フワッともしなかったし
シーラさんからも恐らく犬人族ではないかと言われたんだけど、獣人ってなんか縛りがあるんだろうか。
ガイアさんが獣人だって言ってたから、シーラさんは差別意識とかないんだと思うけど、嫌悪感がある人達がいたりする世界かな…不安…。
しかし目下のところ、最大の問題はケモ耳でも顔面上方修正でもなくて、今後の衣食住の確保だ。
ダメもとで「しばらくここに置いていただけませんでしょうかっ!」って思わず土下座してお願いしてしまった。
よほど哀れな声だったんだろうね。
この世界で医者のような薬師さんと呼ばれる人に診てもらう事を条件に、なんとシーラさんはその場で了承してくれたんだ。
田舎にいる弟を思い出しちゃったとかなんとか。最後に会ったのはシーラさんが成人した頃…弟君はもう立派な青年だろう…。
と、ともかく…弟君ありがとう!もし会えたら何か良い物あげます!!
「絶対にシーラさんを襲ったりとか悪い事はしませんので!」って言ったら大笑いされた。何だろう…地味にショック…。
ひとしきり笑ったシーラさん曰く、シーラさんに害を与えようとした時点で、なにやら仕掛けが作動して吹っ飛ばされるらしい事を話してくれた。
もしや爆弾的な?…シーラさんがめっちゃ笑ってるけど…僕は笑えないぞ。そもそもこの工房にもはっきり言わなかったけど何かあるらしい。怖い。
詳しく聞きたかったけど、どう聞いていいのか判断がつかなくて、「へぇ」「ほぉぉ」「わぁお」とか、感嘆詞ばっかりつぶやいてたら、僕が苦くてまずい薬草茶を飲み終わったのを見て会話は強制終了。
えぇーーーーーっ!こんなに聞きたい事が山ほどあるのに。
「話はここまで、もう休みなさい」だなんて、拷問の如し!
歯ブラシは明日買ってきてくれるそうで、歯磨き用の葉っぱを一枚渡された。これは歯磨きに使うんだって。キシキシと嚙んで泡が出てきたら、葉っぱを捨てる。しばらく泡を口内で放置してから水でゆすぐと…歯がツルツルになった!歯磨き粉と液体歯磨きの中間みたい。さらにデンタルフロスみたいなものもくれる。
衛生面が保たれている異世界で本当に良かった~。スッキリ。
ベッドを使わないなら、ここを追い出すとまで言われてベッドを譲られてしまった。「そんなことに気を遣うより早く寝ろ!」だってさ。
◇◇◇
次の日の朝…わしゃぁ、くっきりはっきり見てしもうたんじゃ…
ピンク!ピンクだよ!!目とケモ耳がピンクーーーーー!想・定・外!!真っ白な体毛に銀のメッシュ。からのピンク!
全然、シーラさんが驚かないからきっとこういう配色もアリなんだと思いたい。
…大丈夫でしょうね…僕だけこういう雰囲気とか…ないよね…。
あ、でもピンクってきっついピンクじゃないからね。何ていうの?ピンクベージュ?ヘアカラーの箱でしか見たことない単語だけど…うっすい落ち着いたベージュベースのピンクみたいな。
全体的に白いよぅ…とってもピンクが映えるよぅ…すんごく幼い見た目になってしまったよぅ…なにこの可憐。ダレトクだよ!
ベースは僕の顔なのに…。イケメンというよりただの儚い美少年…気持ち悪っ!
◇◇◇
シーラさんは「数日は絶対安静」とおっかない顔で宣言した。
シーラさんは魔道具師さんなんだって。
この工房は大型の魔道具を作る時に騒音やら万が一の暴発やらなんやらで、周りに迷惑がかからないようにと建てたものらしい。本当はずっとこっちに居たいくらい魔道具を作るのが好きなんだってさ。そうか、何か魔道具が仕掛けてあるんだね。シーラさんの周りには色々と。
ふふふ。どうですか?気付きましたか?そうです、そうなのです。魔道具…この世界には魔法があったのです。
密やかに興奮する僕に聞かせてくれた話によると、残念ながらこの世界の魔法は使い勝手が良くないらしい。大昔はかなり強力な魔法の使い手がいたらしいんだけど、どんどん衰退してしまったんだそうで。
はーい…ちょーっと、シッポ君は鎮まろうかな…深呼吸深呼吸…
その衰退した魔法代わりに台頭してきたのが、スキルやスキルによって生み出された製品。
昔は白魔法の一種、回復魔法が使える人が沢山いたんだけど、今は薬師の作る薬やポーションがその役割を果たしてる。
魔道具師の作る魔道具も然り。だから魔道具って凄く高価なんだけど、需要がすごくあるから仕事が尽きることがないんだって。
そりゃそうだ。ちょっと聞いただけでも便利そうだもん。
そう言えば、ポーションって眼用、聴力用とか部位分野特化型もあるらしいよ。近年どんどん寿命が延びきてるらしくて、現在、研究に力を入れてるのが老眼ポーションと慢性加齢痛ポーションらしい…魔法と獣人と加齢痛…。あぁ、僕の異世界観が…
ちなみに、攻撃魔法の使い手なんかは非常に少なくて、平民にはほとんどいないんだって。
残念なことに獣人は魔力量がとっても少ない事が多いらしい。がっくり。
職スキルとか固有スキルというものも存在していて、魔力量とスキル有無は関係ないんだって。もしも職スキルに『錬金術師』って出てきても、魔力が少ないと職スキルはほぼ使えない。
この世界の錬金術はとっても魔力を食うらしいし、魔法陣なんかもあるみたいだけど、それは膨大な魔力だけじゃなくて対価まで求められるものも多いらしい。
逆に職スキル『裁縫』なんて出た場合は、裁縫に魔力は使わないから、魔力量が少なくても気楽な感じで職スキルとして使えるんだ。
大量の魔力を使うものが高職位かと言えばそうでもない。現に『魔道具師』のシーラさんは魔力がそんなにないらしいよ。
でもさ、せっかく良いスキルがあっても使えないなんて…ちょっと酷いと思わない?
