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閑話 うっかりとんでもない事を聞いちまったのかもしれない①

 私は薬師のグリンデル。

 生まれは他の国だけど、そりゃまぁ転々と暮らしてきてね。


 色々あってさ、このミネラリアの町で腰を据える事に決めたんだ。

 この薬局を開いてからもう、ひゃく……だいぶ経つさね。


 診察から薬の処方。挙句には薬やポーション、薬草茶の販売まで…商売を広げすぎちまった。

 忙しくって忙しくって…診察補助やら販売やらで従業員は何人か雇ってるんだけど、薬やポーションが作れる薬師がなかなか見つからなくってさ、そろそろ外部委託も考えてたんだ。


 そんなある日、ギルドから「職業訓練として薬師見習いの子供を頼まれてくれないか」って言われてね。

「この忙しいのに面倒なんて見れやしないよ」って、断ってやろうかと思ったんだけど、ちょうど従業員が一人辞めちまった時で…魔が差したのかね。

 見込みがなかったら、断ってくれてかまわないって話だったから、引き受けることにしたのさね。


 孤児院院長からの推薦状と、ギルドからの職業訓練委託証を持って現れたのは、12歳になったばかりの小さな兎人族の女の子だった。

 薬草に興味があり、薬やポーション作り、将来的には薬草の研究をしたいと。ふぅん…。

 そりゃうちにピッタリの子だけどね。でもまずは使ってみないとわからないからさ。


 二週間くらい様子見しようと思ったんだけど、訓練初日に『うちで面倒みるよ』って、言っちまったんだ。


 この子…マルは『わかってる』子さね。ピンときた。

 こういうのはピンとくるもんなのさ。それ以上の言い方なんて知らないよ。


 才能と努力だけじゃない、思慮深さや心根の優しさなんかも持ち合わせてるもんだから、他の従業員とも初日から打ち解けてるし…これなら患者のあしらいも大丈夫そうだ。


 ちょっと優しすぎるきらいがあるけれど、私だって若い頃はそうだったからね…なんだい、本当さね。

 とにかく薬草の勉強がしたいって夢と希望でいっぱいだ。

 いいね、仕込みがいがある。精一杯おやり。


 ◇◇◇


 そんなマルも16歳になって孤児院を卒業し、このままうちで見習い薬師としての一歩を踏み出したんだ。

「住込みで働かせてもらえるだけで十分です」って言ってたけど、職業訓練時代とは違うって、きっちりわからせないといけない。

 しっかりお給金はアップしたさね。

 あぁ、休みは週に1日と半分だよ。


 定休日に薬草の処理をする事も多いから、固定曜日のお休みはやれないけど、こればっかりは仕方ない。

 でもね、マルが『見習い』が取れて、晴れて薬師になった暁には、お互い週休二日にしようって話をしてるんだ。


 なんだい。当たり前だろ?沢山働いたらきちんと休む。働きに見合ったお給金を払う。それだけさね。

 正式に薬師になれば、マルが希望している薬草研究もしてもらうつもりだよ。

 

 マルが正式にうちで見習い薬師として働き始めたばかりのある日の事だった。血相を変えたマルが店に飛び込んできた。


「おや、どうしたんだい?今日はお休みの日だろう」

「良かった!お店にいらっしゃると思って…」


 息も絶え絶えじゃないか。

 自分用の薬草茶を作りたくってね、お店は定休日だけれど、ちょいと店の裏で作業してたのさ。


「孤児院で…子供が高い木から落ちて怪我を…その子を助けようとした別の子も凄く具合が悪そうで…また今から…もっと詳しい話を聞いてくるので…あの…なんとかお薬を調合して貰えないでしょうか…お願いします」


 おやまぁ、大変だ。

 今日は休日だし、マルの知り合いだしね…往診してやらんでもないよ。

 孤児院は近いから一緒に行って詳しく話を聞いた方が早いってもんだろ?

 そう言ってやったら驚いたように目を見開いたまま、泣くもんだから困っちゃったね。


 今は忙しすぎて往診はやめちまったけど、昔はしてたんだ。

 とりあえず昔使ってた往診用の鞄…今は開封したポーション置き場になってるんだけど、これに必要そうなポーションや薬草茶、あと薬を詰め込んで…あ、軟膏も入れないと…。

 あぁ、この鞄はマジックバッグって言って、沢山の物が入れられるのに重さを感じさせない優れものさね。


 なんてったって、中に入れときゃ瓶は割れないし、経年劣化による影響を受けないってんだから驚きだろ?

