君が逃亡するんじゃぁないんだよ…
「アギーラ~、私さぁ…ここを出ようと思うんだ」
「え?何で?暫くはここに居たほうが良いんじゃない?孤児院はヤバいよ」
「違う違う。ここってこの町の事。アギーラお気に入りの逃亡者になるって事」
「お気に入りって何さ!って…なんで?ここに居たら良いじゃん。僕の小屋でも良いし」
「ここには居られないよ…ライアン君がいるから絶対に。私のせいでライアン君に何かあったら、私、自分が許せないもん」
もし、手荒な事をするような人達がここに来たらと思うと…孤児院のみんなも同じ。誰かに怪我でもされたらと思うとたまらない。考えれば考える程、早々に町を出なくちゃって思うんだ…。
アギーラは散々逃亡逃亡って言ってた割にいざ私が決めるとすんごく驚いた顔をした。冗談半分で楽しんでたのであろう事は知っているのだぞ。でも、フラグを立てたのはあなた~。なんて、ちゃかしてたらアギーラは何やら真剣な顔で考え込んでいた。
「アギーラ、どうしたの?」
「ねぇ…ベルの収納って…どの程度の大きさなのかな」
「大きさなんて調べた事ないからわかんないけど…何で?」
「あのさ、小屋が…入らないかなって思ったんだよ」
「‥‥‥」
「あの町の外の…僕の小屋を、逃亡に持って行けたら…」
「アギーラ…」
「実はさ、あの小屋の配管とか、移動用に色々仕組みを変えてあるんだ。別に逃亡を想定して作った訳じゃなくって、資材量によってはいずれ少し横にずらしたいって思ってたからなんだけど。でもさ、よく考えたらそれって携帯用ハウスでもあるんじゃないかって…」
アギーラの話途中でガイアさんが肩にソウさんを乗せてやって来た。
「あ、ガイアさん、ソウさん。おはようございます」
「おはよう。ベル…大丈夫か?」
「昨日は取り乱しちゃって…ごめんなさい…」
「よせよせ、謝るな。俺だって…家族と引き離されるのは嫌だから、気持ちはわかるつもりだよ」
「…いつから聞いていたんですか?」
「すまん。結構最初の方からかな。本当に行くのか」
「はい」
「そうか…ライアンの事を考えてくれてありがとう。俺も24時間シーラやライアンについていてやれれば、ベルだっていつまででもここに置いてやれるんだが、そうもいかねぇ。実はな…ジネヴラへの遠征指令が出てるんだ。ずっと…ライアンが生まれるまではって遠征を断わっていたから、今回はどうしても行かなきゃならん」
「そうですか…瘴気、ですよね?」
「あぁ、今度のもなかなかに面倒そうだ」
「じゃあ、なおさら…ここには私、居られないですよ…」
「ベル、まずは小屋に行こう。小屋が収納できるか出来ないかで、用意も格段に違ってくるから」
「そうだな。俺はこれからギルドで遠征の打ち合わせと…院長先生と話をしてくるから。それから栗鼠を2匹解体に回して、そのままマジックバッグの依頼もしてくる。ちょいとザワつくかもしれんが仕方がないだろう」
マイ収納からガイアさんに栗鼠を2匹手渡した。さっきまで鬼みたいに厳しい顔してたくせに、子供みたいなワクワク顔で私が収納から栗鼠を取り出すのを眺めるガイアさん。
わかるよわかるよ~、YES!イリューーージョン!!って言ったらすっごい怪訝な顔された。すいません…
◇◇◇
シーラさんの一声で腹ごしらえする事になった。
「とは言っても、パンとスープしかないけどね~」
シーラさんが申し訳なさそうに言う。
ちっちっち。
もうマイ収納を隠す事もないのですよ。収納から食べ物を堂々と出して、手早くサンドウィッチを作った。食後に出した柿チップスの評判がここでも宜しいことこの上ないわね。絶対に今年も作らなくてはと心に誓う。
しばしの団欒の後、シーラさんが別れ際に何も言わずにぎゅうっと私を抱きしめてくれた。
大丈夫だよね。また会えるよね。
しばしの別れを惜しみつつ、アギーラ小屋へと移動した。便宜上、小屋って言ってるけど、これはこれで立派な平屋の一軒家なのよ。
「上下水道の栓を閉じるから、一緒に台所に来て見てて」
「栓…難しそう…」
「簡単簡単。この…台所の下に8つのハンドルがあるでしょ?青いのが上水、赤いのが下水なんだ」
「うん」
「これをね、右回りに回してカチって音がしたらここの作業は終わり。で、一番最後に洗面所の下にあるハンドルを右に回してカチカチって2回音がしたら閉めるのは完了。弁が二重になってるから、音が2回するからね」
「ふんふん、2回音がしたら完了」
「うん。開弁は洗面所のハンドルを左に回して同じく2回音がしたら、次に台所の8個のハンドルを同じく。力がなくても回せると思うけど、今度はベルがやってみて」
「わかった!」
カチカチ…回して回して、完了!
