だがしかし、きっかり1cm
初期学校が始まり、パケパとは別行動が増えた今日この頃。
…面倒くさいからパトナとケサラとパサラをまとめて呼ぶ時はパケパと命名。反対意見は受け付けません。
学校から戻ると、ケサラとパサラの風を操る訓練に同行していたパトナが、単身で戻ってきていた。
<ベルベルベル~!>
一瞬、ケサラとパサラの身に何かあったのかと思い身構えたけど、声は弾んでるし顔が明らかにニマニマしている。さては…。
<凄かったの、ケサラの毛!>
やっぱり!
<すっごくすっごーく、スピードが出るようになったの~>
「うわぁ、良かったじゃん!自分で速さのコントロールも出来てる?気分が悪くなったりはしなかった?」
<うん、大丈夫だったよ!すっごく爽快なんだから~。もう…あんな風に飛べるなんて…>
感動を思い出したらしい。胸に腕を交差させたポージングでウットリフリーズしてしまったパトナ。
そういえばパトナっていつも“ふよふよ”って感じで飛んでるもんなぁ。
私としてはあれも大変可愛いらしくて宜しかったけど、パトナとしてはもっと速く飛びたかったのかもしれないね。
私的には少し足運びが楽かな?って感じだったけど、パトナの体積に対して結構な量で刺繍した状態になってるはずだから、大興奮な恩恵を感じられたんだろう。
もしかしたら妖精と相性が良いとか、そういう事もあるのかもしれないわよね。なんたってファンタジー属性同士だし。
これは見たいぞ。是非、見てみたい!
「私も見たい!今度さ、広い所で本気で飛んで見せてくれない?」
<良いよ!もう、すっごーーいんだからね!!>
◇◇◇
パトナの飛行見学と、ケサラとパサラの風を操る訓練見学を同時にしようという話になり、翌日――。
さっそく孤児院の裏手へパケパたちと移動する。
私にくっついて毛糸ポンポンに擬態していたケサラとパサラは、少し開けた場所へ到着すると私からフワフワと離れていった。
「ケサラとパサラの飛行理論って不思議だよね。風がないようなところでも自分たちで風を作って浮くとか…」
いや、そもそもパトナが飛べるのも謎だけど、彼女は妖精だからさ…。だいぶ異世界に感化されてきてる私。
私が遠い目で自分の異世界生活に思いを馳せている間に、パケパはコソコソ話し合って、飛ぶ順番を決めている。
<あっちにさ、一番高いネオネクトウの木があるでしょ?あそこまで行って帰って来るからね~。まずは私から!>
うんうん、しっかりとパトナ選手の雄姿を目に焼き付けますぞ!
――シュタッッ
…。
…へ?
<たっだいま~!どう?どう?凄いでしょ~!>
私は意気揚々と帰ってきたパトナに残酷な一言を告げなければならぬ。
「…速すぎて全然見えなかったっす」
<え…>
妖精さんのorz姿勢、貴重。
あ、そう言えば…ケサラの毛の刺繍をしていない服を着たパトナのマジ全力飛行って、見た事なかったわ…。これはもう黙っておこう。
【ゆっくり飛ぶから見ててね~】
次にパサラが私に見えるような速度で遠ざかっていく。
ネオネクトウの木のてっぺん辺りで、くるくると旋回しているのが見えた。
「うん。私の動体視力の限界を察してね。あの速度な感じで…お願いします…ぐすっ」
本気で飛んでるところを見せて!なーんて事を言っていた自分が少し恥ずかしい。
【ケサラを迎えに行ってくるの。帰りは一緒に戻るから、見てて~】
お、帰りはバディ飛行だな!
常に一緒に行動できるように、ケサラとパサラはバディ飛行の訓練をたくさんしてるって話を聞いてたから、それも楽しみだったのよ。
パサラも私の目で追える速度で遠ざかって行ってくれる。
労わられてる。今…私、労わられてるよ。
木の上を何度か旋回して、一緒に私への労り速度で戻って来た。
それにしてもフィギアスケートのアイスダンスみたい、息ぴったり密着ぴったり。
いや、アイスダンスは確か腕二本分なら離れても良いんだっけ?
でもこれは、密着して離れない。むしろ、一つの毛玉にしか見えない。
ちみたち、一体どうなっているんだい?
「凄い、凄い!初めて出会った…あの強風みたいな日も、そうやって離れないで飛べるの?」
【大丈夫~】
【逆に強風に乗れば、すっごく早く一緒に移動出来るようになった~】
「ね、最後にさ、ケサラとパサラで私の動体視力を気にせずに、全力で飛んで見せてくれる?」
【【いいよ~】】
「パトナの飛行ですら私の目は追いつけないんだけど…私は木のてっぺんだけを見とくからさ。木のてっぺんに着いたら迂回して戻って来てよ!」
【【行ってきまーす!】】
――シュッ
――くるくる
――シュッ
【【ただいま~!】】
こりゃベルリンピックにエントリーだよ!
