ここで本日の結論
束の間、盗撮からの激写タイムなぞを楽しんでいたら、目を真っ赤にしたおじさんが、ベッドルームから出てきた。
「あの…本当に、どうもありがとう」
「いえ…少しでも楽になってくれれば良いんですけど…」
「眉間の皺が消えていたから…だいぶ、気分が良さそうだよ」
<くだらん人間のやる事に、いちいち口は出したくはないのだがな。なんで二人共そんなに魔力を吸われておるんだ?悪意は感じられんが…罪人なのか?>
いつの間にやら寝床から抜け出してきていたお芋ちゃんが話に加わってくる。
いやいや…だからさぁ、その“魔力を吸われてる”ってなんでしょうかね…なんて、聞ける雰囲気じゃないから、おじさんがポツリポツリと話す言葉に耳を傾けた。
このおじさん、お芋ちゃんの事もパトナの事も…やっぱり認識出来てた。もちろんアギーラの事もね。
姿そのものはわからないけど、独特な光が見えるんだって。
精霊と妖精だって説明したら、あぁって言って肯いただけだったもん。最初に見かけた時から、もしかしたらそうじゃないかって思ってたんだって。
言葉はわからないからお芋ちゃんの話は私が通訳するけど、こんなに普通に受け入れる人もいるんだなって、ちょっとビックリしちゃった。
だってさ、ガイアさんは別としても、あのグリンデルさんですら、かなり驚いてたのに。
「俺達は罪人なんかじゃない。親に売られて…あの塔に閉じ込められていたんだ。俺は売られたんだから仕方がないって思ってはいたけれど…。じいさんが塔に入った経緯はわからない。でも、おそらく俺と似たようなものだと思う。俺は塔に入ってから5年くらいだけど、じいさんは相当長いはずだから…そのぶん搾取されていただろう」
「誰がそんなひどい事を…」
「“星詠み”っていう珍しいスキルを持っていたから…それに他の人よりも魔力が多いからって…親が国に俺を売って…それで…」
「国って…ユスティーナですか?」
「そうだ。俺の他にもそういう…魔力が多い子供が沢山集められていたから…今思えば、ずいぶんと手慣れた感じだったし、そういう仕組みが昔からあったんだろう。だからきっとじいさんも…あ、あの…すいません、名乗りもせずにペラペラと。俺はバズって言います。あのじいさんはダットンって言うんだ。本当に、本当にありがとう。じいさんを…最期にどうしてもあの塔から出してやりたくて…俺、俺…なんてお礼を言ったら良いのか…」
◇◇◇
さ~て!ご飯を作るよ~!!
そりゃさぁ、おじさん…バズさんには聞きたい事が沢山あるけどね、一回ちょろっと助けたからって、個人的な事を根掘り葉掘り聞くのはなんか違う気がするのよ。バズさんも相当疲労困憊してるだろうし。
明日、色々と今後の事については話そうという事にして、一旦話は強制終了にしちゃったの。
バズさんはずっとダットンさんに付きっきりでお世話してたらしいから、夕食まで少し横になって休んでもらおうかなって思ったんだ。
ソウさんとお芋ちゃんがバズさんの代わりに、ダットンさんの見守りと足フミフミマッサージをしてくれてる。
塔の中ではかなりうっ血してたみたいなんだけど、今はそんな事もなくなって…やっぱポーションって凄いわ。マズいけどちゃんと効果があるのよね。マズいけど。
いかん、晩ご飯だった。何にしましょうかね。
みんな大活躍してくれたから、大盤振る舞いしなくっちゃ。時間が無いから在庫放出メインだけど、こういう時の為にせっせとため込んでたんだから沢山出しちゃうんだも~ん。
まずはクロノスケのご飯を作ろう。
長時間、肉体労働させちゃったからたっぷりね。
ワニがすっごくお気に入りみたいだから、クロノスケはワニ肉祭りに決定。
次にバズさん。疲れてるだろうから、胃に優しい薄味の料理が良いと思う。
野菜で出汁を取ったスープベースでパン粥。手持ちの札ならこれがベストかな。
あとは食べられそうなら、お肉のスープを少し足そう。
お魚は食べ慣れてないような気がするから、お肉だよね。
みんなは何にしようかな。
まずは唐揚げとコロッケ。マヨマシマシポテサラ。お肉と野菜たっぷりのスープ。これは在庫があるから良いとして、みんなにお礼のデザートを作ろう!
