まさかの当事者だった件
「へぇぇ!?大人になってから“唯一”が見つかった人がいるんですか?」
「そうなんだよ…いや、違うのか…。こんな事があるのかって、私らもちょいと驚いちまった事が起こって…。まぁ、不安定期や発情香には関係ないって見解で、薬草茶も飴も…こっちは問題ないんだけどねぇ。こんなタイミングで例外中の例外が出てきたもんだから…」
「私も長く薬師をやっていますが、あのような事は初めてで…あれは先祖返りなのかどうなのか…」
なんだか二人共、歯切れが悪い。
薬師のグリンデルさんとリーフさんに、久しぶりにお会いしてるんだけど、いつも歯に衣着せぬって感じで話すグリンデルさんも、やけに話しづらそうにしてる。
今日は飴ちゃん製造ラインがとうとう大詰めとなってきたので、私も微力ながらお手伝いにはせ参じておりましてね。
今はお手伝い後のちょっとした雑談タイム。最近ざわついた出来事として、そう言えばとグリンデルさんが話してくれたのが、成人してから唯一が見つかったっていう人の話だったの。
“唯一”って、まだ幼い先祖返りの獣人族に現れるパートナーの存在って感じかなぁ。聞いた時は、見染められた人、嫌だろうな~くらいにしか思わなかった。でも、仲のよろしい幼馴染が唯一になるらしいから、一目ぼれみたいな感じなのかなって思って聞いてたんだよね。
話してくる割には、なんて言ったらいいんだろう感が凄い半端ない。
やっぱ私が聞いちゃいけない話なんじゃないの?そんな事を思って、やんわり話の方向転換をしようと試みるもあっさり失敗。
この手の薬草を扱うのなら、こういう事もあるって知っておいて欲しいんだって言われちゃって…そりゃ、薬草茶はこれからも作っていきたいと思ってるけどさ、私、薬師にはなれんし。というツッコミも華麗に無視されて現在に至る。
「唯一じゃないかもしれない唯一ですか?それってただの一目ぼれなんじゃ…」
「唯一を見つけた時、魔力が一気に増えるんだよ。それが確認されたってんだから、唯一なんだろうって…」
「唯一って、子供時代に人生のパートナーを見つける…先祖返り獣人特有のものだって、お話でしたよね?」
「その通り。今の今まで、成人男性が見つけるなんて、こんな事はなかったんだ」
「私も初めて聞きまして…驚いているんですよ」
「なんで唯一だってわかるんですか?魔力だけ?」
「本人にはわかるんだって、先祖返りの奴らはみんな言うよ。私ら普通の獣人にはまったくわからないんだ。体感で、こう…わかるらしいんだけれど…」
「ふぅん…成人してから唯一を見つけるって、困りませんかねぇ」
本人はそんな事、望んでないかもしれないし。それを言ったら子供時代でも望んでない子もいると思うけど…。
「ん?どういう事だい?」
「いや…子供時代に唯一を見つけるっていうのは、先祖返り獣人特有の事で、理解は全然できませんが、そう言う事なんだなって思う事はできます。それをとやかく言うつもりはないんですけど…だけど…」
「成人してるとなると話は別?」
「そう思いません?」
「…私らも、アレが成人してから唯一を得た者の状態なんだとしたら…ちょっとやっかいだなとは思っているんだ」
「成人していて…結婚していてもおかしくないような人に、唯一が出来てしまうって事ですよねぇ。そんなの、望まれた事態かなぁ…」
「それは…でも…確かに、今回の件では奥さんも、子供さんもいない男性だったからまだ良かったとは思う。それでも成人も成人、今はもう22歳だっていうんだから…恐ろしい事だよ」
日本暮らしの感覚で「まだ22歳?大卒の新卒じゃーん」なんて思ってはいけないよ。この世界の成人は16歳。22歳だったら、奥さんどころか子供が居ても全然おかしくない。
「獣人族の特性にケチをつける気なんて、さらさらないですよ。でも…既に奥さんが居たら?子供が居たら?どんな気持ちだろうって。耐えられませんよ、そんな事…」
私は何故か二度目の人生を別の世界で貰ってしまったけど、普通は人生一度切りだからね。
その一回こっきりの人生に、そんな事が起きてしまったら耐えられる?二回目の人生だって絶対嫌だわ。
本能だの特性だの言われて…こんな事を正当化される人達の身になったら、ゾッとしちゃう。
本当は元々こんな事がなければ一番良いとは思うけど、そこはそこ。
この世界のルールの一部なんだろうから、私がとやかく言える事じゃない。そもそも出来る事でもないしね。でもさぁ…
「さっきも言ったが…唯一を見つけた奴は、魔力が増えるんだよ。一度得ちまった魔力を、手放す事なんてなかなかできるもんじゃないだろうよ」
「そうなのかな。そんなに魔力って大事かな…」
「そりゃぁ、あればあるだけ便利だから」
「私は…魔力より、奥さんや子供が大事な人だっていると思いたいけど」
「まぁ、今の今までこんな話は聞いた事がなかったから…今まではなんとかみんな上手くやってきたんだ」
「大抵、子供の頃の幼馴染が唯一になるんだって話でしたもんね。あ、そう言えば、先祖返りのこの本能をどうにかしたいって研究していた人がいたって…リーフさん、言っていませんでしたっけ?」
「うん、父の友人がライフワークで研究していたんだよ。亡くなった後で私が資料を引き継いでいてね。なかなか先祖返りを見つけられないから、研究自体が進まなくて、ずいぶんと苦労していたようだけれど…」
資料!
