私、まだピチピチなんですけど…
そう言えば、ソウさんはどうするんだろう。瘴気祓いには行かなくて良いのかしら。ガイアさんと一緒に行くのかなぁ。
確かソウさんはAランクだったはずと記憶。高ランク冒険者は強制参加な…冒険者の義務なんてものがあるんだよねー、この世界にはさ。まぁ、ガイアさんはその決まりを今までブッチしてた訳だから、微妙な強制力な気がしないでもないけど…
「ソウさんは…ガイアさんと一緒に行くんですか?」
「ソウはこんな状態だからな。瘴気の対応へは参加させないって事になってる。さすがに今までになかった事態だから特例で。冒険者ランクはそのままにして一時休業って扱いになってるんだよ」
瘴気祓いは時間がかかる事も多いから、いくつかの部隊に分けての耐久戦になるらしい。確かに意思疎通が取れないと、厳しい状況化では仲間として受け入れるのは難しいだろうって。
現状私だけだもんなぁ、ソウさんの言葉がわかるのって。ソウさんが私の事を唯一って認識したのって…もしかして、私の実年齢が関係してるのかも!って思ったけど、アギーラから「ベルは成留さん累積でアラフォーじゃん」って小さい声で言われた。小さい声で言われたわ…。
確かにソウさんはまだ二十代前半。
関係は…薄いかな…。人によるだろうけど、私の人生には…ないな…うん…。
まぁ、今となっては唯一でもなんでもない訳だし、そこはどうでも良いんだけど…ずっと気になっていたことが頭をよぎる。
ソウさんを元に戻す方法、全然見つけられないまま逃亡生活突入って事になっちゃうのかぁ。かなり心残りなのよねぇ…。
◇◇◇
ガイアさんも、今回はジネヴラに行くんだって言ってたし、冒険者の高ランカーって意外と大変なんだよ。
瘴気の大量発生とか大規模発生とか、ダンジョンから魔獣が溢れて出てきた時とか、とんでもない強い魔獣が町を襲おうとしてるとか…そういう場合、Bランク以上の冒険者には、ギルドから招集命令がかかるらしいの。
世界が瘴気に飲み込まれたら、世界が終わっちゃうかもしれない訳で…ここで文句を言っても元も子もないだろうから、仕方がない事だとは思うけどさ。
冒険者=フリーランスって勝手なイメージは見事に覆されちゃった。瘴気が大量発生するような時代だから、特に今は仕方がないんだって言うけど、なんだか意外。
でもね、最高ランクのSSランクになると、そういう遠征指令は出ないんだって。ギルドへの義務がなくなるって感じ?変な仕組みだけど、もしかしたら名誉職ランクなのかもしれないね。何か特別な功績を残した人にあげてる的な。
そう言えば、トイレ紙準男爵さんは若くしてSSランクだったって聞いた事があるよ。本当か嘘かは知らないけど。
だってさ、そういう話って…大抵盛ってるじゃん。話半分に聞いといた方が良いと思うのよ。でも、トイレ紙準男爵が強かったのは、噂を総合すると本当な気がする。肉体系というより知能系だと思ってたらハイブリッド。きっと素敵な人だったに違いないわね。
「レオからセレストへも連絡がいってるから、ソウはセレストへ呼び戻される心配もない。そこで…ベルに相談なんだが」
「レオさんってミネラリアの冒険者ギルド長の事だよ」
レオ?レオって誰だっけ…って思ってたら、すかさずアギーラが補足をくれた。さすが痒い所に手が届く、孫の手アギーラ。
「なぁ、ベルも…ジネヴラに行ってみたらどうだ?」
「え…はい?」
ジネヴラって…他の国に行ってみたらって事?
ガイアさんがこれから瘴気祓いに行く…あのジネヴラ?
「とは言っても、ジネヴラに入るまでは俺とは別行動だけどな。ソウに護衛してもらってジネヴラに入ったらどうかなって。目的地もなく彷徨うよりはずっと良いと思うんだ。もしかして…逃亡先に当てがあったりするのか?」
「そんなもの…ないです…」
そんなものないどころか、自慢じゃないけどまったくのノープランよ。とりあえずミネラリアから離れようとは思ったけど、よく考えたらこのおチビちゃんボディで一人旅って…目立つ事この上ない。
正直、どうしようかなって思ってたんだよね…
「そうか。じゃぁこの話、悪くないんじゃないか?ベルは年齢的に一人じゃ他国どころか、まだ他領地へも行けない。未成年は一人じゃ国を跨げないから、どこへ行くにも正式ルートでは入れないだろう?だから…道なき道でソウとジネヴラを目指して貰う事になるが…。俺と一緒に来ると、どうしても目立っちまうからな。俺は独り行動をアピールしながらジネヴラに入る事にする。ジネヴラにマッソって町があるんだ。そこで合流するってのは…どうだ?」
「ガイアさん…」
「合流するまでは頑張ってもらわんといかんがな。聞いたぞ、かなり早く走れるんだろう?そうしたら俺のスケジュール的にも問題ないだろうし…どうだ?マッソからは少し楽させてやれるだろう。それに俺にはジネヴラを拠点にしている知り合いもいるし…」
「ありがとう…」
