ロシアンルーレット
今回は主人公が作った薬草茶関連のお話です。
フェロモン・発情・発情期などの言葉が出てくる箇所があります。
苦手だなと思う方は、お控えください。
「ベル、久しぶりさね」
「グリンデルさん、こんにちは。わざわざすいません」
「いやぁ…あんな伝言貰っちまったら、何をおいても駆けつけるよ」
「すぐに相談したほうが良いだろうって院長先生が…。この紙に鑑定結果は全て書いてあります。“ベルの”って私の名前が書かれた所と、例の“料理”欄は省いてますが…」
ふっふっふ。開発費用として得たお金で、購入しておいた紙とペンが早速役に立っているのだよ。
欲望のままに購入したんじゃないわ。こういう事を想定していたのよ。決して決して、ただ単に欲しかったから買っていた訳じゃないの!
すんごいのよ、魔法。いやさ、鑑定結果を書き出して、自分の控え分とグリンデルさんに渡すように書かなきゃって思ってさ、もう一枚書こうと思ったところで閃いちゃって。ほら、転写よ、転写。
書いた紙をさ、カシャってやってよ?何も書いてない紙に…しれっとコピペ出来ちゃったんだよね。
今や人間プリンター的な感じよ。
これって将来的に用途はわかんないけど、なんか内職とか、できそうじゃない?なーんて、色々思いを馳せ…てるバヤイじゃなかった!
「鑑定を信じれば本当って事になると思うんですけど、実際の実験は人体実験になっちゃうので、安易に試せないから…本当の所はわからないです」
「まぁ、鑑定だから大丈夫だろうが…そう思うのもわかるさね」
「私、飲んでみたんです。何も症状がない人に当てはまっているので、当然何も効き目がなくて…今のところは体に変調はありません。作成手順を書いた紙はこれです。順番とかが違うと効能が変わるかもしれないと思って…どこが大切な部分かがわからないので、かなり正確に細かく書きました」
「よくそんな事が思いついたね。凄く助かるよ。これ…預かっても構わないかい?」
「もちろんです。私じゃ試すにも試せないし…もし本当にこんな効能があるなら、世の中に出したいという気持ちもあって…それで、グリンデルさんなら相談に乗って貰えるんじゃないかって。あの…獣人族の人達に聞いたの。不安定期とか発情香の事…だから…」
獣人族女性に起こる不安定期と発情香の発生という事象。人によってまちまちだけど、早い人は成人を迎えるあたりでやってくる。
人族種や個人差でその症状の強さはまちまちだけど、どの獣人族女性にも起こるらしいんだ。基本的には初産を経ると落ち着いてくる。でもそれも個人差がある。
現状、町に出回ってるポーションや薬では治らない。ただひたすらにその周期が去るのを待つしかない。
そんな事があるなんて…全く知らなかった。
孤児院のお手伝いに来てくれてる人たちは、子育てがひと段落した落ち着いた年齢層のご婦人方が多いし、孤児院の卒業は16歳。アリー先生は人間族。
対象者外の人が私の周りには多かったってのもあって、全然知らなかった…。
孤児院でも別途そういう教育というか、不安定期の事なんかを教えて貰う機会があるらしいけど、それも初期学校を卒業するあたりでお話があるらしいんだよね。
もちろん、獣人族の女の子達は、もっと早くに諸先輩方から色々聞くんだろうけど。
繁殖の為のトリガーというか、発情香というくらいなんだから、いわゆる動物の発情期的なものが関係してる話なのか?とか思ったり。それならうかつに解消させるのは違うのかなぁ?とか…色々と考えるところもある。
グリンデルさんによると、正直、今の獣人族には不安定期と発情香は必要がないらしいの。
進化の過程で、そこだけが取り残されてしまった。そんな感じなんだって。
何が正しいかは私にはわからないけれど、何週間もベッドから出られないくらいの重い症状の人も少なくないらしいと聞けば、出来てしまったものを知らんぷりはしたくない。
この先はグリンデルさんのようなプロ達に任せるのが一番良いと思うんだ。
不安定期になると、体が怠くなってのぼせたり動悸がしたり、めまい、情緒不安定なんかに加えて、耳鳴りがして方向感覚がなくなったり。まともに立ち上がれないような状態が続き、食べても吐き戻したりって…しかも一人につき一度きりって訳じゃない。何度も何度も襲われる人もいる。