砂糖と卵と牛乳と短い時間でも出来る困った時の救世主。その名はプリン。
簡単に作れて栄養価も高くて柔らかくて喉ごしも良い。お疲れであろうバズさんにもちょうど良い一品だよね。
ソウさんが作ってくれた氷で冷たく冷やしても良いけど、今日は時間が無いから、冷たくない作りたてプリン。これはこれで美味しいのよ~
◇◇◇
「水浴びがここで…い、家の中で出来るのかい?」
「えぇ。良ければ使ってください。でも疲れてるでしょうし、明日にした方が…」
「いや…ずっとタオルで体を拭くだけの生活だったから、水浴びさせてもらえたらありがたいよ」
「それじゃぁ是非。ごゆっくりどうぞ!あ、使い方を説明しますね」
使い方を説明するって言ったら、怪訝な顔されちゃった。盥の使い方じゃないぜぇぇ。
アギーラ発明、シャワーの事も、きっと知らないわよ~。へっへっへ、文明開化の爆音を存分に味わうが良い!
着替えは…とりあえず作務衣を出しておこう。これ、とっても涼しいからね。
ダットンさんもバズさんもかなりぼろぼろな身なりだったから、二人には着心地の良い服に着替えてもらわなくっちゃいかん。
あとは…タオルタオル。
バズさんには収納の在庫から見繕うから良いとして…ダットンさんは簡易浴衣みたいな、着替えやすい寝巻が良いかもしれない。何着か縫っておこっと。
バズさんったら、小屋の中に風呂場があって、しかもお湯が出るんだって説明したら卒倒もんだった。お湯じゃなくって水を浴びるんだと思ってたんだって。湯舟やらシャワーの使い方を説明したら「なんて贅沢なんだ!」って叫んで、また卒倒。お湯も水も使い切ってもすぐに用意できるから、好きなだけ使って構わないって言ったら、またまた卒倒よ。
これ以上卒倒されると困るから、ソウさんにはお風呂見張り番を任命。
のぼせてマジもんの卒倒されても困っちゃうし。
塔から助けたその日のうちに天に召され…なんて困るよね。
ん?
これは何かですって??
あ~、これは洗濯をですね…自動で衣類を洗ってくれる魔道具で…
‥‥‥。
あ、倒れた…
◇◇◇
逃亡旅程はズレまくってしまったけど、アギーラがシーラさんに色々伝えてくれてるって。、シーラさんからガイアさんへと連絡がいってるはずよ。
高級な遠距離伝達系魔道具、バディバードは短文しか送れないからさ、シーラさんからガイアさんに連絡してもらうのが一番良いってアギーラが言うもんだからね、連絡は全部お任せしちゃったの。
それにしてもさ…まじでびっくりじゃない?