職スキルがあるからってすぐに『脳内に全知識が流れ込む!こ、これがスキルの力!!』…とか、そういうチート的なものではなく『この職に向いてるから、成功するかもね~。素地があるからやってみたらいいよ~』くらいな感じらしい。
どんな仕事でも基礎鍛錬の時間がスキルがある人の方が短い傾向にあるらしいから、断然あった方がありがたいよね。
火魔法やら水魔法なんていう色がある魔法は、魔力量の高い貴族に稀に出るくらいだから関係ないみたいだな。ふんふん、魔法としては生活魔法があれば恩の字って事ね。
何故、昨日の今日でそんなに詳しいのかって?
今朝シーラさんに「昨日は動揺しちゃってすっかり忘れてたけど…体調が良いようなら一度、ステータスをしてみたら?年齢もわかるし、人種もわかるから」って言われたもんだから「ス、ステータス?…何でしょうかそれは…記憶が…」って話のくだりがあってさ。
魔法やらステータス画面やらの話を朝ご飯の最中にしてくれたんだ。
朝一番で「食べられないものがあったりするかなぁ…覚えて…ないわよねぇ…」と、聞かれたから、「たぶん何でも大丈夫だと思います…」って、答えたんだけど…全くわからないや。
記憶があるなしでの話じゃなくって本当にこの世界の食べ物なんて知らないんだから。
どうしようもないから、お互い違う意味でだけど「とりあえず食べてみよう」って事になったんだ。
食物アレルギーもなかったし、たぶんこっちの世界の食事も大丈夫だろう。
それに、歯も目も良くなったんだから…体内の基本性能も強化されてるかも。これは希望だけど。
干し肉を昨日水に戻してスープを作ってくれていたみたいで、朝食には昨日と同じ固いパンとお肉のスープを頂いた。何のお肉か聞かなかったけど牛肉みたいな感じ。…だって魔法の話だよ?何肉かなんて呑気に聞いてられなかったんだ!
そして食後にまたあの苦い薬草茶を勧められる。苦い…不味い…うぅぅ。きちんと飲み込むのを確認しながら話を続けてくれる。完全に子供扱いだ。
あ、食べ物の話にシフトしちゃった。魔法の話だった。
この世界ではね、通常は3~4歳で魔力が体内回路に通常の速度で巡ることにより、魔力やら魔法の発動があって、その際にステータス画面というものが見られるようになるらしいんだ。
もしかしてここで『ステータスオープン!』とか叫ぶ公開処刑があるのかと思って、そんな厨二病的な事は無理です無理です…って、一人で悶絶していたらそこは大丈夫だった。
見ようと思えば勝手に出てくるらしいんだ。ホッ。
本来はステータス画面という、自分の情報画面みたいなものが自分で見られるらしいんだけど、すごく恐ろしい目にあってショック状態で、画面が見られなくなっているんじゃないかって。
『この世界で生まれた訳じゃないから、もしかしたら魔力なんてないかもしれないんだよね…あはっ』なんて、言えないけどさ。
シーラさんが昼過ぎには帰ると言って出かけて行った。僕にベッドでちゃんと休んでいるようにと厳命して。
一応ね、一応だけどシーラさんが町に行っている間にこっそり外の木に向かって「ウィンドカッター」って言ってみた。詠唱?無理無理絶対無理。あれは声優さんがイケボでやるからカッコイイの!技名だけで僕は精一杯だよ。
え、結果が聞きたいって?
いやもうさ…フワッともしなかったし、普通に恥ずかしかったよね。