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だって、赤の他獣人の尻尾を触りまくるようなもんじゃない。

 アギーラ?ちゃんと大人しくベッドの上で、ころんころんしてるわよ。


 あ、アタシ、魔道具師のシーラよ。

 そろそろね、アギーラを町に連れて行こうと思ってるの。


 この数日は森の工房から、いえ、ほとんどベッドの上から動かないように、って言って様子を見てたけど…見た目からは全くわかんないから…

 …とにかく早くグリンデルに診てもらいたいのよ。


 ◇◇◇ 


 え?お尻が痛いの?まだ、馬車に乗って3分も経ってないわよ?

 ちょ、ちょっとしっかりして…!

 

 まさか馬車の中でアギーラが泣くとは…。

 アタシの知る限りじゃ、心細いだろうに一回だって泣かなかったわよ?

 も~、ぽろぽろ泣かないでよ~。…やっぱり心の不調があるのかしら、早くグリンデルに診せないと…。

 

 え?お尻が痛いだけで泣いてるの?頭痛とかはないのね?吐き気は?…え?本当に吐き気はないのね?…今度は…背中!?背中が痛いの?馬車にだって…多分だけど、何度か乗ったことくらいあるはずよ?

 記憶喪失って、そういう事も忘れちゃうの?

 あ、ちょっと…横になった方が良いんじゃないかしら…。

 

 …検問所にいる警備隊の人も心配そうな顔で見てるわ…ア、アタシがいじめたんじゃないからっ!…なんか、アギーラが庇護欲を掻き立たせる雰囲気だからって、アタシが悪者みたいになっちゃってる感じが…

 …もういいわ。グリンデルに診てもらえさえすれば、それでいいわよ。


 頭を打った可能性が高いからさ…頭の怪我って、あとあと後遺症が出たりする事もあるっていうからさ、恐ろしいじゃない?

 今でも記憶がないんだから、そりゃもう十分に恐ろしいんだけどさ。薬を買いに行った時に、アギーラについては相談済みだからすぐに異常確認をしてくれたんだけど…


 診察が終わったグリンデル曰く、身体的異常は一切ないんですって。外傷も内部損傷も視えないみたい。記憶喪失になる原因って色々あるみたいなんだけど、アギーラの脳は正常だったわ。少なくともグリンデルが視た限りでは。

 すごく大変な事が起こって…その事で心を痛めすぎたから、脳が一時的に心を守ろうとして記憶を閉じ込めてしまったのかも、って。グリンデルが言うんだもの。きっとそうなのね…賊め、許さん…


 あら、紹介がまだだったかしら。グリンデルはミネラリアの町で薬師を経営している兎人族のおばあちゃんです。エルフの血が少~し入っているそうよ。

 だからなのか、耳が凄く長いの。兎人族のうさ耳が長めな人を思い浮かべてみて。うんうん、そんな感じ。そこからさらに30~40cm耳を伸ばした感じなの。…ね、すごいでしょ?


 すごいのは耳の長さだけじゃないわ。

 なんと、高位職スキルである『薬師』の他に、高位固有スキル『察知』持ちなのよ。

 『察知』で、わかる事は個人によって違うらしいんだけど、グリンデルは『薬師』の分野での『察知』能力があったらしいの。

 

 スキルとスキルは相乗することも多いんですって。

 『薬師』と『察知』が相乗効果を呼んで、察知精度の高い『身体の状態異常を視る察知能力』へと特化したって訳なのよ。

 

 沢山スキルを持ってる人なんて、グリンデルとガイアの他には知らないけど…よく考えたらスキルって面白いわよね。戦闘系のスキルなんて聞いたことのないようなスキルもあるらしいわよ。

 ガイアのは何だっけ…職スキル『武器術』に固有スキル『剛腕』だったっけ…そんな感じ。


 でもさ、子供じゃあるまいし…家族でもない他人のスキルなんて尋ねたりしないから、面白いスキル持ちが居てもわからないのよね。

 だって、赤の他獣人の尻尾を触りまくるようなもんじゃない。

 他人のステータスを聞くなんて、失礼だし…なんか恥ずかしいわよ。


 グリンデルは『この察知のスキルで視えないこともあるから万能って訳じゃない』なんて謙遜してるけど、十分凄いわよね。


 そうそう、昔ね、飢饉が続いた挙句に疫病が大流行した時代に、王侯貴族の体調管理の為って、国からかなりしつこく召し抱えの声がかかったそうなんだけど、エルフの血筋を持ち出して事なきを得たらしいの。

『国が薬師を召し抱えたら平民の病は一体誰が診るんだ!』って、啖呵切ったらしいわ!かっこいい!!