「出来た!」
「オッケオッケ。ここに、順序を書いた紙を貼っておくから。まぁ、間違えてると音がしないから気付くと思う」
「ありがとう!」
「あとこれが…浄化槽。浄化槽って知ってる?ほら、下水道が通じてない場所に設置する…あれ。ろ過装置とかはもちろんスライム頼りだけど…ベルと話してた簡易トイレに使おうと思って作ってたんだ…小屋が持って行けなくても、これと簡易トイレだけは持って行きなよ」
「なんでアギーラが浄化槽なんて知ってるの?ずっと都会っ子だったよね?」
「それがさ、小学校の頃の自由研究で『災害後のインフラ』みたいなのを調べたんだけど。それで飲料水やらトイレ事情やらを調べててさ、どういう備えが必要か?なんていうのをまとめて発表したら、担任と校長先生にすっごい気に入られちゃって…是非とも学校全体で、いや、父母も巻き込んで共有していこう!みたいなでっかいスケールに…まぁ、そういう感じ?」
「あー、何故か先生に異常に称賛されるパターンのやつ」
「そうそう。子供同士じゃ全然ウケてないのにね。夏休み明けあるあるだよなー」
「自由研究って響きが懐かしいやね…」
「そうだねぇ…って、いやいや、しんみりしてる暇はないんだって!まずは小屋だよ。収納できるか試してみて」
「でもさ…アギーラの荷物とか道具とか…収納出来たら収納出来たでそっちの生活が困るじゃん」
「僕の荷物はシーラさんの小屋に入れちゃうから平気。ガイアさんが戻ってくるまでシーラさんも仕事をセーブするから、小屋は使わないって言ってるし。それに道具やら材料も必要だけどさ、本当に必要なのはココだけだから」
アギーラは自分の頭をコンコンと叩いた。
「やっば。アギーラが2.5割増しでカッコよく見えてきた」
「いやそこは普通に3割くれよ!…とにかく、試してみるのが先決。ほらほら~」
「うん…小屋が壊れたらごめん」
「その時はその時だよ。はいどうぞ~!」
「ノリ軽いな…」
深呼吸深呼吸…緊張する…。
――収納!
「おおぉぉぉ!」
「で、出来た!出来たよ!!」
「ベル!凄い!!」
「でもこれ…ちゃんと戻せるのかね…」
「試して試して」
「そうだよね…ずっと仕舞ったままって訳にはいかないし…行くよ~」
――ポスンッ
アギーラが外壁を確認したり、中を一通り見てまわっている。
「…うんうん、大丈夫そうだね。一人で開栓もしてみたら?」
「わかった!」
一通り、上下水が使える事を確認して、今度は浄化槽の取り付け方法を習う。
そして閉栓。
そして収納。
「小屋入れてもなんともないなんて…収納どんだけだよ…」
「だよね~」
「じゃ、もう一回だして。僕、自分の荷物シーラさんの小屋に入れるからさ」
「うん…私も手伝うよ。ほら、私の収納に全部入れて運べばいいだけだから」
「ぬあああ、くっそ悔しい程に便利!いや~逃亡かぁ、燃えるわ~」
ブンブンと左右に盛大に振られるアギーラシッポを見ながら思う。
ずいぶんと張り切ってるけどね、君が逃亡するんじゃぁないんだよ…
◇◇◇
もともとシーラさんと一緒に使ってる資材やなんかは共用の物置に入ってるんだって。それにあれもこれもって逃亡用品にしちゃうから、結果的にほとんどの荷物が小屋に置きっぱなしというオチ。
アギーラの数少ない荷物をシーラさんの小屋に収納で運び終えた頃、ガイアさん達がやってきた。
「ガイアさん、ベルが小屋を収納できたんだ。だから、小屋を持って行ってもらう事にします」
「そうか…その収納ってどんだけの大きさなのか…考えるだけでも怖いな。それだけでも狙われるにあまりある存在って感じで。なぁ…収納は誰にも気付かれていないんだよな?」
「はい。ここにいるみんなとシーラさんだけです」
「ならいい。十分に注意しろよ?…知られたら終わりくらいに思って行動しろ」
「はい。そう言えば…ガイアさんの遠征先って今回はセレストじゃないんですか?」
「そうだ。ミネラリアに住んでりゃ地理的に大抵はセレスト行きなんだがな。大規模な瘴気がジネヴラに発生していて、その助っ人に呼ばれちまったんだよ」
ギルドには各国間の縄張り意識がないんだって。滞在地で行く地域は多少決まってくるみたいだけど、各国ギルドは協力して臨機応変に乗り切ってるんだって。
いつもは他国からの応援要請がある場合、ミネラリア在住の冒険者は大抵、地理的に近いセレスト国に派遣される場合がほとんどらしいんだけど、今回はジネヴラ。ちょっと遠くなるから大変なんだよ。
完全獣化で走っていけるガイアさんに白羽の矢が立つのも仕方がないけど、瘴気祓い…相当せっぱつまってるって感じなのかなぁ。
この世界って、どうなるんだろう。瘴気とか、よくわかんないけど…瘴気によって世界滅亡とか…あるのかなぁ。
そういうのってあれでしょ?バッドエンドってやつでしょ??
ないわ~。ここまで無事に生きてこられたのに、憧れの異世界スローライフのスの字もかする事なく、異世界自体終了とか…いやいや、ないわ~




