めっっっちゃ抵抗してるがな。
「とにかくここからすぐに離れましょう。ねぇ、クロノスケ…この台車を引けないかなぁ」
小さな台車がマイ収納に入ってるんだけどさぁ…どうだろう。
<グル…>
台車を見た大きなサイズのクロノスケ、持ち手部分を器用にくぐり、そしてわかっていますとばかりに口で咥えている。
「ごめんね、口で引っ張ってもらうしかないんだよ」
そう言ってクロノスケの体をもふると、ちょっとだけ目を細めて嬉しそうな顔をした…ような気がしたりして~。
すまねぇな、クロノスケ。今日はご馳走をいっぱい作るからな!
誰かに見られたら…なんて言ってはいられないから、とりあえず川沿いまで出ようという事になったの。
だって、けものみちすらない森の中で、台車を使うってなかなかに大変、というか無理なんだもん。
台車にクッションやら毛布やらをぎっちり敷き詰めようとしたら、半透明アギーラがワンタッチテントの下の部分を切り離して使えば良いって伝えてくる。
確かに!あの素材を台車に敷いたら体への負担が減りそう。
すまねぇな、アギーラ。いつかご馳走、いっぱい作るからな!
と、言う訳で。すでにおわかりだとは思いますが、パトナからの援護を受けた私達、無事におじさん達を塔の下に降ろす事に成功しましたのですよ!
いや~、パトナったらあんな技を隠してたなんて驚きだわ。
だけど、まずは何をおいても、おじいさん。
せめて最期は地上にって、おじさんは言ってたけどさ、少しでも長く地上で…できれば穏やかに過ごしてもらいたいじゃん。
時折、私も台車の上にあがり込み、グリンデルさんからもらった体力回復ポーションをおじいさんに飲ませてみる。
おじいさんの口のはたからツーっと、そのままポーションが流れ出した。
ダメかぁ…。
老衰だとしたら、ポーションじゃ効かないんだけど…出来れば飲んでもらいたいのよねぇ。
もちろんポーションでは寿命を延ばす事は出来ない。まぁ、それが出来ちゃったら不老不死ワールドになっちゃう訳でね。それはもちろん理解してるんだよ。
でもね、寿命で天寿を全うする時、体力回復ポーションを飲むと、少し体が楽になるんだってさ。死期は伸ばせないけど、体が少しでも楽になるなら飲んでもらいたいなって思ったんだけど…。
お金持ちの家庭では、最期を少しでも穏やかに過ごしてもらう為にって、こういう感じでポーションを使ってるらしいって聞いたんだもん。
出来るだけ辛くない最期を迎えてもらいたいってね。
だからさ、使い方は間違えてないはずなんだけど…まったく口に入っていかないんですよぉ。
無理矢理飲ませて気管にでも入ったら大変だし、どうしようかな…。
<ふむ…ベル、お前さんがこの間作った魔素水があったろう?まずはあれを飲ませてみたらどうだ?布に含ませて口を湿らせてやれば良いだろう>
「げっ。あの光ってるやつ?あれをおじいさんに飲ませるの?…自分で言うのもなんだけど…大丈夫かなぁ」
<あれにはベルの魔力がかなり入っておる。このじいさんはかなり魔力を吸い取られているようだから、もしかしたら効くやもしれん>
お芋ちゃんったら、しれっと聞き捨てならない事言ってないか?魔力を吸い取られてるって何!?あの塔で…この人たちはいったい何をさせられてたの?
質問攻めにしたい気持ちをぐっと抑える。今はまずポーションを飲んでもらえるようにしなければならん。
出来る事はしないと絶対後悔するんだから。
さっそくお芋ちゃんの言った通りに綺麗な布巾を取り出して、魔素水を含ませる。
唇を湿らせるように、口元に布巾を当てて…。
‥‥‥。
少しだけ…おじいさんが動いた!
わずかに舌を出して唇をなめ…こくりと喉が上下する。
これ、いけるんでねーの!?
魔素水だけを布に含ませ、おじいさんの口にそっと当て続ける…緩慢ではあるけれど…さっきまでとは様子が明らかに違って見えた。
台車を停めて、おじいさんの様子を伺う。
驚いたような顔をしてフリーズしちゃってるおじさんが、はっと我に返り台車に上がり込む。おじいさんの上半身を抱えて少しだけ起こしてくれたから、今度はスプーンでゆっくりゆっくりおじいさんの口元に自作の魔素水を流し込んで…
――ごくん
「飲んだ!飲んだよ!!い、今、飲みましたよね?」
「あ、あぁ…。信じられない。もう意識すらなかったのに…」
よし、よし、次!ポーション!!
