冒険者の必需品
「あの…ルコッコの唐揚げをまた作って欲しいんだけど…ダメかなぁ?」
只今、アギーラのお師匠様、シーラさんの自宅兼店舗にお邪魔しておりますワタクシ。
そして家に着いた途端にアギーラから急なお願いがきた。
唐揚げおかわり~!
「え、ここで?」
「うん。すっごくガイアさん…シーラさんの旦那さんも気に入っててさ」
「そうなのよ~!私も大好きになっちゃったけど、ガイアなんて夢に見たらしいわよ、あはは~」
「作るのは構いませんが…なんか人様の台所って緊張しちゃうな…」
「そんなキャラじゃないでしょ~!材料は全部用意してあるからさ。お願いお願い!!」
「前もって言ってくれてたら、ドラジャの乾燥粉を持ってきたのにな~。あれの方が衣が美味しかったよねぇ」
「チッチッチッ。この用意周到なアッシが事前準備を怠ると思ったか…」
アギーラの不敵な微笑みと共に、食料品店で手に入るというドラジャの搾りカス(乾燥バージョン)が出てきた。
そうだった。異例のスピードで販売許可が下りたんだった…もう普通に手に入るらしい。
冷蔵庫がないから心配だったけど、乾燥魔法で常温でもかなり日持ちがする事がわかったのよね…うん。
もうすっかり忘れてた…そしてアギーラ、そんなに食べたかったんだ…。
「私も作ってみたいけれど、ちょっとね料理には自信がないのよ~。アギーラも料理はイマイチだし…他は器用なのにねぇ…」
「あはは、そう言えばそうですよね。まぁ、全部出来ちゃったら、なんかムカつきますからね…」
「ふふ、なんだか仲良くなれそう。そうなのよ、器用すぎて時々ムカつくの…」
「えー!酷いや!!」
「ただいま。お!アギーラの友達だな?」
でっかい人、登場。
◇◇◇
シーラさんのご主人は、ダンジョン帰りらしい。
そう、ミネラリアの町の近くに出来たダンジョン。
異世界に来たなら一度は入ってみたいけど、普通に死にそうだからなぁ…。
ご主人は何やら自分の臭いが気になるらしく、挨拶もそこそこに、そのまま風呂場へと直行してしまった。「唐揚げ!唐揚げの子が来た!」って鼻歌を歌いながら。
私、名前が唐揚げに改ざんされてるかもしれん。
まじでハマったんだなぁ…将来は立派なカラアゲニストになる事だろう。
油を多めに使った料理が広がれば、今後の食生活も豊かになる。
トンカツ、いや魔獣カツってのも良いよね…。
とりあえずは唐揚げ信者を増やすべく布教しよう。ルコッコの肉は手に入れやすいからさ。
こうして布教していけば、普通に露店で唐揚げが食べられる日が来るかもしれない。
いかん、食べ物の事を考え出すとキリがない。お土産を忘れないうちに渡しちゃおう。
「あの…これ、私が作ったんです。良かったら使って下さい」
結局、色んな髪ゴムを巾着型の小物入れに入れて渡す事にしたんだ。
自分、最近は和柄っぽいものにも挑戦してるんで…本日の小物入れは自称和柄。
刺し子って感じの雰囲気で刺繍するのにハマってるんだよね~。
ほら、日本手ぬぐいとかの模様みたいな。藍染に白い糸で刺繍してあるような感じの柄よ。
柄の名前は知らないけど、連続した矢の柄みたいなやつとか、六角形の中に※印みたいなのを入れた感じの柄、手裏剣みたいなのとか…そういう柄を布や袋の下側にずら~っと入れるのがお気に入り。
お土産にと持参した巾着型小物入れには、半円型の波模様っぽいのを連続して入れてみたの。名前は知らないけど、見た事ある感じで自称和柄。自称ね。
ちなみに連続した矢の柄を思いついた時に、とうとうノルディック柄が頭に浮かんできたんだよ。
そして長きにわたり課題であった雪の結晶が完成したんだ。
面白い事に、一個出来るとするすると何パターンか出来る不思議。
ま、人生なんてそんなもんよね…あんなに悩んでたのにさ…。
シンプルな髪ゴムはお芋ちゃんの糸を使ったものと使ってないものとを用意。シュシュと髪ゴムにつけるチャームもいくつか。
あとは作務衣っぽいリラックスウェア&ヘンリーネックなタンクトップ。サイズもバッチリなんだからね!
