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ぬか漬!

「それで…違和感があると?」


 ミネラリアの町で薬局を開いている薬師のグリンデルは、同じくこの町に拠点を置く冒険者のガイアが連れてきた男性冒険者を見ながら言った。

 

 ここは薬局の裏手にある小屋だ。薬草畑の為の作業小屋だけれど、こういう他の人に聞かれたくないような話をするのにも使う小屋である。たまたま仕事を一緒にしていた薬師のリーフの同席も許可してもらい、四人で小屋にあるテーブルを囲んだ。


 ガイアは連れてきたソウという名前の男性は、とっくに成人しているのに、つい今さっき、“唯一”を見つけたという先祖返りの獣人族であった。


 こんな時期に、こんなイレギュラーな事が…信じられない事さね。


「なんだか…最初は凄く舞い上がって、唯一を見つけたって体の細胞がこう…沸騰するみたいで…それに、魔力が倍に跳ね上がって…俺、興奮しちゃって…だけど…」


「だけど?」


「今は…違和感しかない。それにさっきまで調子が良かったのに、今は体が怠くて…」


「ガイア、お前がシーラを唯一だって思った時は…そんな事が起こったかい?」


「いや、俺は普通だったぞ。こう、体がブワっと熱くなって…シーラが俺の唯一だってわかって…それだけだ」


「そうかい…」


「先祖返りの獣人達の一般的なケースとしてはそれかと思います。ソウさんは一体どうされたんでしょう…成人過ぎに唯一を見つけるというのも…」


「おかしいよな。それに…俺の相手は…まだ8歳なんだよ」


「ソウ、唯一に違和感を感じてるのか?」


「ふん…なんだかおかしい事になってるさねぇ。唯一に違和感とは…」


「あ、あの…それは本当に唯一なんでしょうか?」


 リーフの言葉に皆が一瞬沈黙を落とした。


「ソウ…あのな、唯一は唯一だから唯一で…絶対にその事に違和感なんて抱かないんだよ…」


「小さな頃に唯一を見つけられた奴とは違うのかもしれない。でもガイア…考えてもみてくれよ。もし、ライアンが8歳になった時に、20歳過ぎの見ず知らずの奴に“お前が俺の唯一だ!”って言われたら…どうだ?」


「それはダメだ!」


「だろう?…そうなんだよ。ダメだろうよ」


「そうだな…ダメだ。そんなのは、ダメだ…」


「それに…あの時、確かに俺はあの子が唯一だって思った。でも…」


 ――ドクッ、ドクッ


「ガイア、俺…体が…」


「ソウ!どうしたんだ?」


 ――ドクッ、ドクッ


「体が…変だ…」


「ソウ、お前…その顔…!!!」


 明らかに体に変異をきたしているソウが、ガタンと椅子から立ち上がる。そして薬草畑へと飛び出していった。

 しばし唖然とする皆に聞こえてきたのは、聞いた事のないような咆哮で。

 呆然としていた三人がハッと我に返り、ソウの後を追って、薬草畑へと飛び出した。


 ◆◆◆


 恐い恐い、早く帰ろう…。


「アギーラ、あれ、なんなんよ?今の人、めっちゃ恐かったんだけど。久々にパーソナルスペースがん無視されたし」


「ソウさん、良い人なんだけどなぁ。ガイアさんは基本的にソロで活動してる冒険者なんだけど、ソウさんとはとっても馬が合うみたいで、たまに組んで仕事したりしてるんだって。セレスト国の人なんだけど、ミネラリアのダンジョン攻略に来ててさ。今はシーラさんの小屋に泊ってるんだよ」


「そうなんだ。ヤバい人かと思った…いや、現在進行形でヤバい」


「僕に対してはめちゃくちゃ普通に接してくれるけど…確かにさっきはちょっと挙動不審だったよね。なんだったんだろう。変な人じゃないとは思うけど…」


「ほんとぉ?」


「ソウさんはどんな人に対してもオープンで、こう…なんていうか、懐に入るのが上手いタイプ?でも、フレンドリーではあるけど、節度もある人だし。人が嫌がる事とかしないと思う…よ?」