魔素水を飲ませるのはおじさんに任せて、私はコップにほんの少しのポーションと魔素水を入れて、グリンデルさんのマネっ子で…
――ぐるぐる
お芋ちゃんが、ちゃんと私の魔力が混ざってるって言ってたもん。ここでもさらに魔力を込めたら、もっと効くかもしれない。
――ぐるぐる
布にポーション+魔素水を浸して、お爺さんの口元へと持っていくと…
おじいさん、口をへの字にして固く閉ざしてしまった。
めっっっちゃ抵抗してるがな。
まぁ…わかるけども…。
だってポーションってさ…ものすっっっごく不味いんだもん。
ポーションを一度も飲んだことがないって話しをしたらね、グリンデルさんが味見をさせてくれたのよ。あれ?こういうの味見っていうんだっけ。まぁ、何でも良いけど、ひとなめさせてもらった訳。
なんと言いましょうかね…筆舌に尽くしがたいと言いましょうか。苦味よりなにより、なんといっても生臭いったらないっていう、百聞は一見に如かず、いや、一味に如かずなかなりの味わいなお飲み物だったの。
お金持ち様達は、これを飲んで最期を過ごすって話だけどさぁ。
これって…正直なところ、どうなんだろう。実は嫁姑戦争的なものの最終決戦として、ちょっとした嫌がらせでもしてるんじゃないかって気がしてきた…
◇◇◇
しばらく進むと、アギーラがストップの合図を送ってくる。
川沿いをそのまま北上していたけれど、今度は森側に入って進むんだって。
みんなで台車を持ち上げて進む事になるわね。
おんぶだと体に負担がかかっちゃうから、なんとかして台車でおじいさんを運びたいのよ。
‥‥‥。
ここはアイツの力を借りるしかないな。
「パトナったらさぁ、いつの間にあんな芸当を覚えたのぉ?」
<ビックリした~。何となく使えそうな気がしたから使ってみたらさ、案外凄かったね~!>
「ほんとほんと凄かった!驚いちゃったもん。私のパワーが倍増しちゃったよぉ」
<えへへ>
「ありがとうね」
<えへへへへ。よくわかんないけどさ、このパトナちゃんになんでもお任せあれだよ!>
こうしてパトナ自身もよくわかっていないという謎の技を褒めたたえ、ここでも活躍してもらおう作戦は無事に成功したのであーる。これは私の性格が悪いのではなく、パトナがチョロイだけであーる。
嘘です。とっても感謝してるのであーる。
パトナから力を分けて貰って、軽々と台車を浮かす私を、おじさんがギョッとしたような顔で見てたけど、今はそんな事に構ってはおられんのです。
暫く進むと少し開けた場所に無事に到着。
急いで急いで…小屋を早く設置しなくっちゃ。
小屋を見たおじさんが、またもや何か言いたそうな顔をしてたけど、なんとなく納得したような顔もしてて、何も聞いてはこなかった。
このおじさんさぁ…ちょっと不思議なところがあるのよね。
半透明アギーラが、僕を“見た”気がする…とかなんとか言ってたけど、それ、本当だと思うな。
パトナやお芋ちゃんの事、それにもちろんアギーラの事も察してるんだろうなって。
特別な力がある人なのかもしれない…あんな塔に幽閉されてた事と関係があるのか…。
いかんいかん。そんな事、考えてる暇はないんだった。
台車で移動なんていう行程を強いてしまったから、おじいさんの体に負担がかかってるに決まってる。早くベッドに運び込まなくっちゃ。
森の中は自分で歩いていたヘロヘロに疲れ切ったおじさんと一緒に、おじいさんをベッドになんとか運び込んで寝かせる事に成功した。
魔素水+ポーションを無理矢理飲ませて…よし。
定期的なリズムを刻む呼吸音を聞いて、少し安心していたら、おじさんが…おじいさんの枕もとで声を殺してむせび泣いているのが目に入ってしまった。
私はおじさんをその場に残し、そっとみんなの待つダイニングへと戻る。
おじいさんの事に必死だったけど、おじさんも相当疲れてるだろう。
おじさんにもポーションを使ってもらったけどさ…喉の調子がすっごく悪そう。
あの塔にはやっぱり魔道具があって…ろくに話をする事もできなかったんだって。話が出来ないからって、なにやら独特な方法で二人で意思疎通を取ってたらしいんだけどね。
でも、おじいさんが倒れてからはそれも叶わないし、声を発する機会も全くなくなったんだって言ってたよ。
おじさん、喋るたびに声が裏返ったり咳込んだりしちゃうの。
人って、久々に喋るとこんな状態になるんだなぁ。
ポーションって万能なのかと思ってたけど、喉の調子には効かないみたい。
ポーションってなんなんだろうね。
時間があったら研究したいものリストに加えてみても良いかもしれない。
ま、たぶん忘れちゃうだろうけどね~。
元気になるって評判の薬草茶を煮出して、ぐるぐる。
私のぐるぐるにも効果があるらしいから、ちゃんとぐるぐる。
料理を普通に作ってる時にぐるぐる鍋をかき混ぜたりしても、全くキラキラしないのに…不思議ったらないわ。
十分に茶葉を煮出したらキビ草の甘味を入れて…ネオネクトウのコンポート、虎の子の蜂蜜も投入。
蜂蜜ネオネクトウホットティーの出来上がり!おじさんにはこれを飲んでもらおうと思います。
おじいさん用には魔素水+ポーション、さらには魔素水。
本当はポーション単体で出来るだけたくさん飲んで欲しいけどさ…なんせすんごい味だから。暫くは魔素水多めでいこう。
アギーラは一旦、ミネラリアへと戻ってしまったけど、他のみんなは思い思いに休憩中。
ベッドはおじいさんに、ベッドの横にはおじさんの就寝スペースを作ろう。
って事で、ベッドルームは二人に明け渡す事にして…私の寝床はダイニングの隅、パケパ芋ノスケの休憩所のお隣にしよっかな。
一人寝床を黙々と作っていたら、パケパ芋ノスケがやってきて、団子になって眠り込んでしまった。
くぅぅ…これはけしからんな。
盗撮盗撮…