国が、ユスティーナが塔に人を幽閉?魔力吸い取るだのなんだのはよくわかんないけど、長年搾取されてさ、しかも死にかけてるおじいさんをそのまま塔に放置って…。
ちょっと信じられない話だけど、ガイアさんやグリンデルさんが私の逃亡を支持したあの話しぶりからいって、あながち嘘でもない気もしてくる。
正直さぁ、私ってば一体何から逃げてるんだろうって、ちょ~っとだけ思ってたのよ。
ほら、部屋を荒らされる被害にはあったけど、実際に誰かに直接暴力を振るわれたり、リアルタイムで現場を目撃した訳じゃないから。何と言いますかこう…被害者意識がすっごく少なかったの、私。
みんなに迷惑はかけたくないって気持ちと勢いだけで逃亡しちゃったっていうかね。
でも、孤児院の院長先生だって私の事を、心配はしてくれたけど、町から出る事を引きとめなかったもんなぁ。
いや、別に引きとめて欲しかったって訳じゃなくって…なんとなくだけど、院長先生ももしかしたらユスティーナの国の、こういうダークな一面を知ってたんじゃないかなって…バズさんの話を聞いてたら、合点がいったというかさ…。
ユスティーナにいるよりは、一緒にジネヴラに行った方が良いのかなぁ。
でもおじいさん…ダットンさんは出来れば動かしたくはない。移動は体に負担が大きいもん。
それに、きっとここ、ユスティーナが生まれた国なんだろうから…色々思うところはあるだろうけど、やっぱり最期は母国でって気持ちがあるかもしれない。
どうしたら良いか、バズさんと明日相談しなくっちゃ。
乗り掛かった舟だもん、出来る限り手を貸したい。なんて言ったらおこがましいけど、助けられるのなら助けたい。
◇◇◇
翌朝――
「ダ、ダットンさん?」
「君が…助けてくれたのかな?君は…あぁ…そうか…君が…」
いやいやいや、これはないわ。
確かに夜中に私の作った魔素水に、確かに体力回復ポーションを混ぜたものを、確かに何度も飲ませたりはしたけれども。
したけれども!
いやいやいや、これはないわ…。
え、何がどうしたって?
一体、この人は誰なんだい案件が勃発中ですよ。
昨日、おじいさんはもっとおじいさんおじいさんしてましたよね!?誰かとこっそり入れ替わってないですよね?
ベッド上ではあるけれど、壁に上手い事寄りかかって体を起こして座っとるんよ!しかも声は弱弱しいけれども、ちゃんと話もしとるんよ!!自分でコップ持って白湯飲んどるんよ!!!
どうしたらこうなるん?これって異世界あるあるなの??
昨日まで…言い方はアレだけども…いつ死んでもおかしくない雰囲気だったのよ???
「バズさんが助けを…それを私の仲間が気付いて…それでそれで…ダットンさん…一体、どうなってるの?」
<恐らく魔力が枯渇していたところに、加齢で体が動かなくなった事が倒れた原因だったのだろうな。昨日からの看病で上手く循環しだしたか…>
「看病?ポーションでこんなに変わっちゃうって事?」
<ポーションの力もあるだろうが、ベルの魔素水がうまく作用したのだろう。体内の魔力が増えて、且つ、正常に回り始めたといったところか>
「あぁ…光だけしか見えないが…そこには精霊かなにかがいるのだな…。そうか…そうか…」
ほら、ダットンさんもやっぱりバズさんと同じような反応してるよ。
二人共、星詠みっていう職業だって言ってるけど…星詠みってなに?有名な職業なのかしら。私は聞いた事ないんだけど…。
イメージ的には強力な力を持つ占い師みたいな位置づけかなって思ってるんだけど、違うかしら。落ち着いたら聞いてみよっと。
有名占い師を塔に幽閉、とか…なくもない気がするじゃん。
よくわかんないなりに、ものすんごく特別な力だって事だけはわかるけど。それこそ塔に幽閉されちゃうくらいの特別な力。
「バズ…心配かけたなぁ。ここは…死後の国だとばかり思っていたわ」
「じいさん…ひっく…」
ここは二人にしてあげよう。興味深げに二人を見つめているお芋ちゃんをヒョイッと小脇に抱えて、そっとベッドルームから退出する事にした。
はぁぁ…それにしても驚いたわ。
ダットンさんにばかり気をとられてたけど、しれっとバズさんも相当見た目が若返ってたから。
コホン、ここで本日の結論。
おじいさんだと思っていたら、おじさんで。
おじさんだと思っていたら、お兄さんでした。
以上です。
見た目問題が俄然気にはなるけれど、まずはお世話係に専念しよう。
まずは白湯と薬草茶とポーションの用意をして…あとはもちろんお手製魔素水もね。それからホットタオルと…そうそう着替え着替え。
昨日ちゃーんと作ったのよ。寝た切り老人のお着替えが楽になるに違いない寝巻!我ながらすっごく上手に出来たと思う。
って…あれ?これ、もう要らないんじゃね…
誤字報告、ありがとうございます!