう何日も飲まず食わずだった…」
うーんうーん。
胃に急激に負担がかかるのはいけない気がするのよ。
あのまっずいポーションが、無理矢理ではあるけれど飲めてるんだから、大丈夫なのかなぁ。
魔素水も飲んでるし、水分を取る事は問題なさそうだけど…けっこうな期間、脱水状態にあったんだよね。
あ…まずはなんちゃって経口補水液っぽいものを作って、そこから始めるのはどうだろう。
「味がついたスープを急に胃に入れると体がビックリしちゃうかもしれないから、まずは魔素水に少し塩分と糖分を足したものを用意してみましょうか?その次に野菜スープ、その次にお肉の出汁を…って、徐々に慣らしていったほうが良いと思うの」
「そうか…確かにそうだな。俺は全然気がまわらなくて…色々とありがとう」
「いえいえ…それにしてもまさかあの状態から一晩でお腹が空いたなんて…ポーションって凄いなぁ」
「それはポーションのせいだけじゃないかと…あ、タオルをもう少し貰っても良いかい?体を拭きたいって言ってるんだよ」
「ホットタオルもすぐに用意しますね。桶にお湯を張った方が良いかも?桶を用意しますから、後はお任せしても良いですか?」
「もちろんだ」
「じゃぁ、私は飲み物を作って持っていきます。あとこれ…ダットンさんの着替えなの。寝たきりだと着替えが大変だと思って作ってみたんですけど。ダットンさんが自分で着替えるにしても、便利だと思うの。ここの紐とここの紐を結ぶだけでね…」
◇◇◇
ダットンさん、超微量の塩と砂糖を魔素水に混ぜたものから始めて、只今、野菜のスープまできております。肉のエキス入りスープが飲めるのも、もうすぐじゃないかな。
ついでに老眼ポーションやら関節痛に効くポーションやらも少しづつ飲んでもらってるんだけどさ、これももれなくマズいんだよねぇ。
体力回復ポーションよりは少しマシ…かな、くらい。カテゴリー的には間違いなく激マズよ。
困ったことに、体力回復ポーションはマズすぎて、どうしても体が受け付けないらしいの。
こんな状況でも断わられてしまうポーション。誰か何とかしろや…。
なんちゃって経口補水液、魔素水バージョンはとってもお気に召してくれたらしいから、これをこまめにせっせと作っては飲んでもらってるけど、ポーションをもっと飲んで欲しいなぁ。
魔素水と言えば、バズさんも、何故かパケパ芋ノスケも魔素水が欲しいって言うもんだからさぁ、毎日飲んでもらってるのよ。
夏場の麦茶か!ってくらいに、とにかく量を飲むもんだから、塩分糖分はなしで風味付けにロムロムを少し絞って入れただけのやつなんだけど、これ、すっごく気に入ってくれてるんだ。
なもんで、私ったらどんどん魔素水作りが上達。手早く作れるようになったし、確実にキラキラが増えてる。
これ…何かに使えないかしらね。
商売的に。
ほら、保険とか年金とかがこの世界にはないでしょ?だからさ、こういう内職的なもので、ちょいと生活の糧になるようなら大歓迎だし…なーんて。
今はみんなに飲んでもらうっていう用途だけだけど、今後どこかで役に立つかもしれないから、毎日ガッツリ大量に作り続けて、魔素水作りを極めておこうと思うのであります、ふんがふんが。銭の事になると私ったら若干鼻息が荒くなるのであります、ふんがふんが。
◇◇◇
話し合いの結果、みんなでジネヴラへ行こうって事になりました~!
ユスティーナにいるより精神衛生上、宜しかろうっていう結論でね。
母国だし…って、ちゃんと確認はしたよ?