 開封したポーションってのは、すぐに劣化が始まっちまうけど、ここに入れておきゃ問題ないんだから、ありがたいことさね。

 さぁ、とっとと行こうじゃないか。


 木から落ちたというラナという子は、外傷だけでまったく問題がなさそうだ。

 木から足を滑らした時にちょいと痛めたらしい右足と、あとは軽い擦り傷だけさね。

 体内には異常がなかった。


 私はね、職スキル『薬師』の他に、身体の状態異常を察知できる固有スキル『察知』を持っているんだ。

 だから、視れば状態が悪いところがほぼわかるんだよ。もちろん問診や触診なんかもするがね。

 記憶が曖昧だが触診でも問題がなかったし…この子はすぐに治るだろう。


 外傷も浅いから特化型のポーションはいらないね…。

 回復ポーションを数滴、その回復力を補助してくれる薬草茶で薄めたものを飲ませれば十分だよ。

 ポーションを全部使うと、うんと高くつく。

 こういう時にはうちの薬局秘伝の薬草茶の出番なのさ。

 よし、こっちの子はこれでしまいだ。


 問題はもう一人の子どもだね…。

 道すがら、マルが「すごく気が合う大事な友達なの」って言ってたから、てっきり年の近い子かと思ってたら、まだほんのちっさな子供だった。

 聞いたら6歳だって言うじゃないか。

 しかも、魔力覚醒が遅れてまだだったのが、友達の窮地で覚醒しちまったなんて…ショックが大きすぎたんだろうね。


 未だに震えが止まらずこれでもかって程、体を丸くして蹲るようにベッドで横になってたんだ。

 こりゃ…とにかく休ませるしかない。


 状態異常ってね、毒を浴びたとか、胃潰瘍だの骨が折れてるだの…そんなのはすぐにわかるんだけれど…心や脳の奥底までは診られないんだ。

 そう、決して万能じゃない。


 心に負担がかかってることは視られるけれど、それ以上の事がわからないのさ。

 それに…この二つは、何をしてもダメな事もある。


 とにかく体を休ませるお薬と、興奮を抑えて眠れるようにと睡眠を誘うお薬を処方した。

 こんなんじゃ、気休めにもならないかもしれないけどね。

 ベルという名前の女の子は、やはりまだ小さな体を震わせては時折泣いているようだった。


「マルの友達だっていうからもう少し大きい子かと思ったら…よく頑張ったね」と言ってはみたけれど…何の励ましにもならないだろう。

 とにかく安静。今は休むしかないね。


 院長には「こっちの…ベルのほうがよほど重症だ。心ってのは難しいからね…。五日経っても調子が戻らないようなら、薬局に誰か寄こしとくれ」と言っておいたのだけれど…。


 もちろんお薬も使うし、時間が解決する部分もある。

 周りの奴らもきっとよく看病するだろう。

 でもね、まずはあの子自身が、自分の心と向き合わないとダメなんだ。

 これはなかなか難しい事だよ。


 マルも気がかりだったみたいだけど、仕事もあるしね。

 でも大層心配してるのがわかったし、毎日そわそわして心ここにあらずって様子でさ。

 あれは4日目だったか…マルに午後にでも『孤児院に薬草茶でも届けてきな』って、命令してやろうかと思ってたところだったんだけれど。


 木から落ちたラナと、その友達のジルっていう子供が、薬局にひょっこり顔をだしたんだ。

 マルは何かあったのかと驚いちまって、真っ青になっていたけど…話を聞いたら、何故か今朝から急にベルの容態が良くなったらしいって言うじゃないか。


 泣き腫らして凄い顔してるけど、もう大丈夫みたいだって。

 急にスッキリした表情を見せて、ご飯もしっかり食べているらしい。


 ラナは「ありがとうございました。私の傷も足の痛みもすっかり治りました。これ…良かったら皆さんでどうぞ。私が今朝採ったの!」と言って、二人は森で採ってきたからと、立派なネオネクトウを沢山置いて帰っていったよ。


 ラナって子は…ありゃぁなかなかだ。

 普通、木から落ちて怪我したら、暫く木登りなんて出来なくなりそうなもんだけど…しかも、ネオネクトウの木から落ちたって言ってたが…その因縁の木にもう登ったって事だろ?

 私には到底理解できないさね。


 それから幾日か過ぎた頃だろうか…マルがお休みの日に、あの震えて泣いていたベルって子が、マルに連れられて店に顔を出したんだ。


「もうすっかり良くなりました。その節はどうもありがとうございました」


 ラナもしっかりしてたけど…最近の子供ってのは、こうもみんなしっかりしてるもんかい?

 いや…町の子供達はこんなにしっかり話せやしないさ。

 きっと孤児院の教育が良いんだろうね。


 そんなことを思っていると、回復ポーションの材料である薬草を取り出して「私が採取したものです。少しですけど、是非ポーション作りに役立てて下さい」と言って渡してくるじゃないか。

 マルに仕込まれたらしいが、どれもこれも上等だ。

 嫌だよ、こりゃ本当に6歳児なのかね…

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