残念柿
<ベルベルベル~>
「お、みんなおかえり~。随分と早く戻ってきたねぇ」
さっき訓練に行くと言って出て行ったパケパがそそくさと戻って来た。
これ、絶対何かあったな。
【お土産】
【持ってきたの~!】
「なになに、あ…柿?」
【かき?】
【知ってるの?】
<こんなに寒い時期なのに一本だけこの実がぎっしりなってる木を見つけたの。もしかしたら食べられるかもって思って。でもね…すっごく硬くって食べられなかった…>
【きれいな色】
【食べられない?】
「あー、こんな時期に荒らされないで残ってるって事は…渋いのかもしれないね」
(鑑定!)…うん、渋柿っすね。へぇぇ…柿の葉って薬草区分なんだって!
木に実が出来る前の葉っぱが良いとな。春夏くらいに取れば良いって事だよね。なになに…お、お肌に良いですと!?
この世界って日焼け止めとかがないから、実は少し不安だったのよ~。
小学生の頃にはすでに子供用の日焼け止め使ってる友達とか、結構いたもんなぁ。いや、異世界に紫外線とかあるのかないのかも知らんけど。
先々が不安だなって思ってたところに、なにこの朗報は!
そうか、こういう素材はしっかり覚えておいて、いずれは美肌をターゲットにした薬草茶も…ぐふぐふん。
<えー!すっごくきれいな色なのに…渋いの?>
「柿ってね。こうやって皮を剥いて食べるんだけど…ほら、これをちょっと舐めてみて」
【【ムッギュー】】
<ペッ、ペッ。なにごれ…マズ…ペッ>
「パトナ、部屋の中でペッペしない!私、作れるかなぁ。ちょっと試してみたいかもしれないけど…うーん」
【なにを?】
【作るの?】
「干柿っていう…ドライフルーツを作りたいんだけど。ね、その木までは遠いの?」
<ベルだったらピューンだよ~>
あ、それは平行移動の方向で、どんどん上達しちゃってる浮遊魔法の事ですな。
「そこまで案内してくれる?」
【ほんとう?】
【一緒にお出かけ?】
<…このまずい実を取りに行くと?>
「うん。できるかどうか自信ないけど…ちょっと試してみたくなってきた!失敗してもタダだし!」
【早く早く】
【一緒に行こ~!】
◇◇◇
「うわ~、本当に一本だけ見事にぎっちりだね…こんな事ってあるかぁ?」
そんな馬鹿な…ってくらい、ファンタジー全開。
森の中に一本だけ大量に…ぎっちりと柿がなってる木がある訳ですよ。
念の為に鑑定しちゃうけど…うん、普通の柿の木だね…。
<きれいでしょ~。見つけた時はおいしそうに見えたのに…今は全然おいしそうに見えない…>
パトナがジト目で柿の木を見つめて恨めしそうに呟いてるよ。
食いしん坊妖精だよ。
木に近づこうとした時、ふと足元に違和感を感じる。
ここだけ土がなんか違う。なんか…キラキラしてる。
「わ~。ここ、土がキラキラしてるね」
<魔素溜まり?>
「魔素溜まり?」
<うん。どこにでも魔素はあるけど、時々強く魔素が溜まる部分があるんだよ。今まで見た事なかった?>
「初めてみたよ。これって…悪いものじゃない?」
<しらなーい。特に気にした事ないもん>
「ふぅん。まぁ、パトナが気にしてないなら良いのかな…でもマイお土産に持って帰ろう…」
<ベルってもの好きだよね~!>
【【もの好き~!】】
気分は高校球児で土を袋に入れて収納ポィ!
「別に良いじゃん。収納もまだ入るんだし…よしっ、柿の木を揺すろう!」
【揺する?】
【任せて~!】
「あ、そうか。ケサラとパサラの風操作でお願い出来る?」
【うん!】
【いっくよー!せーの!!】
「うわーストップストップ。ちょい待ちーーー!」
【【ぎゃ】】
「ごめんごめん。よく考えたら落ちて傷がつくと、腐りやすくなるんだったと思うのよ」
どうしようかな。木登り達人のラナを連れてくるには場所がちょっと遠いのよね…。うーん。うーん。
下のほうのは私がもいでも良いか。こういう時の為にじゃがいもの皮むきの時に使ってる木箱をくすねて収納してるし…。いや、採取の際の椅子代わりにね…私ったらとっても若いんだけど、ずっとしゃがんでるとさ…気持ち的に腰痛とひざ痛のイメージが先行しちゃって…。
「みんなは自由時間ねー。お手伝いがいる時は頼むから宜しく~!」
<【【はーい!】】>
よし、柿もぎ開始!
私ってさ、基本樹木系の採取って無理でしょ?…ラナじゃあるまいし。
基本的に下向いて、草花ばっかり採取してるから、上向いた作業はすっごく新鮮なの。
慣れてきたぞ…これ、結構楽しい!