でもね、自分を幽閉するような国に居たいと思うかい?って聞かれちゃった。
そりゃ…私も居たくないと思う。と、思う。
私ですら逃亡してんだもん…逃げたいに決まってる。
出来ればジネヴラの…例の辺境伯が治めている領地とやらまで一緒に行けたら良いねー、なんて話もしたりして、新たに逃亡仲間が増えちゃったの。
そうそう、ここでの逃亡小休止間に、俯瞰状態の半透明アギーラが一度だけ来てくれたんだよ。ガイアさんにも詳細を連絡し終えたって報告を持って。
先にバディバードで当初の予定だったマッソの町での待ち合わせはキャンセルって伝えてあるから、とっくにガイアさんは瘴気の発生している海側へと向かって既に出立してるんだけどね。
諸々いろんな話は、シーラさんからガイアさんにツガイコウモリ便で手紙を送ってくれたらしい。
家族がジネヴラ王都のギルド預かりで瘴気祓いの冒険者に手紙や小荷物を出すと、瘴気の発生地にいる冒険者達へ、まとめて運搬してくれるシステムがあるんだって。
ギルドのホワイト企業感。福利厚生充実してんよな…
◇◇◇
「今日も自由行動で~す。かいさーん!!」
パ芋ノスケがウキウキと小屋の外に飛び出して行く。
うんうん、やっぱりお外で遊びたいよね。
私の護衛はみんなで順番に受け持ってくれるらしい。只今の護衛役はケサラとパサラ。あとはもちろんソウさん。遊びに行かないで居残ってくれてるよ。
ソウさんはバズさんの体力トレーニングに付き合って、なにやらやってるけど。ずっと塔に居たから、肉体がかなり衰えてるって…バズさんは体力回復に張り切っちゃってる。
それでもダットンさんが元気な頃は「日光浴をしろ」だの、「基礎体力作りを怠るな」だの、ずっとバズさんに口酸っぱく言ってたらしいし、バズさん本人も努力してたみたいだから、そこまで酷いって訳じゃないみたいだけど。
でもさ、これからの峠越えして国を出る事になるから、ゆるゆるトレーニングはしたほうが良いかなって事になったのよ。
ダットンさんは…小屋の外にあるウッドデッキにロッキングチェアを出して…森林浴に誘ってみよっと!
小屋には突き出した屋根があるから木陰もあるし、ハーブで作った虫よけやら魔素水ピッチャーやらを置いたりして用意を…
げっ。うっそーん。
ダットンさん…一人で…歩いとる…
ウッドデッキまで自分の足で歩いて来とりますやん…
◇◇◇
この地に居座って二週間ほど。半透明アギーラには、もうここ何日も会えてない。暫くはここから動かないつもりだから、緊急に移動が必要な時にはバディバードで連絡予定だし…このままアギーラ抜きで今後の行程を進む事も考えてるよ。
だってさ、アギーラだってミネラリアでの自分の人生、自分の生活ってものがあるでしょ?あんまり厚意に甘えちゃうのも良くないもんね。
さーてと、私は食事の作り置きでもしようかな。
ソウさんもバズさんも沢山食べるけど、給食スタイルでいつも大量に作って収納しておけば、ご飯が足りない!って惨事にはならないはず。
って思ってたんだけど…実は食料が若干心もとないんだよね。
パンとか葉物野菜、牛乳に油、卵…かなり少なくなってきてるのよ。魚とワニ肉が大量にあるのがせめてもの救いだけど…。
特にパンは困ってるんだよなぁ。なんたってこの世界での主食だし、パン粥も作れなくなっちゃう。
じゃがいも料理とパンを交互に出して調整してるけど、そのじゃがいもだって無限にある訳じゃないじゃん。
まぁ、一番の原因は私がちょいちょいコロッケを作りすぎた事にある気がしないでもないけども。
はぁぁ…もっと大量に収納しておけば良かった。
乾燥ドラジャの搾りカスは食物繊維豊富だし、野菜不足時にはやっぱり大活躍よ。主にはポテサラのかさましにしてるんだけどさ…はぁぁぁぁ、やっぱ食材が減ってくると、すっごく不安だー!
「おーい!ベル、いる~?」
ん…あれ?アギーラの事を考えてたからか、アギーラっぽい声が聞こえてきたぞ。これはもしや幻聴というものではなかろうか…
「入るよ~!」
幻聴じゃなかった。
「どうしたの!?アギーラ…本体」
「うん。いや…本体ってなにさ。リブロさんにタンデムから護衛でついてきてもらったんだけど、入っても良い?」
ダットンさんとバズさんがスススとベッドルームへ移動していく。
いや、ちょい待て。え…ダットンさん!?今、ちょっと小走りっぽいものを披露してくれちゃってないか?
