パケパ芋ノスケ
「ワンコ…つ、ついてきちゃったの!?ソウさん、急いで…いや、そ~っとゆっくり急いで小屋に入って。早く早くゆっくり早く!」
【…う、うん】
じりりじりりと後ずさりしながら小屋に近づく私。
私の焦りなんてもちろん全く意に介していないワンコ。鍋を口に咥えて、片足でワニのロープを引っかけてトコトコと同じ間合いでこちらに近づいてきた。小屋の前、ウッドデッキの上でボスンと座り込んでしまった。
荷物持ちワンコとしてだったらパーフェクトなんだけど…。
っていうか…このワンコ、“伏せ”してるみたいに見えなくもないんだけど…。
敵意はないみたいだけど野生動物だしなぁ。
ソウさんも敵意がないのを感じたのか、私の肩に乗っかったままでじっと様子を伺ってる。
【鍋、返しに来たのかも】
「そ、そうなのかな。鍋は出来れば回収したいけど…あとできればワニも…」
【ワニ…】
「私、ちょっと話しかけてみる。ソウさんは危ないと思ったら逃げて下さいね。私も逃げるから」
【戦う!】
「いやいや、出来ればワンコに怪我させたくないから逃げて下さいよ」
【むぅ】
「ワンコさんワンコさん、私の荷物、持ってきてくれたんだね。どうもありがとう。ほら…もう帰りなさいな」
<グルル…>
なぜか伏せポージングのまま動かないワンコ。
見事に真っ黒な毛並み。手触り良さそうだなぁ。
それに…すっごくもふもふもふもふしてて…結構可愛いねぇ、えへへ。
私のにやけ顔を肩で感じたらしいソウさんが若干呆れているのは知ってる。
知っているけれども!大きいモフモフが目の前にいるのですよ!!しかも伏せ、してるのですよ!!!
あのもふもふボディにジャンプしてポスンってしたい、ポスンって。
【ベル…】
「違う違う、可愛いなぁなんて思ってないもん。ほら、帰んなさい。バイバイ!バイバーイ」
‥‥‥。
「この子、全然動かないじゃん…」
【うん…】
「ワンコ…ごめんね。うちはワンコを飼えないんだよ」
<グルル…>
「小屋には入れてあげられないの。ほら、ワンコはすっごく大きいからね…この小屋には入らないんだもん」
<ハフッ>
さてここで問題です。このあとワンコ、どうなった!
①白馬に乗った真っ白な歯がキラリな王子様になった
②きゃっ、王子様~!と、思ったら、白馬に乗った真っ白な歯がポロリした王子様になった。入れ歯やったんかーい!
③小さくなった
ちょーっと難しかったかな?正解は③でした~!
なーんて脳内三択を楽しんでいる間に、ビョンビョンビョンって音が聞こえそうなくらい、どんどん縮みゆくワンコ。
なんですかな、これは…。
わ、私は何にもしてないわよ!?私の伸縮魔法は生き物には使えないんだもん。
‥‥‥。
このワンコ、私の言ってる事…言葉がわかってて、自分で縮んだとか?
‥‥‥。
異世界ワンコ、あり得る。
あれよあれよという間にティーカッププードルサイズになっちゃった。
どでかいライオンみたいなワンコが一気にティーカッププードルってどうなのさ。出たよ、ファンタジー体積適当問題!
でも…これなら小屋に一晩くらい泊めても良いかも…。
可愛いしさ…。
【一晩だけ…】
「そ、ソウさんもそう思う?」
<キュン>
「へへ…吠え方も違うんだ。じゃぁさ、一晩だけお泊りする?でも、お風呂に入らないと、この小屋では寝かせてあげられないよ~」
<キューン>
「ソウさん、私が先にお風呂に入っても良いですか?」
【紐、ちょうだい】
ソウさんがワニを解体するって言ってるんだけど…。シレっと言ってきたけどそれなんの技よ。スキル?魔法?
羨望の生活魔法も使えて、且つ、そんな事もできるなんてズルい!羨ましすぎる!!