旦那さんへのお土産はシンプルな髪ゴム。こちらもお芋ちゃんを使ったものと使ってないものを。
あとはどうしても自分の毛も入れろってきかなかったもんで、パサラの毛で紡がれた糸とお芋ちゃんの糸、ウェービーメェメェの毛糸っていう全部盛りで作った髪ゴムを進呈する事にしました。
ちょっとずつだから、黙ってればわかんないだろう…たぶん…きっと…。
そして作務衣。
目視で体型を確認したけど、サイズも大丈夫そうでホッとする。
シッポも確認できたしね…さっそくシッポ穴作りに取りかかろう。
一目見ただけで、脳内で寸法展開というか…最近じゃ、何をどうすれば良いのかが勝手にわかるようになってしまったのよね…。
スキルって『あると便利だな』『ないよりはあった方が良いよ』くらいなものだって言うけど、私の裁縫スキルに関しては絶対にそんなもんじゃない。
稀~にスキルがすご~く強く作用する人がいるらしいから、誰もチートだなんて疑ってないだろうけど。
この頃さ、裁縫スキルも自重したほうが良いのかもと思う時がある。
目立たないで生きるって観点からしたら自重、出る杭は打たれるって観点からしても自重、なのかもしれない。でもさ、楽しくて楽しくて料理も裁縫も自重できる気がしないんだよなぁ…。
アギーラの分はシッポ穴も処理済みだから、速攻お着替えしてもらって、シーラさんにトップス…上衣の着方を説明してもらう。
「作務…リラックスウェアだぁ。すっごい嬉しい!これ、作業着にしたい!!」
そう言いながら作務衣の上にワークエプロンを装着している。
うん、丁稚という称号を与えたいくらいに齢10歳な年季奉公感が漂う。
「うんうん、似合ってるよ~。開放感がある感じにも着られるから、獣人族さんには好みじゃないかと思ってさ。試しに作ってみたんだけど。改善点募集中だからね!」
「え…これもう完成系でしょうよ…」
『いや、実は作務衣のイメージがあやふやでさ…』『僕も正しいかって聞かれたら自信はないけど…あれって正しいとか正しくないとかなくない?』『え?そうなの?』『うん。あーこれ、やばい。めっちゃ着心地が良い。もうさ、作務衣じゃなくってベル衣って事にしちゃえば?』『なんだそれ』『いや…適当?』
アギーラと二人でコソコソと話をしている横で、髪ゴムを袋から出してはステキステキと目を輝かせているシーラさん。
その間にも私の手は高速作動。あっという間にシッポ穴の完成よ!
「こんなにたくさん…なんだか悪いわ…。でも、どれもこれもステキ…あら、この小物入れの刺繍…ステッチ?この図案も良いわねぇ…」
シーラさんに、くるりんぱやポンパドールなんかを実践して、一人でも結べるようにレクチャーしている間に、アギーラは脱衣所へ行って、お風呂から出てきたご主人に作務衣上衣の着方を教えている様子。
部屋に戻ってきた時には、すでに自分流に着崩し済みだった。
「あー、こりゃあ楽ちんだ。この服は孤児院で販売してるのかい?」
「いえ、まだ試作品なので…。もし需要がありそうなら型紙を販売したいなって思ってます…。あの…ご主人様に、こちらもお土産で…」
「俺はガイアって言うんだ、ガイアと呼んでくれ。小さい子にご主人様って呼ばれると…なんだかすげぇむず痒い…」
「あ、はい。ガイアさんへも…」
この世界のご多分に漏れず、ガイアさんの髪もロングで、基本形な一本結びだったから髪ゴムを進呈する事にした。冒険者の人には特に、お芋ちゃんの糸が入っている髪ゴムって、すっごく良いと思うのよ。
「お、髪ゴムじゃねぇか!冒険者ギルドの窓口に置いてあるから、ついつい買っちまうんだけど…何本あっても助かるからな」
「え?ギルドの窓口に置いてあるんですか?」
「なんだ、知らないで持ってきてくれていたのかい?いやな、この髪ゴムってやつは、今や冒険者の必需品だって言われてるんだぜ」