「入っても良いもなにも…ここ君んちだから。まぁ、どうぞどうぞ」
ダットンさん達がベッドルームに入って行ったのを確認して、アギーラとリブロさんを小屋に迎え入れる。
小屋の主を小屋に迎え入れるってのも変な話だけど。
リブロさんは一人で鉱石の採掘したり…ここら辺、タンデムの北部川沿いをしょっちゅうウロウロしてるんだって。さすがにここまでは来た事はなかったらしいけど。
リブロさんって見た目はすっごく穏やかな感じなんだけど、腕っぷしはなかなかなんだろうなぁ。ま、そうじゃないと売れっ子魔石生産人が石探しなんてしようなんて思わないか。
でね、リブロさんがアギーラの護衛でここまで一緒に来てくれたんだって。
ギルドにここの小屋までの護衛の依頼を出す訳にもいかず、どうしようかなって思ってた時に、リブロさんの事を思い出して…お願いしてみたら、二つ返事で受けてくれたらしいのよ。
「リブロさん、本当に助かりました!」
「いやいや…雑魔石の件で何かお礼をしたかったから、お役に立ててこっちも嬉しいですよ。とは言っても、護衛料をたくさん貰っちゃってるからね、結局のところ、お礼にはなっていないのだけれど…」
リブロさんはすぐに帰らないとならないらしく、タンデムに向かってすぐに戻るって言ってる。
何となく訳ありなんだろうと察してくれているらしく、何も問わず、ただただ「気を付けるんだよ」とだけ言ってくれるのがありがたい。この人も良い人なんだよなぁ。
すっかりリブロさんにおんぶにだっこ案件…雑魔石の生産の事なんかを少し話している間に、私はリブロさんの水筒に薬草茶をたっぷり入れ、ワニ肉とポテサラが入ったサンドウィッチを用意。ビックアンダーバイトの魚フライを作ってみたんだ…タンデムの人なら魚も食べ慣れてるだろうし、これも入れておこう。
「販路はどんどん拡大していますよ。今後、雑魔石の生産管理も大変になってくるだろうから、信用できそうな人材がいれば是非、紹介して欲しいのです」
「リブロさん、ただでさえ忙しいのに、全部お任せしちゃってて…ごめんなさい」
「良いんですよ。雑魔石の有効活用は、言わば悲願の様なものだったのですから。でも人材が欲しいのは本当です…」
人材人材と唱え続けるリブロさんをお見送り。
逃亡中の身だしなぁ。人材かぁ…よし、アギーラに丸投げしよう。
小屋に戻ると、さっそくとばかりにアギーラが小さな袋をテーブルの上に置いていた。
「あーっ!これってもしかして…例の、アレ?」
「そうそう、例のアレ」
「小さい!」
「凄いよ、マジックバッグ。こんなに小さいのに結構入るもんで驚いちゃった。もちろんベルの収納ほどじゃないけどね。そろそろ食料が尽きるんじゃないかって…これに食べ物を入るだけ入れて持ってきた」
「アギーラー様あああ~ん!」
「なにそれ気持ち悪ーい。あとこっちはね…グリンデルさんの薬局で買ったりもらったりのポーションとか薬草茶でしょ。あと、ベルに渡したらわかるからって…なんか色々入ってる袋を預かってきた。右頬にはタオルとか布巾とかシーツとかが入ってるから後で見てみて。これは男物の服と下着と靴でしょ。それから…」
「アギーラ君。君は本日を以て、部下にしたい後輩グランプリ殿堂入りとします」
「あ、そういうのはいらないですね」
「反応が冷たいんだよ…もっと喜べや!」
そんなアギーラ、これから本体で一緒に逃亡してくれるって言ってるよ。
「でもさぁ…逃亡、結構長くなっちゃうし…自分の生活もあるじゃん。…良いの?」
「まぁ、同郷のよしみでって事で。とか言ってさぁ、本当はベルの逃亡にかこつけて、僕も異世海が見てみたいだけだから気にしないでよ」
「部下にしたい後輩グラ…」
「あ、そういうのはいらないですね」
ちっ。
誤字報告、ありがとうございます!
「異世海」→「異世界」と訂正をいただきましたが、“異世界の海”という事で“異世海”と…こちら勝手に作った造語でございます。
という訳で、訂正ではなくルビ振りで対応させていただきました。
(造語なら説明しろよ!と、著者もご指摘頂いてから思い至りましたですよ…)
この“異世海”という言葉、今後も出てきます。ご了承下さい!