それにもう一つ、不安定期と共に発生する発情香。これは望んでもいない異性を引き付ける匂いが体から出てしまう香りの事。好きな人限定とかなら百歩譲って良いかもしれないけど…いや、それも嫌だけど。しかもそうじゃないのよ、ロシアンルーレットだからね。
発情香って鑑定に出てたけど、フェロモンの異常放出って感じなのかなぁ。
もちろんそんな事、絶対嫌でしょ?無差別に男の人を惹き付ける香りが体から勝手に出る可能性があるとか…。不安定期に入って具合が悪い時、外出するのは論外。
ひたすら家に籠って、不安定期が終わるのを待つしかない。
前兆みたいなのは本人がわかるらしいから、巣ごもりの用意をして、各所に連絡して…って…めちゃくちゃ大変だよ。
もしかしたらマルにもそろそろ…って思ったら、居ても立っても居られなくって、院長先生に相談した上で、グリンデルさんに伝言を言付けてもらったんだ。
それでグリンデルさんが飛んで会いに来てくれたというのが、今のこの状況。
マル、レイラ、それからラナも…。これからみんなにも降りかかるかもしれないと思うとたまらない。でもそれがもし、この薬草茶で症状が少しでも緩和できるのなら…。
「どの薬草がどの部分に作用してるのか、掛け合わせの問題なのか、まだまだ探る要素があると思うんです。だから、グリンデルさんにも協力してもらえないかと思って…」
「もちろん、もちろんだよ!これがどれだけ凄い事だかわかるかい?獣人族にとって不安定期も発情香の発生も…大変なんて言葉じゃ足りないくらい辛いものなんだ。薬師になって…酷い状態の子達をわんさか見てきた。もしあれが少しでも緩和出来るなら…」
「今回の鑑定の結果で初めて不安定期っていう事象を知ったんです。…どんな協力も惜しまないつもりでいます。自分でも色々試していくつもりだけど、人間族だしまだ子供だから、あんまり自分で実験してもわからなくて…。だから、自分の体では実験が難しいけど…鑑定の力が役に立つならいつでも使ってください」
「ありがとうよ!あぁ…こりゃ本当に凄いこった…」
「あと、紙にも書きましたけど、鑑定でかなり細かい事がわかっています。使った薬草は適量であれば害はないそうです。もちろん大量摂取は毒になるものもありますが、それは他の薬草でも同じなので…。検証は長期にわたってデータを取らないといけないだろうから、これから時間がかかるなって…」
「そこら辺の事は任せとくれ。さて、こうしちゃいられないよ。薬草もそんなに珍しいものはないね。栽培が出来る物だし…こっちの雑草は現物を預かっても良いかい?」
「はい。そう言えば、雑草と薬草の線引きってどうなってるんでしょう。この雑草は薬草になる気がするんですが、鑑定でもよくわからなくて」
「そうさね…ベル、まずはこの雑草たちに名前を付けて登録おしよ」
「え?名前の登録?」
「そう、登録先はグー舎だ。なに、グーチョキパよりも簡単な事だ。あくまで登録であって、雑草の名付けだからね。個人で所有する権利もないし、すぐに出来るさ。私も若い頃には考えたりもしたんだけどね。いやもう、これがさっぱりわからなくってさ。ただね…どうも、名前のあるなしがそこいらの線引きには関係ある気がするんだ。名前ってのは、とっても大切なんだよ」
あれ?なんか聞いた事のある台詞。
パトナも同じような事、言ってたな。
「ちょいと知り合いの薬師達にも連絡して、こっちはこっちでこういうのに詳しい奴らに声をかけて検証をさせてもらう。だからね、その間に、こいつらの名付けをベルにはお願いしたいんだ」
名前かぁ…そのまま紫ラベンダー・黄ラベンダー・ドクダミ…良いよね?ダメっすかね…。あ、ついでにハーブ風の雑草たちも一気に登録しちゃおうかな。
だって、ハーブ風ブレンドの販売に漕ぎつけるには、よく考えたらハーブ風雑草に名前がないと登録できないって事に気付いちゃったんだもん。だからやっぱりこ奴らにも名前を…なーんて、色々思いを馳せ…てるバヤイじゃなかった(二回目)!
「この丸い粒なんですが…これ、花の一部なんです。これの成分が発情香の抑えつけの核になってる可能性が高いと思います。鑑定では効能に消香鎮静って書いてあった植物で…。でも、単独で鑑定しても不安定期の事や発情香の事は出てきません。だから、これとどれかの組合せ…そこら辺も探ってみて貰えませんか?この薬草茶とは別に、もし発情香を減少させるだけじゃなく、ほぼ消失させるものを作る事ができれば、獣人族女性達がより安心して日常生活を送れると思いませんか?」