「えー、全然信憑性ないってそれ。あ、あれかな?遠く離れた田舎で暮らす、年の離れた妹に似てる~およよ~的な~」


「およよって…」


「きっとそう。生まれてすぐに離れ離れになった年の離れた妹…そういう事にしておこう。そしてもう、きれいさっぱり忘れよう。あ、そうそう、俯瞰の話なんだけどね。縦方向に結構飛び上がってたけどさ、どの程度まで飛べるの?」


「縦?上に行くって事だよね?あんまり上方向へは考えた事がなかったけど、普段は森の一番高い木の上あたりを飛ぶ感じかなぁ」


「まじか。いつかさ…私の浮遊とアギーラの俯瞰で、どっか行けたら楽しそうって思って。でも、その場合、アギーラは良いけど私は生身だから危険じゃん?だから、ちょっと高い位置で散策できるなら危険が減るかなって思っててさ」


「それ良いね~」


「って、思ってたんだけど、私の縦方向の成長がいまいちなもんで、暫く先になりそうだよ。ぐっ、縦後輩かと思ったら縦先輩だったか…」


「縦先輩はないわー。でも楽しそうだから、ベルも森の木の上くらいまで飛べるようになったら、どっか行ってみようよ!」


「言い出しっぺは私だけど、簡単に言ってくれるなよ」


「そう言えば、僕の発明したステルスマントさぁ、ベルのチートを上乗せしてみたらどうかなって思ったんだけど。散策の時に着用したら、危険がかなり減るんじゃない?」


「え、そんな事できるの?」


「付与した位置がわかるようにしてあるから、裏地を見てみて。布の中心辺りに付与してるから、ふちにだったら何か入れても大丈夫だと思うんだ。試してみなよ。失敗しても、また作れるから気にしないでじゃんじゃんやっちゃって」


「それ、面白そう。上手くいったらさ、コラボで作品作って大富豪に…」


「いや、世の中に出すのはちょっと…」


 あー…ですよねー。


 ◇◇◇


 そんなこんなで、張り切って縦方向へ邁進中でございます。

 …とは言っても、なかなか上手くいかないのよねぇ。

 必死だったり無意識だったりって環境になると良いみたいなんだけど、これがなかなか難しい。

 という訳で本日はこちら。


 パケパにタッチゲーム!

 私の手が届く、その少し上をパケパが飛んでくれていて、そのパケパにひたすらタッチするゲーム。


 あと少し、あと少しって感じになると、ふわって浮くのよ。

 まだ、自分でコントロールできない時も多いけど、こうやってちょっとずつ縦方向への訓練を続けてるんだ。

 いつかは縦先輩(アギーラ)に追いついてみせるぜ!


 ◇◇◇


 喉元まで出かかってるのに思い出せないって事ってあるよね。

 隣の部屋に用事があったのに、隣の部屋の扉開けた瞬間に用件忘れちゃった時とかの、あれよ、あれ。

 あの感じがここのところ、ずーっと続いてたの。

 ここ数日は、特にその感覚が酷くて…本腰入れて考え始めたんだけど。

 やーっと思い出せた~!


 ぬか漬!


 いやね、アギーラから預かった雑魔石をさ、前に拾った光ってる土、魔素だまりの土ってやつに埋めてみたらどうかなって思ったの。

 ぬか漬けのきゅうり、いや、小茄子の如く、雑魔石を光る土に押し込んで…とりあえず20個くらい漬けてみようかな…。


 待つ事しばし。


 一日目――

 変わりなし


 二日目――

 変わりなし…ん?変わりあり!?

 光が、少し強くなってきてる気がする…かも…?


 三日目――

 おぉ!明らかにくっきりと光が強くなってる。これってもしや…


 テッテレー!