「ありがとう。解体してくれたら収納できるから助かります。じゃ、ワンコはお風呂に行くよ~」
◇◇◇
「ソウさんソウさん。このワンコの頭、見てくださいよ…ほらここ、ちょっと触ってみて」
【あ…たんこぶ?】
「ですかねぇ…。でも、もともとの骨格なのかもしれない。それなら良いんだけど、たんこぶなら可哀想で…」
【痛い?】
「痛がってはないみたいなの…ほら、見てくださいよ。めっちゃくつろいでるから」
ワンコの頭、頭頂部が妙にぽっこりしてんのよね。
見た目では気付かないくらい。洗ってたら気付いたくらいな感じなんだけど…。
まったく痛そうじゃないし、本人は平常運転って感じ。いやもう、ここが最初からワンコの家なんじゃないかってくらいに小屋でおくつろぎになってるわよ。
びっくりなんだけど…お腹出していびきかいて寝てるの。君の野生はいずこへ行ってしまったのだろうか…。
くりんくりんとなでながら、頭のぽっこりもそっと触ってみる。ワンコ、ただただ気持ち良さげにしてるだけだけど…。
異世界ワンコだしなぁ、こういう骨格なのかもしれない。
鑑定してみようか…どうしよう。
鑑定って勝手にするの、気が引けるんだよなぁ。
【ワニ、川に吊るしてきた!】
「ありがとう!ソウさんもお風呂どうぞ。今、桶にお湯を入れてきますね」
【これは晩ご飯のワニ】
「え!?もう食べられるんですか?」
コクコク肯いているソウさん。血抜きしなくて大丈夫なのかしら…。
他の部位は吊るしてるみたいだし、血抜き不要の部位があったりするの?
わ、わからん…。
でも…食べられるなら食べてみたい、すぐにでも!
初異世界ワニ。いや、地球でも食べた事ないから人生初ワニ肉。
どんな味かなぁ。
白身だけど脂がのってるって鑑定先生が言ってた。
やっぱりシンプルに焼いただけの方が良いかなぁ。
何と言っても新鮮だし。ちょっと焼いて味見して…臭みがなかったらステーキにしよっと。
ワニって淡白なイメージを勝手に持ってたけど、これはすごい脂だよ。
生肉を見ただけでわかる。うっすらピンク色の身がとろんってして…
――ジュッ
――パクッ
う…うんまーい!脂はあるんだけど、身がぎゅっとしまってて赤身みたいなしっかりした弾力もある。これ、レディーキラーディアの肉が好きな人は絶対好きだと思う。すなわち私は大好き!大好物決定!!
「ほら、ワンコが運んできてくれたワニのお肉だよ。食べてみて~」
ワンコ用のご飯は味付けなしで焼いたワニのお肉。食べられるかしら?
<グルル…>
おぅ。すっごい食いつき。
「美味しい?」
<ヮオーン>
味見と称し、ワンコとワニ肉を爆食いしながら今夜の献立を組み立てる。
ワニのお肉が脂っぽいから、スープは酸味のあるトマトスープにしようかな。あとはマッシュポテトを付け合わせにして…よし、これでいこう。
パンは鉄板で温めて…みんな甘いものが大好きだから、ネオネクトウのコンポートも大盤振る舞いしちゃおっかな~。
本日の晩御飯、完成!
テーブルの上にご飯を並べていたら、タイミングよくパケパ芋が戻ってきた。
「おかえり~。楽しかった?」
<湖で遊んできたんだよ~>
【【お土産~】】
<ケサラとパサラがな、風を操って魚を獲りおった。驚いたぞ…>
「きゃ~、ありがとう!お魚、初めてだよ。すっごい嬉しい!」
今日はワニといい魚といい、異世界初物ばっかりで只今興奮度MAX。
【外にね】
【いっぱいあるの~】
「いっぱいって…魚をいっぱい獲ってきてくれたの?どうやって…」
<こやつら、風を巻き上げて一気に魚を吹き飛ばしてな…>
小屋の外にあるデッキに魚がいち、に、さん…いっぱい。
わー、マジかぁ。
夕ご飯作っちゃったけど…食べたい。トマトスープに入れても良いけど、やっぱり焼き魚!塩焼き、食べたい!!
すっごい受け口の大きな魚だけど…これ、食べられるよね?鑑定鑑定。
ほうほう…ビックアンダーバイトだってさ。
とりあえず、三枚におろして…大きな魚すぎて、あんまり上手く出来なかったけど、まぁ、久々におろしたにしてはよくできたと思う。おろしてるあいだによだれ出てきた…はぁぁ、もうすぐ焼き魚が食べられるのよぉ!
