閑話 田中君はこうして異世界でトイレ紙準男爵になった④
どうも!田中正改め、ロイド改め、ロイド準男爵改め、トイレ紙準男爵だよん。
まじかー。誰もロイドって…ロイド準男爵って呼んでくれない。
つか、ロイドがどこにも入ってねーし。
すげぇ頑張った挙句にトイレ紙って呼ばれる。俺の気持ち、置き去り。
もっと格好いいあだ名が良かったー!
領地?貴族年金?ないない、準男爵って名誉称号だからなんの利益もないっす。その代わり義務もなしな。俺、ノブレス・ノンオブリージュ。え?そんな言葉ない。気にすんなって、異世界にはあるかもしれないだろ?ま、ないけどな。
俺だってまったくもって貴族位なんていらなかったけどさ、これから先、国やらお偉いさんやらと渡り合う時に、身分ってのはあっても無駄じゃないって、ギルド総長のイグナスっちが言うから、貰っただけ。
ま、トイレ紙の権利を死守できてさ、孤児院を守れる一助になればそれで良いんだ。
正直、ちょっと削られるかなぁって思ってたんだけど、ワシキベンジョの利権ちらつかせたら、速攻すり寄ってきたww。国と王族の太鼓持ち、と見せかけて、お偉いさんにモロモロ搾取されないようにするプロパガンダ作戦も良い仕事したわ~。なんこれ…チョロ。
「孤児院のトイレ紙製造権利を国が認めてくれたから、孤児院の経営が安定したらしいわ。私たちがもし死んでもさ、子供達にはセーフティーネットがあると思うと、親としては本当に有難いわよね~」
「怪我や病気なんかで職をなくした奴らを、孤児院の工場で雇用してくれるらしいぜ。それもこれも、国王がトイレ紙の製造権利を孤児院にって認めてくれたからなんだってさ。俺、ちょっと国王の事、見直しちまったよ」
やべーよ。これ、あっという間にギルドの専売特許になっちゃった。世論方面からも孤児院の権利が、王侯貴族の奴らに奪われる事がないようにって思って提案しただけなのに…ヤタガラスとサクラ。作っといてなんだけど…お前らこえーよ。
子供達が腹空かせてたり、辛い思いなんてしなくていい世界にしたかっただけなんだ。
そんな世界、異世界だろうとどこだろうと…絶対にあっちゃダメなんだよ。
でもさぁ、孤児院の建て直ししまくってたら、犠牲ゼロで日本に再度転生する方法を探す暇なく、こーんなよぼよぼじいちゃんになっちゃったんだよなぁ。海外セレブの息子に転生してウハウハな人生送りたかったのに。
まぁ…色々あったけど結構楽しかったから…いっか。
タダシ君、タイムアーップ!
――ハーレムを作るだのキャバクラを作るだのなんだの、散々友人達に嘯いていたトイレ紙準男爵ことロイドは、その生涯、一人の伴侶も娶らなかったという。
孤児院へ院長として戻ってからは、世界中の孤児院運営にその後の人生すべてを費やした。そして、多くの子供達に囲まれて、幸せそうにこの世を去っていったのだった。
◆◆◆
イグナスの息子で、ロイドの同年代の友人でもあったヨナスは、ロイドの遺品整理をしていた。
ヨナスはロイドと若い頃、どちらかが先に逝った時は、互いの遺品を真っ先に見て、不要物を処分するという『ヤバいもん隠す同盟』を結んでいた。
“ヤバいもん”、とは一体どういうものなのか、ヨナスにはわからなかったが、ロイドがいたく楽しそうだったので、何の気なしに了解していただけなのだが。
その後、ヨナスは結婚し、勿論この口約束同盟の事などすっかり忘れていたのだが、孤児院から遺品整理を頼みたいと乞われ、『ヤバいもん隠す同盟』の事を思い出し、快く了承した。
そして、日に日に動きが鈍くなる老体に鞭打ち、息子、サイラスと共に孤児院の一角にある、ロイドの私室へとやってきたのだった。
流木や石、貝殻や虫の抜け殻。孤児院の子供達から貰ったらしい手作りの品の数々。
そして…実に不可思議なものが目に飛び込んできた。そして短いスカートをはいた女性たちが踊るスケッチ。モシモボッ〇ス、タイムフロシ〇…など、意味不明な文字が彫り付けてある板。カクカクした小さな図が沢山書き付けられている書板。
スカートをこれでもかと短くした女性が、長い棒を振り回している姿が彫られた板。これにも“〇〇77・祝・センター♡サユリン”とかすれて読めない所もあるが、謎の言葉が書かれていて、ヨナスは首をひねるしかなかった。