この世界の情報がネギ背負ってやって来たぞ。これを逃すすべはない。
今後の人生に役に立ちそうなネタがあるかもしれない。今は出来る限り情報に触れておきたい。先祖返りにも興味があるし…
「もし可能だったら…私にも、その資料を見させてもらえませんか?何ができるっていう訳じゃないけれど…」
「正直、手を付けられていないからね。ベルさんが読みたいなら、こちらからもお願いしたいくらいだよ。自分たちの進化の過程を知る上でも…何か少しでも解明できれば、これからの獣人族の…未来の一助になるかもしれない」
「こんなイレギュラーな事が起こるなんて、こっちも驚いちまってねぇ。資料をベルが読んでくれるなら、ありがたいさね。何か…私らとは別の視点で、新たな発見をしてくれるかもしれない」
「あんまり期待しないで下さいね。でも…獣人族ばっかり、なんでこんな本能やら体質やらに振り回されてるんでしょうか…。もしこれが人間族の特性だったら、とっくに色々研究されていただろうにって思っちゃいます。だって、獣人族の事を忌み嫌ってる貴族の唯一が獣人族だったら…。絶対に研究しまくって、とっくに何かしらの解決策を編み出していると思いませんか?」
「いやまったくその通り。先祖返りの数が少ないから、あまり声は上がってないんだけれどね、先祖返りや…唯一っていうもの、不安定期や発情香と同じく、本来、すでに不要な…進化の過程でなくなるはずの性質だったんじゃないかって言われているんだよ」
「先祖返りっていうくらいですから、仕方がないのですけれどね。先祖の特性が色濃くでるから先祖返りと言うのだろうし…。メリットだと感じる人が多い事も事実です。完全獣化できたり、やはり何と言っても魔力の増幅がありますから。でも、私ら獣人族からしても、先祖返り達のあの唯一っていうのは…難儀だなと思ってはいるんです。どうしようもない事だけれど…」
「実はね…唯一を見つけたっていう男性も、最初はすごく興奮していたんだよ。暫くすると、年が離れている唯一が不思議でならないって。その…自分が、自分の事が気味が悪いって言い出して。だって聞いとくれよ!なんと、22歳の唯一がまだ8歳だったらしいんだ!」
「そんな…8歳って…私と同い年じゃないですか!」
「そこでベルを出しちゃうと、妙に釣り合いがとれそうで話がややこしくなる気持ちがするからなんだけど。まぁ…そうだ、ベルと同い年さね。ベルはもし22歳の男性から、急に唯一だって言い寄られたら…どうだい?」
「あ~、気持ち悪いですねぇ」
「だろう?」
20歳と34歳の人が付き合うのはご勝手にって思うけどさ…8歳はダメだわ~。
あれ?…ちょっと待て、ちょっと待てよ。これって…。
「あの~、個人情報な事はとっても理解しておりますが、一点確認させていただきたいような…確認したくないような…」
「ん?そりゃ確認したいのかしたくないのか、どっちなんだい?」
「いや…あの…もしかして、その男性ってソウさんってお名前じゃ…」
「なっ!?ベル、あんたまさか…」
大変だなぁ…なーんて他人事で聞いてたのに、まさかの当事者だった件。どないやねん…
◇◇◇
「その様子だと…あの…一連の騒ぎは知らないんだろうね」
「騒ぎってなんですか?」
「実は、この話にはもっと続きがあるんだよ。ベルは…冒険者のガイアってのを知っているかい?」
「知ってます知ってます。奥さんのシーラさんのお弟子さんとして、知り合いがお世話になっているので。それで私もとても良くして貰っているんです」
「その知り合いはもしかして…アギーラの事かい?」
あ…グリンデルさんはこの町にとんでも野郎がいるって知ってる唯一の人だったわ。
この場合の唯一は普通の唯一よ。パートナーな唯一じゃない方の普通の単語の唯一よ。なんだこれ、面倒くさい…。
なーんて、こんがらかってるのは私だけじゃないはず。
今、グリンデルさんの頭の中、めちゃくちゃこんがらがってそう。
ヤバい奴とヤバい奴が知り合いだったのか!って…絶対思ってるよ。
そう言えば、今週になってからアギーラが一度も初期学校に来てないんだ。仕事が忙しい時は来られないから、気にもしてなかったけど…なんかあったって事よね…。
「ガイアがね、あの先祖返りをここに連れてきたんだけど…」
「ソウさんに何かあったんですか?」
「まぁ…ベルは当事者みたいなもんだし、言っても良いかねぇ」
「ここまで話して…気になりますって!」
「実はね…」