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えへへ~

 ハッと我に返ると、ラナの体が急に重さを持ち、腕にのしかかる。

 ベルはしゃがんだままの姿勢で、ゆっくりと自分の手をラナの体の下から引き抜いて、後ろに倒れこんだ。


 がくがくと震えがとまらない。


 笛…笛を吹かないと!


『ヒュッ…キン…』


 震えて笛の音がでない。

 それでも必至に笛を吹き続ける。


『キキ…キン』


 かすれる笛の音。

 必至に震える息を整える。


『キーーーーーーーーーーーーーンッ』


 動物を刺激しない為、人族にしか聞こえないというその笛の音が、木々の間に響き渡った。


 すぐに声が聞こえてきた。


「ラナー!ベルーー!!」


 ジルだ!

 ベルはありったけの声で叫ぶ。


「ジルーーーーー!誰か呼んできて!!ラナが木から落ちたの!!!」


 震えて喉がからからで、情けないような声しかでなかった。

 物凄い形相でジルが駆けてくる。

 気絶しているラナを見たとたん、獣化したジルの顔が一瞬ぐにゃりと歪んだ。


「ベルはここにいて。絶対にラナを動かしちゃダメ。すぐ戻る」


 ジルはラナの匂いを嗅ぐと、そう短く言い残して、また凄いスピードで駆けて行った。


「…ラナ。ラナ、しっかりして。」


 木に打ち付けたり、枝が刺さったりしなかった…はず。

 足を踏み外した時の怪我と、かすり傷だけの…はず。

 どこかにぶつけたりはしてない…はず。


 …『はず』、ばっかりだ。

 どうしようどうしよう…ラナが目を覚まさなかったら…。


 震える声で話かけ続ける。

 声と同じくらい震えた手でラナの手をそっと握った。


「ラナ、お願い…目を覚まして!」


 恐ろしくて震えが止まらない。


「もうすぐ助けに来てくれるからね…」


 ラナ…。


「ラナ、ラナ…聞こえてる?しっかりしてよ…」


 暫くすると瞼がふるふると震えて…ラナはゆっくりと目を開けた。


「ラナ!良かった!あっ、ダメダメ動かないで。高い木から落ちたんだよ。今、ジルが助けを呼びに行ったからね」


 ラナがかすかに肯く。


「だい…じょぶ……だよ」


 小さい声でつぶやくラナを見て、涙が溢れる。

 また目を閉じてしまったラナに声をかけ続けた。


「大丈夫、大丈夫…ラナは絶対に大丈夫なんだから…」


 暫くするとジルと獣化した院長先生が、物凄いスピードで近づいてきた。


 私はゆっくりと意識を手放した…


 ◆◆◆


 ラナは木から落ちた瞬間からの記憶が全くなかった。

「ベルの声で気がついて目を開けたら、すでに地面に寝かされていた」と、院長先生に話している。


 町で薬局を営む薬師のもとで職業訓練をしているマルが、薬を都合してくれないかと自分の師匠に頼みに行き、その師匠が普段は忙しいために断っているという往診に来てくれた。


 薬師は「定休日で良かったさね」と言いながら、きびきびとした足取りでやってきた。

 ラナの怪我は、足を滑らした時に痛めたらしい右足と、軽い擦り傷のみで、他は異常がなさそうだと告げられている。


 すぐに治るだろうとのことで、それぞれ特化したポーションを少量、薬師特製の薬草茶で薄めたものを飲ませて、足に塗り薬をちょいちょいと塗っただけで治療が終わってしまったのだが、ベルはそうはいかなかった。


 未だに震えが止まらないのだ。

 ベッドの上で身を縮めて、カタカタと小さな歯を鳴らし続けている。


 友達の窮地と魔力覚醒が同時に起こった事で、ショック状態にあるのだろうと判断され、体を休ませる薬と睡眠を誘う薬を処方された。


「マルの一番の友達だっていうから、もう少し大きい子かと思ったら…お前さんも大変だったね」と、ねぎらう様にベルに言い、院長にだけ聞こえる声で「こっちの…ベルのほうがよほど重症だ。心ってのは難しいからね…。五日経っても調子が戻らないようなら、薬局に遣いを出しとくれ」と伝え、薬師は帰って行った。


 ◇◇◇


 ラナの怪我が大丈夫だってわかって、気が抜けちゃった…。

 そしたら今度はベルちゃんの事で、頭がいっぱいになっちゃったんだ。

 だって、本当はずっとずっと…わかってたんだから。

 この身体にお邪魔した時から、体の中に本当のベルちゃんがいるって。


 異世界転生なんて、訳の分からん事を勝手にさせられてさ。

 ベルちゃんと話をして、ずっと心の均衡を図ってきたんだよ。


 いつかベルちゃんに身体を返すその時までって、そう思って生きてきた。

 なのになんで…なんで、本当のベルちゃんの方が体から居なくなっちゃうのさ。

 追い出されるのは私であるべきで、ベルちゃんじゃないよ。


 人のものを盗る奴なんて嫌い。

 自分が…大嫌い。


 私が追い出しちゃったんだ。

 私のせいだ。

 私が…私が…ベルちゃんを殺しちゃったんだ…


 ◆◆◆


 薬が切れて起きる度に、自己嫌悪で大泣きしてはまた薬を飲まされ…これが交互に続き、それから三日間、ベルはベッドから出る事が出来なかった。


 三日目の深夜、いや、もう夜明けが近い時間…空がほんの少しだけ白み始めた頃、ぼんやりとベッドの中で天井のシミを見つめていた。

 孤児院はしんと寝静まっている。


 ――胸騒ぎがする…


 ベッドから這い出した。


 ――何かに…呼ばれてる…?


 窓から中庭を覗く。

 中庭をよく見ると、半透明で羽が生えた小さい小さい女の子が、ふよふよと飛んでいた。


 大きな羽が付いていて、その姿はぼんやりと光っている。

 目を凝らしていると、こちらを向いて手を大きく振りながら、何やら言っているようにすら見えた。


 不思議と恐怖は感じない。

 ベルは思いきって部屋を抜け出し、中庭へと近づいて行った。


<えへへ~>


ん?えへへ…?


<えへへ~、遊びに来ちゃった!>

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