まぁ、これも収納魔法があるからこんなにホイホイ収穫できるんだけどさ。
いちいち、一個二個取って地面に置いてまた取って…とかしてたら、大変だもん。
とてもじゃないけど、時間がかかっちゃって一人じゃ無理だよ。
この木…一体何個くらいあるのかな。ざっと見ても数百はある気がするから…取れる所までの分で十分よね。
干柿なぁ…子供の頃に祖父母の家で作ったという記憶はある。が、細部の記憶は…ない。
良く洗って熱湯でさっと消毒して天日干し…で、良かったのかなぁ。それ以上の工程があった場合は、失敗するだろうなぁ。
いや待てよ、なんかお酒で拭いたりしてた気がする。わー、やっぱ自信ないや…。
お酒はないしなぁ。まぁ、駄目もとでね。タダだし…そう、タダだし。
有難い事に鑑定魔法があるから、作って失敗作って失敗ってしていけば、いずれは出来そうな気がするんだけど…沢山取って実験していけば良いかな。
うん、やっぱりもう少し取ろう…もう少しもう少し…。
ラナがネオネクトウ取るのに夢中になるの、わかる気がする。
こういう木になってる果物取るのって、なんか…満足度がすっごく高いだもん。
これは楽しいに決まってるわ。
あとちょっとだけ…もうちょっとだけ…。
<ベ、ベル!>
「ん?なぁに?」
【【ベル!】】
「なぁにー?もうちょっとだけ取るから待っててー!」
<ベル!う、浮いてる!!浮いてる!!!>
「へ…?え?あ?ぎゃーーーーー!」
って、あれ?…めっちゃ、浮・い・て・る!?
気付いた瞬間からゆっくり降下してゆく…なすがままな私。
非公式記録――2m!
◇◇◇
道理でさ、柿がなくならないなーって思ってたのよ。…嘘です、全然気づきませんでした…。
低い所になってる柿だけ取ろうと思ったのに、夢中になって…本当に全然気が付かなかった。
柿を洗いながら絶賛反省中でございます。
危ないわー、自分。
子供の頃って夢中になると、まったく周りが見えなくなる事ってあったでしょ?
え?ない?
嘘嘘、絶対あるって…。まぁ、あんな感じよ。まったく自分の状態に気付いてなかったわ。
未だに泥団子作るのやめられないし、やっぱり子供としての感覚が強いんだろうなぁ。
これ、みんなと採取に行った時には気を付けないと…。
しかもよ?今試そうとしても、上方向に全く浮遊できないんですけど…何でだよぉ!
でも…上方向へもちゃんと浮遊出来るっちゃ出来るって事がわかっただけでも収穫だよね。
是非とも常時発動可能になりたいところだけど、無意識すぎてトリガー不明…うーん…。
これ出来るようになったら、窓から気軽にこっそり出入りとか出来てすっごく便利なのに。
いやこれ夜遊びし放題よ。いや…夜遊びはしないけど。だって子供だもん。夜、めちゃくちゃ眠いんだから。
確か、数秒熱湯につけるとカビ防止になるんだったと思ったんだけど…違ってもたくさんあるから、失敗したらそれはそれよね。よし、厨房に行こう!
「ベル、これって残念柿でしょう?どうするの?まさか…お腹を壊すから食べたら駄目ですからね」
渋柿は残念柿とも市井では呼ばれてるんだって。確かにおいしそうな見た目と違って、味は残念極まりないからね。
「そのまま使う訳じゃないんだ。実験してみたくって。えへへ」
「ふぅん。ベルの考えることだから…まぁいいか。美味しいものが出来たら試食させてちょうだいよ」
「うん!」
さっと熱湯消毒した柿を部屋に運ぶ。
さすがに孤児院の中じゃ、収納魔法は使えない。運ぶの地味に辛い…はやく大きくならないかなぁ。
大人になっても非力だと、やっぱこういう作業は辛いわよね。
日々の肉体労働が地味に多い世界なんだよなぁ…もう少し大きくなったら体力づくりもしていこう。
いかん。紐がない。…蔦でいっか。さすがにちぎれるか…あ…。
「丈夫なぁ蔦ちゃんちぎれないぃ♪干柿出来るぅ、その日までぇぇぇ、柿よぉ、お前を離しはしーなーいーー♪」
吟遊発動!ドヤァ。
…盛大にドヤッた後でなんだけどさ、よく考えたら収納魔法があるから、保存が効かなくても良いんだった。スライスした柿のドライフルーツ作ろっと。こっちの方が早くできるし、スライス柿のドライフルーツなら大人の成留鈴花が作った事、あるもんね。作ったって言うか、天日干ししただけだけど…。
そうだ!ピクルスも作ろう。そう思い立ったのは、以前ちょっと思い出しちゃったぬか漬けからのトレースでやんす。
ほら、『丁寧な暮らし』って話、覚えてる?部分的に丁寧な暮らしが出来たら最高だね!って話。あの話を思い出してから無性に漬け物が食べたくなっちゃって。
ぬか漬けは無理だけど、ピクルスもどきはできるはず。
ピクルスというより、干し終わったスライス柿をロムロムの果汁に漬けるだけなんだけどね。海塩が高価だから塩は使えないんだけどさ。保存は効かないだろうけど、なんせワタクシには時間停止機能付き収納魔法がありますからね、ふふん。
酸味も少ないけど、これはこれで面白い味わいになるかもよ。
自分で作ったハーブブレンドも使ってみよう。
いや~、タダでこんなに色々楽しめるなんて最高。
渋柿、収納しておけば使えそうだよ。沢山もいどいて良かった!
あ…もしかして生活魔法で乾燥させてもらったら、柿チップスになるのかしら?
ア、アギーラセンセー!