「よせよせ。ベルは俺達獣人にとって、すっげぇ恩人なんだ。たぶんベルが思ってるよりずっとずっと、だよ。それと…さっき、院長先生から聞いたんだがな…ベルの部屋にまた侵入者があったって…。しばらくベルは孤児院へ戻らない方が良いだろうって話になったって事もある。だから…ベルが旅に出たいと思っているって話も伝えてきたよ。院長も孤児院から籍は抜かずに…暫くはここから離れて様子を見て欲しいって…。ただな、戸籍を変えなきゃならない事も考えて、ギルドで貯めていた金はほぼ引き上げたって言ってたぞ。ほらこれ、預かってきた」
ガイアさんはそう話しながら、大きな袋をどすんとテーブルの上に出してくる。
「うわ…ありがとうございます」
「いや、それはベルがギルドで貯めていた金だから、俺は何もしてねぇって。預かってきただけだからな。それだけあれば…何十年だって生きていけるだろう?」
「そんなに逃げたくないんですけど…」
「例えば、だよ。あとこれはサワットから偽造のギルドカード。いや、サワットが発行したんだから、本物の偽物だな。もちろん準成人時に作れる正式なギルドカードじゃない…ベルがもっている金の預託先カードと同じようなもんだ。グリンデルの縁者だって事になってる。まぁ、目立った事さえしなけりゃ探られる事はないだろうが…使えるのはジネヴラに入ってからだな。万が一、すれ違う可能性もあるから、今、渡しておくよ」
「ありがとうございます」
サワットさんやグリンデルさんにまで迷惑かけてるんだ…。
ちょっと落ち込む私の前に、さらに荷物を積み上げるガイアさん。
「これは…?」
「こっちの袋はグリンデルから。ベルはグリンデルともかなり懇意にしているらしいな」
グリンデルさんからと言われた袋を覗く。
ポーションや薬草茶がいっぱい入ってる。あれれ…体力回復なんかはわかるけど、これ…老眼と膝関節、慢性加齢痛用ポーションって書いてある!
私、まだピチピチなんですけど…あ!まさか、グリンデルさんに実年齢がバレてたりしてないわよね?いや、実年齢でもこれちょっと失礼じゃないの??と、思いたいけど、どうなんだろう。そうでもないのかも…とか、色々悩んでしまうお年頃な総合年齢だったりするんだなー、これが。
「小袋は俺とシーラからだ。バディバードは知ってるか?鳥が5つ入ってるから、緊急用の連絡手段に使ってくれ」
「…はい」
「大丈夫だぞ。もう暫くしたらあの薬草茶と飴は販売が開始されるはずだ。そうしたらベルへの攻撃も止むかもしれんが…二度荒らされるってのはさすがに…なぁ…」
「うん…」
「あと、これは俺から…食料だ。大量に買ってきた。アギーラからも色々貰ってるだろうが、収納しちまえば邪魔にはならないだろう?」
「僕も俯瞰で一緒について行くからね。文字ボードはちゃんと収納に入れて肌身離さず持ってて。ソウさん、僕も俯瞰でついて行くけど、実際の脅威からベルを護れるのはソウさんだけなんだ。くれぐれも…」
大きく何度も肯くソウさん。
「ソウ…が、もし、あの例の状態に戻っちまった時は、別の意味で危険だが…。ほら、ベルが唯一だって…」
「あ…それは確かに…」
<我が一緒にいるから大丈夫だ>
「お芋ちゃん?一緒に来てくれるの?」
<当たり前だ!全員で一緒に行くのだぞ。みんなで守れば良いだろう>
「お芋ちゃん…」
「お芋ちゃん様は…何だって?」
いやいや、ガイアさんお芋ちゃん様って…今、お芋ちゃんと良い感じの感動シーンだったのに、面白いのぶっこんでこないで…。
「お芋ちゃんが…一緒に来て…私の事、守ってくれるそうです…」
<我は強いぞ。こやつの一人や二人…>
「こらっ、やめなさい!」
<まぁ、安心しておれ>
ガイアさんにお芋ちゃんの話を伝えると、安堵したように何度も肯いた。
反対にギロリンと目を光らせたお芋ちゃんを見て、ちょっぴり脅えてしまったソウさん。ガイアさんの髪の中にコソコソと潜り込もうと奮闘も、お尻もシッポも丸見えで、ただただ可愛いだけだった。
ソウさん…シーラさんとお別れするのは辛いだろうにね。健気にも私についてきてくれるんだって言ってるよ。ううう…親鳥から雛鳥を引き離すような罪悪感が凄いんですけど…
◇◇◇
翌日の超早朝、こっそり孤児院へ戻ってみる事にした。
院長先生やアリー先生、ラナやジル、みんなにも会いたかったけど、涙腺崩壊しそうだから我慢、我慢。
院長室の扉の隙間から院長先生宛の手紙を差し込んで、自分の部屋に行ってみる事にする。
部屋の中は…思ってた以上に酷かったよ。
ナイフで切り割かれたようなシーツや衣類がまとめて置いてある。私が要る物があるかもしれないからって、処分しないで残しておいてくれたんだ。
綺麗に片づけてくれているけど、ベッドの枠までもがめちゃくちゃに壊されていた。ドラマや映画の中でなら、いくらでも見た事があるけど…実際に自分がされると、体がガタガタと震えてしまう。
子供しかいないってわかってるのに。
子供サイズの服に…こんなふうにナイフを突き立てられる奴がここに来たんだ。
やっぱりここにはもう、居られない…