◇◇◇◇
「空を飛べたら気持ち良いんだろうなぁ。あれ?そう言えばさ、こんなに速く飛ぶと…寒くないの?」
【【毛~!】】
「でもあの速度であんなに高い所…」
【【寒くないもーん】】
「そうなんだ。逆に夏はどうなんだろう。毛むくじゃら…暑い?」
<それを言ったら、結構な数の動物が該当…>
「まぁ、そうなんだけど…パトナは寒くないの?」
<へ?…そういえば、寒くないなぁ。…なんで?>
いや…本人が知らん事、私に質問返しされても困るわ。
成留鈴花の必殺技!適当返し!!
「ヨウセイ ダカラ ジャナイ?キット ソウイウ キホンセイノウ ガ アルンダヨー スゴイナー スゴイナー」
<ふーん…そうなのかな…>
こいつ…チョロセイだな。簡単に納得しとる…。
「いいなぁ…私も空を飛べたら、みんなで空のお散歩が出来るのにね」
【ベルと空のお散歩!】
【行く~!】
「あはは、私は無理だよ。人族はね、空は飛べないの。鳥人族の人達ですら飛べないんだから」
鳥人族ってもしかしたら飛べるのかもって思ってたら、浮きもしないんだってさ。何世代か前には時々浮けるくらいな人はいたらしいんだけど、今や誰も飛べないんだって。
なんでそんなに便利な機能がなくなっちゃうんだろうねぇ。
【もっともっと練習して風でベルを持ち上げるの~!】
【ベルと空のお散歩するの~!】
「いやいやいや、その気持ちだけで十分。そう言ってくれるだけで、すっごく嬉しいよ!」
【【むぅ…】】
「今日は訓練を見させてくれてありがとう。出会った頃は心配もしたけど、もう大丈夫なんだなって…すっごく安心できたよ。今日はこれからどこかへ行くの?」
【うん!】
【練習!】
<私も一緒~!行ってきまーす!!>
あっという間にパケパは行ってしまった。
いいな。楽しそう…でも、やっぱ寒そう。
そう言えば小さい頃、何年間か毎日毎日“1cmだけ浮く”という夢を見続けた事があるんだよね。
夢の中でも大空を飛ぶという壮大なイメージを描けずな私。
ただただ1cm浮くだけ。特筆すべき冒険譚も何もないという夢だった。
あまりにリアルで朝起きると現実と夢との区別がつかなくなって…混乱して両親を困らせた事もあったっけ…。
普通に学校に行って、友達と遊んで…ただただ日常生活を全部1cm浮きながら…ってだけの夢。
夢の中でもイメージが貧弱なのよねぇ…大人になってからも両親から笑い話でいじられてたなぁ。
魔法のある世界だもんなぁ…さっきはああ言ったけど、もしかしたら飛べる人族もどこかにいるかもしれない。
ただ、私の場合はイメージが1cmだからね…飛べてもきっと微妙なんだろうな。なーんてね。
――ふわ
◇◇◇
ちょっとちょっと見てくださいませよ。
何をって?
…きっかり1cm浮いた私をよ。
これって…無色魔法の『浮遊』…かな?
自分に浮遊魔法をかけてるって事だろうと推測。
でも、1cmの浮遊ってどうなんだ?
はっ!いかんいかん…魔力を確認せねば。
うん…何となくわかってたけど、全く減ってねぇずら。
ずっと飛んでられるのかな。
ちょっとだけ森に行ってみよう。
――ふわ
速い、速いって!これ、めっちゃ速い。
そりゃあのベルリンピック選手なパケパみたいな速さじゃないわよ、もちろん。
なんて言うか…幽霊みたいな動き?
幽霊なんて実際見た事ないけどさ…アニメとか映画とかで表現されるような感じよ。
スーって動くでしょ?スーって。あんな感じ。
足を動かさなくても、そのまま進みたい方向へ進めるの。
つま先立ちみたいな感じじゃなくって、透明な1cmの踏み台があって、その上に乗っかってる感じ。だから普通に起立!な姿勢で移動。
いやむしろ、どんな格好しててもそのままの姿勢で移動。
私が浮いているというより、透明な地面があるみたいな感じなのよ。
しゃがめるのかしら…体操してみたり…ジャンプはどうよ…も、もしかして寝っ転がってもいけるか…。
おう…普通に全部出来た。なにこれ凄い。
寝っ転がって移動すると、凄い感が違う意味でも半端ない。
だがしかし、きっかり1cm。
スー〇ーマンのポーズで浮けば、そのまま移動できるんだからね。
だがしかし、きっかり1cm。
これ…何かに役立つかな。二頭身ロールプレイングゲームに出てきそうな、毒の沼とかがあったら役に立ちそう?…あっ、川とか?
川の上はどうだろう?
うわーお!