 何だっけ…精霊への手出しはお断り…だっけ?…何か違う気がするけど…そんな感じの…精霊には国も手出しできない神様とのお約束があるのよね。初期学校で習ったわ。

 エルフって精霊の魂がその体に宿ってるんですって。妖精とか…読み本に出てくるじゃない?妖精も精霊の一種らしいわよ。食料品店の物知り奥さんが言ってたもの。


 ぜんっぜん意味がわかんないけど、要するにグリンデルは精霊って事なのかしら…精霊って本当にいるのね…。

 まぁ、その精霊の魂が宿ってたおかげで、国に召し抱えられる事なく、良い薬師さんが、私たち庶民の面倒を見てくれてるんだと思うと、精霊様様だけどね。


 町には何人か薬師が居るけど、断トツ1番人気はグリンデルよ。

 やっぱり『薬師』プラス『察知』って凄い事だもの。

 だけど、グリンデルばっかりに負担が行かないように、みんな心得て怪我や病気の具合によって分散して、他の薬師のところへ行ってるわ。

 アギーラの事は、グリンデル以外に任せることなんて考えられなかったけどね。

 

 そのグリンデルが状態異常として認識できなかったんだから、ひとまずは少し安心しても良いのかしら。

 心も脳も凄く複雑だから、視えない事も十分にあり得るって言うんだけど、記憶が抜け落ちてるのに、グリンデルが視えないなんて…どういう事かしら…

 

 アギーラが嘘をついてるようにはとても思えないし。

 だってあのポカーンとした顔は演技ではできないわよ…マヨネーズや歯ブラシにいちいちポカーンって顔するんだから。


  それにね、記憶が抜け落ちてるからか、当たり前のことでも『知らなかった!』って、ビックリしちゃうみたいでね。尻尾ぶんぶんしちゃうのよ。それはアギーラも気付いてるみたいで、必死に自分で抑えつけるんだけど…耳ぴこぴこには全然気付いてないんだもの。

 

 あれって無意識なんでしょ?自分では気付かないのねぇ。逆にあんな演技が出来るんなら、もし嘘つかれてても許すわ。

 いやもうほんと…ふっ、笑っちゃいけないけどさ、小さな子供みたいで…ふふっ、笑っちゃったわ。あ、アギーラには耳の事は内緒よ。


 耳で思い出したけど「獣化が一度もできないんなんて心配で…」って言ったら、なんとグリンデルも完全獣化はできないらしいわ。兎の姿も見てみたいけどね。

 他族の血が多く混ざると、完全獣化ができない獣人も多いらしいの。ガイアがすぐに獣化するから、みんなそうなんだって思い込んでた。あはは。


 ◇◇◇


 記憶が戻らなかったらどうしよう…って、アタシがうじうじ思っているうちに、アギーラはここでの生活にしっかり馴染んでしまったわ。


 従業員より師業の見習いって方が、色々詮索されないかなって思って、魔道具師見習いとして届け出をしに行ったのよ。その時に何か聞かれたりする事もなかったもんだから…このままでもさ、ずっとうちで働けば良いんじゃないかな、って…ちょっと思っちゃった…。


 そうそう、戸籍がなくても身請け保証人がいれば、従業者登録なんてすぐできるの知ってた?…アタシ、びっくりしちゃった。他国から来て、不足した旅費を働いて稼いだりするから緩いみたいなのよね。


 もっとびっくりしたのは、戸籍も身請け保証人がいれば、いくつか書類を書くだけで、すぐに作ってもらえるらしいって事。獣人族はそもそも考え方も概念も違う事が多いから、柔軟に対応してるみたい。

 ほら、犬人族って多産でしょ?結構うやむやな事とかしちゃってるのかもね。

 

 あれ?そう言えば、どうして犬人族が多産や安産の象徴なのかしら。いや、だってさ、他にも安産で多産の獣人族もいっぱいいるじゃない?お産の時は犬人族の薬師が経営してる薬局にみんな行ってるみたいだし。なんで犬人だけが安産の象徴なのかしらね…


 アギーラと相談して、給金が発生した時点で、もしまだ記憶が戻ってなかったら、ここで戸籍を取るってことしたわ。戸籍がないまま長く働いちゃうと、税金やなんやで色々面倒でね。不正就労で目をつけられたりしたら嫌だし。

 戸籍がない獣人には優しいのに、町に暮らす納税者にはすっごく厳しいのよ。


 でもさ、すぐに戸籍が取れるって…柔軟を通り越してただ適当なシステムなんじゃ…この国大丈夫かしらね。

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