丸い四つの台座上に長方形が置いてある木を立体的に彫ったもの。同じ台座に蝙蝠のように羽を広げているものもある。意味は分からないが“イセカイバンデロ〇アン”と彫られている。
私財を投げうって、孤児院経営に尽力していたのは皆が知っている。
金目のものは何もない。ただ、ロイドが大切にしていたものが、机上や壁際に所狭しと積まれているだけだった。
“デ〇リアン”と書かれた木彫りを形見分けに貰っていこうと、一つ手に取った。
なんだかまるであいつの脳みその中みたいだ。全く意味がわからねぇものばっかりだよ…そう思いながら椅子に座って、衣類棚の整理をしている息子、サイラスが作業する姿をぼんやりと眺めていた。
「親父…親父…」
気付けばサイラスが冊子の束が無造作に入った木箱を手にして、目の前に立っていた。
最近は時折、頭の奥がぼぅっとすることが増えてきたように感じる。
もうすぐロイドの所に俺も行くんだろう…。そんな事をふっと思い、任期が5年上限と厳しく定められている五つ国ギルド総長の、次期ギルド総長との呼び声高い、息子サイラスを見上げた。
「親父。ほらこれ、『イグナス・ヨナス、その子供へ』って書いてある」
父イグナスはとうに鬼籍に入っている。サイラスの名前がない所を見ると、書いたのは俺が結婚してサイラスが生まれる前あたり…二十歳頃か…。
「見せてくれ。あぁ…あいつの字だ。さてさて…一体、何を書いたんだかな…」
少し右上がりの丸っこい特徴のある文字。懐かしい旧友の顔を思い出し、思わず笑みがこぼれる。なんともなしに、自分達の名前が書いてある一番上の冊子をめくった。
『昔、俺が学んでいた事を、もしもの時の為に、出来る限り思い出して書き残す』
昔、学んでいた…昔?
『理解不能な事もあるかもしれないが、是非ギルドで一考して、来るべき未来の…選択肢の一つに加えてくれればと思う。とは言っても、使うも使わないもお前らに任せるけどな!これは政治経済学から考察した国家再構築の…』
徐々に真剣な顔つきになるヨナス。やがてその姿はかつて五つ国ギルド総長であった己の姿を取り戻していく。
何事かと気づかわし気にみやる息子のサイラスには目もくれず、冊子の入った木箱を大事そうに抱え、長年、その身を支えてきた杖を置いたまま、足早に部屋を出て行った。
◆◆◆
ロイドの死後から半年程たったある日。
帽子を深くかぶった男が、スイセントイレという新たな排便処理器をグー舎に申請しにやって来た。
耳が見えないほど帽子を深くかぶったその男の顔を、受付の女性はこっそりと書類の陰から窺った。
――なななななんてイケメンなのかしら~!
申請が少し早く進んでしまうのは、いつの世も、どの世界でも変わらない。
この速やかな申請受理を皮切りに、各国の永久的な財産になるはずだったワシキベンジョは、急速に衰退していく事となる。
人力で蓋をして水を汲み流すタイプと、魔道具を利用して蓋を閉め、ボタンを押せば排水が完了する予算で選べる2つのタイプ。
一度使えば、何故今まであのスタイルで排泄をしていたのかと疑問になる代物だ。
ワシキベンジョの排水設備はそのままに、上部だけ付け替える事ができるスイセントイレは、あっという間に世界中に広がっていった。
このスイセントイレの権利、何故か孤児院へと全譲渡されていた。
しかし、何故かその事に気づいた人は、いない。
先見の明がありまくったロイドこと田中正君。
だが、そんな彼もまさかその死後100年経ってなお、自分がトイレ紙準男爵と呼ばれているとは、夢にも思わなかった事だろう。
田中君祭り、これにておしまいです。田中君さようなら…
前回、後書きにて宣伝しておりました、短編「冤罪悪役令嬢救済協会…」が日間恋愛異世界転生/転移ランキングの上位に食い込んでいて、思わず二度見の事態となっております。
もしかして、ここの宣伝を見てポチってくれた人がいたのかと思いまして…この場を借りて御礼申し上げます。
まじ?この文章&構成力で?…などと思ったそこのお方!大丈夫です、筆者も思いましたので、キリッ。
いやもう短編は読まなくてもいいので、ランキング画面だけでも見てみて下さいよ…(そして妄想だったらひっそり教えてください…)