 でも光の輪は一つのまま変わらなかった。見た目、単体で使うには火力が弱そうだなぁって感じ。でも、光がちゃんと安定はして見える。全部、私の目測だけど…。

 とりあえず魔道具に取り付けて、さっそく実験しなくっちゃ。


 ‥‥‥。


 私、魔道具なんて一個も持ってなかった…


 ◇◇◇


「悪い。もう一回説明して」


「だからね、ぬか漬けなのよ」


「うん。ぬか漬けね」


「そうそう、雑魔石を小茄子みたいにして」


「小茄子」


「だから、甲子園球児のように拾っておいた魔素だまりの土をぬか床に見立てて、雑魔石を埋めたの」


「甲子園球児は言いたいだけでしょ。でも、なるほどねぇ…魔素だまりの土がこれ?これが…ベルには光って見えるって事だよね?」


「アギーラには光っては見えない?」


「うん。普通の土にしか見えない」


「あー、そっかぁ。やっぱこの光は魔石と同じ感じかぁ」


「で…3日間、この土に雑魔石を埋めたと」


「そうそう。そうしたらこう…光の輪は一重のままだけど、光自体がしっかりっていうか…安定して見えたのよ」


「なるほど…まとめて魔石置きに置いてみたら、この魔道具がちゃんと作動した」


「そうそう」


「でも、この魔素だまりの土は、ベルじゃないと見つけられないんだよね」


「今のところはそうなっちゃうのかな。でさ、私ももしかしたら、私にしか見えないのかもって思ってたから考えたのよ」


「なにを?」


「例えばだけどさ、普通の土とか水とか…何でも良いんだけど、ぬか床にしてみたらどうかなって思ったの」


「なるほど」


「ほら、この世界のどこにでも魔素があるっていう話じゃん。だからその自然のパワーを利用する的な?」


「なるほど」


「一個をそのまま土に埋めるんじゃなくってね、こう…沢山の雑魔石を密集させてぎゅうぎゅうって土に埋めた事が良かったと思うのよ。ぬか床を共有した雑魔石の共鳴みたいな感じで…」


「なるほど」


「ちょっとアギーラ、相槌はちゃんとバリエーションつけてくれないと、今後の対人関係で困ったちゃんになるからね。ちなみに一個づつ個別の袋で光る土に埋めた雑魔石がこれなんだけどさ…ほら、光が変わってないでしょ?」


「うん。それは僕には見えないけどね」


「そうだったそうだった。あのね、まったく変化がないのよ。だからさ…」


「見えないけど言ってる意味は分かる。そうか…でもそれなら空気に触れてるだけでも、魔素に触れてる事にならない?」


「それがそうはならないんだよなぁ…理由は知らんけども」


「空気に触れるだけでなってたら、とっくに雑魔石だって魔石として利用されてるか…」


「空気で出来れば楽なんだけどね」


「でも…その実験はしてみる価値はある」


「そうでしょそうでしょ!だからね、アギーラの持ってる雑魔石をもうちょっと借りられないかなって思って」


「あ、そうか。経過観察はベルにしか出来ないのか!」


「そうなの。まずは普通の土で実験してみようと思うんだ。あとは川かな」


「川にも?」


「うん、布袋に雑魔石を沢山入れて、川の水に浸けたらどうかなって。これなら雑魔石同士が密着してる状態で、水がこう…隙間を常に流れる状態になるから良いかもしれないなって思ってさ」


「わかった。雑魔石はすぐに用意するよ。申し訳ないけど、経過観察はお願いします」


「もちろん、私も興味あるし。このぬか漬け戦法が駄目だったら、また別の方法を考えればいいさ」


「ぬか漬けぬか漬け言われると、もの凄く食べたくなってきた。あんまり食べた事ないのに…」


「あ、それわざとだから。私だけがこのぬか漬け食べたい攻撃をくらうなんて許せないっていう…同郷の志よ、この苦しみを共に分け合おうではないか!」


「ベル、性格悪いよな…」


 何とでもお言い。おほほ…

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