骨もスープの出汁にしたら美味しそう。捨てないで明日のスープ用にひと煮立ちさせてからマイ収納にポイッと。
食材がどんどん増えていく。幸せ。
「ワンコ、おいで~!みんなを紹介するよ…って見えないか。ケサラとパサラは見えるよね」
あれ…?
このワンコ、みんなの事が見えるみたい。
パトナを視線で追いつつ、お芋ちゃんの匂いを嗅ぎまくってるもん。これ、絶対見えてるわ…。
<おや…黒の者ではないか。久しいな>
<キャン>
「え?お芋ちゃん、知り合いなの?」
<いや、個体は知らんが…。これは黒の者だろう>
「黒の者?」
<他の呼び方は知らんが…我は赤の者と言われておった>
「お芋ちゃん、意味が分かんない…ん、黒??お芋ちゃんは赤…もしかして黒って…闇魔法の!?」
この世界の一週間は青・赤・白・黄・緑・黒・花の7日。
これは魔法の種類らしいんだよね。花は私の魔法色である無を指してるんだろうってグリンデルさんから聞いたんだ。黒は昔あったって言われている闇魔法の事じゃないかって、アリー先生がずっと昔に教えてくれたことがある。
黒って言われたらそれしか思い浮かばないけど…え~、こんなに可愛いのにこのワンコったら闇なん?
可愛らしさとは関係ないか…それをいうなら私、“無”だしさ。無ってなんだよって事になるもんね…。
あ、いかん。それより大事な事を聞かなくっちゃ。
「ねぇねぇ、この子のさ、頭の上が少し盛り上がってるんだよ。これ、なんだと思う?これが普通な骨格なのかなぁ…怪我してるんだったら心配なんだけど」
<…おや…ほぅ…これはこれは…>
「なになに?お芋ちゃん、心当たりがある?」
<ふむ…これは…大丈夫だろう。ほっておけ>
「お芋ちゃーん、自分だけでわかってないで教えてよ~。親御さんとか仲間が迎えに来たら、群れに戻してあげなきゃいけないんだからね」
<こやつらにそういう者はおらんよ。我にもおらんようにな>
「そっかぁ…。怪我してるんじゃないなら良いんだけど…本当に本当に大丈夫なの?ポーションで治るなら…グリンデルさんからもらったやつ、使ってみようかなって思ってたんだけど」
<それは病気や怪我ではないぞ>
「大丈夫だってわかるまで面倒みてあげたいけど…この子、ナップサックに入れて運べば、みんなと一緒に移動できるかなぁ…」
<こ奴らは鼻が利くし足も速いからな。ついてきたければ勝手に後追いしてこよう>
「ワンコを飼いたいなんて…ダメだよね…」
<ダメなのか?>
うーん…ダメっていうかね、私は只今絶賛逃亡中なの。扶養家族を増やすのはどうかと思うのですよ…
◇◇◇
「ソウさん、お芋ちゃんが言ってたんだけどね、お芋ちゃんが赤の者なら、ワンコは黒の者なんだって。意味、わかりますか?」
【赤は火。黒って…何?】
「えー、そこは冒険者なら知ってないと!」
【‥‥‥】
「私はすっごく昔にあったって言われている、闇魔法が関係してるのかと思ったんだけど…ほら、曜日にあるでしょ?黒って…」
【うん。それ!】
‥‥‥。
ソウさん絶対適当に相槌打ってるよ。
こうやって大人になっていくんだ…あたしゃ悲しいよ。
【お芋ちゃんと同じなら…一緒に居れば?】
「ソウさんが一緒に居て良いって言ってるよ~!クロノスケ~、どうするどうする?一緒に来るかい??」
なでくりなでくり。黒のワンコ、クロノスケ~!
――ナデナデ
――モフモフ
あ…ヤバい。
クロノスケがめっちゃ光ってる。
こ、これは…、
ちょ、待って!そ、そういう意味じゃないの!!
暫く一緒にいられるなら名前があった方が便利かなって…無意識に呼んじゃっただけなんだよぉぉぉぉぉ!!!
うそーん。
また名付けしちゃった…のかな…だよね…。
どうしようどうしよう。なんでいっつも勝手に…。
黒い光の筋がキラキラと、毎度お馴染みなマイ小指に起こる現象を半眼で見つめる私。
あぁ…パケパ芋ノスケになってしもうた…